艦橋に菖蒲の姿はないが来栖が控えている。
菖蒲が艦橋に戻る前に、六頭領が艦橋へ来て大声で菖蒲を呼ぶ。
急いで戻ってきた菖蒲に対して、六頭領はカバネによる襲撃は、カバネリを乗せたためだとして責任を追及する。来栖は六頭領の態度が無礼であると反論している。
(カバネリがカバネを呼ぶ…ね。少なくとも無名殿はカバネなど呼ばずとも、甲鉄城の人間を皆殺しにできそうだがな。)
「六頭領の各々方。駅の外であれだけ盛大に篝火を焚いて、カバネに嗅ぎつけられないと思っておられたか?カバネリがカバネを呼ぶという話より、篝火に誘き出されたと考える方がよほど自然だが。そして、葬儀の件は民人達からの強い申し出であったと認識しているのだが私の勘違いか?」
最上はため息を吐いた後、六頭領に視線をめぐらせながら皮肉を告げる。
六頭領からすれば菖蒲達よりも若い武士に口答えされるなど面白くないことこの上ない。
まして反論の内容は自分達の因縁じみたものと違い痛いところを突いてくる。
「黙れ若造が!!菖蒲様と話しておるのだ!!引っ込んでいろ!!」
大声で怒鳴りつけるが、最上は六頭領を睥睨するばかりだ。
六頭領は最上をやり込める事を諦めたのか、菖蒲に視線を戻し慇懃無礼な態度で菖蒲を責め立てる。
来栖は声こそあげるが、手は出さないと確信があるからか六頭領は来栖を気にしない。
菖蒲の目が不安に揺れているのが、最上には確認できた。
(これは菖蒲様が折れるか…)
とうとう菖蒲は親鍵を手放した。
親鍵を受け取った阿幸地は侑那に山越えルートへの変更を指示する。
菖蒲は反論するが阿幸地に強く出られずに黙り込んだ。
「親鍵を受け取った上で指示を出すのだから、これ以降阿幸地殿が責任を負われるということでよろしいな。」
「歳若い菖蒲様に変わり、私が責任を持って金剛郭へと導こうではないか。」
最上の言い分に、阿幸地が尊大な返答をする。
(六頭領…数が多くて面倒だな。きっとこれから好き勝手動き始めるのだろうな…監視するにも目も手も足りない。)
(しかし私が菖蒲様に取って代わるわけにもいかぬし、かといって六頭領を武力で抑え込むのも現実的ではない…困ったな…こうなると上侍のお歴々がいてくれたらなどと考えてしまうな。)
菖蒲と来栖が艦橋から出て行く中、最上は艦橋に残り阿幸地の監視をすることにした。
菖蒲は最上が自分について来なかったことで、一連の件で失望されたのだなと考えていた。
「来栖。…私は…」
何かを口に出したいのに言葉が出てこない。
「菖蒲様…」
来栖も菖蒲にどう声をかけて良いかわからない。
2人とも意味のある会話をすることはなく吉備土達と合流した。
「来栖。最上様はどうした?」
「艦橋に残っている。」
吉備土からの質問に来栖は簡潔に返答する。
菖蒲は視線を落とし呟いた。
「私が信頼を失ったから…でしょうか…葬儀の件、最上は反対していました。押し通したのは私です。」
吉備土達は艦橋にいたわけではない為事情が分からず来栖に目を向ける。
来栖は六頭領達の言い分と最上の言い分、そして親鍵を渡したことを説明した。
「菖蒲様。最上様は恐らく六頭領を監視しているだけかと思います。阿幸地殿に責任の所在を確認したというなら、何かあれば責任を追及して追い落とすつもりかと。」
「…そうなのでしょうか」
菖蒲は自信なさげに顔を上げる。
「最上様は元々菖蒲様の護衛ではありません。菖蒲様の護衛に来栖が付いている以上、単純な武力という意味では最上様は必要ではありません。ですが六頭領の動きを監視し、政の方面から攻撃する力は、乗り合わせた武士の中では最上様位しか持ち合わせておりません。そういうことは来栖には全く向いておりませんから。」
吉備土が最後に事実ではあるが余計な一言を付け加えた為、来栖は黙ってじろりと吉備土を睨む。
菖蒲は来栖達のやり取りを見て少し気持ちを持ち直した。
最上は、阿幸地がカバネリ2人の乗るボイラー車を切り離す指示をした時、口を出さずにただじっと観察していた。
(そろそろ切り離す頃合いか?)
などと最上が考え始めたころ、甲鉄城の天井に物が当たっている音が響く。
阿幸地は天井を見上げて視線を彷徨かせている。
指示を出す様子がない。
「阿幸地殿。恐らく高地からカバネが甲鉄城に取り付いたぞ。」
「わかっている!珍しいことではないだろう!いつも通り銃眼から迎撃させれば良い。」
「なら早く指示を回せ。ここで喚いても他には伝わらんぞ。」
「くっ!」
阿幸地が悔しげに伝声管に取りつこうとした時、伝声管から
「カバネだ!カバネが入ってきた!どんどん進んできてる!七両目から後ろはもうダメだ!」
悲鳴じみた報告が入ってくる。
阿幸地と修蔵が酷く動揺している。
(ここにいても時間の無駄だな。)
最上は艦橋から黙って出て行った。
前方車両に逃げる民人とすれ違いながら、後方車両に向うとバリケードの設置が間もなく終わるころであった。
バリケード後方に詰める武士の中に菖蒲の姿がある。
「菖蒲様。何故こちらに。前方車両にお下がりください。」
「いいえ。私も戦います。ここから先に行かせる訳には参りません。」
菖蒲は強い眼差しで最上に返す。
最上がちらりと来栖の様子を窺うが、来栖は武士達に指示を飛ばしており、菖蒲を下げるつもりはないようだ。
「承知しました。」
最上がそう返したころ丁度バリケードが完成した。
カバネが少し手前に設置したロッカーを倒しこちらへと向かってくる。
吉備土の号令で掃射が始まる。
菖蒲の蒸気弓や武士の蒸気筒で応戦するも、このままではいつか押し切られる。
来栖は吉備土から接近戦の可能性を示され刀を取りに前方車両へと下がっていった。
接近してくるカバネに対し手数が足りていないことから、とうとう均衡が破られた。
倉之助の支える盾にカバネが取り付き引き倒しにきたのだ。
「手を離せ!」
最上は前のめりに体勢を崩した倉之助の襟首を左手で掴み、後ろに引きつつ盾に右足で蹴りを入れる。
倉之助は転倒したが、他の盾よりも後方である。
一方最上は倉之助を後ろに引きつつ、全力で盾を蹴り飛ばしたことで、盾より一歩前に出ている状態だ。
最上はカバネの為というより無名への対策として、刀を常時持ち歩いていた。
倉之助を引っ張る為に蒸気筒から離していた手を腰の刀へと伸ばし体勢を低くして横なぎの一線をする。
横なぎに振られた刀を数体のカバネは後退して避け、後退しきれなかったカバネは大腿を深く切られて仰向けに転倒した。
最上はそのまま下がることなく壁際に置かれた火薬樽へと飛び乗った。
「最上!」
菖蒲が最上を呼ぶが最上は集まるカバネを見ているだけで答えない。
最上の援護をしようにも火薬樽があるため発砲はできない。
最上は自決袋を樽の上に落とし、盾側から寄ってくるカバネ目掛けて飛び出した。カバネの顔面を踏みつけながら叫ぶ。
「撃てぇ!!」
最上の指示に一斉に火薬樽に向けて発砲する。運良く誰かの撃った弾が自決袋に当たったのか火薬樽は爆発した。
爆風に煽られた最上は盾の上を越え武士達の後方に落ちた。
最上にはカバネリのような身体能力はない為着地に失敗し豪快に転倒しそのまま対角線の壁に上下逆さまに激突した。
「…いったぃ」
無様にひっくり返ったまま蚊の鳴くような声で最上が声を漏らす。
倉之助が駆け寄り最上を介抱する。
カバネはまだまだ残っている。
「キリがない。」
吉備土が小さく漏らした時、来栖が戻ってきた。
「菖蒲様。お下がり下さい。」
一言告げ前に出る。
来栖は向かいくるカバネを何体も叩き切る。
「倉之助…。来栖って本当に人間かな?」
最上が倉之助の手を借りながら立ち上がりつつ、ぼそりと言う。
最上が決死の覚悟で爆破特攻してまで殺したであろうカバネの数を越えたあたりで遠い目になる。
着地時に手放した刀を拾い鞘に戻しつつ様子を見ると綺麗に片付いていた。
(埒外の強さだとは思ってたがこれほどとは…万が一カバネリ2人と戦うことになったら来栖には無名殿をお願いしよう…ちょっとついていけない…)
「最上様。大丈夫ですか?」
「今はまだ…落ち着いたらしばらく使いものにはならないと思うが。」
雅客が蒸気筒を拾い装着している最上に近づいてきて声をかける。甲鉄城に乗ってから来栖以外の下侍から声をかけられたのは初めてだった。
「来栖!!」
吉備土の大声に全員の視線が来栖に向く。
刀を携えたカバネが来栖と衝突した。
一合目で来栖が受け流せなかった時点でどう考えても強い。
最上は蒸気筒の安全装置を外しつつ盾の前にいる菖蒲の前に控える。
来栖とカバネの激しい打ち合いに手を挟む余地がない。
(これはどう考えても私が入ったら邪魔だし死ぬな。)
来栖がカバネを弾き爆破により開いた穴まで後退させる。
このまま車外へ放り出せれば良かったがカバネは体格が大きく両手を広げて踏み留まる。
来栖は突きの構えでカバネに向かうがカバネの心臓に当たり来栖の刀が折れる。
来栖の刀が折れた瞬間最上は駆け出した。
刀が折れたことで一瞬動揺した来栖は隙だらけであった。最上は来栖の腰骨辺りを思い切り蹴り飛ばす。来栖と最上の間をカバネが突き出した刀が通り抜ける。カバネが前に出たことで最上とカバネは刀の間合いよりも近い。
蒸気筒を縦に構えカバネの顎下へ押しつけて引き金を引いた。
頭を撃ち抜かれたことでカバネは僅かに後退したが車外に放り出すには足りない。
最上がもう一撃叩き込もうとする前にカバネの左手から袈裟懸けの一撃が降ってくる。
蒸気筒を頭上に掲げ受け止めるが、力が強くそのまま膝をつく。
「体勢そのまま!撃てぇ!」
吉備土の号令で掃射が始まる。
来栖は最上に蹴られた後転倒していたし、最上も膝をついたままだ。
跳弾の危険はあるが、直接誤射する心配はない。
カバネの意識が吉備土達に向き後退し始めたことから、来栖は身を屈めたまま座り込んだままの最上に近づいて最上を抱えて後退した。
盾の後ろにつき最上から手を離す。
「さっきは助かった。最上は大丈夫か?」
来栖が最上に声をかけるが
「いや。もう無理。」
情けない応えが返る。
倉之助が駆け寄り最上を立たせようとするが、膝が笑っており立てそうもない。本人の申告通り無理そうである。
最上が刀を鞘ごと引き抜き来栖に差し出してくる。
「重さも反りも違うだろうから、使いづらいかもしれないが無いよりマシだろう。使ってくれ。」
「助かる。」
来栖は差し出され刀を受け取った。
最上は引き摺られて大きく後退した。
前線では来栖が刀で主力を担いつつ、吉備土達が蒸気筒で援護をしている。
来栖の集中力と体力が尽きれば戦線は崩壊するのが目に見えている。
長期戦は明らかにこちらが不利であるが、こちらには決定打がない。
全員の顔に焦りが浮かんでいる。
その時車上から男の声が響く。
「誰でも良い。俺に血を寄越してくれ。俺が其奴を倒す!!」
生駒が天井に開いた穴からこちらを覗き込んでいる。
「そうか。あいつの武器なら。金属被膜を破れる。お前達も見たろう。あれがカバネの心臓を貫くのを。」
吉備土が生駒の戦略価値を示した。
菖蒲は吉備土の言葉を聞いてすぐに駆け出した。車上に上がる梯子を登って行く。
ハッチを開き生駒を呼ぶ。
「これは契約です!私の血と引き換えに!生駒!戦いなさい!」
菖蒲が自分の手首を護身刀で斬りつけ生駒に血を差し出す。
血の匂いに釣られたカバネが車上に上がるべく天井に開いた穴に取り付いた。
来栖がすぐさまカバネの胴体に刀を突き刺しながら取り付く、来栖に続いて数名の武士がカバネを引き摺り下ろしにかかる。
カバネが天井から落ちると同時に生駒が天井からカバネ目掛けて落ちてくる。起きあがろうとしたカバネの上にそのまま着地し、カバネの心臓に武器をあてがう。
蒸気筒とは少し違う発砲音がした後、前線は静まり返った。
少しして菖蒲が左手を掲げ声を上げる。
「六魂清浄!」
吉備土が続き勝鬨があがる。
生駒が来る少し前から意識を保つのに苦労していた最上は壁に背を預けたまま完全に意識を手放した。
ワザトリ君の倒し方はアニメより漫画の方に寄せました。
あの運動性能を持つワザトリ君が、生駒にあっさりひっくり返って起き上がりもせずにトドメを刺されたのがなんとも言えないもので。漫画だとよってたかって押さえ付けてたので此方の方が個人的にスッキリしました。