南海道の1で先の話に触れる内容には、返信致しかねますと告知いたしましたが、南海道の連載は終わりましたので、コメントは今まで通り返信できます。
甲鉄城と蓬莱城が顕金駅に戻った翌日、道元の執務室には、道元、菖蒲、来栖、最上、雅客、服部が集まっていた。人払いを済ませており、周囲に人の気配はない。
莊衛が瓜生に語った件の報告である。
あの時点で、莊衛が瓜生に嘘を語る必要はなく、希望的観測による誇張がないとまでは言わないが、全くの嘘ということはないだろう。
「極論、白血漿なるものを継続投与できれば、カバネリは人に戻るということで良いかね。」
「そうなります。カバネもカバネリも突き詰めれば、カバネウイルスに感染している人間です。ただしカバネは発症の過程で脳の大部分が死ぬというだけかと。思い返せば、自律思考する違いだけで、能力的な部分はカバネもカバネリも同じと言えます。白血漿がカバネウイルスを最終的に殺すのならば、理屈上はカバネリは人間に戻れます。」
「ふむ。理屈上は…ね。」
「えぇ。理屈上はです。身体的に異常な強化をされ、怪我が異常な速度で回復し、血液で生き永らえる。人間に戻って生き続けるかは分かりませんね。カバネウイルスがそれを可能にしているならば、カバネウイルスが無くなればその反動がある可能性も考えられます。」
「では生駒や無名さんは、人間に戻ったらすぐに死んでしまう可能性があるということですか?」
菖蒲は悲しそうな顔で、最上に問いかけた。
「そうなりますね。可能性の話ではありますが、なんの反動もないと考えるよりは現実的でしょう。」
「あの…。」
服部が、恐る恐る手を挙げて発言の許可を得る。
「なんだ?」
「最上様は、以前カバネリが人間に戻れるかの話題に、あまり前向きではなかったと記憶しています。現実的な手段が見つかったとはいえ、この件を研究するのですか?」
「そうだな。そもそも何もない状況から、研究する気はさらさらなかった。だが今は理屈上は、と前置きは必要ではあるが答えが示されている。」
「はぁ…。」
服部はあまり納得がいかなかった。なにせ、再現できるかは分からない技術なのだ。そこに労力を注ぎ込むのが、カバネリを人間に戻すこと。割に合わないのだ。人情的には、生駒や無名は人間に戻れたら良いと思う。だが、たった2人の為に、最上や道元が資金と労力を注ぐとは思えない。
「そしてなにより、カバネがただの死体に、カバネリが人間に、ということは、カバネウイルスに感染した場合、脳が死ぬ前ならばカバネになることを回避出来るようになる可能性も秘めている。」
「あっ!」
「なかなか厳しい条件下にはなるが、治療薬となる可能性がある以上、研究は無駄ではない。」
「ちょっといいか?」
「どうぞ。」
服部に続いて来栖が手を挙げた。
「己にはそれが可能なことかは分からん。だが、それをするということは、融合群体を飼うということだな?駅内は承伏出来ない。」
「流石に私も駅内は嫌だ。最低でも克城の恙所規模は必要だ。駅外に建設するしかあるまい。」
「秘匿が難しくないか?特に生駒と無名はカバネを感知出来る。あれらには言わねばならんのではないか?」
「カバネの心臓核を確保できたら伝えるさ。それまでは言う気はない。」
「それは問題ないのか?」
「何処に問題がある。家老が一蒸気鍛治と民人に、そこまで配慮する必要はあるのか?お前が現実的な問題を提起するなら考慮しよう。だが生駒と無名殿にそうする必要はない。」
最上がなにかと生駒や無名に配慮しているのは、所詮円滑に2人を運用する為に他ならない。こちらの方針を逐一説明して、許可を得る必要など何処にもないのである。
「建設地は何処にするつもりかね。」
道元は建設予定地を確認する。
「顕金駅の近くで選定します。堀を作り、残土は堀の内側に盛り土をして、土手で囲います。土手の中に建屋を建設し、建屋内部に廃車となった駿城の車両を入れ、その車両内を恙所とします。顕金駅から望遠鏡か双眼鏡で監視できる位置が好ましいですね。」
「堀と土手まで作るのか。厳重だな。」
「建屋内には発破と火薬樽も配置します。いざという時は消し飛ばします。土手はその際に爆風の方向を操作をするためです。摺鉢型にすることで、爆風は上に向かい元の位置に戻ります。破砕されたものの飛散防止ですね。」
「過激ですね。」
雅客が引いた目で最上を見つめる。
「必要な措置だ。土手の内側には、小規模だが爆弾を埋める。」
「爆弾…。埋める?それ…鈴木さんの考えた踏んだら爆発する爆弾ですか?」
「よく覚えてたな。雅客。」
「えぇ。まぁ。」
なにせ顕金駅奪還時、知己の上侍のカバネを殺した事で落ち込んでいると思ったら、眺めていた図面がそれである。お蔵入りしたのだと思っていた。
「それは大丈夫なんですか?建屋の火薬に引火しませんか?」
「かなり小規模にするからな。踏んだ足がずたずたになるくらいの威力にしかしない。」
「うへぇ。人間対策ってことですか。」
「出雲のカバネはかなり少なくなっている。カバネの心臓核を元に形成する融合群体が、勝手に肥大化することはないと考えられる。ならば、次に警戒すべきは人間だ。」
「最上。それは…流石にどうでしょう…。」
流石に菖蒲から戸惑った声が上がる。この段階まで、反論らしき反論が出なかったことが意外だなと思いながら、最上は菖蒲に視線を向ける。
「非道は承知の上です。しかしながら、出雲はカバネの出没状況が落ち着いて来ているとはいえ、未だ民人が駅外を自由に出歩ける程ではありません。善良な人間がうっかり迷い込むようなことはありません。」
「そうですか。…いえ、そうですね。」
菖蒲は厳しい表情をしているが、納得しようとしている。最上はきょとりとした。今回の件は、一番の難所は菖蒲だと思っていたのだ。
「わかりました。許可します。私の名の下に進めなさい。」
「いえ。菖蒲様のお名前をお借りする程では「いいえ。やるなら私の名の下に進めなさい。」
顕金駅の近くで事を進める以上、菖蒲は無関係とはいかないが、最上の名の下であれば強引に進められた印象が強くなる。他駅から見る顕金駅は、道元と最上が強権を振るい、菖蒲は慈悲深いが、家老を御しきれない冴えない領主である。
道元と最上がわざわざ狙ってやっている事である。
「叔父様。最上。私知っておりますからね。」
菖蒲から突き出されたのは、顕金駅奪還当初のころの書類が数枚。
来栖達は書類を覗き込んだが、奪還当初に道元と最上が作成したもので、特段問題はないように思われた。が、道元と最上はぺかっと笑った。菖蒲もにっこり笑って、
「そんな顔をしても駄目です。」
菖蒲、道元、最上が全員笑顔で向かい合う。来栖達は何が何だか分からず困惑した。
「叔父様達が、仲良く私を除け者にしているのは知っておりますからね。それを知っていながら、私はちゃんと綺麗に笑っているでしょう?」
菖蒲は基本的に中々忙しい方ではあるが、道元や最上がしっかりと仕上げきってから書類を進達するため、大体が名前を書くだけのものが多い。それこそ静が代筆でもしてくれないかしらと言いたいくらいである。一応読んでこそいるが、大体は先に説明に来ているので、ああこの間聞いたなぁくらいの話である。ひたすら名前を書くだけで書類が片付くので、道元や最上から比べると、暇はあるといえた。
そこでふと奪還当初の書類はそこまで事前説明もなかったし、自分もじっくり読めなかったなと思ったのだ。誰もが忙しかったので仕方がないが、片手間で読んでおこうと奪還当初の書類を持ち出し、仕事の合間に読み始めた。
読み始めてすぐに違和感を感じた。
今進達されてくる書類と違い、時々弛めの言い回しというか、明記を避けているというか、といった部分が目についたのだ。当時は非常に忙しく、道元や最上も勘太郎も大変だったから疲れていたのかな、とも思っていたのだが、最後まで記録を遡って確信を得た。
これは間違いなく故意であると。
最上は不慣れな様子が端々に見てとれて、あら書き損じとか、この間来栖に注意していたところ間違えて訂正してるわとか、微笑ましく見ていたのだが、確信を得たのは道元と勘太郎の書類で、道元と勘太郎が顕金駅入りしてからすぐの頃の書類にすら、明記を避けた言い回しがあるのだ。確信を得てから読み返すと、気になる書類が出るわ出るわ。最上も、奪還前はあれだけ厳しく対応していた阿幸地との契約に、遊びを持たせた言い回しがあるのだ。
同時期の阿幸地関係の書類をみたら、あらもしかして阿幸地さん得してる?と察するものがあったのだ。菖蒲が見つけられるような事を、道元と最上と勘太郎の全員が見落とすのはあり得ない。ならばこれはわざとやっているのだ。書類そのものには全く問題はないが、付き合わせるともしかしてがいくつか出てきたのである。
恐らく、全部見つけたわけではないと菖蒲もわかっているが、道元達が黒とまでは言えないまでも、灰色くらいの処理をしていた。
まあ、このくらいのことであれば、責任を追求するほどではないし、道元達が必要だと感じたことなら致し方ない。致し方ないのだが、自分が思いつきで書類を読み返さなかったら、気が付かなかったことである。
当時の菖蒲に、3人が何も言わなかったのもわかる。当時の菖蒲が聞けば、八代の時のように迷惑をかけたかもしれないし、なにより3人は為政者らしく汚いことも、必要ならばなんの躊躇いもなく出来る。菖蒲に話して余計な手間がかかるくらいなら、菖蒲に知らせずに行って、そのまま闇の中にした方がいいのだ。
暗躍にも限度がある。来栖達が仕事を覚え始まり、道元達だけで完結することがなくなってきているからだ。ならばその内菖蒲に話はしても、菖蒲を極力関わらせないようにすることがあると思った。
だからこれは、その時に使おうと決めた。貴方達が、綺麗にと守ってきた私は知っているぞと、知ってもちゃんと綺麗だったでしょう?と言ってやるのだ。
「言った筈ですよ。叔父様も最上も私のものです。私は貴方達のお人形ではないのです。最低限はそれでもいいでしょう。ですがこれは私が負うべきことです。その上で、私が泥を被ることのないように、綺麗なままでいられるように精一杯努力なさい。」
綺麗な笑顔で菖蒲は言い切った。来栖は頬を染め、雅客と服部は顔を青くし、道元と最上は吹き出した。
「わっ笑わないでください!」
菖蒲は道元や最上に舐められてはならないと、精一杯頑張ったのに2人は吹き出した。困ったら困った顔を見せずに、笑えと最上が言ったから練習したのに!
「わかりました。菖蒲様の名の下に、必ずや成果を出してご覧に入れましょう。」
「ははっばれていましたか。まさかお気付きになるとは。少々やり方が杜撰でしたかな?」
最上は深々と頭を下げ、道元はからからと笑う。
菖蒲の名の下に、白血漿製造計画が始まった。
まあそう簡単には恙所は出来ません。