「こちらが今日やってきた駿城の商人より買い付けた外国の製法で作られた酒になります。果実酒の一種ですね。」
「ほう。これはいいですな。」
「私には少し渋いです。」
「はははっ。女性や子供の口には合わないかもしれませんな。」
阿幸地が、他の駅から持ち込まれた果実酒を菖蒲や道元に差し出していた。
「最上くんもどうだね。」
「いえ。堅将様に二度と酒を飲むなと言われておりますので。」
「おや。そうだったのか。そう言われるとどうなるのか気になるな。」
「お許しください。」
阿幸地も実は少し気になっているが、奪還直後は何かあっては恐ろしいため避けたのだ。しかしここには道元がいる。物理的に止められる来栖もいる。他の駅の客がいるわけでもない。
これは最上の醜態を拝む絶好の機会ではと思い至った。
「しかしながら、誰も最上様がどうなるのか把握できてないのは、些か問題ではないですか?ご自身でも把握しておられませんよね?もしこの果実酒のような、初見の物を出されたら避けられない場合もあるやもしれませんよ。」
「むっ。」
最上の醜態を把握していた堅将は既にいない。本人も把握していない。上侍が生きていれば知っている者もいたかもしれないが、現状で最上が酔ったらどうなるか知っている者はいないのである。
最上が、阿幸地の言うことに理があるとわかっていながら、未だに堅将の指示を思い出して困っていると、道元が追い討ちをかけた。
「なら今日の夜、気心の知れた者だけを集めて試してみよう。」
道元も最上の醜態はちょっと見てみたかったのである。
「いやしかし…。」
「なに。無礼講だ。なにをしても問題にはせん。」
渋る最上は最終的に道元に押し切られた。
とはいえ菖蒲が同席して大丈夫な酔い方かわからないため、武士達数名を誘い万全の状態で夜を迎えた。阿幸地は酒の提供元として勿論参加である。雅客達は急に酒の席に誘われて困惑したが、事情を聞いて喜んで参加を決めた。誰も彼もが最上の醜態を拝むために参加したのである。
その下心がないのは菖蒲と来栖くらいであった。
(そういえば芸者遊びの時も飲んでなかったな。)
(確かに。)
以前芸者遊びに同席した者達はコソコソと話し合っている。
酒席が始まり、まずは阿幸地の持ち込んだ果実酒が提供された。渋味を気にいる者と、顔を顰める者で真っ二つに分かれた。最上は顰めた側である。
「おや。お好きではありませんか。」
「渋い。」
「そこが良いのですがね。」
「舌がお子様で悪いな。」
元々望んで酒席に着いたわけではないため、少々ご機嫌斜めである。
注がれた果実酒を半分も飲まぬうちに最上の顔が真っ赤になった。ちょっと目を離した隙に急激に顔色が変わったため、武士達はぎょっとした。仁助が慌てて最上に近寄る。
「最上様?真っ赤になってますが、大丈夫ですか?」
「…うん。」
問いかけには反応したが、既に頭がふらふらと揺れており全く大丈夫には見えない。かろうじて掴んでいるびいどろの洋盃を取り上げて、水の入った湯呑みを持たせる。
「水です。飲めますか?」
「…。」
全く飲む気配もなく、瞼が半分落ちている。これは異常だと周囲の武士達の視線が阿幸地に向くが、阿幸地は顔を青くして首を必死に振っている。
「誰か楓殿を!」
道元の指示を受けて弾かれたように来栖が部屋の外に出ていった。
「最上様?飲めますか?」
仁助が、最上の湯呑みを持つ手に手を添えた瞬間に最上の意識が完全に落ちた。崩れ落ちた最上と湯呑みを仁助が受け止める。
「最上様⁉︎」
酒席会場が騒めく。
「騒ぐな。倉之助君。人払いを。倉之助君以外誰も外に出るな。」
「はっはい!」
道元の指示が飛び、倉之助が外に出る。武士達は口を噤んで様子を窺う。阿幸地の様子から一服盛ったとは考えられないが、雅客は阿幸地の斜め後ろを陣取った。
仁助は最上を横向きに寝かせ、脈をとっている。
「どうかね。」
「泥酔からの意識喪失に似てますが…。」
「下戸にしても弱すぎないかね?」
「私にはなんとも…。」
「戻りました!」
道元が仁助と様子を窺っていると、来栖が鞄を抱えた楓を横抱きにして戻ってきた。早すぎる戻りであった。抱えられた楓の顔が真っ白である。
「あぁ…怖かった。」
降ろされた楓はぽつりとつぶやいてから顔を引き締め仁助に近づいた。
仁助が楓に飲んだ量やその後の様子、脈などを説明し、楓が様子を観察した結果。
「最上様はとんでもなくお酒に弱いようですね。あれがお口に合わなくて良かったです。洋盃を空けられてたら死んでいたかもしれません。」
「死っ⁉︎」
「ええ。死にます。とりあえず昏酔してますから、経過観察を続けましょう。一応点滴入れましょうか。」
「下戸ということか?」
「そうですね。ですが酒に弱いというより、飲めないと解釈してください。最上様にとって酒は毒と同じと考えてください。」
楓が仁助や道元と話しているのを聞きながら、周囲は胸を撫で下ろした。
(しかし堅将様はなぜ最上様に教えなかったんだ?)
(確かに本人が知らないのはおかしいよな。)
武士達はひそひそと言葉を交わす。
阿幸地は最上の醜態を見て笑うつもりが、自分の首が一時怪しくなって冷や汗をかいた。
「阿幸地殿。」
「はいっ⁉︎」
阿幸地が息を吐いていると、いつの間にか目の前に道元が居た。
「このこと、他言無用で願います。」
「勿論です!」
道元の笑顔を見て、これは他言したら死ぬやつだと判断した阿幸地は即答で快諾した。
「同席した皆の者も他言無用だ。」
武士達は神妙に頷いた。なにせ最上の明らかな弱点である。しかも殺せるときたものだ。
「何故お父様は最上に教えておかなかったのでしょう。」
「お父上はとりあえず自分が指示しておけば、最上君は絶対に飲むまいと信じておられたのでしょう。お父上より上位者は駅にはおりませんし、それ以外で最上君が単独で、上位者と飲む機会もありません。」
「ですが教えておいた方が良いと思うのですが…。」
「下戸と言うと凄く軽く聞こえます。下手に試すのを防ぎたかったのかも知れませんな。何をしたのかわからんとなれば、最上君も試したりせんでしょうし。皆も下戸だと断られた場合、少しくらいはと勧めるでしょうが、何をしたのか本人も覚えてないが、堅将様に二度と飲むなと言われたと断られれば無理には勧めません。まあ…あと驚かされた意趣返しもあったかもしれませんな。最上君はさぞ自分がどんな失礼をしたのか戦々恐々としたことでしょう。もう少し歳を重ねたら教えるつもりはあったと思いますよ。三三九度で大惨事とか困りますからな。はっはっは。」
「笑い事ではありませんよ。」
楓が道元を睨む。
「おっと。失礼。」
「どういう思惑があるにせよ。本人には教えなければなりません。本人が知っていれば今回のは防げた筈ですよ。果実酒が最上様のお口に合われていて、あれを飲み干していたら死んでいたかもしれないと言いましたよね?」
「はい。」
道元が楓に叱られて肩を落としている。
(楓様お強い。)
(うん。教えとこう。)
「最上様は私が診ておりますので、そのまま酒宴を続けられて大丈夫ですよ。最上様もこの状態では、外に連れ出せません。酒宴が始まったばかりで、こんなに真っ赤な最上様を連れ出しては弱いと言っているようなものです。」
楓の言う通り酒席を続けることとなり、給仕は事情を説明した下緒だけに頼み倉之助も席に戻った。最上は部屋のすみで点滴を受けながら寝かされている。
「くるしゅ!これ美味しいれすよ。」
「あ…菖蒲様。そろそろ控えられた方が…。」
酔った菖蒲が来栖に絡んでいるのを見て、武士達はこういう感じが見たかったんだよな…。と残念に思った。
「しかしまさかの結果だったな。」
「大トラになるとか、泣き上戸とか想像してたけどこれは想像してなかった。」
「あの弱さじゃ奈良漬も駄目だな。」
「確かに。うちの駅は酒を作るほど米の収穫がないから、酒粕使った漬物とか作ってなかったけど、気をつけてもらわんとな。」
翌日最上は楓から、酒の弱さについてこんこんと説明され項垂れていた。
誰がどう見ても有事である楓が来栖に横抱きで連れて行かれた件は、菖蒲が割れた洋盃で指を切った為とされた。
流石に来栖も菖蒲が指を切ったくらいでそんなことはしないが、何事かと噂されていた城内は納得したのか静かになった。
「解せぬ。」
来栖の不満の言葉は黙殺された。
アルハラ回でした。
うっかり死ぬところだったホモ君。全く飲めないタイプの下戸。
克城の採血設備等を鑑みて点滴は採用しました。まああの駿城はオーバーテクノロジーな気はしますがw
堅将様は教える前にお亡くなりになっちゃいましたが、そのうち教えるつもりはありました。
どうでもいい話ですが、今日で投稿始めて丸一カ月。本編分しか書き溜めてなかったのに、こんなところまできてしまった。一時のテンションってやばいなって思ってます。