夜警の交代時間となり甲鉄城の中に雅客達は撤収した。
「今のところ順調な感じだなぁ。」
「まだ生駒達も異常は感じないって言ってたし、これは想定より早く終わるんじゃないか?」
武士達がわいわいと話しているのを聞きながら、雅客はふと違和感を感じた。いつもなら弛みすぎると、気を抜くなだとか注意してくる最上が黙々と刀の手入れに勤しんでいたからだ。
ぱっと見る限りヒビや欠けなどは無さそうだが、何か問題があったのだろうかと思って声をかけた。
「刀になんか異常でもありますか?」
「…。」
無視である。つい先程まで一緒に戦っていたし、怒らせるようなことをした覚えもない。というか機嫌を損ねたところで、この年下は無視などという餓鬼っぽいことはしない。これは軽重は別として異常事態だな。と思い至った。取り落としたりしたら危険なので、刀の手入れが終わるのをじっと待つ。
他の武士も次第に雅客の様子に気がついて、会話を続けつつもそっと様子を窺っている。雅客が一番最上に構いにいっているし、最近は結構"あんた"だのと雑に呼んでたりするので、任せることにした。
最上が納刀したのを見計らって、雅客は肩に手を置いて声をかけた。
「最上様。何かありましたか?」
「っ⁉︎…何もない。」
肩をびくつかせて、わかりやすく驚いておきながら何もないという。
周りで見ていた武士達も、長々待っていた雅客に気がつかず、声をかけたらわかりやすく驚いたのを見て、これは異常事態だと察した。
「何もないわけないでしょう。あんたさっき俺のこと無視しましたよ。刀の手入れが終わるまで眺めてても気がつかないし、あんなにわかりやすく驚いておいてそりゃないです。」
「ちょっと疲れてるだけだ。軟弱で悪いな。」
最上はそれらしいことを言っているが雅客を見ない。
「ほら。さっさと食事を受け取りに行かないと鯖殿達に怒られるぞ。」
どうあっても言う気はないらしい。
(俺がこの人を丸め込める未来は見えないし、あまり食い下がるのも…。)
などと考えて、一つ思い至った。
「わかりました。菖蒲様と来栖に報告しときます。会話もままならない程、疲労しているようです。と。」
「…。」
菖蒲はともかく、来栖はこういう場面で気など使わない。問い詰められるのはさぞ面倒だろう。疲れてること自体は本当だろうけど、このまま放って置いてうっかり死なれでもしては堪らない。
そして即座に言い返さない時点で異常ですと言っているようなものだ。
雅客はずっと最上の顔を見ていたが、最上がやっと顔を上げた。随分と不安そうで少々目が泳いでいる。これはいけない。たぶん作戦そのものがどうとかいう話じゃない。それなら黙ってないで菖蒲に報告をする筈だ。ならばきっと私事だ。
雅客がちらりと樵人に視線を送ると、樵人は頷いて他の武士達を連れて、食事の受け取りに出て行った。
「えっと。知り合いでもいましたか?」
雅客は発言してから気がついた。この年下の親しい人間など、1人も甲鉄城に避難できていなかったことに。自分達は上侍が最上1人で助かった等と考えていたが、家族も友人も知人もみんながみんな、顕金駅にいるはずだ。上侍の交友関係など知らないが、割と付き合いのいい最上に親交のある者が皆無と言うことはないだろう。親交のあった人が1人残らずカバネになっているとは如何許りか。
"躊躇うな。殺せ。あれらはカバネだ。もうお前らの家族ではない。友人ではない。こちらを食らうカバネなのだ。さっさと輪廻に送ってやれ。"
(あの演説じみた指示は自分に言い聞かせていたのか?)
「もう10は殺したかな。少しは躊躇するかと思ってたが全くしなかった。私は…おかしいのだろうか…。」
どうやら自分の感情に疎いらしい。全く気にしていないなら、様子がおかしくなる理由がないのだがわかっていないらしい。
「あんた馬鹿ですか?」
「なに?」
「躊躇わないのはありがたいです。あんた前衛なんですから。でも躊躇わないだけでしょ。精神に負荷がかかってるから、今そんな顔してるんでしょうが。」
「そんな顔?」
「情けない顔してます。飯食ってさっさと寝て下さい。腹が減ってるし、疲れてるから余計なこと考えるんですよ。」
丁度良く、食事を受け取った樵人らが戻ってきたので、さっさと飯を食わせて休ませることにした。
前衛面子の中では、自他共に一段、二段劣ると認めているが、剣術の腕は雅客などよりよっぽどあるのだ。前衛を代われる者は武士達にいないので、早く立ち直って貰わなくてはならない。
友人か知人か知らないが、10も殺しているのだから、少しは感情のままに落ち込ませてやりたいが、そんなことをしていれば死にかねない。
最上は、翌朝には調子を取り戻したようにあちこちに指示を出して回っていた。
本日一度目のカバネ釣りは、釣果が芳しくなく、操車場から無名と生駒が離れ、少し遠くから引っ張ってくることとなった。
跳ね橋前に戻り検討した結果、次に操車場へ向かった際にカバネの集結がなければ、操車場を抑えるということになった。
想定通り、カバネは疎らに彷徨いているのみで集結する様子もない。
全戦力を投入し、扇型車庫内を制圧。蒸気鍛治達が封鎖作業を行った。整備場では4両の車両が確保できたため、予定通り作業車両を使用して、扇型車庫前に掩体壕として設置した。
さらに外側に阻塞を設置し、扇型車庫を拠点として確保することに成功した。
遅めの昼休憩を交代でしていたところ、生駒が菖蒲達に近寄ってきた。
地図を片手にしていることから、なにか提案でもあるようだ。
「あの提案があるんですがいいですか?」
「なんでしょう。まずは聞かせて貰えますか?丁度最上もおりますし。」
机代わりにしていた木箱に、生駒は顕金駅の地図を広げた。
「車庫内にあったトロリーを使って、南西側のカバネを引っ張りに行きたいんです。物見台に登って確認しましたがこの道なら線路は分断されてない筈です。」
生駒は地図上のトロリー用線路をなぞる。
「面子はどうしたい?流石に来栖は駄目だぞ?」
「無名と俺で行きます。あと武士の方から3人ほど手を借りたいです。」
「来栖。どうだ?」
「吉備土と樵人と仁助をつけよう。」
「吉備土。これを持っていけ。」
最上が口径の大きい短筒のようなものを吉備土に渡した。
「これは?」
「信号弾らしい。緊急事態の際は上空に撃て。物見台には誰かしら常駐するからすぐ気がつく。トロリーで応援くらいは出そう。間に合うかはわからんが。こちらの緊急事態は警笛で知らせる。警笛がなったら必ず戻れ。」
「わかりました。」
「それと生駒はある程度判別がつくと思うが、重要施設を爆発させるのはやめてくれ。」
「破壊とかじゃなくて、爆発…。」
「この約半年、お前と無名殿を別行動させると、割と爆発してる気がして…。」
「しませんよ!」
「ならいいが。武士達は生身だからくれぐれも無理はするなよ。欲をかいて引っ張り過ぎないようにな。」
「わかりました。」
生駒達はトロリーに乗って南西へと進行していった。
操車場へは散発的にカバネが来るため、交代制で防衛に当たった。
最上が担当の時間を終えようとしたとき、南西で小規模だが爆発が起きた。
「やっぱりするんじゃないか…。爆発。」
最上はげんなりした。来栖と交代し、物見台へと上がると南西の流民街が燃え盛っていた。
「あぁ。盛大にやったな。信号弾は上がってないのか?」
爆発前から物見台にいた倉之助に、一応確認したがそれらしいものは見ていないと言う。
最上は物見台から降り、下で待っていた服部に指示を出した。
「生駒達が向かった南西側で爆発があった。カバネを盛大に引き連れて来るかもしれん。休憩中の者も準備するように伝えておいてくれ。」
「わかりました。」
服部は了承して扇型車庫へと入っていった。
万が一を想定して、武士達と狩方衆以外は甲鉄城に乗車させた。掩体壕で応戦していた民人も引っ込め、ことが動くのを待った。
倉之助から合図があり、トロリー用の線路を見ていると、煤で汚れた生駒達がトロリーをとばして戻ってきたのが確認できた。
なかなかの数を引き連れており、掃討には苦労しそうである。前衛面子以外は掩体壕の上や甲鉄城の上に陣取り、生駒達が阻塞の内側に逃げ込むのを待った。トロリーが阻塞の内側に逃げ込んですぐに、無名と生駒はトロリーから降りてカバネ達に突っ込んでいき、生駒達が引き連れてきたカバネとの戦いが始まった。
四半刻ほど経ち、カバネは減少方向となってきた。ワザトリこそいなかったものの、カバネの数が多かったため、最上は疲れていた。そもそも交代したばかりであったので、殆ど休憩できていなかったのだ。
援護に入っていた武士達も、最上の動きが悪くなってきているのには気がついているが、今はまだ下げられるほどの余裕がないため、援護を少し厚くすることで対応した。
来栖などは休憩を終えたばかりで、体力も集中力も充分であったので、獅子奮迅の働きである。
少しして、とうとう最上は集中力を切らしたのか、袈裟斬りが浅くなったため討ち漏らしてしまった。袈裟斬りであったことから、カバネとの距離が近い。カバネはそのまま最上に襲いかかった。
これはやられると最上が思った瞬間、最上の肩に蒸気筒が乗り、そのまま銃口が火を噴いた。至近距離から撃たれたことでカバネは後ろに2歩ほど後退した。
顔面直近で発砲され、顔に軽い火傷を負い、発砲音で耳をおかしくして目を白黒させていると、襟首を掴まれ後ろに放り投げられた。
入れ替わったのは、いつのまにか掩体壕上から降りてきていた雅客だった。雅客に前線は支えられないが、援護の武士達が掃射をし、雅客もカバネに向かって何かを投げた。
カバネの前には自決袋が撒かれ、武士達の掃射により爆発した。
雅客は自決袋を投げた瞬間、踵を返して逃げ、勢いを落とさず最上を伸ばした腕で回収した。ラリアット状態であった。
最上は、だいぶ前に出ている来栖などとは違い、阻塞と阻塞の間を塞ぐように阻塞の少し前方で戦っており、最上が抜けた穴は直ぐに阻塞が追加され、来栖と無名の援護をしていた者から、さらに応援が回された。
吉備土と鈴木により擲弾まで投下され、最上が担当してた位置の前方は再び爆破された。
「怪我は?」
「えっ?なんだって?」
雅客が怪我の確認をするが、片耳がまだおかしいため、よく聞こえず最上が聞き返す。
「怪我はありませんか⁉︎」
「耳がキーンってしてるだけだ。」
「ならいいです。」
雅客が大声で確認してやっと回答を得られた。
追加で擲弾が投下され爆破が行われ、最上が担当していた場所はなかなか綺麗に片付いた。周囲の建物までなくなってしまったが。
状況が落ち着き、他の前衛面子も引き上げてきた。まだまだ元気な来栖と、カバネを引き連れてきた生駒のみ前衛として残り、武士の三分の一が援護。甲鉄城から蒸気筒を使える民人を出して掩体壕から迎撃させている。
「吉備土。引っ張りすぎでは?」
最上から当然の苦言である。
「いや。すまない。」
言い訳はないらしい。
「なにやら爆発していたが、重要施設じゃあないだろうな。南西の流民街はまあいいが、その辺はどうだ。」
「南西の歩哨所がふき飛びました。保管されていた火薬に引火したようで。」
「ああ。あそこ…。まあいいか。」
最上は疲れ切っており、嫌味を言う元気もないらしい。顔に少々火傷をしたため、頬には大きい絆創膏を貼られている。
「むしろ子犬ちゃんが担当してたところの方がふき飛んでねぇか?」
「返す言葉もない。」
別に最上がふっ飛ばした訳ではないが、前線を支えきれなかったのが原因であるため反論はしなかった。
その後、検閲所よりは忙しいものの、交代で警戒を回し2日目が終わる。
ホモ君はなんだかんだ鋼のメンタルをしているので立ち直るのは早いです。
半年の旅路で、生駒と無名をセット運用すると爆発するイメージがホモ君にはついてます。って捏造設定。