最上が意識を落としていることに最初に気がついたのは歩荷だった。
歩荷は吉備土の元に行き、最上を運んでくれるように声をかけた。吉備土の隣で来栖もその話を聞いていた。
「寝落ちしているのか?」
「寝落ちっていうか気絶じゃないのか?」
来栖が少々呆れた表情をしているのを見て、吉備土は笑いながら最上を背負う。
「顕金駅を出てから、短時間の仮眠しただけだろ。葬儀の時もあっちこっち動いてたし、俺たちの苦手な腹芸も担ってくれてたわけだしな。なにより倉之助と来栖の命の恩人だから少しくらい休ませてやろう。」
「む?倉之助もか?」
「そういえば来栖は刀取りに行っていていなかったからな。凄かったぞ。壁に大穴開けたのも最上様の策だしな。」
「目方が軽そうだから爆風で盛大に吹き飛んで着地に失敗してたな。」
「どこから落ちたんだ?壁に激突したとき凄い音してたが。どこか痛めてても不思議じゃないぞ。」
「来栖様を助けに入った時は、これは最上様死んだなって思った。」
「受けたのが蒸気筒じゃなくて刀だったら、刀ごと叩き斬られてそうだったよな。」
吉備土と来栖の会話に雅客や歩荷たちが混ざってくる。
来栖以外は基本的に最上とは距離を置いていたが、今回のことで本人の預かり知らぬ間に距離が縮まったようだ。
「吉備土。最上は大丈夫でしょうか?」
菖蒲が心配そうな顔で駆け寄ってきた。
「とりあえず五体満足ではありますね。意識がないのは怪我そのものより体力が尽きただけだと思うので、寝台に放り込んできます。」
菖蒲が気にし過ぎないよう、努めて軽い調子で吉備土が返す。
「よろしくお願いします。私は艦橋へ向かいます。指示すべきことは沢山あります。阿幸地様には親鍵も返してもらわなくては…来栖。着いてきてください。」
「はい。菖蒲様。」
菖蒲は今までの不安に揺れる表情ではなく、しっかりと顔を上げ来栖を付き従えて前方車両へと向かう。
(最上様。阿幸地殿から親鍵を取り上げるところに立ち会えなくて残念だろうなぁ。)
最上の意識が浮上するが、それと同時に身体の至る所が痛み、小さくうめき声が漏れる。
「最上様。目を覚まされましたか?」
最上が目を開けると雅客と倉之助がこちらを窺っている。
「…すまない。どのくらい寝ていた?」
「大体一刻位ですよ。起き上がれますか?」
倉之助に手助けしてもらいながら起き上がり寝台から足を下ろす。
あちこち痛めているのは確かだが、とりあえず首に激痛が走り首が回らない。
「状況は?」
首に手を当てながら倉之助を見て状況を尋ねる。
「現在車両の応急処置や清掃、怪我人の介抱を民人一丸となって行っているところです。」
「それと、親鍵は菖蒲様が阿幸地殿から回収しましたよ。」
倉之助の言葉に続き雅客が親鍵の行方を教えてくれる。
「そうか。それはなにより。まぁ…あれで返却してなかったら、少し考える必要があったな。」
倉之助は言葉のとおりに受け取ったようだが、雅客は最上の薄笑いを見て言葉の裏を察して少し引いた。
(考えるのは親鍵の返却如何じゃなくて阿幸地の扱いなんだろうな…。割と来栖を立てて扱うから上侍らしくないと思ってたがやっぱり上侍だなぁ。)
「倉之助。菖蒲様に最上様が起きたことを伝えてきてくれ。」
「いや自分で…「いっておきますが、右膝の怪我が結構酷いですよ。大人しくしていてください。」
雅客は最上の反論に被せて、負傷状況を伝える。倉之助は雅客の指示に従い退室していった。
「来栖を助けてカバネからの一撃を防いだ時、崩れ落ち方が少し変でした。変な足のつき方をしていたんですかね。結構腫れが酷いので包帯を巻いてあります。数日は安静にしておくようにと菖蒲様からのご指示です。」
「…承知した。…そういえばカバネリ2人の処遇はどうなった?」
「乗車の継続が決まりましたよ。…それに伴い、血の提供者を募っています。カバネリは人の血を必要とするようですから。」
「提供者は多い方がいい。どの程度の頻度でどのくらい摂取するのか知らないが、提供者は可能な限り間隔を開けた方がいい。提供する量にもよるが最低でも一月は間隔を開けたいな。失った血は数日で戻るようなものではない。誰がいつ提供したのか記録化した方がいい。」
雅客は呆けた表情で最上を見ている。
「なにかおかしなことを言ったか?」
「いえ…血の提供に不快感とかはないですか?…それに最上様は医学の心得がおありで?」
「菖蒲様がお決めになったのだろう?ならば従うのみだ。カバネリの有用性は理解しているつもりだ。医学については聞きかじり程度だな。乗車している民人に、医学の心得のあるものがいるなら詳しく聞いておいた方がいい。」
「医学知識のあるものなど甲鉄城にはおりませんよ…。」
雅客は年下の上侍は、自分達と頭の出来が違うのだな。と実感した。
前方車両側の扉が開き、菖蒲と来栖が入ってくる。
「最上。具合はどうですか?」
「菖蒲様。職務に従事できないばかりか、ご足労をおかけして申し訳ありません。首を痛めたようで今は首が周りません。右膝についてはまだ確認しておりませんのでどの程度支障があるかわかりかねます。」
「よいのです。数日は何もせずにゆっくり療養してください。…あぁ。それと親鍵はきちんと返却されました。最上には手間をかけさせてしまいましたね。」
「ありがとうございます。親鍵が菖蒲様の手元に戻りましたこと喜ばしく思います。手間など特にございませんでした。」
「ふふっ。最上は阿幸地様に随分手厳しくしたのですね。阿幸地様が気にしておりましたよ。」
「最初から態度を変えた覚えはございませんが。我々は四方川家に仕えているのであって、親鍵の持ち主に仕えている訳ではありませんから当然の対応をしたまでです。」
「そうですか。」
菖蒲はにこにこと笑顔を浮かべている。
「あれほどの大口を叩いておきながら甚大な損害を出したのですから、首の一つでも差し出して欲しいものですが、民人をまとめる上で有用である以上難しいところですね。六頭領に死傷者はおりますか?」
「間瀬様と萬鬼様が亡くなられました。他の方はご無事ですよ。」
菖蒲は親鍵を取り戻したことに喜び、処罰などといったことまで考えていなかったことを恥ずかしく思った。
確かに多くの民人が亡くなった。
ただそれは菖蒲が親鍵さえ渡さなければ起きなかった事態でもある。
「ふむ。悪くありませんね。特にあの2人、カバネリを排除するために、コソコソと小賢しい真似をしておりましたので。天祐和尚は民人に寄り添ってはおりますし1番弁えております。修蔵殿や生松殿は阿幸地殿よりはでしゃばらない。今回の件で阿幸地殿の頭を抑えられたのは不幸中の幸いです。」
「そ…そうですか。」
「菖蒲様は思うようになさいませ。進言こそ致しますが、私の意見はあくまで一意見として取り扱ってください。」
「わかりました。これからもよろしくお願いしますね。」
「お役に立てるよう精進して参ります。」
「それでは私は艦橋に戻ります。最上。くれぐれも安静にしていてくださいね。」
「はい。御心遣いに感謝いたします。菖蒲様もご無理をなさいませんよう。」
菖蒲は最後に笑顔を浮かべ来栖を伴って戻っていった。
菖蒲の姿が見えなくなって、少ししてから雅客が口を開く。
「最上様。普段からあんなこと考えてるんですか?」
「あんな。とは?」
「いや…六頭領達のことですよ。」
「甲鉄城に乗るまでは六頭領については気にしたことはなかったな。堅将様がおられれば、たぶん今も間瀬辺りが小賢しい動きをしているな程度の認識だったかと。それはアレらに主君を立てる気があるか否かの違いだ。立てる気がないのなら、我々が抑える必要もあるだろうと思っていただけだ。2年前の事件の際、私は元服前であったので特に関わりはなかったが、上侍の浮つき具合は私の目にも入っていたのでね。余りにも目に余るなら間瀬殿達には消えてもらうのもやぶさかではなかったが、丁度よく儚くなっていただけた。」
「そうですか…。我々下侍には考えもおよびませんでしたね。」
「適材適所ということでいいのでは?顕金駅を取り戻す日がくればそうも言ってられないが、現時点ではお前達みたいな純粋に主を立て守る存在の方が必要だろうし、計謀を用いるものなど1人いれば充分だ。菖蒲様が献策を採用するかは別として、耳を傾けてくれさえすれば注意喚起くらいにはなるだろう。」
「はぁ…。我々には分からん世界ですな。」
「性根がまっすぐなんだろ。顕金駅再興のためには、いずれ来栖の配下も1人くらい曲げておきたいが。」
最上がくすりと笑う。
性根がまっすぐだと言われて嫌な気はしないが、言っているのは上侍とはいえ元服してそう経っていない最上であることは複雑である。
(やっぱり最上様は怖い人だな。来栖には到底出来ないことを、できる人がいるのは助かるがな。)
倉之助が戻って来たのをみて、雅客はこの話題から離れることにした。