織斑一夏はSAO生還者   作:明月誠

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思った以上に反響が大きかったですが、否定的な意見は少なくて一安心です。

大丈夫、作者知ってたよ。ルクスさんが好きな皆はクシナも受け入れてくれるって事を。


第二十五話・彼女の想い

『ん~、合格♪ 何とか実践レベルまで到達できたわね』

「あ~。何とか間に合ったかぁ……」

 

クラス代表戦前日、訓練場にて一夏は汗をダラダラと流しながら、大の字になって地面にあおむけになっていた。

 

「あ~、風が気持ちいい……」

「だらしないぞ、一夏!」

「そうですわよ!」

「そうは言ってもなぁ~」

 

訓練相手をしていた箒もセシリアもそれなりに疲れているであろうが、やはり一夏の比ではない。そのため、一夏よりは余裕がある様子であった。

 

『まぁ、お疲れさまね。どうにか形にはなったし、後はゆっくり休んで明日に備えてね? 織斑君』

「おう、サンキュ。クシナ」

 

未だに起き上がる体力がないのか、一夏は右腕を上げ握り拳を作りながらそれに答えた。

 

「それにしても、貴女。結局モニター越しの指導のままでしたわよね」

「本人はそこにいるのにな」

 

そう言いながら、箒は訓練場の隅を見る。そこにはグローブとヘルメットを被った少女がワタワタと動いていた。

 

『うふふ♪ 私ってばシャイだから』

 

冗談ではなく、本当にそうなのだが。

当初こそは簪も生身のまま指導しようと試みていたのだが、一夏に話し掛けられたり、質問されたりすると顔を真っ赤にして碌に呂律が回らず、満足に会話すらできていなかったのだ。

そこで、結局最初に話をしていた状態同様にモニター越しからの指導へと変わったのだ。SAO時に近いアバターを使用しているためか、一夏は彼女の事をクシナと呼んでいた。

 

「さて、一息付いたし、そろそろ部屋に戻って休むか」

「立てるか、一夏?」

「なんとか」

 

そう言いながら、箒は座り込んでいる一夏へと手を伸ばす。一夏はその手を掴み箒に体重をかけないようにゆっくりと立ち上がった。

 

「(この疲労感は、現実ならではだよな)」

 

仮想世界とは違う、現実世界ゆえの弊害。他にも、現実ならではな事はこの数ヶ月で多く実感していた。

一夏は、まだまだ仮想世界が現実世界と同様になるのは遠いと何となく感じていた。しかし、そんな些細な考え、今はどうでもいい。

それよりも破綻し掛けている鈴との関係を修繕するのが重要だ。

 

「助かったよ、クシナ。後はしっかり休んで明日に備えるさ」

『ええ。 しっかり休んで、明日は絶対勝ってね? ヒーロー君?』

「そんな大層な奴じゃないけどな」

『そんな事ないわよ。まぁ、君からして見れば当然な事をしただけなのかもしれないけどね』

 

かつて、一夏ことチナツが『SAOのブリュンヒルデ』と呼ばれるきっかけとなった事件において、簪ことクシナは本音ことノンノンと共に一夏に救われた。あの時のチナツの後姿は今でも簪の脳裏に焼き付いている。

いつまでも中層にいる事しかできない自分を変えたくて参加してボス戦で、あっさりとチーム壊滅の危機に追い詰められて感じた絶望。そして、その絶望を颯爽と駆けつけ切り裂いた一夏は、正に彼女にとってヒーローだった。

元々、ヒーロー番組が好きだったこともあり、その彼への憧れは計り知れない。そんな彼のために何かできる今、この瞬間が彼女にとっては至福の時でもあった。

だから彼女は夜な夜なベッドの上で、その日の事を思い出してはゴロゴロ転がりながら喜んでいる。そして、同室の子には静かにしてと怒られるのであった。

 

「しっかし、クシナには世話になったな」

『別に私が好きでやったわけだし、気にしなくても良いけどね~』

「全部終わったら何かお礼しないとな。何が良い? なんでもするぜ」

『え?』

 

もし、今が生身の彼女ならば何も問題はなかっただろう。何か想像できてもそれを口にする勇気が出なかったはずだ。

だが、今の……気が強くなっている簪、いや、クシナには魅惑の言葉であった。

 

『今、なんでもするっていったわよね?』

「お、おう」

 

若干離れていた空中投影のモニターが心なしか一夏へと近づいてきた。

 

『な・ん・で・も・するって言ったわよね』

「あ、あぁ……」

更にモニターは近づく。触れないはずのモニターなのに顔が押しつぶされている感じが一夏にはあった。

 

『な・ん・で・も♪』

「近い。近いんだけど、クシナ」

『うふふふ』

 

モニターのクシナがパンっと扇を開く。そこには『好機』の文字がでかでかと書いてあった。その文字に、箒とセシリアが焦る。

 

『さ~て、何をしてもらおうかしら~♪ 迷っちゃうわよね~』

 

にやにや笑うクシナ。しかし、その目は仮想アバターであるにもかかわらず全く笑っていなかった。

しかし、そんな空気をぶち破るためにセシリアが前へと躍り出た。

 

「お待ちなさい、簪さん!!」

『あん♪ なによ、セシリアちゃん。今すっごく良い所なのに』

「いえ、お楽しみのところ申し訳ないと思いますが、初日から気になっている事がありまして」

『あら? なにかしら?』

 

とは言え、簪は薄々どんな質問が来るか予想で来ていた。むしろ今日まで来なかった事が以外だったくらいだ。

 

「どうして、貴女は……」

『最終日まで織斑君の特訓に付き合ったのか……かしら?』

「そ、そうですわ」

 

日本代表候補生が選出されたのは、IS学園の入学式より少し前。当然、彼女も専用機を与えられて数か月しか経っていないはずだ。

下手したら一夏と大して変わらない日数しか経っていないかもしれない。

にも拘らず、彼女は今まで専用機を見せる素振りを一度も出さなかった。それはよほどの自信があるのか、あるいは何か事情があるのではないかのどちらかのはずだ。

そして、彼女は……。

 

『まぁ、ちょっと込み入った事情があってクラス代表戦には出れないのよね~』

「はぐらかすつもりですの?」

 

何か裏がある。そう考え、セシリアは勘ぐるように彼女を見つめていた。そんなセシリアを見て、彼女は苦笑いをする。

 

『う~ん、そう言うつもりじゃないんだけど……』

 

そこで彼女はふと一夏を見る。一夏は、何か自分に関係のある事なのかと首を傾げていた。

 

『織斑君は、私が所属していたギルドのマスター……ミーナさんがIS学園を去った理由は知っているのよね?』

「あ、あぁ……」

 

忘れる事なんて出来るはずもない。彼女は、自分にとって現実に現れたSAOによって人生を狂わされた人間だった。

 

『彼女の話を聞いてどう思った? もしかしたら、マスターが学園を辞めないといけないのに、自分はなんでIS学園に入ったんだろうとか思ったりしなかった?』

「ッ!?」

 

それは、一夏にとってトラウマほどではなくても、心のしこりになっている記憶。それを突っつくかのように言う彼女に対して箒は反感を感じた。

 

「お前!?」

『ごめんなさい、箒ちゃん。文句は後で聞くから今は邪魔しないでくれるかしら?』

 

言い返そうとする箒に対して、簪は静かにそれを押さえた。しかし、そう言った彼女からは今までのからかう様な声色を感じられず、箒は開きかけたその口を閉じた。

 

『で? どうだったのかしら?』

「……あぁ、思ったさ。いっそ、恨んでくれと思ったくらいさ」

 

それでも、彼女は決して自分に八つ当たりをする事はなかった。それどころか、彼女は自分の事を英雄と呼んでくれた。だからこそ自分は。

 

「あの人は俺を、『英雄』と言ってくれた。だから、俺は今できる事をしないといけないんだと思う」

『そっか……うん、うん。それなら、今の貴方になら話しても大丈夫かしらね?』

 

一夏のその答えが納得できるものだったのか、彼女は頷きながら話を続けた。

 

『ねぇ、貴方達? 専用機持ちは一般の学生よりも不利な点って何だと思う?』

「それは、やはり責任ではないでしょうか?」

 

世界に467個しかないISコア。それを使用して作られた専用機を持つと言う事は重大な責任を伴う。さらに言うのなら、国から与えられているのだ。それは当然の事。

 

『ん~。それもだけど、この場合は義務とかじゃなくて、権利的な内容かしらね』

 

だが、今回の話とは論点がずれてしまうようで、簪は問題の定義に修正を加えた。

 

『それは、専用機持ちは基本訓練機の使用が認められていないという事』

「なるほど……」

「そうですわね。正確には優先順位が限りなく低くなるという事ですけど」

 

その答えに箒は納得した。セシリアが補足するように言っているが、IS学園では多くの生徒が訓練機の使用許可を求める。当然、箒もその一人だ。

仮に専用機持ちが訓練機の使用許可が貰えるとしたら、希望者が一人もいない状況だがそんな状況はほとんどないと言って良いだろう。

つまり、実質的に使用不可能という事である。

 

「あぁ、だから山田先生も」

 

思い出すのは専用機持ちとなった日、真耶から言われた言葉である。

 

【専用機を使用するにあたって注意事項はたくさんありますけど、ひとまず大切に扱ってくださいね~。じゃないと、学校行事に支障が出ますから】

 

そんな事を言われていたのを、彼は思い出していた。

 

「けど、それが何か……」

『私の専用機は、未完成のまま放置されてるの』

「……は?」

 

その言葉にセシリアは呆けた声を出した。あり得ないだろう。仮にも代表候補生の専用機が未完成のまま放置されているだなんて。

 

『一応引き取って、私が完成させようと頑張っているのだけど……状況は芳しくないわねぇ』

 

感心すべきなのか、憐れむべきなのか分からない。それが、その場にいる者達の総意であった。

 

「整備科の方に助力を頼んでみたらいかがでしょうか?」

『あはは。私もそう考えたんだけど、新年度が始まってまだちょっとしか経ってないでしょ? そんな余裕まだ誰もないわよ』

 

最低でも二学期からよね~。と彼女は笑って言った。だが、内心では悔しい思いでいっぱいのはずだ。一夏は何となくそう思った。

 

「ちょ、ちょっと待て。仮にも専用機なのだろう? 未完成のまま放置なんてあり得るのか!?」

 

しかし、世界で限られた数しかないコアを使用して作られたものが放置という状態が信じられず、箒は思わず聞き返してしまっていた。

そんな箒の質問に、簪はモニター越しに苦笑いをしながら言う。

 

『う~ん。確かに本来ならありえないのだろうけどね。ちょっと、開発元に仕事が入っちゃって人が取られちゃったのよ。それが結構、急に決まって、しかも最重要な事でね……』

「差し支えなければ、それが何なのか聞いても?」

 

専用機の完成よりも優先する事。それが何なのか気になり、セシリアはその内容を言及した。簪は、チラリと一夏に視線をやるとおもむろに口を開く。

 

『とある機体のデータ収集と解析、そしてその操縦者のデータ収集と解析よ。それは……』

「ッ!?」

 

そこまで言えば、一夏はそれが何なのかが理解できてしまっていた。

 

「白式と……俺か?」

『うん。正解』

 

その問答に箒とセシリアは息を飲む。確かに、一夏は現在世界唯一の男性操縦者だ。だが、どうして彼にここまで続けざまに向かい風が来るのかとさえ感じていた。

 

「どうして……」

 

そんな自分を助けてくれたのか? そこまで口を開こうとして、一夏はその言葉を飲み込んだ。かつて、このIS学園を去った女性にも同じ質問をした事を思い出したからだ。

だが、彼女は彼女なりの理由があって自分を助けてくれた。それはきっと、目の前の少女も同じだろう。

 

「どうして、助けてくれたのか……って聞いたら野暮なんだろうな?」

『うん。そうだね。野暮も野暮。超野暮』

 

それでも、一夏は苦い顔を隠しきれなかった。彼のやりきれない思いは燻ぶり始めていた。

 

「なら……」

『一応言っておくけど、倉持技研に頼み込んでも無駄よ。政府からの指示だし、わざわざこっちに謝罪があったくらいなんだから』

「―――ッ!!」

 

一夏は、確かに貴重な存在だ。だが、それは彼がたまたまISを使えるというだけであり、実力でその存在まで登り詰めた訳ではない。必然的に、強力な発言権も持っている訳ではないのだ。

かつては、SAOでは、彼は攻略組の中でも有力なプレイヤーであった。

それなりに発言権も持っていた。だが、現実世界ではそんな発言力も持っていない。分かっていた事だが、その自分の力の無さを恨むことしか一夏はできなかった。

そんな一夏の心情を察したのか、簪は内心、申し訳なく思う反面、嬉しくも思った。憧れの存在が自分を気にかけてくれている。その事は彼女の乙女心を擽るようであった。

 

『思う所がないといえば嘘になるわね。でも、それ以上に貴方に恩義を感じている』

 

だからこそ自分は手を貸した。彼女はそう自分の想いを言った。

 

『それでも、もし貴方が何かしたいというのなら……』

 

そして、彼女がそう言った瞬間、一夏の目の前に投映されていたモニターが消えた。そして、ヘルメット状の機械を被っていた簪が、その機械を脱ぎ素顔をさらけ出していた。アバター姿と違って、気弱な雰囲気を醸し出しながらも強い目をしながら一夏へと向かって歩いてくる。

 

「……ッ」

 

すーはーと、深呼吸をし始める彼女を一夏はじっと見つめた。簪は、顔を若干赤らめながらも勇気を振り絞って口を開いた。

 

「証明……して。私が我慢して良かったって。貴方は、いつだって……憧れたチナツさんなんだって……」

 

それは彼女なりの精一杯のエール。例え、ここがSAOじゃなくても、どんな困難に立ち向かえたあのチナツだった頃と同じ気持ちで何事にも挑んでほしいと。途中でどんなにくじけても最後には絶対に立ち上がれる勇気を見せてほしい。

その勇気をこの現実の世界でも見る事ができれば、自分はきっと頑張っていけるから。

簪は、その思いが一割でも伝わる事を祈りながら、その言葉を懸命に言ったのであった。

 

「どこまで出来るか分からない……」

 

目の前の彼女がこんな自分に期待してくれている。その事実は、嬉しくもあり、重くもあった。だが……。

 

「それでも、約束する。絶対に立ち止まったりはしない。諦めない」

「う、うん!」

 

そう誓った一夏に対して、簪は精一杯の笑みでそれに答えた。

 

「い、いつか……」

「ん?」

「いつか、私の専用機が完成したら……そ、その時は……」

 

彼女は、しどろもどろになりながらも必死に口を開いていた。その顔は真っ赤である。セシリアと箒の乙女センサーがきゅぴーんと反応した。

 

「な、名前で呼んでも……良い?」

「え? いや、別に普通に今から呼んでくれても……」

「そ、それは駄目!!」

 

憧れの人を名前で呼ぶ権利。それが目的になり、彼女は目標のために頑張れる。だから、今読んでは意味がないのだ。

 

「え~と、じゃぁ専用機が完成したら名前で呼んでも良いぜ……でいいのか?」

「う、うん!!」

「(別に、今から名前で呼んでもいいのに)」

 

尤も、一夏はまったく理解していないようだが。

一方、簪は……。

 

「(つ、ついでにアミュスフィアを一緒に買いに行くとか言って……か、買い物とかも頼めたりするかな……!?)」

 

言いたい事が素顔でも言えた所為か、余計な事まで考え始めていたようだ。

 

「あ、あの!! もし良かったら、こ、今度の休み!!」

「「―――ッ!!」」

 

だが、この二人がいる限りそうはいかない!

 

「(それ以上は―――!!)」

「(欲張り過ぎでしてよ!!)」

 

セシリアと箒はすぐさま一夏の両腕を自らの腕に組みズルズルと引きずり始めていた。

 

「は? ちょ、二人とも!??」

「さぁ、一夏さん!!」

「最終訓練も終わったのだ!! しっかりと休んで明日に備えるぞ!!」

「わ、分かった!! 一人で歩けるっての!!?」

 

しかし、一夏の主張は受け入れられることなく彼は物のごとくズルズルと持っていかれるのであった。その様子を、簪は茫然と見つめる事しかできなかった。

 

「あ、あぁ……」

 

簪は心底残念がっていた。もうちょっとだったのに……と。

どんどん遠ざかる彼を見つめながらそう思っていた。

 

「……がんばれ、織斑君」

 

だが、ふと笑顔を見せながらその姿を見送り始めていた。

 

「私も、なるべく早く……追いつくから」

 

正直言って、専用機の完成はあまり進んでいない。しかし、止まったりしない。いつか、彼の隣に立つのだと決めているからだ。

SAOでは結局攻略組に入る事も、彼の隣に立つ事も自分の臆病さで叶わなかったが、今度こそ叶えてみせる。彼女はそう誓いながら、新たに誓いを立てていた。

 

 

 

一方その頃……別の訓練場にて……。

 

 

 

「来なさい一夏、徹底的に叩き潰すんだから」

 

鈴もまた気合を入れなおしていた。そこにある思いを詰め込んで。

 

「絶対に認めない。あんたの2年半を認めない。だって……」

 

鈴は握り拳を作り、じっと見つめていた。

 

「悪いのは全部、VRMMOでしょ? だから、絶対に認めちゃいけないじゃない。そうじゃないと、あたしは……」

 

もう、アンタの傍にいられないじゃない。

自分から、今の一夏を拒絶しておきながら彼女はそう矛盾めいた事を呟いていた。

いよいよ、明日はクラス代表戦。彼女と一夏の戦いが吉と出るか、凶と出るか。

それはまだ、誰にもわからなかった。

 

 




会長は、二度と本編に出る事はなかった。
妹にキャラを取られ、永遠に自暴自棄になるしかなかったのだ。
本編に出たくても出れなかったので、
その内、会長は考えるのを止めた……。







って、なによ!? このナレーション!!?

こらぁ!! やめなさいってば!! 元ネタ、私! 私なんだから!?

今に見てなさいよ!? 出鼻を挫かれるどころか、出鼻すら出てないけど、このままzy―――。



―プツン―

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