「来栖と生駒は寝ろ。今晩は起きていて貰うからな。」
「お前が一番寝た方が良いと思うんだが。昨日とか立ったまま寝てただろ。」
「軍議に行ってくる。もう一度言うぞ。寝ろ。お前の配下もだ。」
「わっわかった。」
最上が据わった目で来栖に圧をかけ、来栖の了承を聞いてから、糸賀と狩方衆の1人を連れて軍議へと向かって行った。
明け方に襲撃があったことから、軍議は昼過ぎに開かれた。昼間は無名と瓜生、狩方衆と流民上がりの武士が警戒を担当し、来栖と生駒、来栖の配下は夕刻まで睡眠をとった。来栖が起きて車上に上がると、瓜生が大層引いた目で最上と話していた。軍議で一体何が決まったやら、恐ろしくて聞きたくはないが、夜間の担当を言いつけられた以上間違いなく、自分は当事者になるのだ。
「正気か?麻を吸いすぎたか?」
軍議の内容を聞いた来栖の口から出た台詞がこれである。
「正気だぞ。高松の城主と散々計算もした。つるぎと三豊も反対はしていない。いざとなれば大豊、三島、まんのうに頑張って貰おう。」
(つるぎはともかく、三豊は反対出来ないだけじゃないか?)
(高松はうちの次に長居してるからなぁ。)
(高松の城主すげぇぴりぴりしてるもんな。)
武士達はこそこそと無駄口を叩いた。
軍議に出た城主の中で一番ストレスが溜まっているのは最上かと思いきや、実のところ高松の城主が一番ストレスを溜め込んでいる。蓬莱城は駿城そのものも非常に頑丈な上、前衛面子を抱えているのだ。なんだかんだ全滅の心配まではしていないが、高松などカバネリが来たら、掃射筒以外対抗手段がない中、決定的な損害がないため後退も出来ずに長居させられているのである。しかも木村が、唯一の対抗手段である掃射筒による掃射を避けたり、打ち落としたりしたものだから気が気ではないのだ。
つるぎもまんのうが追い詰められていくのを見ていたからか、多度津入りしたばかりの三豊とはストレス具合が違う。
「今晩の主な指揮は高松に任せた。防衛は任せたぞ。」
最上はさっさと蓬莱城に引っ込んで行った。
この日は作戦の都合上、再び篝火を阻塞の先に設置し、それ以外にも全車両に火が入っている。電気の供給の為に駿城に火を入れていたこともあるため、そこまで異様な光景ではないが、これからを知る来栖は微妙な目で高松の駿城を眺めた。
いつも通りカバネの襲撃が始まり、甘い匂いが東方から漂った。東側の警戒についていたつるぎの武士が信号弾を打ち上げた瞬間、高松の駿城の鎮守砲が火を吹いた。昼間の軍議で散々計算した通り、多度津の城に着弾した。着弾位置は、木村から提供された奥方がいるという位置である。
高松の鎮守砲は、今多度津にいる駿城の中で一番口径が大きく、飛距離も最長である。海門と同じく、カバネの金属被膜が網の様にめぐらされている為、鎮守砲が一発当たったところで崩壊などしない。
麻を篝火に焚べた大西は、まさかの砲撃に呆気にとられた。麻を焚べて直ぐに、合図と思われる光弾が打ち上げられ、鎮守砲が撃たれたのだから報復行動なのは一目瞭然であった。
今まで慎重に、カバネを減らすことに注力していた高松駅らが、カバネの襲撃そのものではなく、麻を焚べた事で砲撃に出た。
その後も高松からの砲撃は続き、計3発が撃ち込まれた。大西は慌てて城へ向かい、城からは使役されたカバネが拠点を襲撃したが、襲撃ありきの砲撃であったため、拠点側は通常通りに迎え撃った。
これは完全に南海道四国連合側の嫌がらせで、嫌がらせには嫌がらせということである。海門ではなるかみによる砲撃で、城のカバネの呻きが活発になった事と、無名曰く不安な気持ちが融合群体の核に集まるとのことであったので、カバネを騒がせることで奥方に対して嫌がらせをしているのだ。大西や多田が奥方自体をどう思っているかは知らないが、領主の東雲は奥方の為にこんな事をしているのだから、奥方に負担がかかるのは避けたがる筈と考えた。
鎮守砲を撃ち込みカバネを刺激することで、融合群体になるのも致し方なしの手段であったから、全車に火を入れていつでも駅外に逃れられるようにした。奥方が融合群体になり駅外まできてしまえば、カバネリも融合群体を追わざるを得ない。遮蔽物も碌にない駅外ならば此方としても戦いやすい。
カバネリ全員が黒血漿を使って追って来る可能性もあったが、黒血漿は理性がなくなるため、同士討ちの危険性もある。多度津側もそう簡単には決断出来ない。
かなり強引な手段ではあるが、高松の城主がこの決断をするくらいには、夜間の襲撃と麻の匂いはストレスを与えていた。
翌日以降は麻を焚べらることがなくなった。怒るか引くかは読めぬところであったが、臆病な性格故か、奥方を慮ってかは不明であるが、麻により足並みを乱されることはなくなった。
南海道四国連合側が、麻を嫌がった事など丸わかりであるのに、一度の報復程度で引いたのは意外であった。麻を焚べられる度に、鎮守砲をぶち込む気満々であった高松の城主などは、不完全燃焼も良いところであったが、南海道四国連合全体としてはいい結果だ。
「まあカバネリがいつ襲撃して来るか分からんのは変わらないんだがな。」
蓬莱城からすればこれに尽きるのだが、誰にでも分かる形でカバネリの存在を主張される圧が無くなったことで、全体的には落ち着きを取り戻した。
「つうかよ。これじゃあ膠着状態じゃねぇか。麻焚べにきたカバネリを殺した方が良かったんじゃねぇの?」
「己もそう思うが、何かあるのか?」
「そもそも人間かカバネリかの区別はついても、カバネかカバネリかの区別はつかんのだろう。」
「そうだね。そんな細かいことは分かんないかなぁ。」
無名は最上の問いかけに頷いた。
「カバネの襲撃にあわせて近くまで来ていても、都合よくカバネリ一体を感知するのは現実的じゃない。多田が麻を焚べて、大西が別方向で待機してたらどうするんだ。此方は、浮き足立った拠点を守りながら、大西が黒血漿を使う前提で、来栖と無名殿を出すしかないんだぞ。来栖と無名殿が多田に釣られてる間に、黒血漿を使った大西が突っ込んで来たら目も当てられん。南海道の武士が死ぬのは良いが、蓬莱城の武士が大打撃を受けるのは困る。」
「そういう言い方。生駒が怒るよ?」
「なんとでも。どうせ誰かしら死ぬ。ならば南海道の武士に死んでもらう。うちの欠員は認めんぞ。」
「木村って奴と一騎討ち始めた奴がなんか言ってらぁ。」
現在蓬莱城内にて、前衛面子で話し合っているが、生駒は外で警戒についておりこの場にはいなかった。最上とて生駒がいたら、態々キレさせるような発言はしない。欠員は認めないと言う最上を瓜生が鼻で笑う。
「別に好きで一騎討ちした訳じゃないんだが。」
最上としては心外である。あの状況で他にどうしろと言うのか。
「それで?膠着状態を続けるのか?」
「暫くはな。お前達を突出させたとて、カバネリが釣られてくれるとは思えん。私と生駒で突出すれば、釣られてくれるかもしれんが私が死ぬぞ。木村殿1人相手であのざまだ。」
「餌が高くつき過ぎるな。」
「とりあえず、カバネを減らすことに注力しよう。操車場から先の線路は後回しだな。南海道四国連合は我々が拠点を大きく離れるのを嫌がっている。多度津もカバネを無駄に消費することを良しとはせんだろう。多度津側が新たな嫌がらせを始めるか、襲撃をやめるかせんと此方も余計なことは出来ない。」
「嫌がらせが来たら、また城に鎮守砲ぶち込むのか?」
「勿論。故に多度津側は実質襲撃を止める他ない。襲撃の回数が極端に減れば、我々も拠点を少しは離れられる。」
「うへぇ。先が長いな。」
瓜生が舌をべっとだして、嫌そうな顔をする。
「文句を言うな。顕金駅は順調に行きすぎて奪還が早かっただけだし、カバネリ5体の状態から始まっていると思えば、既に2体殺しているのは早いだろうが。」
大きな動きがなく数日が経過し、下津井駅の駿城が多度津に物資の搬送にやってきた。食糧などは、多度津から離れた南海道四国連合の駿城が運んでいるのだが、弾丸などの物資は、下津井駅が周匝駅から、顕金駅と周匝駅で製造されたものを運んで来るのだ。
「げっ!わんころ!」
瓜生は山本を発見すると、そそくさと逃げて行き、同時に生駒も逃げて行った。丁度よろしく最上は休憩中であった為、雅客が最上を山本の元へと連れて行き、下津井の城主は、顕金駅に関わる時は山本を好きにさせておく気らしく、蓬莱城の面子のところに来た山本を特に咎めることなく放置している。
流石に他駅もいる中、家老の最上が完全に私事の態度をとるわけにもいかないとわかっているのか、最上を連れて下津井の駿城へと入っていった。
下津井の駿城は、物資の搬出で忙しくしているが、山本は最上を客車へと連れて行き、自分が普段使っている寝台に座らせた。
「ふっふっふっ。いい物持ってきたぞ。」
山本は荷物の中から、着物の塊を取り出した。着物の塊の中から小さい陶器の瓶を取り出して栓を抜いた。
「ほら。手を出せ。」
「えっ。なんです?」
まあいいかと恐る恐る手を出すと、山本は陶器の瓶を傾けて中身を最上の掌にいくつか出してきた。
「柚子の皮の砂糖漬け!」
柚子の皮は煮た後しっかり乾燥されており、周りには砂糖が塗されていた。山本は最上の掌からひとつとって口に放り込んだ。
「うん。良い出来だ。」
山本が食べたのを見てから、最上も口に入れる。
「美味いだろ。」
「はい。甘い物は久しぶりなので。」
「俺が作ったんだぞ。」
「はっ?」
他駅の家老に手作りの物を食わせるとんでもねぇ男である。最上の掌に出した分を2人で食べきり、掌に残った砂糖を最上がぺろりと舐めた。
「美味しいのが腹立つ。」
「素直に悔しいと言いたまえよ。」
からからと笑いながら、山本は瓶に栓をして、そのまま瓶を最上の膝の上に置いた。
「やる。頑張れよ。死なない程度に。橋は落ちたら落ちたで仕方がないだろ。」
「城主に聞かれたら怒られますよ。」
砂糖の流通でかなりの利益を出している下津井の武士の言うことではない。
「死ぬなよ。死ぬくらいなら、橋くらい良いだろ。またかければ良い。それまでは、別の橋使ったって良いじゃないか。」
「工事がどれだけ大変だと思ってるんです?」
「わかってるよ。建設には下津井からも人が出たんだ。建設時に死んだ人だっているし、維持管理に下津井だって協力してるしな。」
「ならそんなこと言うべきじゃないでしょう。」
「でもお前関係ないだろ。関係ないところで死ぬな。」
山本は、真剣な顔で関係ないと言ってくるが、莊衛の事がある以上、顕金駅は無関係ではいられない。研究が進めば碌なことにはならないとわかっているからだ。
「あなたの真面目な顔初めて見ました。」
「茶化すなよ。いまのぐっとくるところだろ!」
「その一言でしらけましたね。」
急におちゃらけた山本をじとりと見る。
「なんて奴だ!…なぁ、嫁さん泣かすなよ。」
「あの人は泣きませんよ。」
「じゃあ俺が泣くからな!言ったら俺の手紙が始まりだろ。」
関係のあるなしより、一番山本が気にしているのは其処なのだ。自分がなんとなしに書いた情報で顕金駅が出張ってきたのだ。領主に褒められて初めて気がついた。自分がきっかけで友人が死ぬかも知れないのだ。
友人とはいえ武士である以上、死ぬこと自体は仕方ないと山本も思っている。だが今回は全く関係のない出雲から顕金駅が来てしまった。出雲を守って死ぬなら誇りであろうが、遠路遥々やって来た讃岐の地で死ぬ必要はないのだ。
「この件は遅かれ早かれ関わる事だと思います。」
「死んだら墓に水飴塗りたくって、墓石ありんこ塗れにしてやるからな。」
「よくそんな嫌がらせ思いつきますね。」
遠くで搬出完了の声がする。
「まあ、これはありがたくいただくとします。」
「おう!」
山本はにっこり笑って最上を外に連れ出した。
「お返ししまぁす。おいくらですか?」
雅客のところまで最上を連れて行き、こんな事を言ったので雅客も下津井の城主もギョッとした。
「揚代1両になります。」
「高っ!大夫かお前は。」
最上の返しに山本がどついて返すものだから、下津井の城主は山本の頭を引っ叩いて、山本の耳を引っ張りながら退散して行った。
「最上様も冗談言うんですね。」
「そのくらい言うが?」
下津井の駿城の出発準備が整ってゆっくりと多度津駅から去って行った。
以前和三盆で喜んだので、甘い物好きだろうと甘い物で餌付けする山本君。ホモ君の好き嫌いを熟知してるわけではない。酒が飲めないのも知らない。
いうて金剛郭の年賀の挨拶の時に2年連続で会ってただけだから。初めての年に手紙送るからって言われて、ホモ君がはてな浮かべたら友達だろ!ってなんの含みもなく言うので友達になった。
ちなみに有言実行の男なので、今回の件でホモ君が死んだら、本当に墓に水飴を塗りたくりにいく。