「八代駅、欲しいなぁ。」
「いやいや!なに新しい筆欲しいな。くらいの感じで言ってるんですか。」
間諜からの報告を届けに来ていた服部の前で、最上がとんでもないことを言い出した。
「八代駅は石炭が採れるんだよ。駿城でも熔鉱炉でも使うしいくらあっても邪魔にはならない。八代駅の生き残りに政をできるような奴はいなかった。道元様経由で半年近く親類も探してもらったが名乗り出ていない。甲鉄城の民人を引き取れと言われたくなかったのか、本当にいないのかは知らないがな。となれば我々が奪還すれば我々の物だ。」
「山賊か何かですか?」
「馬鹿言え。当然の権利だ。…まあ今八代駅の面倒など見られんから、暫くは無理だが。」
「もし八代駅の領主の親類が名乗り出たらどうします?」
「我々が奪還してからなら知ったことではない。だが自ら奪還のための助力を乞うなら協力しよう。何割か利権はいただくが。」
「えぇ…。菖蒲様が許しますか?それ。」
「菖蒲様とて、総領としての教育を受けておられるのだから頭ごなしに拒否はせん。最終的に菖蒲様の許せる範囲に落とせれば問題ない。通常ならあり得ないくらい、優しい条件にはなるだろうがその分恩は売れる。私と道元様が散々圧力をかけた後に、菖蒲様が条件を大幅に引き下げたら天照のように見えることだろうよ。」
「うわぁ…。」
「奪還後なら譲らん。血を継いでいるだけで、なにもしなかった者に権利などない。」
「それ。通りますか?」
「通るさ。八代駅の民人ですら、自分達のために何一つしてくれず、奪還後に権利だけ掠め取りにくる者など願い下げだろうよ。」
「顕金駅をもっと再興してからじゃないと、流石に八代駅までは手がまわりませんね。」
「そうなんだ。顕金駅ですら役人不足だからな。今の体制から人を削ったらどっちも立ち行かんしな。」
「もし実現したら領主は誰になるんです?」
「私か勘太郎殿だろうな。道元様はなんとしても顕金駅に残したい。」
「最上様が行く可能性あるんですか⁉︎」
「そりゃあるだろう。政ができて顕金駅の利益の為に働くとなれば我々しかいないし、落ち着いた頃なら別に私が居なくとも困るまい。私には配下もおらんし、ごそっと引き抜いたりはせん。流石に役人とか流民上がりの武士とかは多少は貰って行くがな。」
「居なくなったら困ります!」
「何故?…ああ。道元様や勘太郎殿にわからないことを聞きにくいか。2人共怖くはないぞ。」
「違いますよ!」
「なら何が困る?これといって思い当たらないんだが。むしろ勘太郎殿よりは私の方が強いし、行くなら私の方が良いと思うがね。」
「そういうとこ!もう!そういうところどうかと思います!」
「何を怒ってるんだ。」
机をばんばんと叩いて憤慨する服部に、最上は首を捻る。
実務的には最上が行っても勘太郎が行っても変わらない。しかし服部からすれば、最上は一緒に戦ってきた仲間である。当然のように残るとしか思ってなかったのにこれである。
この年下は平気で1人で行こうとしている。来栖の配下など絶対連れて行かないのだろう。
「もう怒りましたよ!帰ります!」
「そうか。報告書は受け取ったし構わない。」
「失礼します!」
「…何を怒ってたんだ?」
すたーん!と勢いよく襖を閉めて服部が退室して行ったのを見てさらに首を捻った。
服部はそのまま、今でも武士達がよく集まる雅客の家に突撃した。
「…とか言ってたんだけど!なんなのあの人!」
「えぇ…。」
「あぁ…。いや。うん。」
「最上にとっては己は九智家の当主で、お前たちは九智家の配下だからな。言いたいことはわかる。普通他家の当主が拡大した領地の為に、異動したとして困らんだろ。というところだろう。」
「来栖。」
雅客の家には樵人と珍しく来栖が居た。
「克城で失った信頼がここに…。」
雅客が両手で顔を覆って呻いた。
たらればの話であるが、克城での問題がなければ、恐らく最上が武士達を来栖の部下であって、自分は関係無いのだと割り切ることはなかっただろう。最上なりにじわじわ歩み寄っていたところで外された梯子は、割り切ってしまったことでそういう意味で二度とかかることがなくなった。
基本的に根に持ってネチネチ言われることもなければ、ふとした時に蒸し返して引き合いに出すこともない。怒ってないので当然である。
普段はめちゃくちゃこき使われるし、社交的に接してくるので忘れがちだが、時折引かれた線に気付かされる。
「ゔゔ…。結構仲良くなったと思ったのに。」
「事実たぶんお前が一番仲良いだろう。割とお前が使われることが多い気がするが?」
「そうだが!そうじゃない!」
「八代駅をうちが手に入れなきゃ良いのでは?」
「でも顕金駅の利益になるなら反対するの無理じゃないか?」
「落ち着いたら確保しに行くだろうな。」
「なんとかして勘太郎様が行くようにするとか?」
「無理だろ。」
「いっそ着いてくか?雅客。」
「ゔゔぅん。」
「そこで即答せんから、最上も呼ばんのだろう。」
「ゔっ!」
来栖がとどめを刺したため、雅客がそのまま倒れ込んだ。
「来栖。言い過ぎじゃないか?」
「だが事実だ。最上が言っているのはそういう話だろう。着いてくるか聞いても、どうせ誰も希望せんから文句の言えん者を連れて行くだけの話だ。勘太郎様と同じ立ち位置からものを言っているだけだ。どうせ選んでやらんくせに、最上からの信頼を求めるのは止めろ。」
「来栖は割り切ってるな。」
「己とて勘太郎様と最上なら最上に残って欲しいが、政に関することなら己が口を挟める範疇ではない。」
「それはそうだが。」
「あっ!瓜生!」
「あっ復活した。」
「何が瓜生?」
「最上様くらいしか瓜生使えないじゃん⁉︎どうすんの⁉︎」
「連れて行くのでは?」
「あいつらむしろ着いていきそうだな。来栖とも吉備土とも相性よくないし。」
「あれ?これ。勘太郎様だったら狩方衆行かないのでは?」
「これは最上様で確定か?」
「ちょっと!嘘だろ⁉︎」
武士達が喧喧諤諤意見を交わすこの話題であるが、実は菖蒲に聞いたら一発で決まるのである。
「最上が行く?ダメです。」
ただこれで方が付くのである。
菖蒲が駄目だと言ったら駄目なので、どうにかするために派遣する人員を、最上がせかせか調整することになる。
菖蒲は半年前ならいざ知らず、もうすでに本人の希望は関係なく手元に置いておくと決めたのだ。
さらに道元が
「最上君が?駄目だな。齢が足りん。いくら顕金駅の下につくといっても、領主が齢で舐められては堪らん。能力はあっても純粋に見た目の威厳が足りない。菖蒲殿の為に私をここに残したいのは、そういう理由だろう。何故自分に適応されないと思った?海門でも舐められたのだろう。学習したまえ。」
と最上を正論でぼこぼこにする未来があることをまだ誰も知らない。
八代駅の領主の親戚さえ現れなければ、たぶん行くのは勘太郎かな。