「おい。起きろ。若様がお呼びだ。着替えてついて来い。」
沙梁が甲鉄城までやってきて、最上に声をかける。
「わかった。」
最上はのろのろと起き上がり、着替えた後、沙梁について克城に入って行った。
「そろそろ最上様を起こしてもいいのではないでしょうか?」
との倉之助の進言で訪ねた時には、最上の姿はなかった。
患者着のような衣服が畳まれて残されていた。着替えたということは克城側からの指示だろう。
自分達がいては、寝づらいかもしれないと車両から出たのは間違いだった。謝罪の機会を失ってしまったのだ。
一方最上は美馬からの筋書きを聞かされていた。
「なるほど。理解しました。であれば刀だけは持たせていただきたい。貴方ほどの方を捕らえておきながら、私の実力で無手で佇むのは変です。磐戸でのお手並は拝見しました。私が刀を持ったところで脅威でもありますまい。」
「ふむ。いいだろう。君は倭文駅で蒸気筒しか使ってなかったしね。君も菖蒲様も話がわかる人間だ。君。昨夜はいなかったようだし。」
「参加する意味がわかりません。時間と労力の無駄です。」
「昨夜?」
「なんでもないよ。さあ。甲鉄城に乗り換えて、行こうか。金剛郭へ。」
離れた位置に克城を待機させ、美馬を乗せた甲鉄城は金剛郭へ向かったが、現在は跳ね橋前で待たされている。
「美馬様に聞いてみたいことがあったのですがよろしいですか?」
「何かな?」
「カバネリを人工的に作り出したと聞いております。その際実験などされているなら、本当に人間以外はウイルスに感染しないのか、カバネから離れた血などのウイルスはどの程度生きているのか、ご存じかと思いまして。」
美馬は予想外の質問に目を丸くした。
菖蒲のようになにがしたいのかを問われると思っていたからだ。
「おや。そんなことか。結論からいえば人間以外には感染しないし、人間を宿主にできなければウイルス自体は割とすぐに死滅する。大体丸1日あればいいかな。だから大地も獣も汚染されない。」
「なるほど。それで…駿城整備の際、車体を水で洗い。肉片を駅外に捨てておりましたが、獣が感染しているのをみたことがなかったので不思議に思っていたのです。」
「やはり君は頭が良いね。」
「恐縮です。まあその分、武がともなわず武士からの支持は得られないのですがね。」
「それで、あれということか。まあ構わないさ。」
「寛大な対応に感謝します。」
「跳ね橋が降りるようだ。準備をしよう。」
最上が美馬に縄をかけ、繋いだ先を最上が把持する。
甲鉄城が操車場へと滑り込む。
車両脇の通路へと出ると、ずらりと蒸気筒を持った者たちが囲んでいる。
(ここまで美馬を警戒しておきながら、何故前田のような人間に磐戸駅のような重要拠点を任せたのだろうか。板垣がそれだけ信用されていたのだろうか。)
「四方川家の総領菖蒲と申します。天鳥美馬をここに捕縛して参りました。」
菖蒲の口上が操車場に朗々と響く。
周囲が騒めく。
「人質がいること、お忘れなく。」
「貴方の芝居の筋書きは守ります。」
美馬が菖蒲に釘を刺すが、菖蒲はさらりと対応する。
(これは本格的に私は必要なくなりそうだな。)
「おい。菖蒲様に続け。妙な真似をするなよ。」
菖蒲が歩き出したことから、最上は美馬に指示を出す。
甲鉄城から降りると菖蒲の叔父、牧野道元が出迎える。
「菖蒲殿。」
「叔父様。ご無沙汰しております。」
「大きくなられた。…お父上は。」
「…カバネに…。」
「そうか。残念だよ。とても。ところでそちらは最上君だな。年始以来だな。君が菖蒲殿の側にいるのなら心強い。」
「恐縮です。しかし、堅将様をお護りすることの叶わなかった身でございますので、過分な評価かと。せめて菖蒲様はお護りしたいと、控えさせていただいております。」
「そうかそうか。」
「挨拶はそれくらいで良かろう。貴方が美馬を捕らえたのか?」
道元と同じ格好をした壮年の男が声をかける。
「甲鉄城の皆と協力し、捕らえました。皆故郷を失い、長旅で疲れています。どうか金剛郭に受け入れを。」
「金剛郭の検閲は、噛み跡に関わりなく、3日間は牢に入れる決まりだ。」
「伺っております。」
「お二人とその綱持ちは、上様のところに来ていただく。」
美馬の筋書き通り、将軍の元へ導かれることが決まった。
将軍の拝謁を賜るため、菖蒲と最上は服装を改めた。最上は着替えの際に、持っていた金平糖を噛み砕いた。倭文駅で私用で出歩いたときに買ったものだ。
菖蒲と最上は謁見の間の階段を上がり、将軍と同じ高さに立っていた。
とうとう最上の手から縄が離れ、金剛郭の武士に引き継がれる。縄を引き継いだため、最上は菖蒲の斜め後ろに控えた。
将軍と美馬が言葉を交わす。
持ち込まれた美馬の所持品から短刀が持ち出された。美馬がせめて父の手で死にたいと申し出たことから、将軍は手にしている短刀を抜こうとした。
しかし抜くことはなく、手のひらを眺める。
(なにやら仕込んだな?しかしなにを?)
美馬が語り出す。
「どうして私がカバネとの戦いで生き残る事が出来たか。カバネの脅威は人に潜むことだ。今この瞬間にも奴らは仲間を増やしている。私にはその見分け方がわかる。だから生き残れた。」
「噛み跡のことか。だから我等は検閲を!」
「検閲などでカバネは見つからない。その証拠に今もここにいる。よく見ろ。見つけたらやられる前にやれ。」
周囲に動揺が広がる。
(扇動が上手いな。普通ただの戯言としかとられまい。…っまさか!さっきのは!)
「さもなくば、今度はお前がカバネになる。」
将軍の手が変色していく。恐怖に駆られた武士をさらに美馬が煽り引き金が引かれた。
武士が発砲した瞬間から最上は菖蒲の前にでる。
恐怖は伝播する。仕込みに気がついてない以上、噛まれたはずのない将軍が急に発症したようにしか見えない。美馬は愉快そうに声をかけて恐怖を煽っていく。いつの間にか拘束を解いた美馬が刀を抜き、将軍の心臓を刺し貫いた。刀を抜かれた将軍の身体は、階段を落ちていく。
美馬は将軍の座っていた椅子に向かい通信機を持ち上げ放送をかける。
「まだ終わっていない。将軍までもがカバネだったのだ。他にも入り込んでいるに違いないぞ。」
謁見の間に恐怖が満ちている。狩方衆が謁見の間に入り込んで、武士の1人の手を針で刺す。
すぐ発症し変色が始まった。それを見たものが発砲したことで、満ちていた恐怖は爆発した。
各所で殺し合いが始まった。
「やめなさい!皆、銃を下ろして!」
「菖蒲様。なりません。」
「菖蒲殿!ここはっ」
前に出ようとする菖蒲の前に最上が立ちはだかり、駆け寄ってきた道元が菖蒲の肩を抑えて押し戻す。
道元の方が地の利がある為、菖蒲の誘導を道元に任せ、最上は刀を抜き警戒しながら後退していく。
3人は人気の少ないところを走っていく。克城が駅に入ってきているのが見えた。
「菖蒲様!克城が!」
「なんですって!」
克城は車体の羽根を広げて、カバネを駅内に落として行く。
「道元様!線路沿いは駄目です!カバネが放たれました!」
「何故カバネが⁉︎」
「急ぎましょう!早く行かねば操車場への道がカバネで埋め尽くされます!私が先行します!ご指示を!」
「わかった!階段を降りたら左だ!」
暫くはカバネに会うこともなく、道元の指示で移動していたが、道行き半ばでとうとうカバネにかち合った。
「邪魔だ!」
最上はカバネを一刀で切り捨てた。足を止めかけた2人はそのまま走り抜ける。少しして小路から2体のカバネが飛び出してくる。1体の首を飛ばして胴に蹴りを入れ距離をとり、向かってくるもう1体の脇を回転してすり抜け背後から心臓を刺し貫いた。
「はっ…はっ…。」
「最上!顔色が…」
「大丈夫です。必ず操車場までお送り致します。」
今の最上は大立ち回りができるほど、体力が回復していない。
その後も何体かのカバネにかち合うが、最上はなんとか切り捨てることができた。
(金属被膜刀様様だな。)
「最上君。こちらへ。」
「はっ…。はぁ…ここは?」
「いいから早く。カバネに気が付かれる。」
「わかりました。」
石造りの建物に呼ばれるままに入ると、すぐに道元が閂をかけた。
「一旦ここで休憩だ。」
「しかし…「君が倒れれば菖蒲殿はどうするというのだ。」
「そうです最上。そんなに血を抜かれたのですか?顔色がずっと悪いですよ。」
「申し訳ありません。少しばかり抜かれ過ぎまして…。」
「美馬様と会ってから最上は謝ってばかりですね。」
「そうですね。至らないばかりで…」
「まだ15ではありませんか。むしろ私達は頼り過ぎていたと思います。」
「もう15ですよ。元服しておりますので子供ではありませんよ。」
「ふふっ。倭文駅でもこんなやりとりをしましたね。」
「そうですね。…あっ。倭文駅といえば。どうぞこちらを。少しばかりですが。」
「あら。金平糖!私用って金平糖を買いに行っていたのですか?」
「いや、別に金平糖を目的に離れたわけでは…。」
「では1ついただきますね。」
「道元様もお嫌いでなければどうぞ。」
「悪いな。」
「いえ。そんなものしかありませんが。」
蔵の中で半刻ほど休憩をとった。
(そもそも菖蒲様の体力についても気を配るべきだったのに、全く気を配れていなかった。道元様が一緒で良かった。)
「そろそろ参りましょうか。」
「蔵を出たら一度東に向かう。」
「かまいませんが、何故東へ?」
「線路の上に上がれる。克城が通った線路とは別で完全に独立している線路だ。式典で使用している線路で、線路に上がる場所の鍵は老中しか持っておらん。目にはつくだろうが線路上はほぼ安全だろう。」
「承知しました。指示は頼みます。」
道元が静かに閂を抜き、最上が外を窺う。
「目につく範囲にはおりません。参りましょう。」
道元の指示に従って進み、道中3体ほどカバネを殺し、式典用の線路に上がる建物にたどり着く。道元が鍵を取り出した時、物陰から何かが飛び出してきた。最上が刀を向けるが人間のようだ。
「道元様!ご無事で!」
「馬鹿者。驚かせるな。最上君刀を下げてくれ。私の部下だ。」
「これは失礼しました。」
「いえこちらこそ。」
道元が鍵を開け全員で中に滑り込み速やかに施錠した。
かなり回り道にはなるが安全な方がいい。最上には来栖や無名程の強さはないのだから。
日が落ち始める。線路からは金剛郭がよく見渡せた。至る所で火の手と悲鳴が上がっている。かなりの高さがあるため下を追いかけてくるカバネも殆どいない。追いかけてきても下の道は並行していないため、建物などに阻まれてすぐにいなくなる。
日が落ち切るころ、遠くで何か大きなものが起き上がるのが見えた。
「鵺っ!」
「鵺とはなんだ⁉︎融合群体とは違うのか?」
道元に聞き返される。
「融合群体は自然発生ですが、鵺は人工的に作り出されています。鵺が発生したなら大体のカバネはあそこに取り込まれているはずです。」
「なんてものを…美馬…。」
「最上。あれは…」
「無理です。諦めて下さい。」
最上にだけ菖蒲が言いたかったであろうことは伝わったが、最上がどうこうできる問題ではない。
(無名殿の可能性が高いがどうにもならん。)
「最上君次で降りる!」
「承知。」
操車場がかなり近くに見える。
線路から降り、建物を下っていく。
扉に耳をつけなにも聞こえないことを確認して道元が静かに鍵を開けると、最上が外を確認してから滑り出る。
「状況ありません。どうぞ。」
最上の声を聞き全員が外に出た。
甲鉄城のある操車場はもう少しだ。
少し行くとカバネが2体彷徨いていた。2体とも背を向けていたため、1体は背後からひと突きで殺し、こちらに気がついたもう1対も、回転切りで首を落としてから心臓を貫いた。
「次を曲がれば操車場だ。」
「っ!止まって下さい。」
間もなくというところで最上から小さく制止がかかる。操車場直近にて複数のカバネが集まっていた。甲鉄城が操車場にあるのを知っているものが避難してこようとした結果のようだ。
「流石にあの数は…」
(来栖や無名殿なら問題ない数なんだろうが私には無理だ。しかし菖蒲様と道元様が後ろにいる…無理だなどと…。せめて引き離せば…!)
ちょうど立ち止まって様子を窺っていた場所に、最初の混乱の頃に死んだであろう銃創のある武士の死体が転がっている。
(引き離せば…菖蒲様と道元様は操車場に辿り着く!)
「道元様。私はこれからカバネを引き付けに参ります。あそこのカバネがいなくなったら操車場へ。菖蒲様を頼みます。」
「わかった。任されよう。」
「駄目です。最上。なんとかなりませんか?」
「申し訳ありません。私が来栖ほどの剣豪なら最後までお護りできたのでしょうが、非才の身ですので、ここまでが限界のようです。」
死んでいる武士から蒸気筒一式を奪い取る。
「御三方は物陰へ。私が2発目を撃ったら操車場へ。」
「最上…。」
「すまぬ。頼んだぞ。」
「はい。必ずや。菖蒲様。私はどちらにせよ甲鉄城には戻れませぬ故、操車場へ入ったらすぐに発進準備を。整いましたら脱出して下さい。」
最上は菖蒲に笑いかけたあと、武士の死体の首を切り捨てた。首を持ち上げ自分の羽織にかける。
「戻れないとは「菖蒲殿。静かに。」
道元に抑えられ菖蒲は問いかけることが叶わず最上の背を見送った。
(戻れないとは一体どういうことなのです?)
「こっちだ!カバネども!」
最上は首をカバネ達の方へ投げる。
カバネが最上に気がつく。蒸気筒で1体の頭を撃ち抜いたことで弾かれたように最上に向かって走ってくる。最上は積まれた荷物などを足場に屋根へ上がり走り出す。わざわざ音を立てて瓦を鳴らす。カバネ達が菖蒲達のいる小路を通り過ぎて猛烈な勢いでこちらを追ってくる。仕上げとして下から追ってくるカバネの先頭に蒸気筒をむけて撃ち抜いてから走る。走りながら確認すると菖蒲達が小路から出て操車場の扉に手をかけたところだった。
(これで役義は果たした。あとはそちらで頼むぞ。)
操車場には金剛郭にたどり着いた面子が自分以外揃っている。
最上は金平糖を口に放りこみ、張られたケーブルに蒸気筒を乗せ、両手でぶら下がり滑走する。
(せいぜい長く引きつけよう。)
カバネウイルスの件は捏造設定です。
ホモ君は来栖には及びませんが強い奴です。一応上侍で1、2を争う設定でしたので。上侍の中では謀の実力は中の上です。何せ若いので経験不足です。