「戻った。」
「あっ最上さんおかえり。」
最上が夜に自分の屋敷に帰ったら、何故か無名が居座っていた。
「無名殿?何事か?」
「ごめんごめん。小夜達と遊んでたら帰らないでって言うから泊まらせてもらっちゃった。」
「それは構わないが鰍殿は知っているのか?」
「うん。糸さんに伝言お願いしちゃった。」
「そうか。なら良い。」
糸とは最上の家に通いで来ている使用人見習いの女である。金剛郭からの民人で商家の娘であるが、後継ぎの長男がいた上、裕福であったため使用人の世話になっていたらしく、家業のやり方も継いでいなければ、家事もまともに出来なかった。器量も良しとはいえず、二十半ばでやっと結婚が決まったのに金剛郭が崩壊。甲鉄城では暫く泣き暮らしていたのだが、少しずつ元気を取り戻し不慣れながら炊き出しなどの手伝いをしていた。顕金駅奪還に伴い早急に仕事を決めなくてはならず、何も出来ないとおろおろしていたところ、最上の家の使用人に確定した穴子と鯉に誘われて、最上の家の使用人見習いとなった。最初は住み込みであったが、最近は蒸気鍛治の男と良い仲らしく通いと相成った。
無名は鰍の家に世話になっており、恋仲の男が蒸気鍛治の糸が伝言を請け負ったという訳だった。
「無名ちゃーん!まだぁ?」
「こら小太郎!もう夜なんだから大きい声を出すんじゃないよ。」
「今行くー!じゃあ最上さんおやすみ!」
「ああ。おやすみ無名殿。」
大きい声で無名を呼んだ小太郎が、鯉にぴしゃりと叱られているのに、無名も大きい声で返事をして走って行ったので、無名も鯉にちくりと注意されていた。ごめんなさぁい。という謝罪の声と子供達の笑い声が聞こえてくる。
「お疲れ様でした。」
「ああ。穴子さん変わりはないか?」
「特には。下緒はしっかりやっていますか?」
「大丈夫だ。静殿は教えるのも上手いし、下緒も物覚えが良い。」
「それはようございました。」
最上は穴子の世話になりながら、食事をとって持ち帰りの書類を少し片付けてから就寝した。
翌朝
「最上さんおはよう!」
「ん。…おはよう。」
「最上さん目ぇ覚めてなくない?いつもの半分しか目開いてないよ?」
「いつもそうだよ。下手すると半分寝ながらご飯食べて、穴子さんに怒られたりするし。」
「ええー。そうなの?意外。」
朝食の席で最上は隣に座った小夜に膝を叩かれていた。
「む。寝てた。すまんな小夜。」
「ねる。だめ。」
「最上さん小夜にも怒られてるじゃん。」
「よくあるよ。」
無名と小太郎はからから笑っていたが、静かに食べなさいと穴子に叱られた。
最上が出仕の準備をしていると、無名が一之進を伴ってやってきた。
「ねぇねぇ。一之進がね。剣術教わりたいんだって。」
「へえ。なら比較的暇な武士に渡をつけよう。」
「最上さんじゃ駄目なの?来栖の次に強いんでしょ?剣術。」
「いつも帰宅は大体あの時間だ。無理だな。服部辺りに言って都合をつけよう。一之進。」
「はっはい!」
「こういうことは無名殿に頼らず自分で言いなさい。」
「ごめんなさい。」
「あっ!違うよ!昨日一之進と話してて、剣術したいって言ってたから私が勝手に。」
「だが今無名殿の後ろで黙って聞いていたのも事実だ。」
「最上さんの意地悪。」
「それで構わない。一之進が私を苦手に感じているのも知っている。だが武士の子として武士を目指すなら、女子の後ろに隠れているようでは駄目だ。…まあ無名殿は私より強いがな。」
「よくわかんない。」
「無名殿はわからなくても問題あるまい。一之進。武士になりたいのか?それともただ剣術をしてみたいだけか?」
「っ!父上みたいに武士になりたい!」
「そうか。なら私にも自分から声をかけられるようになるんだな。」
「わっわかりました!」
「こういうのやっぱりわかんないなぁ。」
「生駒は蒸気鍛治だし、わからなくても問題あるまいよ。」
「なっなんで生駒が出てくるの⁉︎」
「…?恋仲なのでは?」
「こ…恋仲…!そ…そう…かな。」
無名が顔を真っ赤にしてもじもじとしている。
「生駒にはうちに泊まったことはちゃんと報告しておきなさい。」
「なんで?」
「あのな。私も歳のそう変わらぬ男なのだから、理由をちゃんと説明しておかないと心配するだろう。無名殿の口から聞くのと、他人から噂を聞くのではだいぶ違うぞ。」
「えっ⁉︎か…かか…勘違いとかされるってこと⁉︎」
「まあうちには子供もいれば使用人もいるから、勘違いするかはわからんが恋仲なのだから報告はすべきだと思うぞ。」
「だって最上さんだよ⁉︎絶対そんなことになんないじゃん!」
「なんだその信頼。」
「そんなふうに見たことないし!私より弱いし!」
「…私とて傷つくんだが…。」
「あっごめん。」
「まあいい。ちゃんと報告するんだぞ。鰍殿と一緒でも良いから。」
「わかった!」
「ではそろそろ時間なので失礼する。」
「はーい。いってらっしゃい!」
「…いってらっしゃいませ。」
「ああ。行ってくる。」
最上は疾風に乗って出仕して行った。
無名は最上に言われたとおり、生駒に報告することにした。勿論鰍も一緒に。
「ええ⁉︎最上さん家に泊まった⁉︎」
「うん。小夜達がね。帰らないでって言うから…。一之進と小太郎と小夜と二之介と5人で並んで寝たんだよ。兄弟とかいたらあんな感じなのかな。」
「も…最上さんは?」
「私たちが寝るちょっと前に帰ってきたから挨拶はしたよ。朝もご飯みんなで一緒に食べたし。あっ聞いて聞いて!最上さん朝弱いみたいで目半分も開いてなかったし、小夜に寝るなって怒られてたの。」
「そうか…。」
「それでね。朝最上さんに、泊まったことはちゃんと生駒に報告しなさい。って言われたの。噂とかで聞いたら心配するからって。…生駒…心配…する?」
「当たり前だろ!…最上さんだって男なんだから。」
「だって最上さん私より弱いよ!」
「お前。それ最上さんに言ってないだろうな!」
「言っちゃった。」
「こら!失礼だろうが!」
「ちゃんと謝ったもん!」
鰍はまだまだ続く二人の会話をにまにましながら聞いて、朝から幸せな気持ちを充電してから一日を過ごした。
ホモ君家の使用人は、穴子さんと鯉さんになりました。
下緒がホモ君家を卒業したので、新しい使用人見習いは補充されてます。
流民は沢山入ってくるので、即戦力ではない女性の内からチョイスしてます。
城には鯖とか下緒とかがいるので、城の使用人として即戦力採用された人達は、さりげなく観察されて報告されています。
一之進が武士の子設定は勝手にやりました。それっぽい見た目だからってだけですが。上侍派閥の下の方の子のつもりで書いてます。