顕金駅に甲鉄城と蓬莱城が戻り、検閲所では菖蒲、道元、桔梗が出迎えた。多度津に行くことのできなかった、仁助や樵人達などもおり、検閲所は中々の人手になっていた。
菖蒲は、最上が多度津において1人で謁見したことを怒っているが、まずはしっかりと無事を喜んで迎えてあげねばと、甲鉄城と蓬莱城の面子に笑顔で労いの言葉をかける。
下車してくる者達を一人一人労って行く。最初の方で下車した最上が、桔梗のもとへ行き、変わりないかどうかを聞いていたのだが、
「ややこができました。」
「おや。そうでしたか。ありがとうございます。」
これである。2人とも非常に淡々と会話をしている。周りの武士がそわそわしているが、仁助の時のように胴上げをするわけにはいかない。なにせ最上の肋骨が折れているので。
ちなみに菖蒲も知らなかったので、菖蒲もちょっとそわそわとしてしまった。
桔梗と話しているので、邪魔をしてはいけないと、武士達はそわそわと最上の近くを彷徨くのみで、流石に絡みにはいけなかった。
「旦那様には沢山お話ししたいことがございます。」
「そ…そうですか?」
周りはなんとも思わなかったが、最上はなんとなく雲行きが怪しい事に気がついた。
「屋敷に着いたら、お心当たりがいくつあるのか教えて下さいね。」
口元は緩やかに弧を描くが、狐面から覗く目が笑っていない。旭が遠くで、米神あたりで指を立てて鬼のジェスチャーをする。
(怒っていますよ。)
との事である。
(わかってるよ!)
とはいえ検閲所では、それ以上なにも言うことなく、報告の為一旦城に上がる事になった。
口頭で凡その報告がなされた。それぞれの報告書もあるが、後日の進達となる為、来栖と最上が大体の流れで報告をしたのである。
菖蒲は1人で謁見に行った事、薬を使った事を怒ろうかと思っていた。結果として好井の存在がわかったり、無名達が二度も出した救援要請に、来栖を早急に送り出せたりと功績はあるが、結果論なのだ。上手くいったから良かっただけで、失敗した可能性だって大いにある。
「最上。色々と報告を受けています。私怒っていたのです。怒っていたと思っていました。」
おや?と最上も来栖も思った。特に来栖など出発前に、大層お怒りの菖蒲を見ている。間違いなく怒っていたはずなのだ。手紙を見て
「もう!最上ったらこんな真似!もう!」
と大変可愛らしく怒りを顕にしていた。
「もっと自分を大切にしてください。私が不甲斐ないせいで、無理をさせているのはわかっています。でももっと自分で自分を大切にしてください。」
菖蒲はポロッと涙をこぼした。怒られる覚悟はしていたが、泣かれる覚悟はしていなかった。最上はかなり動揺したが、隣で来栖はもっと動揺していた。隣が非常に挙動不審になっている。
菖蒲は悲しかったのだ。まあ怒ってもいたが、最終的には悲しいのだ。金剛郭で分かれた時となにも変わっていない。全体の利益と自分の命を天秤に載せて、全体の利益に傾くのは仕方ない。武士とはそういうものだから。だけど最上は、自分の命が軽いというより載せるのが早いのだ。
金剛郭の時は手段は選べたはずなのに、極論で言えば不和解消の為にいなくなった。
謁見の件だって、文のやり取りに変更して何度も訪ねれば良かったはずなのだ。好井の存在は分からなかったかもしれないが、それ以外はわかった筈で、早さと正確性の為に命をかけた。
薬の件だって確かに生き残る為に手札を切ったのかも知れないが、もっと時間をかければ、そこまでの賭けに出る必要もなかった筈なのだ。最上の命を賭けてまで、高松の城主に合わせてやる必要はない。主導権は蓬莱城が持っていた筈なのだから。
それらしい理由がいつもついているが、命を天秤に載せる前に時間をかけない。確かに時間をかけたからといって良案が出るとは限らないが、出ないとも限らないのだ。
「絶対に命を賭けるなとまでは言いません。でも本当に最上が決断した時は、それしか手段がありませんか?時間をかける事で生じる不利益は、貴方の命を賭けねばならない程のものですか?」
最上は困惑していた。自分も大概結果論だが、菖蒲の言い分も結果論なのだ。生じる不利益を生じる前に測ることは出来ない。菖蒲の言い分を承諾することが正しいか判断がつかない。
菖蒲は最上がちょっと困った顔をしているのに気がついた。菖蒲の言っている事が分かるなら、そもそもぱっぱと自分の命を賭けたりしないのだ。最上は自分の命を賭ける事自体に、それ程躊躇する必要を感じていない。菖蒲は涙を拭った。泣き落としなど領主のすることではない。こうやって不甲斐ないところばかり見せるから、最上は1人で頑張るのだ。
「わかりました。言い方を変えます。最上は叔父様が貴方と同じくらい強かったら、同じ状況で命を賭けることが当然だと思いますか?」
「…思いません。」
最上の中で、道元と最上の命は等価ではない。道元がいなくなれば、政が立ち行かなくなる。
「それは何故ですか?」
「道元様の代わりなど、私にはとても務まりません。」
「では貴方の代わりは、誰が務まるのですか?」
「来栖と来栖の配下をその為に指導しております。」
「いいえ。違います。貴方の代わりの為に頑張ってもらっている訳ではありません。」
「…いえ。ですが実際私の長期不在時は代わりを…。」
「叔父様が不在の時は貴方が代わりですよね?なにが違うのでしょうか?貴方の不在時に、来栖達が頑張っているのは知っています。叔父様の不在時に貴方が頑張っているのも知っています。では叔父様が亡くなったら、貴方と私がもっと頑張ればいいのでは?」
「そういう問題ではないのは、菖蒲様もおわかりではありませんか。」
「そうですね。叔父様と私と貴方がそうなのに、何故貴方と来栖達は違うのですか?同じことです。」
「同じではありません。」
「同じです。叔父様も貴方も来栖達も、全員私のものです。」
「は…?」
「私のものの価値を勝手に下げないで下さい。貴方がどう思うかは関係ありません。叔父様も貴方も等しく家老。私の中では等価です。勝手に下に置かないで。今度から命を賭ける時は、叔父様の命でも賭けるのか検討してから賭けてくださいね。」
「…。」
「ふっ。まさか菖蒲殿が最上君を黙らせるとは思いませんでしたな。」
「叔父様。」
「まあ私も少しばかり。最上君。君は私の代わりはできぬと言うが、来栖君達が君の代わりもできんよ。君は領主と家老陣に2日間いじめられてきただろう。謁見で君が死んだとして、来栖君と来栖君の配下で言質を取らせないと言えるのかね。早々に多度津に突っ込むことが決まりそうなのだが?というか君の代わりにならんから、甲鉄城の行商を、君が今でもやっとるんだろうが。軽々命を賭けられては堪らん。私を過労で殺すつもりかね?」
「いえ。」
「報告も聞いたし、最上君は骨折もしているのだろう。桔梗君も待っておるだろうしもう帰ると良い。」
「そうですね。まさか妊娠したとは知らず、桔梗さんにも色々頑張っていただいてしまいました。よく話を聞いてあげて下さい。」
「はい。」
最上はすごすごと退散することになった。襖をすぱりと開けると逃げ遅れた雅客と、既に先の廊下を曲がらんとしていた樵人が居た。報告中に誰かが来たのはわかっていたが、来栖がぴくりとした後気にしていなかったので、配下の誰かだろうとは思っていた。
「盗み聞きとはいい趣味だな。町奉行。」
「あはは…。菖蒲様に怒られる最上様が見たかったので。」
「素直に言えば良いってものじゃない。」
「俺だけじゃないです。樵人も倉之助も仁助も居ました。」
雅客は、樵人が見つかったのはわかっていたが、他の面子も売り渡した。一蓮托生である。
対外的な報告しかしておらず、色々と隠しておきたい内容は、個人の執務室などで人払いをして行う予定だが、盗み聞きはよろしくない。
「雅客。城の道場の雑巾がけ1週間な。」
「え"っ!」
盗み聞き面子の雑巾がけ週間が始まった。
下緒は走っていた。ここ暫く、走るなんてはしたない真似をしていなかったが、一生懸命走っていた。
「ご…ごめん下さい!」
訪ねたのは最上の屋敷である。
「下緒。何事ですか。」
「鯉さん。桔梗様は居られますか?」
下緒は、本来なら最上の屋敷を訪ねられる立場ではないが、最上の屋敷で使用人見習いをして、使用人兼間諜として送り出されたことから、報告に来ることも珍しくはない。とはいえ駆け込む真似などしたことはない。庭で鯉に桔梗の在宅を確認していると、桔梗が縁側までやってきた。
「あらあら。下緒。どうしたのです。」
桔梗が来てからは、桔梗が報告を受けることの方が多く面識は充分にあったため、下緒は桔梗に会うことになんの問題もない。まあ駆け込んできたものだから、旭が少しばかりぴりっとしていたがご愛嬌である。
「最上様のことあんまり怒らないであげてくれませんか?」
「どうしてかしら。」
「あ…菖蒲様にやり込められていたので…。」
「立ち聞きしたのですか?」
「はい。…申し訳ありません。雅客さん達としました。」
「町奉行が一緒になってなにをしているのだか。…菖蒲様が、ねぇ。」
桔梗からすれば、かなり意外な結果であった。下緒がやり込めたと感じる程の怒り方をする菖蒲が想像できなかった。だが下緒が駆け込んできたくらいだから、最上も反省するなりなんなりで戻ってくるだろう。
「まあいいでしょう。あっちでもこっちでも、叱られるなど可哀想ですしね。」
桔梗の言葉を聞いて、下緒は嬉しそうにぱっと顔をあげた。
「旦那様に見つかっては叱られてしまいますから…そうですね。これを。」
「なんでしょうか。」
「この文を楓さんのところに届けなさい。そこから帰れば旦那様と遭遇することもないでしょう。いつ帰ってくるとも限りませんよ。早くお行きなさい。」
「はい。それでは失礼します。」
桔梗から手渡された文をしっかりと手に持ち、下緒は深々と礼をして小走りで屋敷を出て行った。
「咎めないので?」
「間諜が間諜の仕事をしただけではないかしら。」
「桔梗様がよろしいのでしたら構いませんが。」
旭は軽くため息を吐いた。
最上はとことこと帰路についていた。肋骨を骨折しているので、馬に乗るわけにもいかない。やっと帰ってきたのに、暫くは乗馬もお預けである。しかも屋敷にはたぶん般若が待っている。大変憂鬱である。
「只今戻りました。」
「お帰りなさいませ。」
玄関にひょこりと顔を見せた桔梗は、般若の面ではなく、いつもの狐の半面であった。般若の面で出迎えられると思っていたので少し驚いた。
「お風呂の準備ができておりますよ。」
「えっ?は…はい。」
ごく普通に風呂を勧められた。身体を拭くくらいはしたが、臭うだろうかとちょっと不安になった。
鯉と穴子に着物を脱がされ、髪も解いて上から下まで綺麗にされた。怪我をしてても風呂くらい1人で入れます。と断っても鯉も穴子も気にすることなく、洗い終えた最上を湯船に突っ込むまで止まらなかった。小太郎が湯加減を聞いてくるので、風呂炊きは小太郎がしているようだ。
「なにこれ…。え?そんなに臭ってたか?」
風呂から上がると脱衣所に小夜が待ち受けており、部屋まで連れて行かれて、火鉢の前で髪を拭かれている。
その後も至れり尽せりで、普段自分でやることも全て誰かがやっている。一之進に布団まで敷かれて、寝る準備まで整ってしまった。
「あら。まだお休みではないのですか?」
「桔梗さん。なにやら随分と、至れり尽せりでしたがどうしたのです?」
「別に私の差金ではありませんよ。私も、数日前に戻ってきた時に同じ目にあっております。それに、戦に出ていた家長が帰宅したのですから、貴方が至れり尽せりでも何も不思議はないではありませんか。」
「そうでしたか。体調は大丈夫なのですか?」
「問題ありません。ところでお心当たりはお幾つありましたか?」
「2つ。でしょうか。」
「既に菖蒲様に叱られたのでしょう?」
「まあ…はい。」
「なら結構。実は可愛い座敷童から、叱らないでと言われているのです。」
「座敷童?」
座敷童と聞いて、最上の頭をよぎったのは小夜である。だが小夜が事のあれそれを知るわけがない。首を傾げる最上を見て桔梗はくすりと笑った。下緒は、座敷童に例えられるような幼子ではないし、下緒が態々桔梗にそんなことを言いにくるとは思っていないだろう。
桔梗は顕金駅がカバネにのまれてから、再興するまでの話を殆ど知らない。勿論何処で何をしたくらいは把握しているが、各個人がどうであったかなど知りようがない。
ただ、甲鉄城にいた頃は個人が選べることなど殆ど無く、顕金駅を奪還してからは、個人がそれぞれ自立しなければならなかっただろうことは、容易に想像できる。製鉄の駅である顕金駅では、女子供はさぞ困った事だろう。選択肢だけ渡されても、見合う力がなければ選びとることは出来ない。
きっと最上は奉仕の精神とかではなく、利を考えて女子供を引き取ったのだろう。間諜から上がる情報は多岐に渡る。それだけの数を引き取っていたということだ。どんな思惑があれ、仕事ができるようになるまで面倒を見て、仕事に送り出してくれる。ありがたくない訳がないのだ。下緒など本来城に勤められる身分ではない。最初は必死で気が付かないが、時が経てばどれだけ得難いことか実感も湧くというものだ。
気がついた者達から、じわりじわりと恩返しされてしまえば良いのだ。
終わり!
後日談はそのうち…たぶん…。
くっそ長かった…。多田とホモ君戦を書いたところから、この話が始まりました。こんな壮大な話になる予定じゃなかったんですが、勢いって怖いですね。
こんな長いの読んでくれてありがとうございました。