火事などを起こさないように、日付けだけは事前通達された避難訓練が朝一で行われた。
鈴鳴りが鳴り響き、民人は常日頃から用意しておくように言われている必需品のみを抱えてひたすら走る。
走れぬ老人や怪我人も近隣の者が背負って避難する。武士達も避難誘導にまわっており、誘導に従って城と操車場へと走って行く。この避難訓練は大鍛錬場に勤務する一部の者のみ不参加である。大鍛錬場は基本的に火を落とさないため、不在にするわけにはいかないのである。半刻で城と操車場が閉め切られた。
間に合わず締め出された者達は、武士達に間に合わなかった理由を聴取される。幼い子供がいる者、住居が遠い者、近隣の老人や怪我人に手を貸していた者など理由は様々であるが、大抵致し方ない理由である。
一通り確認を終えたら解散である。民人達は雑談をしながら帰宅して行く。
武士達は避難訓練の反省検討会である。
「ふむ。どうしたものかな?」
「襲撃地点へ遊撃を出せば時間を稼げるのでは?」
「来栖でも出すか?来栖なら単独運用可能だが。」
「流石に単独だと厳しいな。カバネを殺すだけなら良いが、万が一救助の必要があったら見捨てるしかなくなる。」
「殺すだけならいいのか。やはり狂ってるな。」
「おい!お前が言ったんだろうが!」
「とはいえたまにある甲鉄城と蓬莱城の同時不在の場合はそれしかないな。来栖の馬についていけるように、城務めの武士何人かに乗馬技術を仕込むしかない。来栖。遊撃部隊を編成して訓練しといてくれ。」
「承知した。」
「甲鉄城の面子がいるときは遊撃に入るし、蓬莱城の面子もそうしよう。早く討伐できるに越したことはない。」
「最上様は城の防衛の方がいいのでは?指揮をとってもらった方が良い気がするんですが。」
「いざという時、いないかもしれない人員を防衛拠点のあてにするな。基本的に駿城の面子は駅にいたら遊撃に出る。城は服部に任せる。操車場は雅客かな。」
「私ですか⁉︎」
「どうせ全体の指揮は道元様と菖蒲様がとるが、最前線はお前だな。」
「城務めの役人にも掃射筒を仕込むか。」
「その方がいいな。二城不在で防衛となると手が足りん。掃射筒なら役人でも使えるし良いだろう。」
「避難誘導を減らしますか?」
「そこは削れん。…信号弾を使おう。カバネと会敵したら信号弾を上げる。そうすれば民人はそちらには近寄らない。遊撃部隊も動きやすい。」
「では通達を出しておくか。」
「検閲所も避難場所にしては?」
「駿城の出入りの為にも、検閲所にカバネを集める訳にはいかないから駄目だ。近くにいるものを拾う分には良いが、あまり集まりすぎるとカバネがそちらに集まってしまう。それに一番最初に落ちるとしたら、どちらかの検閲所の可能性が高い。だったら検閲所をあてにしない訓練をしておいた方がいいな。」
この避難訓練は菖蒲が言い出したものである。甲鉄城が行商に出るようになり、駿城が一城もない期間が多少発生することになったため、いざというときのために民人にも備えてもらうことになったのだ。持ち出しの荷物は常日頃から準備しておくように指示しているが、今回の避難訓練があるとわかってから用意した者もいるようだった。
今回は初回のため、武士達が問題の洗い出しをする意味合いの方が強い。二城出払っていた場合、戦力も少なければ脱出手段もない。城も操車場も再興に伴い籠城しやすい改修はされたが、如何に早く民人を避難させられるかが重要である。
城は服部が、操車場は雅客が防衛の指揮をとることが決まった。
扶桑城が顕金駅に突入してきたとき、最終的に生き延びたのは、運良く城に逃げてこられた者と、操車場で整備中の蒸気鍛治が殆どである。民人どころか武士達も混乱していた。
西門では扶桑城が爆発したことから火の手が上がっていたが、鳴り響く複数の鈴鳴りに殆どの者が、カバネが入ってきたことはわかっても、どこに逃げれば良いのかわからなかったのだ。
操車場に甲鉄城があることはわかっていたから、操車場方向へ逃げる者は多かったが、道中武士達がカバネに容易く殺されていき、それを見た民人はそこから散り散りに逃げるのが繰り返された。固まっていては狙われるからだ。食われる者を見捨てひたすら逃げた。結果殆どの民人は操車場にたどり着くことはなかった。
当時城に務めている者は殆どが上侍であったが、操車場を押さえに堅将が引き連れて行ってしまった為、残ったのは菖蒲の護衛をしていた来栖と来栖の配下の下侍だけとなったのだ。
扶桑城の時の規模となれば、被害を0に抑えることは不可能ではあるが、限られた戦力を集中し少しでも被害を抑えたいところである。
菖蒲や殆どの武士は気がついていないが、今が避難場所に避難出来る人員の限界値である。一応城はもっと収容出来るのだが、避難するとなると低地にある操車場に集中しがちである。低地に住んでいる民人の方が多いので、操車場は満員になる想定だ。制限時間を設けて全員を収容しなかったのはそういう側面もある。避難所自体は建設可能だが、守れる武士が既にギリギリなのだ。ちなみに全員脱出は無理である。
甲鉄城と蓬莱城に限界まで詰め込んでも1000には届かない。甲鉄城は500人は乗せられるが、蓬莱城は車両が少なく300程度といったところである。
1000人以上が生き残るには、籠城してカバネを掃討するしかないのだ。
武士の数が増えれば避難場所も増える予定だが、まだまだ先の話である。
以降年1回の恒例行事となるが、参加は各地区から3分の1程度で行うことになる。それぞれが動きを確認はしてほしいが、避難所に如何に入りきらないかを悟らせたくないからである。
道元や最上からすれば扶桑城の規模なら、実際は足手まといを見捨てたり、混乱して逃げ惑ったり、逃げ遅れたりして2、300程度は死ぬだろうからなんとか入りきるだろうという見解であるが、操車場に偏った場合は厳しいのが現実なので不安にさせないのも大切である。
民人の中にも気がついてる奴ら(六頭領とか)は居ます。絶対に言いませんが。余計なことを言うと、いざというとき、パニックになった群衆に自分が殺される可能性もあるので。いざというときはしれっと早めに避難するだけです。
とはいえ扶桑城の再現みたいなパターンはやる予定ないので、この避難訓練が生かされることはありません。
菖蒲・武士「助け合って一人でも多く!」(善人思考)
道元・最上「現時点なら1000割らなきゃなんとかなる。」(その後の復興思考の外道)
これ書いてて思うのは、上侍全滅ってどういうことだろうか…。上侍いたら六頭領ポジションは上侍だったと思うけども、来栖が指揮とってる以上下侍しかいないんだよなぁ。堅将様は、指揮役に上侍を城に数人残しても良いと思うのだけど。(いたらいたで邪魔になっただろうけど、それは視聴者目線でしかないので)