最上が雅客のところに決裁書類を携えて訪問する途中、無名が駆け寄って来て隣に並んで歩きながら質問をした。
「最上さん。八代駅までの道で、最近はあんまりカバネに会わなくなってきたんだけど、いっそ八代駅内のカバネを引き寄せても良いの?」
「おやそうだったか。…それは構わない。奪還作戦は日数が短ければ短い程いいからな。というか別に仕上げに何日か確保するくらいでいいしな。」
「そうなの?じゃあ顕金駅はなんでああしたの?」
「いやうちはあれで500は乗ってたから、いついつまでに奪還するから食糧支援よろしくって言うなら支援出来ても、いつ終わるかわからないけど500人分の食糧支援よろしくは無理があるからな。うちだって急に増えた50人を養うのは厳しいが、奪還如何に関係なく受け入れる以上はあんまり変わらないんだよ。他の駅と違ってうちは駅外で狩りして食糧確保も出来るから、少しはましだ。」
「なるほど。ねぇねぇ。いつまでに終わりにする?」
「何かあるのか?」
「えっと。鯖さんと田植えの時に稲刈り一緒にしようねって約束したから。稲刈り一緒に出来るかな?って思って。」
無名は少し我儘を言っていると思っているのか、最上を窺うようにちらりと視線を向ける。
「稲刈りか。大丈夫だぞ。稲刈りは人手がいるからな。例え仕上げが稲刈りの時期に被っても、稲刈りを優先するから無名殿も稲刈り参加だ。」
「本当⁉︎やったぁ!楽しみだなぁ稲刈り!あっ生駒だ。じゃあね!最上さん。」
無名はニコニコしながら最上に手を振って、生駒の方へと走って行った。
本音を言えば、別に蓬莱城面子がいなくとも稲刈りは出来るのだが、奪還後最初の稲刈りであることから、稲刈りを楽しみにしている者も多いし、何より無名の情操教育である。どうせ本人が言い出さずとも、生駒や鰍あたりが直談判にくるだろうと思っていたから、蓬莱城面子の一部は稲刈りの予定で考えていた。
稲刈りが終われば、周囲の山に秋の実りを収穫にいかせて、少しでも食糧を確保しなくてはならない。栗や柿など量が確保できるものなど特に収穫しておきたい。カバネに追われる前は、駅の外も人が住んでいたため、集落跡地には栗の木や柿の木が多い。ちらほら柚子などの柑橘類もあると聞いたので、出来るだけ収穫に行かせたい。
八代駅の武士達は、蓬莱城に同乗しながらカバネとの戦い方を学んだり、仁助から簡単な医療知識を学んだり、持たされた写本から各種知識を得たりと忙しい。だが自分達だけで彷徨っていた時と違い、精神的に余裕があるため表情は明るい。カバネリや掃射筒には驚かされたが、吉備土達に旅の話を聞く度に、波瀾万丈な旅路に引いた。
自分達は劇的な事など何もなく全滅の危機だった。いやカバネに襲撃される事が悲劇的な事だと思っていたが、顕金駅の面子の話を聞くと自分達の無力さが恨めしい。顕金駅の面子が異常なのだが、八代駅の武士達は気が付かない。カバネリやら融合群体やら鵺やら金剛郭崩壊の渦中など、普通の駅は無関係であるので。
八代駅の武士達の興味を一番引いたのは来栖と最上であった。来栖など人の身でありながらカバネリ並みの強さを誇り、刀で近接戦闘をするというではないか。来栖の父は出雲一の剣豪とうたわれた人物であるので、九智の名を知るものは多かったので納得ではあった。それに操車場に迎えに来た最上という青年も刀で戦うと聞いて驚いた。来栖は多少若いが体格も良く、剣豪らしい屈強そうな雰囲気であったのに対し、最上は元服したてかと思える小柄な体躯で、文官じみた雰囲気であった。あの青年が刀でカバネを殺す姿が想像出来ない。今も政務に追われているらしく殆ど顔を合わせることもない。前衛組最弱とは説明されたが、そもそも前衛ができるような強者には見えない。
あの青年が刀でカバネと戦えるというなら、自分達も刀で戦えるのではと思う者もいた。駅に戻った際に来栖に稽古を頼み瞬殺されて諦めたのだが。
「あっ熊。」
カバネ捜索中に無名が指差した先には、かなり大きいツキノワグマがいた。熊はこちらと目が合うと踵を返して去って行く。
「どうする?」
「もう戻るし頼めるか?」
「それじゃ行ってくるね!生駒は留守番ね!」
無名は吉備土に伺いをたて、1人で熊の後を追って行った。すぐに熊を引きずって無名が戻って来たので、そのまま蓬莱城に戻り、先頭車両のクレーンで吊り上げ、無名が熊の首を切断した。このまま血抜きをしながら駅に帰るというのだ。異様な光景であるが顕金駅の面子は、わいわいと盛り上がっている。
検閲所に戻ると熊は降ろされ、トロリーに載せられて操車場へと搬送されていった。その際に鈴鳴りとは異なる鐘の音が鳴らされ、その鐘の音に城からも鐘の音が返る。狩りで獲物がとれた合図である。
検閲所で身体検査を受け、その間に蓬莱城の洗浄も行われた。カバネ討伐組が蓬莱城と共に操車場に戻ると、熊は既に解体され一部は城へ献上され、一部は漢方などに使われるため楓の下へいき、肉は切り分けられて鐘の音を聞いて集まった民人達に安価で販売される。カバネ討伐組は操車場で炊き出しを受け取れるので、炊き出しにも熊肉が投入されている。
毛皮は加工を得意とするものがなめして他駅への交易品になる。
炊き出しを食べ終わり住居としている長屋へと帰る途中、最上が雅客を伴って歩いているのを発見した。少し離れたところにこちらに駆けてくる空木もいる。
「最上様また家に帰ってないんですって?」
「帰る時間が無駄だ。本当なら、流民の受け入れを終えてからやるはずだった事が前倒しになってるんだ。仕方がないな。」
「最上様ぁ‼︎手合わせ願いたい‼︎「お断りだ。そんな暇はない。」
駆け寄ってきた空木が木刀片手に最上に頭を下げたが、食い気味に拒否されている。
「負けるのが怖いのですか⁉︎」
「暇がないと言ったはずだが、言葉が理解出来ないのか?」
空木が何故こんなにむきになっているのかはわからないが、世話になっている駅の家老に対してして良い事ではない。切腹ものである。止めなくてはと空木に駆け寄って行く。
「私が勝ったら、菫様に謝罪していただきたい!」
空木を無視して立ち去ろうとしている最上の前に空木が立ち塞がる。カバネ討伐組が辿り着き空木を進行方向から排除する。
「空木!無礼な事するなよ!」
「申し訳ありません!よく言い聞かせておきます!」
討伐組がぺこぺこと頭を下げるのを横目で見ながら最上は雅客と去って行く。謝罪と言っていた空木から事情を聞こうと拘束を緩めた瞬間、空木が最上に背後から木刀で切り掛かってしまった。雅客が間に入ろうと踏み出したが、最上は柄に手をかけ雅客の前に出た。空木は、木刀を振り上げ両手がまだ上がっている状態なのに、最上は既に無手の間合いに入り込み、反転し擦り抜けながら刀の柄頭で空木の顎をかち上げた。
空木が倒れ込んだところで納刀し討伐組にすっと視線をやる。
「よく言い聞かせておけ。次は五体満足では帰さんと。」
討伐組は血の気を引かせて返事をした。最上はそれ以上何も言うことなく雅客と立ち去った。
「あれで前衛組最弱?」
「顕金駅は修羅の国か?」
「空木が死ななくて良かった…。」
雅客は小走りで最上に並んだ。
「菫様に何を言ったんです?随分と怒ってましたが。」
「菖蒲様がお優しいからと寄生するな。働け。と言ったな。」
「えぇ…。10歳でしょう?」
「だったら?無名殿に戦わせている我々が10だからと配慮する必要はあるか?あれは人の上に立つ者として再興を願い出た。望んだのはあの娘だ。ならばそれ相応には働いてもらうぞ。ただでさえあの娘の配下はこちらにおんぶに抱っこなのだからな。何もできぬというのなら、諸共流民となれば良かったのだ。客なら配慮も当然だが客では無い。」
「手厳しい。」
特別優しい訳ではないが、甲鉄城に乗っていたとき、避難民に対して最上は辛辣に当たったりはしなかった。金銭をやりくりしながら、菖蒲が引き受けた避難民を見る度遠い目はしていたが、武士に愚痴を漏らすことはあっても避難民に直接言うことはなかった。
その分確かに流民には能力に応じた仕事の割り振りを阿幸地にさせていた。
「余計な体力使わせないでほしい。やっぱり疾風に乗って来れば良かった。そしたら轢き殺してやったのになぁ。」
「いや轢いたらダメでしょ。」
「馬は急に止まれんからなぁ。事故だよ。はぁ…。」
深々とため息をついており、本当に疲れている様子の最上の後ろを大人しく着いていくことにした。
尚、菫には繕い物の仕事が与えられた。最終的には領主をさせるために勉強もさせているが、菫に任せられる仕事などそんなものである。空木は菫にも烈火の如く叱られ、暫く落ち込んでいた。
菫に叱られた事もそうだが、一合たりとも打ち合う事なく瞬殺されたことに衝撃を受けたようであった。打ち合おうものなら、木刀をぶった斬られるか、空木がぶった斬られる未来しかなかったことは余談である。
ホモ君は無名ちゃんには優しい方。真心的な優しさではなく、打算的な優しさですが。
純粋に戦力として貢献してるし、生駒も技術的・戦力的に役に立っているので、無名ちゃんに優しくしない理由がないです。菖蒲様も無名ちゃんを気に入っているので、基本的には無理のない範囲で要望を聞く姿勢。
ホモ君は利を成す者には寛容です。
空木?殺されなかっただけ感謝しろよ。ぶっ殺して菫に責任追求してもよかったんだぞ?(堅将様が領主だったら少なくとも半殺しくらいはした。)
菖蒲様は嫌がるだろうし、吉備土とか生駒がうるさそうだからしないけど。
空木が持ってたのが真剣だったら、菖蒲様達がどうあれぶっ殺す。美馬と違って命乞いとかさせない。一撃で殺す。