そんなこんなで、箒イベントはこれにて終了。
次回より、今をときめく髪型(笑)をした少女、鈴ちゃんの出番です。
話の最後で出る女性の話はまた別の機会に持ち越しですので、ご了承を(汗)
二人が出会ったのは一年前の7月の剣道全国大会であった。リーファこと、桐ケ谷直葉はその時、中学の全国大会でベスト8。そして、箒は全国優勝をしていた。
当時二人が試合することはなかった。何故ならば直葉は箒と当たる前に敗退したからだ。
その頃の直葉は色々な葛藤を抱えながら生きていた。幼い頃は仲が良かったが、何時しか疎遠になってしまった兄、桐ケ谷和人とは血の繋がっていない事実を知ってしまった事。その兄はいつ死ぬか分からないデスゲームに捕らわれている事。様々な事を振り払うようにその大会に出ていたからだ。
だからこそだろうか? 自分が負けた相手に勝利した箒の剣道が、自分とどこか同じと感じてしまったのは。
気が付くと、直葉は箒に食って掛かっていた。
『あなたのは、単なる憂さ晴らしの剣よ。そんなの剣道なんかじゃない!』
そう言った時の箒の青ざめた顔は今でも忘れられない。その頃、直葉は友人が隠し持っていたナーヴギアを手に入れていてSAOにログインするべきか、しないべきか悩んでいた時期でもあった。
その葛藤を、自分と同じように何か悩んでいるであろう箒に対して直葉は言ってしまっていた。
単なる同族嫌悪でしかないのに。その台詞は自分自身に言うべきなのに。
大会後、家に帰った彼女は後悔した。
だが、謝ろうにも箒が通っていた学校に問い合わせても、彼女は転校した後であった。
直葉は知りえなかった事であるが、理由は重要人物保護プログラムのためである。彼女は大会に出る度に身元が割れてしまわないように転校を繰り返していたのだ。
直葉は悩んだ。どうしたら良いのかと。
兄と血の繋がっていない事を聞いたとき、母に当たる事しかできなかった。今度はSAOに、兄のもとに行く手段があるというのに、デスゲームに潜り込む勇気が持てず、箒に当たってしまっていた。
そんな誰かに当たる事しかできない自分が嫌で、変わりたくて……直葉は、リーファとしてSAOにログインした。
そこで得た色々なものは宝物であった。確かに辛い事、大変な事もあった。
しかし、短い期間であったが兄と、仲間と心を通わせて戦う事ができたのは掛け替えのない日々だった。
だが、そんな日々の中で過ごしていく内に、箒への罪悪感が心の中で強くなっていた。
SAOから帰還後、直葉は自分が出る事ができなかった大会を調べた。だが、その大会のどれもに箒の名前はなかった。
「なぁ、キリト。あいつ、リーファだよな?」
「あ、あぁ……。前にも言ったけど、アイツSAOじゃ、ALOのアバターを使ってた所為でリアルとゲームじゃ姿が違ったんだよ」
「へぇ……」
一夏はリーファこと直葉のSAO時代の姿とのギャップに驚きの感情を表していた。だが、それ以上に……。
「で? なに、この空気?」
「俺が知るかよ……」
この二人の異様な雰囲気に困惑していた。
「ひ、久しぶりだね篠ノ之さん。去年の7月の大会以来かな?」
「あぁ、そうだな」
二人はぎこちない笑顔で会話をしようとする。
「あ、あのね……」
「な、なんだ?」
「ううん。なんでもない」
「そ、そうか」
だが、すぐに話が詰まってしまい。互いに言いたい事を言う事ができていなかった。
そんな彼女たちを見かねて一夏が話を切り出し始めた。
「えっと、リーファでいいんだよな?」
「う、うん。そっちはチナツ君だよね? なんか、背が少し伸びてるけど」
「うるせーよ。SAOのアバターは三年前の身体情報で構築されてたから仕方ないだろ」
あと、少しじゃなくてすごく伸びている。と、一夏は憤慨した表情で言う。
「一夏? 桐ケ谷を知っているのか?」
「あぁ。SAOでちょっとな」
「な!? だ、だが桐ケ谷は去年の大会にも出ていたのだぞ!? 時期が合わないではないか!!」
「あぁ、途中参加したんだよコイツ。大好きなお兄ちゃんのためにな~」
「も、もう! チナツ君!!?」
困惑する箒に一夏は説明をして、からかわれた直葉は顔を真っ赤にしていた。
「ったく、人の妹を弄るんじゃない」
そんな一夏に、キリトが頭を小突く。
「へ~、妹を弄って良いのは兄貴だけってか?」
「そうそう……って、何言わせんだお前は!」
「お、SAOでの決着ここでつけるか?」
「ちょっと、お兄ちゃんもチナツ君も店の中で暴れたら駄目だよ!!」
「終いには警察呼ぶぞ、こら!」
何とか場を和ませようと冗談を言った一夏であり、それに乗ったキリトであったが、そんな彼らの雰囲気に箒だけが取り残された気分に陥った。
「(なんだ、これは……)」
まるで自分だけが取り残された感覚。
それに、先ほど一夏は何と言った? 途中参加? それはつまり自分を指摘した彼女は死ぬかもしれないと分かっていて、大切な者のためにデスゲームに飛び込んだのではないのか?
強い。素直にそう思った。例え、大会の成績で自分に劣っていたとしても自分よりも大切な強さを持っている。
……では、自分は? 仮に一夏がデスゲームに捕らわれていると知って、途中参加出来る状況になっていたとしても、果たして同じ事ができたであろうか?
そう考えた瞬間、今までも自分の弱さを指摘して苦手に感じていた直葉が、自分の決して登れない高みにいる存在のように感じ、恐怖した。
なら、その彼女が中学での出来事を一夏に言ったらどうなる?
あれほど一夏に偉そうに言っていた自分が、中学の頃は憂さ晴らしの剣を振るっていたと知ったら……失望してしまうのではないか? 愛想を尽かれてしまうのではないか?
セシリアとの戦いの時、一夏が自分に言ってくれた言葉は全て無くなってしまうのではないか?
「箒?」
「ひっ!?」
気が付けば、箒は一夏の声に対し恐怖を感じていた。その彼の声が侮辱の言葉に変わってしまうのが怖くて……。
「や、止め……」
「お、おい! どうしたんだよ!?」
様子が明らかにおかしい箒を心配して一夏が手を伸ばす。だが、それすらも恐ろしく感じた。
それだけじゃない、彼の心配する目も恐ろしかった。その目が、自分を見下す目に変わってしまいそうだ。
「み、見ないでくれ……。ッ! 私を見ないでくれ、一夏ぁあ!!」
気が付くと箒は店を飛び出し走っていた。がむしゃらに、とにかくあの場から離れたかった。
「箒ッ!!?」
一夏も慌てて箒を追いかけようとする。だが、そんな一夏の腕を直葉が掴んだ。
「まって、チナツ君!!」
「離せよ、リーファ! 箒を追わないと!!」
「ごめん、お兄ちゃん。篠ノ之さんを追って! 私はチナツ君に話があるから!!」
「わ、分かった!!」
キリトは妹にそう急かされると状況が掴めないなりに判断をして箒を追った。
「話なら後でも良いだろ!? 今は箒の奴を追わないと……」
「その篠ノ之さんにも関係している事なの!!」
「ッ!?」
直葉も彼にとっては信頼する仲間の一人であった。だからこそ、そんな彼女の必死な訴えに一夏は耳を傾けるしかなかった。
「……手早く説明してくれ」
「うん、あのね一年前の中学の大会で……」
直葉は語った。自分が箒に対して当たってしまった事、そしてきっと彼女も何かに悩んで居るであろう事を。
「(はは、何をやっているのだろうな私は……)」
箒は自傷染みた笑みを浮かべながらある公園のベンチで座っていた。
「(逃げても、何も変わらないのに)」
もう、一夏の傍にいられない。もう、一夏は私をきっと頼ってくれない。もう、一夏は私を見てくれない。
そう言った考えがグルグルと頭の中を回っていた。
「(きっと一夏は桐ケ谷にあの時の事を聞いているのであろう)」
中学の大会の際、直葉に言われて言い返せなかったのは、箒自身心のどこかでそれを理解していたから。
あの日まで箒は、それを必死に否定していた。だが、他者にそれを指摘された事により、誤魔化してきた自分の心にボロが出てしまったのだ。
一夏はあの話を聞いてどう思うだろう。きっと自分が不安に思っているように、軽蔑はしないだろう。彼は優しいから。だが、心のどこかで自分に対し失望していく。
その失望が少しずつ大きくなって、次第に自分から離れていく。
先ほどまでのあり得ない不安から現実的な不安へとシフトした瞬間、ぶるりと身震いをしてしまう。
今一夏にとって自分が一番身近な存在であるのは、IS学園に古い知り合いがいないから。先ほどの彼らを見てそう感じた。
だが、本音を始め”あのセシリア”も今では少しずつ一夏に惹かれているのは明らかだ。そう言ったIS学園での人との繋がりが強くなれば強くなるほど、自分と一夏の繋がりが薄くなっていくのではないだろうか?
「(一夏が私から離れていく……)」
ようやく再会出来たのに。嫌っていたISを学ぶ場所に来てまでようやく会えたのに。
その事が、箒の心の中でズシリと圧し掛かった。
「(嫌だ……嫌だ!!)」
「箒!!」
「ッ!!?」
だが、そんな箒の前に一夏が現れた。必死に走ってきたのであろう、その姿は4月でありながら汗まみれであった。
嬉しかった。だけど同時に、今は彼には会いたくなかった。
箒は咄嗟にその場から逃げようとするが、立ち上がる寸前に一夏に腕を掴まれた。
「とりあえずさ、座って話さないか? 少し、疲れてさ」
「……あ、あぁ」
箒は、ただ頷く事しかできなかった。一夏は箒が座っている隣に座ると、ふーと上がっている息を整えた。
「ったく、あんな短時間でよくこんな公園まで走ったよな?」
「何故、この場所が分かった」
「……勘かな?」
それは嘘である。キリトが彼女をずっと追跡していたのだ。因みに、現在キリトは妹と共にダイシーカフェにて二人の帰りを待っていた。
「それにしても、まさかリーファ……じゃなかった、直葉とお前が知り合いだったなんてな」
「知り合いと呼べる程のモノではない」
「そ、そうか……」
明らかな拒絶。これまでも、冷たくされることはあったが、ここまで拒絶されることはなかった。それ故に、一夏は箒に対して思う。自分に何ができるのかを。
「軽蔑したであろう」
「は?」
「とぼけるな。どうせ桐ケ谷の奴に聞いたのであろ」
「聞いたって言うか……」
当時の彼女は、何か悩んでいて、それをぶつける様に剣道をしていた。一夏が直葉に聞いたのはこれぐらいであった。
「お前も、色々あったんだろ? 俺だって、この6年色々あったんだし……」
「―――ッ!! お前に何が分かる!!」
気付けば箒は強い口調で叫んでいた。そんなつもりはなかったのに、幻滅してもおかしくない事を聞いた彼が優しい言葉をかけてくれることは嬉しかったのに。
だが、その反面彼には見せたくなかったのだ。弱い自分を。
「あの日、あの町から引っ越してから……いや、姉さんがISを発表してから私の人生は滅茶苦茶だ!! 引っ越しの繰り返し、気が付けば両親とも離れ離れ!!」
そしてなにより、一夏とも離れ離れになってしまった。彼女は口にはそう出せず、内心で付け加えていた。
「だから、私にはもう剣道しか残っていなかった!! お前と共に学び、父から教わった剣しか!! それなのに、気付けば私は!!」
「箒……」
「その剣で、力でいい気になって、憂さ晴らしの道具にしてしまっていた……」
「……悪かったな、箒」
一夏はそんな風に箒が悩んで居たとは今まで一度も考えていなかった。三年前の新聞を見た時も『元気そうだな、箒の奴』と楽観的に考えていたのも事実だ、
だがら、今の一夏はそんな箒を理解してやれなかった事に、そして傍にいなかった事を後悔していた。
「なんで一夏が謝る。分かっている。私の心が弱かったのだけだと。お前と違ってな、一夏……」
だが、そう一夏は言われ、今自分が伝えるべき事に気付く事ができた。
「それは違うぜ、箒」
「何が違う。布仏もあの先輩も言っていたではないか。お前は、私と違って剣で多くの人を……」
「まぁ、結果的にはな」
一夏は、少し寂しそうな、悲しそうな顔をして語り始める。そんな彼を見て、箒は後悔した。自分の所為で彼はまたつらい記憶を呼び覚まそうとしていると。
「確かに、俺の剣で誰かを助けることはできた。けど、俺はそれと同じくらい……いや、下手をしたらそれ以上に失敗をしてきた」
自分の救助が間に合わずボス攻略で命を落としたプレイヤー、PK現場を目撃したにもかかわらず到着が間に合わず助ける事ができなかったプレイヤー。
一夏は、自分の目の前で死んでいったプレイヤーを思い出しながら話を続けた。
「そう言えば、ユニークスキルとりたての頃、その力に悦になって仲間にさんざん心配かけた事もあったな」
「え?」
ユニークスキルと言う言葉が理解できず、箒は怪訝な顔をしてしまう。そんな彼女を見て少し笑いながら一夏は説明を続けた。
「ま、早い話。特別な力を持っていい気になってしまった事があったんだよ。さっきの箒の話と同じだ」
「……一夏も、色々あったのだな」
一夏にそんな顔をさせ、箒はようやく気付いた。辛い思いをしているのは自分だけでないのだと。誰もが、何かを抱えて生きているのだと。
「ほんと言うとさ、何度も前に進むのを止めようとしたんだぜ」
だけど。
「それでも、俺が前に進むのを止めなかったのは、俺が間違うたびにチンクが、キリトが……仲間達が俺を支えてくれたから」
時には叱って、時には手を伸ばしてくれて、そう言った数々の出来事が彼を今まで導いてくれた。彼はそう言った。
「だからさ、箒」
一夏は徐に、箒の頭を撫でながら言う。
「もし、またお前が間違ったら、俺が叱ってやる。お前が俯いたら、俺が手を伸ばす」
一夏は続けて言う。
「だって、これからはずっと一緒だろ?」
「……あ」
不安だった。あの話を聞いたら、一夏は自分から離れるのではないかと。だが、今彼は言ってくれた。ずっと一緒だと、それが箒には堪らなく嬉しかった。
「あ、あぁ……うああぁあああ!!!」
箒は泣いた。今まで泣く事が許されなかった分、いっぱい泣いた。一夏はそんな箒を受け止めた。
かつて、自分が泣いた時は仲間達が受け止めてくれたみたいに。
「ごめんなさい、篠ノ之さん!!」
「いや、こちらこそすまなかった、桐ケ谷!!」
ダイシ―カフェに戻ってまず箒がしたのは、直葉への謝罪であった。
一見、直葉が悪いように見えるが、そもそもあんな剣道をしていた自分にも比がある。箒はそう考え、謝罪していた。
「本当は、大会に出ていた全員に謝罪するべきなのだが……」
「そんな気にしなくても良いんだよ。それを言うなら、私だって……」
そんな彼女達のやり取りを見ながら、一夏はため息を吐きながら言う。
「やれやれ、これで一件落着か」
「お疲れさん、チナツ。ほれ、葡萄酒だ」
「お、サンキュー」
キリトに紫の飲み物が入ったワイングラスをもらうと、一夏はキリトと乾杯をしてそれを飲んだ。
「ただの、ぶどうジュースじゃねぇか」
「当たり前だ、未成年にアルコールなんて出すはずねぇだろ」
「SAOじゃ、バッカスジュースがあったのになぁ」
「あぁ、シリカが飲んでいたやつか?」
一方、キリト、一夏、エギルは昔話に花を咲かせ始めていた。
「それにしても、礼を言わないとな、チナツ」
「なにがだよ?」
「二人の事さ」
キリトは、直葉からずっと箒に言った事を悩んで居る事を聞いてた。しかし、その箒に居場所も知らない彼にはどうすることもできなかったからだ。
「スグの奴、ずっと悩んで居たからさ。礼を言わせてくれ」
「気にすんなよ、箒の事でもあったからさ」
「そっか……」
一夏は、ぶどうジュースを少し口にすると、キリトにどうしても聞きたかったある事を考える。
「なぁ、キリト?」
「なんだよ?」
あの≪ザ・シード≫に関する話し合いの際、一夏は自分のある重大な過失を知ってしまっていた。その事を今日までずっと悩んでいた。
彼はその話を切り出すか、否かずっと悩んでいた。だが、箒もああして自分の失敗と向き合おうとしている。ならば、自分もしなくていけない。そう感じた。
だから、一夏は話を出す。ぶどうジュースを飲んだばかりだというのに、緊張で咽喉はカラカラだ。
「聞きたい事がある……」
「……あぁ」
キリトも彼の声色に察しが付いたのか、静かにそれに答えた。
「……ストレアに関して、何か進展はあったか?」
ストレア。ギルド・サマーラビッツの三人目のメンバー。そして、消えてしまった仲間。
一夏は彼女の事を思い出しながら、キリトにそう尋ねていた。
○ストレア
76層に上がったキリト達の前に現れた女性プレイヤー。その実力も高く、あっという間に攻略組の一人として名を連ねる事のできた人物である。
キリト、並びチナツに並々ならぬ関心を見せ、二人を振り回していた不思議な女性であった。
その正体は、ユイと同様のメンタル・ヘルス・カウンセリング・プログラム……つまりはAI。
色々あり、最終ボスに取り込まれるというトラブルに見舞われるもキリト、チナツ達の奮闘により救出された。だが、フロアボスとの同化の弊害によりシステム消去の危機におちいってしまう。
ゲーム本編では、ユイによってシステムから切り離され、彼女の一部として消去を免れるが、この世界観に置いてはアイテム化した後、一夏のナーヴギアに転送される設定になっていた。
しかし……。
ヨツンヘイム、上空にて・会話の一部抜粋。
「頼みましたよ、妖精の戦士たちよ。このヨツムヘイムに真の平和を―――」
「あぁ、任せてくれ」
「おう、やってやろうじゃねぇか!!」
「私はその間、このナマモノを説教してますので」
「「「は?」」」
クスンクスン、モッピー泣いてるよ。誰かボスケテぇ……。