金属音が鳴る。発砲音は聞こえなかったが銃弾が跳ねたような音だ。
「菖蒲様。私の後ろへ。」
「わかりました。」
菖蒲は堀川の後ろに下がる。
堀川が扉を開けると来栖達が蒸気筒を少女達に向けていた。
「カバネは人の敵だ。」
「へぇ…」
来栖が蒸気筒を向けながら威圧するが少女は面白そうに来栖を見返している。
「おやめなさい来栖。」
菖蒲から静止の声が飛ぶが、来栖から反論が返る。しかも来栖に蒸気筒を向けられていた少女側にいる男までもが来栖に同調した。
まして自分はカバネだと主張している。
(これが跳ね橋を下ろしたやつなのか?会話は普通に成立しているな。)
走行中の駿城から飛び降りるつもりなのか扉の方へ男が向かうが、少女が立ち塞がり男に膝を叩き込んだ後、投げて転がす。中々体格差があるというのに、少女は男を軽く転がしたのだった。
「カバネじゃなくてカバネリ。身体はカバネでも心は人なの。」
少女は腰に手を当て不機嫌を露わにしている。
(とりあえず直ぐに交戦とはならなそうだな。カバネは屍の字の如くだが、カバネリ…どういう意味なんだろうか)
などと益体のない方向に堀川が思考を飛ばしていると、カバネリ2人は最後尾のボイラー車から出ないという約束のもと乗車の継続が決まった。
(2人ともカバネリという存在のようだが無名殿の方が遥かに強いな。堅将様は知っていたのだろうか…私では無名殿には勝てそうにないが男の方は…生駒だったか…生駒は動きが素人だ。殺せずとも行動不能には出来そうだな。)
堀川は前方の車両に向かいながらカバネリの2人について考えた。
蒸気筒の整備を武士数名が行っており、堀川もそこに混ざり蒸気筒の手入れを行う。顕金駅に居た頃であれば、上侍が下侍に混ざって過ごすことはなかったが、今の甲鉄城には場所に余裕などなく、武士は同じ車両にまとめておいた方が都合が良い。
(今まで甲鉄城に乗り込んだ武士を見てきたが、上侍は私以外居ないようだな。いよいよ肩身が狭いな。私は元服してから、すぐに堅将様に侍っていたが直接下侍と関わることは殆どなかった。上侍と下侍の確執自体はわかっているがどうしようもないな。)
吉備土が来栖に今後の不安を漏らしている。来栖は同調することなく、するべきこと、しなければならないことを反論している。
(こういうブレないところが下侍に頼りにされる所以なんだろうな。)
「配給です。」
蒸気鍛治の少女が食糧の入った籠を持って来て、来栖と吉備土に歩み寄り2人の後ろに立ち止まる。
蒸気鍛治の少女が声をかけた訳ではないが、気配が後ろに来た為来栖が振り返り食糧を取ろうとすると、蒸気鍛治の少女が来栖の手をぴしゃりと叩き、少女が年上の武士である来栖に対して手が汚れたままであることを叱り始めた。
(九智来栖が言い負かされている…まあ蒸気鍛治の言い分は間違ってはいないが、よく武士に噛み付くものだな。面倒な上侍がいたら今頃折檻されていても不思議ではないのだが、随分と肝の据わった少女だな。今のうちに私は手を拭っておくか。余計な揉め事は起こさないに限る。)
堀川が手拭いで手を拭い終わったころ、蒸気鍛治の少女が堀川の前までやってきた。
「どうぞ」
寝台の下段に座り込んでいる堀川に合わせて少女も屈んで籠を前に出す。
少女の目は堀川の顔ではなく手を見ていた。
(これは手の汚れを確認されているな。)
格好を見れば上侍だとわかるだろうに、手が汚れていたら容赦なく手を叩くのだろうと少し面白く思いながら、堀川は食糧を受け取った。
「態々悪いな。ありがたく頂こう。」
声をかけて受け取ると、少女はにっこり笑って別の武士のところに移動した。
来栖は堀川の態度を見て安堵していた。
(普通の上侍なら今この車両にいる中で1番の上位者である上侍のところに最初に持って行かなかったことで鰍を叱責しただろうし、蒸気鍛治が武士の手を叩いて説教するなどどう取られるかわかったものではなかったが、堀川殿が穏便な方でよかった。…まして配給を配ってまわる蒸気鍛治に礼を言うとは…)
周りを見ると吉備土達も目を丸くして堀川を見ていた。
(これからの事を考えれば堀川殿が己達の方針にどう出るのか確認しておく必要があるだろう。他の上侍であれば堅将様亡き今、聞くまでもなく菖蒲様すら従えようとするだろうが堀川殿なら話が通じそうだ。)
来栖は手入れを終えて堀川に近づいた。
来栖が近づいた為、堀川は顔を上げて来栖の顔を見た。
「もう終わるので少しばかり待ってもらえるか?」
蒸気筒を拭いながら、堀川は伺いを立ててくる。
「えぇ。邪魔をしているのはこちらですから。」
蒸気筒を拭い終わると、蒸気筒を横に立てかけ座っている寝台の上を軽く叩き
「どうぞ。」
と勧めてくる。
上侍らしくない態度に来栖は少し驚きながらも寝台に腰を下ろす。
「堀川殿は指揮を執らないのですか?今は下侍である己が指揮を執っておりますが…」
来栖は口に出してから言い方が悪いことに気がついた。
(これでは堀川殿が職務を怠慢しているから、己が代わってやっているという意味に取られかねない。叱責されるやもしれんな。)
吉備土も向かい側で渋い顔をしている。
「上も下もない。甲鉄城に乗っている武士は九智来栖の指揮に慣れているものばかりである以上、九智来栖が指揮を執った方が効率的だ。態々私が指揮を執って効率を落とす必要を感じないな。」
「そうですか。」
(上侍から出てくるとは思えない台詞だ。己の質問の仕方の悪さにも文句一つ言わない。)
「ところでそちらの方が年上であるし、必要以上に謙った態度はとらなくて良い。家名で呼ばずとも名前を呼び捨てにしてもらって構わない。カバネと戦闘になった時に一々気にしていられないだろう。他の武士達と同じ話し方で良い。」
来栖達にとって、驚愕の要求である。
上侍を呼び捨てにし、来栖が配下にしている話し方で話せと言っている。
「しかしそれでは堀川殿の立場が…」
来栖は了承しかねていた。
「上侍は私しかいないようだし誰も文句は言わないだろう。公の場では控えるにしても、甲鉄城の中では指示が速やかに通る方がいい。話し方に気をつけていたら指示や注意喚起が遅れました。では目も当てられない。」
道理である。
「では最上も己のことは来栖と。」
普段誰からも来栖と呼ばれる中、堀川からだけは九智来栖と呼ばれていた。
「わかった。来栖。これからよろしく頼む。」
来栖達を見守っていた吉備土達は安堵して食事に手をつけ始める。
(しかし来栖様が年上といっても2つしか違わないというのに、随分と譲歩してくれる。乗り合わせた上侍が最上様だけでよかった。)
倉之助は蒸気筒の仕上げに取り掛かりながら来栖と最上を見ていた。
来栖と最上が食事を終えて装備も整えたころ、後部車両が騒がしくなり来栖が駆け出し、来栖に続いて最上も後部車両へと向かう。
来栖はすれ違う民人から、カバネがボイラー車から出てきたと聞き目を吊り上げる。
「カバネどもめ…」
地を這うような低い声で来栖が悪態をつく。
最後尾のボイラー車の一つ前である民人達の使う車両でカバネリ2人が揉めているのが見えた。
「動くな!」
来栖が蒸気筒を構えて警告するが、無名の手には刀が握られている。
(しまったな。来栖も私も刀は置いてきてしまった。民人が多数残っている車両内での発砲は危険が大きいし、無名殿が無手ならまだしも刀を持っている状態でこちらは蒸気筒のみ。かなり不利だな。今後は敵わずとも刀を常時携帯するか。)
最上は蒸気筒の銃身を握り銃床側に手を添えて、無名が切り掛かってきた場合にせめて一撃受け切れるように構える。
来栖の批難に対して生駒が弁明をしているが、無名の態度を見て来栖が引き金を引き絞る。場の緊張は最高潮に高まっている。
(来栖が発砲したら無名殿はこちらを殺しにくるだろう。)
すぐに動けるように最上が重心を落とした時
「無名さん!」
菖蒲の声が響いた。
菖蒲の声を聞き、来栖は引き絞っていた引き金から指を離した。
蒸気筒は無名達に向いたままだが、来栖は後ろの菖蒲に視線を向けており張り詰めていた緊張は解かれ、最上も落としていた重心を戻して無名達を観察する。
(殺気立っていたのはこちらだけだな。生駒は別として無名殿はただの余裕の現れだと思うが…)
菖蒲の説明要求に対し無名は説明を拒否。駆けつけた六頭領は菖蒲を囲んだまま口々に菖蒲に苦言を露わにする。
最上は菖蒲の横まで下がり、菖蒲の腰に手を添えて2歩程前に進ませ、菖蒲の後方を囲んでいる六頭領達との間に入り睨みを効かせる。
無名から挑発の言葉が出て、再び緊張が高まり始めたとき、ゴンゴンと金属を叩く鈍い音が響く。
鈴木が車両の入り口でバケツを叩いて注目を集めた後、給水タンクの損傷を伝えた。
(給水タンクの損傷は問題だが、鈴木殿はいい時に来てくれた。しかし六頭領は無名殿の実力をわかっていないのか?顕金駅で操車場に向かう時見ていたはずではないのか?実際の戦いぶりを見ていない私ですら、周りから漏れ聞く話で無名殿は異常な程に強いと認識しているのだがな。)
全員の意識が鈴木に集まり、目下の問題に対応する為カバネリ2人から意識が外れたことで最上はため息を吐く。
線路に設置されている給水塔脇に修理と給水の為停車した。
修理が朝までかかると聞き、菖蒲は民人から要望のあった葬儀を行つもりである事を最上に告げた。
「最上。葬儀を行います。何か意見はありますか?」
「率直に申しますが反対です。民人が葬儀を望んでいることは聞きましたが、ここは駅の中ではありません。カバネが蔓延る外なのです。篝火を焚き、大勢が甲鉄城から出ていれば、カバネに嗅ぎつけられます。必要な人員以外が外にいれば避難も遅れます。」
「最上。」
来栖は最上を睨み付けてはいるが、道理の通らない事を言っているわけではないからか、名前を呼んだきり何も言わない。
「私も祈りたいのです。お父様のことを…」
菖蒲にそう言われては最上にはもう何も言えない。
堅将を轢き殺すように指示を出したのは自分であるし、主君の死を悼みたいと希望する総領の意見を無視する事はできない。
最上は視線を落とし
「周囲の警戒に行って参ります。」
と告げて艦橋から出て行った。
菖蒲は出て行く最上を見送った後、
「来栖。私は間違っているのでしょうか…」
来栖に対して問いかける。
菖蒲も最上の言い分が正しいことはわかっているのだ。
ただ正しいからといって、数多くの人達の感情を納得させるものではないこともまたわかっている。
「間違ってなどおりません。このままでは民人達の不満や不安は溜まるばかりです。甲鉄城内で暴動など起こされる訳には参りません。」
来栖の肯定で菖蒲は気を取り直し葬儀の為に指示を出し始めた。
篝火が焚かれ葬儀が始まった。
最上は甲鉄城の上から葬儀を眺めていた。
堅将を轢き殺す指示を出し、更には葬儀の開催に反対した以上、あまり篝火に近づく気にはなれなかった。
菖蒲の姿を眺めていると急に振り返った為、菖蒲の視線を追うと六頭領の間瀬が民人を数人集めてコソコソとしている。
(葬儀そっちのけで何をしているのやら…)
民人達が移動を始め、菖蒲も倉之助と歩荷を連れて後を追う。最後尾のボイラー車方向である。
六頭領はカバネリに対する不満ばかり漏らしていたことから、恐らく民人達にカバネリを襲撃させるつもりなのだろう。
(襲撃した民人をカバネリが傷付ければ、それを大義としてカバネリを追い出すつもりか。)
最上は甲鉄城の上から菖蒲の後を追う。
ボイラー車に向かう民人を菖蒲が止めているようだが、最上の位置からは菖蒲と民人達の声は聞こえない。
菖蒲が歩荷を連れてボイラー車に上がって行くのを、目で追っていると、無名が車内から飛び出しボイラー車の下にいた民人達に刃物を構える。
(最悪だ。…菖蒲様だけでもお護りしなくては…しかし無名殿相手に護りきれる自信がないな。来栖も連れてくるべきだったか…)
最上は蒸気筒を襷掛けにして刀に手をかけ、有事は菖蒲の傍に降りられるよう車両の上を進む。
なにやら間瀬が民人を煽っているようで、ジリジリと民人達が囲みを小さくして行く中、菖蒲から静止の声が飛ぶ。
菖蒲の静止の態度と、動揺して意識を逸らした民人達に気を削がれたのか無名はその場を離れて行く。
歩荷も倉之助も菖蒲を見ており無名を追うものはいない。
(生駒は対話する態度を示しているし、歩荷も倉之助もいる。私が無名殿を追うか…)
無名は炊き出しをしているところに歩いて行く。
もう少し距離を詰めるべく最上が車両の上から降りると少し離れた場所に来栖がいた。
来栖に駆け寄ると訝しんだ表情をこちらに向ける。
「来栖。民人がカバネリを襲撃しようとした。菖蒲様が止めに入られて怪我人はいないが無名殿が出歩いてしまった。生駒と民人はまだボイラー車だ。菖蒲様も倉之助と歩荷とボイラー車にいる。私は無名殿を監視する。来栖は菖蒲様の元へ。」
簡潔に状況を伝えると来栖は頷きボイラー車へと向かった。
最上は少し離れた場所から無名を監視していたが、無名は子供達と戯れていた。
(ああしていると普通の少女なのだがな。)
無名が子供達から離れて炊き出しの方へ向かい、炊き出しわしている女達に話しかけているようだが、最上の位置からは会話は聞こえず女達が動揺しているのだけが確認できた。
どうあれ揉められてはまずいと、最上は無名と女達の間に入るべく駆け寄って行ったが、無名と女達の間に入る前に悲鳴が響く。
篝火方向からカバネだと叫ぶ声がする。
篝火を見遣ると、カバネと思われる女がふらふらと歩いていた。
(あれは甲鉄城に乗車していた民人ではないのか⁉︎潜伏期間だったのか!)
無名が走り出し、通り道にいた武士からすり抜けざまに刀を掠め取り、その勢いのまま刀でカバネを刺し貫いた。
(刀で心臓被膜を貫いた?刀を2本掠め取ったのは、貫くためか?…いや。わかったところで再現不可能な技術だな…)
鰍と話していた無名が何かに反応し、今の状況とは関係のない方へと視線を向ける。
(視線が遠い。何を見ている?)
最上も視線を向けるが目視で確認できるものはない。
しかし車上の見張り役には見えていた。
「カバネだ!数多数!こちらに向かってきている。」
民人達はもう無名のことなど意識の外で我先にと甲鉄城に走り出す。
「早く甲鉄城へ!老人や子供に手を貸してやれ!」
凡そ半数が車両に乗り込んだころ、来栖達がこちらへ戻ってきた。
とうとう目視でカバネの光を確認できる距離まで迫ってきていた。
最上は蒸気筒を構えながら、民人達の最後尾付近から声をかけ続ける。
少しして民人の収容が完了した。
武士は甲鉄城の車両脇の通路や車上から、向かってくるカバネに発砲している。
(車両に取り付かれることなく逃げ切れそうだな。)
甲鉄城が速度に乗り始めたころ、最上は車上からカバネとの距離を確認して艦橋へと向かった。