多度津の城には、高松、つるぎ、三豊、そして今回初駅内入りした大豊の駿城が、絶えず鎮守砲を撃ち込んでいる。高松と三豊が北側に配置し、大豊とつるぎが南側に配置されており、蓬莱城は操車場直近の、建物で隠れた位置からその状況を観察する。
「頭いたぁい。」
無名が頭痛を訴え、生駒も顔を顰めている。海門の時の話からするに、今も不安な気持ちとやらを、なんらかの形で受信しているのだろう。
城を覆うカバネが蠢いて、徐々に融合群体が姿を見せる。それに合わせて多度津の城の二ノ丸は崩壊を始めた。融合群体の頭部らしき部分が、持ち上がろうとした時、丁度よく大豊の鎮守砲が頭部らしき部分に直撃した。融合群体は遠吠えの様な声を上げて、大豊の駿城へと頭部を向けた。
大豊の駿城は大急ぎで南側の検閲所へと向かう。大豊が目をつけられたことで、北側にいた三豊と高松は沈黙し、大豊と同じく南側にいたつるぎも大豊に続く。つるぎの駿城には鎮守砲が2門搭載されており、大豊の駿城と二城で砲撃をしながら後退していく。融合群体が四つん這いで後を追うが、右手にあたる部分に砲撃があたり、体勢を崩して商家の並びに突っ込んだ。その間に検閲所を通過し、つるぎと大豊の駿城は南東方へと全力で走って行く。融合群体は南側の検閲所を無視して、南東の壁をぶち抜き、堀を越えてつるぎと大豊の駿城を追い始めた。
高松と三豊は北側から出て、別方向から合流するつもりであったが、南側の検閲所と跳ね橋が無事であったことから、南側の検閲所を抜けて融合群体の後を追った。
無名、生駒、瓜生、流民あがりの武士、狩方衆の一部で1班、来栖、最上、来栖の配下の一部と残りの狩方衆で2班を編成、他は蓬莱城に残り防衛を担当する。
いつもであれば、前衛面子は無名と最上と生駒か瓜生、来栖と瓜生か生駒の組み合わせであり、瓜生に狩方衆全員、最上側に流民上がりがつくのだが、今回は大西が黒血漿を使う可能性を考慮して、無名と来栖がそれぞれ連携がとりやすい、瓜生と最上が配置され、生駒は気持ちで戦力が左右されるため、無名側についたのだ。
前衛面子が来栖と最上だと、無名班とのバランスが悪いため、来栖の配下と狩方衆を最上側につけることになった。来栖の配下と狩方衆はやはり練度が違うのだ。流民上がりの武士達は、生駒と相性は悪いが、無名班は実質指揮を取るのは瓜生であり、指揮系統に問題は生じない。生駒と瓜生は相性が悪いが、今回ばかりは両者我慢してくれとしか言いようがない。
「東雲さんは、奥さん追わなかったね。」
「大西あたりに止められたんだろう。」
無名は狙撃用の蒸気筒を下ろして、近くにいた吉備土に渡し、蓬莱城から飛び降りて瓜生達に合流した。
来栖と最上は先行して、北側の隠し通路から城を目指し、無名達はトロリーに乗って城を目指す。トロリー乗車中は、無名はスピンカートリッジの蒸気筒を使い残るカバネを狙い撃つ。
来栖達も隠し通路内をトロリーで進行していた。
「お前。出発前に薬を飲んでいたと聞いたが、体調不良とか言わないだろうな。」
「大丈夫だ。咳止めだよ。」
「…咳止め?咳などしていなかったと思うんだが。」
「まあ咳を止めるために飲んだわけじゃないからな。体調も問題ない。」
「よく分からんが、大丈夫なら構わない。」
城に近づくにつれて、隠し通路内には金属被膜が増えていく。しかしながら融合群体はもう居ない為、金属被膜を切ったところで感知されないし、来栖と最上は人間であるから、カバネリにカバネの気配で感知されることもない。木村から提供された隠し通路は複数あり、たった3人で隠し通路を抑え切ることは出来ない上、堂々と正面から無名達がやって来るのだから、東雲達は来栖達が城内に侵入したことに気が付かなかった。
「領主を守るなら、謁見で使った部屋あたりが良いだろう。まずはそちらを目指す。」
「ふむ。道案内は任せる。」
来栖も一応城内の地図を覚える努力はしたのだが、城は中々複雑で最上がいるなら道案内を任せて、周囲の警戒に気を払う方が合理的である。城に取り残されたカバネを斬りつつ、城内を走って移動して行く。
「あそこだ。無名殿が正面から来ている以上、大西は恐らく正面だろう。東雲殿といるとしたら多田だろうな。」
「東雲殿の実力が分からんが、黒血漿を使われたらそちらを己がやろう。」
「そりゃそうだ。使われなくてもカバネリなんて私の手に余る。さっさと殺して助けてくれ。」
「素直なのは良いことだな。」
来栖はスッと襖に近づいて、最上達を窺う。最上が頷いたことで、すぱんと襖を開け放った。
無名達は、トロリーで城に進行していたが、トロリーの線路が融合群体により破壊されてしまった為、途中から走って城に向かっていた。
鍛錬で使うのだろう広場に出たところで、大西が待ち構えており、様子を見るに黒血漿を使ったようである。
大西と無名が激突したが、無名が大きく弾き飛ばされ、大西の猛攻が始まる。瓜生と生駒がちょいちょいと援護に入るが、生駒は直ぐに右大腿を切られ戦線から外れる羽目になった。
「野良!てめぇ!」
瓜生は必死に援護をしながら、生駒に怒声を飛ばした。散々最上と来栖にぶっ叩かれたが、そんなすぐに適応出来たら世話はない。無名の継戦時間の都合もあるから、出来るだけ早く仕留めたかったがそうはいかないようである。それどころか無名が押されている。来栖と最上の手合わせの最上の様に、無名が押し負け回避を優先している。
「っ!この!」
無名の蹴りが大西の胴に入るも、大西は微動だにしない。来栖より速く重い剣撃が無名を襲い、無名は回避ばかりをすることになっている。二丁の蒸気筒で撃とうとも、胴体部分に飛ぶ弾丸は刀で打ち落とされる。
無名は、少しずつ切り傷が増えていき、肩で息をしている。
「野良ぁ!まだかぁ!」
「入れる!」
瓜生が一旦下がるのに合わせて、生駒が前に出た。瓜生は狩方衆と流民上がりの武士に指示を素早く飛ばす。
生駒が弾き飛ばされるのに合わせて、瓜生が前に出て大西に信号弾を撃った。信号弾の光は大西の目を潰したが、黒血漿を打った大西には、無名が大西の目が暗んだ今攻めてきても、捌き切れる程に身体能力が底上げされていた。経験による勘と、カバネの気配を察知できるカバネリの力がそうさせている。
「…?」
だが、無名は攻撃を仕掛けては来なかった。視界が戻ると、無名どころか人っ子一人居なくなっていたのである。瓜生は一度立て直させるつもりで、無名を抱えて全力で逃走していた。生駒も狩方衆に手を引かれ、戦線を離脱させられた。
一方来栖達の方は、謁見の間にいたのは東雲だけであった。東雲は黒血漿を使っており、どう見ても正気ではない。木村より獣じみた立ち姿だ。
来栖と激突し、来栖は後退を余儀なくされた。東雲は速さが最上と同程度、力は来栖より上で、剣の腕は恐らく結構あったのだろうが、木村より獣じみた動きをするので、正確には測れそうにない。最上が援護に入り、若干来栖が押されつつも、無名達と大西の様に逃走しなければならない程の脅威ではない。最上が嫌がらせの様に四肢を狙い、動きが鈍ることで東雲と来栖は凡そ互角となっていた。
補助として援護に入っているだけにも関わらず、最上は割と全力で戦っていた。速さが同程度であるので、気を抜くわけにはいかないのだ。来栖が上手く受け流して、東雲の首を刎ねようとした瞬間、最上が来栖に衝突した。来栖は最上を引っ掴んで、サッと東雲との距離をあける。
東雲からだいぶ離れた位置に、多田の姿があった。東雲に巻き込まれないように、最上を吹き飛ばした後、すぐさま飛び退ってその位置に避難したのである。
多田は最上を攻撃したのではなく、来栖に対して横薙ぎの一閃を放ったのだが、最上が刀で受け止めに入り、受け止めきれずに来栖に衝突したのだ。
多田は黒血漿を使っている様子はなく、多田の相手は最上がすることになった。
最上の援護が無くなったことで、来栖は多少苦戦しているようだが、打ち合う内に東雲の動きに慣れ始めていた。問題は最上の方である。謁見の間に入る前に自己申告した通り、カバネリの相手は手に余る。しかも東雲の目が他に移っては困る為、武士や狩方衆に援護も頼めない。
「無様に逃げ回って恥ずかしくないのか?」
「いや全く。お前こそ背後から斬りかかっておいて失敗したんだ。さぞ恥ずかしかろう。」
最上からすれば、カバネリ相手に時間を稼いでる時点で上等なのだ。最上の返しに多田の眉が、ピクリと動いたが挑発に乗る気はないようだ。剣筋が乱れてくれた方が助かるのだが、多田もそれを狙っているのだ。似た者同士である。まあ最上の方が圧倒的に押されているが、強い奴に転がされ慣れているので、決定打を打たせないことに終始する。
来栖が東雲の動きに慣れて、次第に東雲を押し始めた。
「お主の様な小僧が家老なぞ、領主の程度が知れるわ。」
「ははっ!顕金駅は栄えているぞ。崩壊してる多度津に言われても痛痒にもならん。月夜の蟹め。」
来栖と来栖の配下は、菖蒲への侮辱にピクリとしたが、最上は即座に言い返し、むしろ月夜の蟹に意識が行った。
(使ってる人初めて見た。)
頭が空っぽだと侮辱された多田は、あからさまには乗ってこないが、確実に苛ついていた。そして最上が忘れていることがある。カバネリは気持ちで実力が左右されるということだ。多田はこの瞬間、いつもより少し強く速く斬りかかることが出来た。
最上は振り下ろされた刀の回避には成功したが、直ぐに繰り出された裏拳が脇腹に当たり、ぱきりと乾いた音を聞いた。そのまま転倒しながら距離を取った瞬間、東雲の首が飛んだ。最上の背後で首が飛んだため、最上は事態を把握できなかったが、東雲と多田の間に最上がいた事で、多田は来栖が東雲の心臓を貫くより速く、東雲のもとに駆けつけることが出来なかった。来栖が、東雲の心臓に刀を突き立てると同時に、多田は全力で逃走した。
「はっ?」
背後からどさりと音がして、初めて来栖が東雲を討ち取ったことに気がついた。
「無事か?」
来栖は涼しい顔で、最上の様子を窺う。最上は脇腹に手を当て、少しばかり身体を曲げており、負傷したのは一目瞭然であった。
「いや。折れた。物凄く痛い。」
「…そんなにか。」
「麻黄なぞ飲んでいるからでしょう。」
「まおう?」
狩方衆からの指摘に来栖は首を傾げた。
「咳止めとして出回ってますが、まあ簡単に言えば興奮剤です。」
「興奮剤。」
「疲労感がなくなり、頭が冴えたりします。神経過敏になったりもしますけど。」
所謂ドーピングである。最上は麻黄にそういう効果があるとわかっていて飲んだのだ。来栖の足を引っ張らない様に、服用していたが少しばかり神経が過敏になり、折れた場所が物凄く痛い。元々ヒビが入っていたあたりが折れたようである。
「あとで説教だ。とりあえず固定してやれ。」
来栖は難しいことはわからないが、身体に良いものでない事くらいはわかる。とはいえ、最上なりの死なない為の手段だと思えば、致し方ない気もするのだ。看護師に相談するか、顕金駅に戻ったら楓に相談しようと決めた。
スポーツ選手が咳止めでドーピング検査引っかかったりするやつ。
ホモ君はとうとうドーピングに手を出しました。だってカバネリと戦うの無理だもの。麻黄は成分が覚○剤に成分が似ているそうです。葛根湯とかにも入っているので、適量なら全く問題ありません。ホモ君は用法用量を守らず服用しました。
月夜の蟹
月夜の蟹は中身がスカスカと信じられていた。(月光を恐れて餌を漁らないと認識していたようです。)転じて、見た目が立派でも、中身が伴わないとか、知能指数が低いとか、内容が無いとか、そういう意味になるそうです。