菖蒲は執務室で静と向かい合っていた。
「本音と建前がございますが、どちらがよろしいですか?」
八代駅の件での道元達のことを相談したところ、静から出てきた言葉がこれである。
「ほ…本音で。」
「では失礼します。まず菖蒲様は領主である自覚をお持ちください。」
「はい。」
「菖蒲様。領主が自分のために死んでくれと命ずれば、武士は死も厭わないのですよ。」
「そのような命令は…。」
「しないでしょう。ですがそういう立場なのです。そして軽々しく頭を下げることなどできません。領主の判断で甚大な失敗があれば、家老以下を切って責任をとります。領主に判断を誤らせたのは家老の責任ですから。」
「うっ…。」
「後から文句を言わない?当然です。不敬は勿論ですが、言ってなんになるのです?言った者はスッキリするかもしれませんがそれだけです。軌道修正を失敗した自分達の恥の上塗りですよ。」
「は…恥…。」
「私は菖蒲様の慈悲深いところを好ましく思っております。道元様達とてそうでしょう。顕金駅には飛び抜けた戦力がございます。菖蒲様が救いたい者を救える力があります。」
「はい。」
「ですが、遍く救い上げることは不可能です。顕金駅から八代駅に逃れたとき、八代駅の民人を乗せましたが、八代駅に着く前のカバネの襲撃で民人が死んでおらずに、八代駅についていた場合も菖蒲様なら同じ判断をなさいますよね。」
「はい。」
「八代駅で立ち往生した時、最上様は八代駅の者を降ろす案も出しました。必要だからです。あの時提示された条件なら顕金駅の者達ですら食糧が怪しい見通しでした。民人が死んで数が減っていなければそもそも乗れたのでしょうか。乗れたとして倭文駅まで食糧はもつでしょうか。食糧がなんとかもつ計算だとして、それを民人は信じたでしょうか。民人は争わなかったでしょうか。」
「それは…。」
「私は無理だと思います。ただでさえ葬儀の前より食糧をめぐっていざこざが起きていました。そこにさらに余所者が増える等死人が多数出ていなければ不可能です。慈悲だけあっても、力だけあっても駄目なのです。衣食足りて礼節を知るといいますね。道元様達は衣食を重要視しております。」
「そうですね。」
「衣食足りず、力もなかったのが菫様達です。領主様が亡くなるまではなんとかなっていたのでしょう。力はなくとも衣食をどうにか都合できていたからです。」
「…はい。」
「とはいえ、私は道元様達も悪いと思うのです。」
「叔父様達が?」
「菖蒲様にとても甘い。昔顕金駅でカバネの疑いの女性が逃げた時、上侍の方々は慇懃無礼に菖蒲様に意見していたではありませんか。顕金駅を脱出してから六頭領以外でそんなことをしましたか?」
「されてません。」
「あれがためになるとは言いませんが、道元様達は菖蒲様を蝶よ花よと扱っているではありませんか。」
「子供扱いではありませんか。」
「白いものは一度染まると元には戻りません。菖蒲様には白いままでいて欲しいからと甘すぎるのです。」
「…えぇ…。」
「菖蒲様。救い上げるばかりでなく、見捨てろ、殺せと言えるのが普通の領主ですよ。道元様達は菖蒲様にそれを言わせる気がありません。無理のない範囲で救うのを見守り、見捨てねばならなければ3人がかりで仕事を放棄してでも断固として受け入れません。殺すのは勝手にやるでしょう。今回あの3人は利権をとって欲しかっただけです。それが許容範囲だったのでしょう。慈悲だけではなりません。菖蒲様の与える慈悲が顕金駅を食い潰してはなりません。」
「食い潰す…。そうですね。」
「まあ、道元様達の様子を見るになにやら悪くない結果になってるようですし、問題はなかったのだと思いますけどね。」
「そ…うですか?」
「はい。次はもう少し道元様達に耳を傾けたら良いかと。今回の奇策は上手くいったようですが、味を占めてはなりませんよ。今度は対立してようが、最上様でも無理矢理引っ張り込んで考えさせれば良いのです。」
「対立してては無理では?」
「来栖様ならお連れできるでしょう。」
「実力行使ではありませんか!」
「どうせ妥協点は模索しなければならないのですから、使える頭は使うべきです。」
「はい。」
「これで本音は終わりです。大変無礼を致しました。」
静はゆっくり頭を下げた。
「静!やめてください!お願いしたのは私です。」
「はい。」
静は何食わぬ顔で頭を上げた。
「ところで建前だったらなんと言うのですか?」
「菖蒲様が御領主なのですから、菖蒲様のなさりたいようになされば良いのです。臣下が主に尽くすのは当然のことです。しかしながら財政の面もございますから多少注意も必要かと。道元様達は財政管理に注力されておりますので耳を傾けるのも大切ですよ。…でしょうか。」
「やんわり過ぎない⁉︎」
「建前ですから。」
菖蒲は決意した。
武士達の耳障りのいい言葉は建前であるので、今回の静のように長々とした本音があると弁えようと。
菖蒲は戦慄した。
自分に一番耳障りのいい言葉を吐いているのは来栖である!来栖もこういった本音を隠しているかもしれないと思った。
「静…。もしや来栖も本音を隠して私に建前を「は?なに言ってるんです?来栖様は本音十割で菖蒲様を全肯定しております。」
静は菖蒲の発言に割り込んで否定した。至極呆れた表情である。
「そうなのですか?」
「大丈夫です。来栖様は菖蒲様が望めば二心なく地獄までも突っ走ります。」
「なにも大丈夫ではありませんね。地獄へ突っ走らずに止めて欲しいです。」
「来栖様の首根っこを引っ掴んで止めるのは最上様の役目でしょうね。」
「叔父様と最上の話をよく聞くことにします。」
「その方がいいでしょうね。来栖様は何があっても菖蒲様の味方ですから常に隣においておけば良いのですよ。」
来栖は菖蒲様全肯定bot
ホモ君達のやっている汚ねぇ事を、認識しておいて黙っている分別はあるけど、知ったら菖蒲の顔が曇るからとかそんな程度。
信じると決めた相手はとことん信じる誠実な奴。
海門の生駒のことはよくわからんけど敵を見誤ったことはない的な発言すげぇなって思います。見誤らずとも結構やらかしがちな生駒への信頼よ。小説でも配下の武士信じてたし、一度懐に入れたら絶対に信じてくれるのすごい。
必要悪は理解してるタイプの忠犬。
なんで菖蒲様と静さん回で来栖についての後書き書いてるんだ。
静さんは来栖を評価してます。なにがあろうと絶対に菖蒲様の味方確定で、なにより強い。