「なんかさ。…最上様。すごく道元様に懐いてないか?」
「そうなのか?」
「昨日なんか冊子を持ってって、教えを請うてたぞ。」
「あれ以上何を身につけるんだ?」
「教えてもらってるとき、どことなく嬉しそうなんだよなぁ。」
「うちに最上様が知りたいだろうことを、教えられる奴いないし仕方ないだろ。」
「噂をすればだ。」
仁助が向ける視線の先には、道元の後ろをカルガモの子のようについていく最上の姿があった。少し離れているため声は聞こえないが、最上が道元に何か話しているようだ。
「えっ!思ってたよりも懐いてる。」
「来栖はどう思う?」
「…道元様は二つ先の駅で降りる予定だ。それまで精々道元様から知識を吸収してもらった方が良い。」
「道元様降りるのか?」
「えっ?まって。あのまま最上様ついて行かないよね。」
「知らん。もし道元様について行きたいなら、己には止められない。」
「えぇ〜。引きとめないのか?」
「いなくなるのは勿論困るが、最上が降りると決めたなら止められまい。…どうせ頭では敵わない。道元様も味方につけてから理論武装したあれには勝てない。」
「あ。止められないってそういう意味?確かに道元様味方につけた本気の最上様とか無理だな。」
「菖蒲様に許可をとった後に、決定事項を伝えてくるだけだろうしな。己に許可をとる必要はそもそもない。あれとて、自分の価値は理解してる。それでも降りるなら、こちらが止められない理由を絶対つけてくるだろう。」
「うわぁ…。」
「菖蒲様がならんと言うなら、なんとしても止める。力尽くでなら負けることはない。」
「最終奥義実力行使…。」
暫くしてから、菖蒲が執務のために使用している部屋にて
「叔父様。二駅先は四方川と縁が深いのですよね?」
「そうです。それゆえに私はあの駅で降りて、顕金駅再興のために伝手を頼って色々と準備をしなければなりません。顕金駅は駿城の整備などを担っておりましたので、周辺地域からも手は借りられる筈です。周辺の駅に代われるような産業を持つ駅はありませんからな。」
「叔父様のご協力に感謝致します。なにぶんそういったことができるのが、最上しかおりませんでしたので。」
「最上君は優秀だがまだ若い。領主などから信を得るには齢も必要です。若いというだけで舐められますからな。他の武士は下侍でしたか?」
「皆四方川に仕える武士です。その呼び方は…。」
「これは失礼。しかし受けている教育に差があるのも事実です。要職についていた者達は軒並みやられてしまいましたか…。顕金駅を再興するならば、せめてあと5人は欲しかったところでしたが…。再興後に要職を任せられそうな者もあたっておきましょう。」
「なにからなにまでお世話になります。」
「時に菖蒲殿。」
「なんでしょう?」
「最上君は随分甲鉄城では、浮いた存在のようですな。」
「あっ!…その…私が不甲斐ないために、最上がそのようなことに…。」
「失礼ながら先程の呼称をまた使わせていただきますが、上侍と下侍は仲が良くない。どこの駅でも呼び名はどうあれ同じです。きっかけは10年前です。ですが、10年でこうもはっきりと差別化されたのは、各駅の領主がそれを認めたからです。表明したか、暗黙の了解としたかはそれぞれでしょうが。」
「領主が認めた…?」
「上様が御子息をあのように扱った以上、領主とて倣う他ありますまい。それに残った穏健派が今の駅を築いたのです。昔のように広大な土地はない。限られた土地で、限られた物で臣下に報いなければならない。子息に罪がなかろうと疲弊が激しい中、大量の物資を消費しておきながらなんの成果も得られなかった罰は与えなければならない。そうでなければ穏健派は納得できない。信賞必罰は世の常です。九智などわかりやすいではありませんか。」
「来栖ですか?」
「あれの父は、貴方のお父上と仲が良かった。ですが貴方の護衛として召し上げられるまで、どのような扱いでしたか?召し上げる理由ができた時、お父上はさぞお喜びになられたことでしょう。友の残した子息です。誰が蔑まれているのをよく思うのです?ですが理由がなくばそれは叶わない。」
「つまりはどういうことなのでしょう…?」
「本来なら、最上君はあのような扱いを受ける謂れはないのではないですか?原因となった者は罰するべきでは?それとも最上君には私の知らない罪がございますか?」
「あ…ありません。ですがまた他の者に罪を問うというのも…。」
「それもわかります。この甲鉄城が今の貴方の治める領地です。限られた場所、限られた物で臣下に報いなければならない。まして臣下の数まで限られている。最上君以外は九智の配下の下侍です。さぞ結束が固いことでしょう。多少のことで下侍を罰することなどできますまい。」
「では…どうせよと仰るのですか?」
「私が暫く引き取りましょう。私と共に外から顕金駅再興を目指し、なった後には功績を讃えて要職に取り立ててやれば宜しい。」
「な…なりません!最上は私の臣下です!…本人が望むというなら致し方ありませんが…。」
「ではどうなさるのです?」
「今はそうでも、もう少し時間があればお互いに馴染むかと…。」
「時間が経って上侍と下侍という呼称ができて溝が深まりました。時間が解決するとは限りませんよ。」
「それでも!今歩み寄ろうとしています。ここで諦めたら、例え顕金駅が再興できても、溝はできたままになってしまいます。私は本人が望まない限り、最上を手放したりはいたしません!」
菖蒲は言い切った。道元の言い分はわかるし、もしかしたら道元について行った方が最上は幸せかもしれない。
だとして、本人が言い出してもいないのにそんなことは決められない。
(ここでお願いしますなどと言ったら、最上を用済みとして捨てたみたいではありませんか…。)
「ようございました。」
「は…はい?」
道元は先程までの厳しい顔をやめて、穏やかな顔で菖蒲を見返している。
「即座に否定なさらなければ、本当に引き取ってしまおうかと思っておりました。」
「た…試したのですか?」
「そうなりますな。もし菖蒲殿が最上君を扱いを決めかねているのなら、下手な駅で降ろされるより、私が手元に置いておいた方が良いと思いましたので。優秀な人材の流出は避けねばなりませんからな。菖蒲殿。甲鉄城の者達は些か性根が真っ直ぐすぎるものばかりなのですよ。だからこそ権謀術数の渦巻く上侍の中にいた最上君が浮いているのです。私であれば齢も元の地位も充分ですから、誰も文句は言いますまい。最上君にはどちらも足りませぬゆえこうなっているのでしょう。せめて最上君が後3つ4つ年嵩ならもう少し違ったやもしれませんな。」
「ではどうにもならぬと?」
「そうです。九智が貴方の直臣である以上、九智と最上君は現状横並び。最上君が年嵩なら九智の上に据えてもよかったでしょうし、最上君がもう少し至らなければ九智の配下にしてしまってもよかった。甲鉄城のような狭い閉鎖空間におりますからお忘れでしょうが、顕金駅では複数の家同士が友人のように仲良く手を取り合って過ごしておりましたか?」
「いえ。違います。」
「四方川家に仕える九智家と堀川家として考える分には浮いていようが特に問題ありません。配下を持っているのが九智家だけという話です。」
「それは…。」
「甲鉄城の中では上下差はあまりないようですが、貴方は主、あれらは武士、その他は民人。全員を仲の良いご友人の様に扱うのはおすすめできません。ですが現状上手くいっているようですからやめろとまでは申しません。最上君は少々その空気に釣られたようですが、反省しておりました。武士として、臣下として扱う分には問題はないかと。」
「臣下として扱う他は何もするなと?」
「ほかにありませんよ。今から九智の配下にもできますまい。菖蒲殿の目的はなんですか?」
「顕金駅を再興することです。」
「そうです。甲鉄城という家でみんなで家族のように仲良く暮らすことでは無いのですよ。」
「…。」
「まあその辺りは当事者達が決めることですがね。最上君がまたその空気に釣られることもあるやもしれません。」
「そうですか…。…っそういえば!最上はどうしたいなどは言っておりましたか?」
「一日でも早い顕金駅の再興を望んでいるくらいでしょうか。私についてきたいかどうかは聞いておりませんが…」
道元の言葉が終わる前に、部屋にノックの音が響く。
「誰かね?」
「最上です。間もなく次の駅に到着しますので、菖蒲様を呼びに参りました。」
道元の誰何の声に応えたのは、話に上がっていた最上だった。
「すぐに参ります!」
菖蒲は扉の向こうにいる最上に返答して立ち上がった。
駅到着後の艦橋にて
「領主への挨拶は私と叔父様で参ります。護衛は来栖と最上にお願いします。」
「最上君。」
「はい。」
「君、次の駅で私と来るかね?」
「「⁉︎」」
「叔父様⁉︎」
「いえ。その予定はありませんが、なにかございましたか?必要なことであればその限りではありません。」
「いや。誘ってみただけだ。」
最上は不思議そうな顔で道元を見つめ、道元は愉快そうに笑っている。
艦橋で話を聞いていた者達は、最上の返答に胸を撫で下ろした。
道元様からしたら甲鉄城のアットホームさは異常。