今回は、千冬のVRゲームに関しての明確な想いの話です。
相変わらずちんたら進んでますがよろしくお願いします。
それにしても、今週のキリトの銃撃を斬り続けるあれ、グッとくるものがありましたね。
BGMも良いですし。
「ふぅ、そろそろこれ位にするか・・・」
一夏は、トレーニングルームで一人汗をかいていた。最初は遠巻きに彼を眺める生徒も多かったが、周りを気にせず一心不乱にトレーニングを続けていた。一夏がトレーニングを終え一段落ついたところを話しかけようと待ち伏せていた者もいたが、気が付けばすでに外も暗くなっており、生徒は誰も残っていなかった。
「さて、そろそろ寮に行くか・・・って、うわ。外真っ暗じゃないか!?」
リハビリから続いて、既に習慣というか、趣味になりかけているトレーニング。筋肉ムキムキを目指して、一夏は今日も頑張っていた。
「ん?」
そこで、ふと視線に気付く。一夏は、その方角へと顔を向けた。今まで気づかなかったところを見ると、悪意は感じなかったが・・・。
「よく見ておけ、篠ノ之。お前の幼馴染は、放っておけば汗臭い空気を作る存在になっているという事を」
「は、はぁ・・・」
「いきなり酷くないか、千冬姉!!?」
いつの間にかいた家族に、とんでもない事を言われショックを受ける一夏であった。汗をかく現実世界はこれだからと内心愚痴ってしまう。
「さっさと、そこのシャワーを使って来い。今なら誰もおらん」
「うわ、あぶね。ボールじゃないんだぞ」
千冬は、一夏にバスタオルと着替えを投げつけながら言った。一夏は、慌ててキャッチしながら千冬に抗議する。
「早くしろ、何時だと思っている」
「わ、分かったって・・・」
千冬だけでなく、何故か箒までいた。一夏は、その理由が分からず首を傾げながらシャワー室へと早歩きで向かっていった。
ちなみに、本当に誰もいなかったのでラッキースケベ・スキルは発動しなかったようだ。
「まさか、私と別れてからずっとトレーニングを・・・」
「だろうな。半ば趣味になっているようでな。元は、リハビリ目的であったというのに」
「そうですか・・・」
脳筋思考になりかけている一夏に千冬は頭を抱え、箒は何かを考えていた。
「(私は、ゲームのことはよく分からない。だが、一夏はSAO内でも止まらずに前に進んでいたと聞く)」
クラスメイトとの会話を思い出しながら箒は考えていた。
「(そして、現実に戻っても努力を惜しんでいない。なのに、私は・・・)」
箒は考えていた。今までの自分の剣道を。箒が例え、一家離散をしてしまい父から剣を教えてもらえなくても、ずっと剣道をしてきたのは、偏に彼のためでもある。
彼女にとって、剣道こそが一夏との繋がりと信じていたからだ。彼女は、頑張り続け昨年は全国大会優勝さえした。だが、ある学生に言われてしまった。
『あなたのは、単なる憂さ晴らしの剣よ。そんなの、剣道なんかじゃない!』
そう言われ、彼女は気付いてしまった。いつの間にか、自分の剣術は一夏との繋がりの証ではなく、憂さ晴らしの道具になってしまっていたのだと。
それでも、彼女は剣道を続けた。それしか、自分を表すものを持っていないと感じたから。
「千冬さん・・・」
「どうした?」
「一夏の剣術は、今はどうなのですか?」
箒は、いつの間にかそんな事を千冬に問いていた。知りたかった、ゲームの中とはいえ、誰かを助けていた彼の剣術の在り方を。
「・・・構えは、前より少し変わったな。自分が動きやすく、より早く相手を斬る刀だ。まぁ、剣道としては失格だろうな」
「そう、ですか・・・」
「だが、私は今のアイツの剣術は好感を持っている。経緯を考えると、少し複雑だがな・・・」
千冬は少し困ったような笑みを浮かべながら話を続ける。
「時間がある時にでも、道場を借りてみるといい。私の言っている事が分かるはずだ」
「・・・はい」
箒は、その言葉に不安を感じた。それを理解した時、自分と一夏の剣術への思いの差が分かってしまうような恐怖心を感じてしまっていたからだ。
そして、同時に知りたかった。自分と一緒に学んだ剣が彼をどんな風に誰か守っていたのかを。
「悪い。待たせた・・・て、なにこの空気?」
「お前が遅いからだ、馬鹿者」
「ひでぇ!? 女のシャワーよりは早いだろ!?」
色々と考えていた箒だが、一夏が戻ってきた瞬間に千冬もいつもの空気になっていることを感じ、変に悩むのが少し馬鹿らしく思えてきた。
「大体、こんな時間までトレーニングをしているお前の頭がおかしいのだ!」
「箒も、酷いな!?」
いつしか、箒もいつも通り一夏と会話をし始めていた。一夏の前だと、余計な事を考えなくていい。自然体でいられる。箒は、それが嬉しかった。
「そもそも、寮だと山田先生に聞いているのならすぐにでも行くべきであろう!? 同室の者にこんな時間まで挨拶も無しとは非常識な!!」
「ちょっと待て、同室って何だ!? 俺一人部屋じゃねぇのかよ!!」
「なんだ、その反応は! 私が同室だと不服なのか!!」
「え!? 同室は箒なのかよ!? それも初耳なんだけど!!?」
・・・もっとも、素直でいられるかは別問題だが。
《ゴチン!!》
「「~~~~~~ッ!!?」」
「喧しいぞ、貴様ら!! 説明はしてやるから喚くな!!」
ヒートアップしていく二人に、千冬の拳がさく裂した。
「以上の理由から、お前は篠ノ之と同室となった。拒否権はない」
「箒はそれでいいのかよ?」
「説明を受け以上、断れまい。シャワーの時間割りは後で決めるぞ」
「へいへい」
「なんだ、その気のない返事は!」
一夏は、千冬より説明を受け箒と同室となる事を承諾した。普通の男子ならば、女性との同室を戸惑うべきなのだろうが、家族の目から見ても美人な姉と暮らしていたせいかそこまでの躊躇はないようだ。
それには、千冬が下着の洗濯も任せていたのも起因となっているのだが・・・。
「(まぁ、SAOではチンクの奴と76層上がるまでは一緒に暮らしていたし、今更か・・・)」
さらに言うのであれば、ここでもSAO時代の経験が活かされていた。2年近く一緒に暮らしていて、付き合ってないとか・・・イッピー爆発すればいいいよ。
「洗濯はどうする? 当番制?」
「自分の分は、自分でするに決まっているだろう! 馬鹿者!!」
「な、なんでそんなに怒るんだよ?」
「(我が弟ながら、乙女心への理解力がなさすぎる・・・)」
さも当然に、洗濯当番制を言い一夏は怒鳴られる。当然、なぜ怒鳴られてのかなんて微塵も理解してなどいなかった。
そんな弟を見て、千冬は頭を抱えた。この弟、鈍感を拗らせて結婚できないのではないかと。・・・ハニートラップにかかりそうにないと考えればプラスな事かもしれなかったが。
「さて、一夏。数日分の着替えと携帯の充電器、その他だ」
千冬は一夏に少し大きめのバックを渡す。中には、一夏の着替え一式、バスタオルなどが入っていた。
「シャンプーや石鹸等の日用品は売店で購入しろ。ここは世間と若干閉鎖されている分、大抵の物は揃っている」
「本屋に漫画が置いてあるのはビビった」
「多少の電気機器も置いているぞ。流石に、ゲームは置いていないがな」
IS学園は人工島の上に設立された学園である。学園都市というほどではないが、それでも通常の学校とは設備も、売店に売ってある物も段違いだ。一般の生徒が学園の外に出るには、リニアカーを使うしかなく、平日はおいそれと外に出る事はできない。
だからこそ、購買部にはそれなりの力を入れていた。
「その内、畑ができそうだよな。食糧自給的に考えて」
「さすがにそれはないが、保存食は山の様にあるぞ? 最悪、外部との接触が立たれても5年は持つ」
「何それ、怖い」
「ISを使う学園と言うだけの事はあるな・・・」
何となく思った事を言った一夏に千冬は答え、その内容に箒もまた驚愕した。
「それと通帳だ。小遣いは今後これに振り込んでいくからな。無駄遣いはするなよ」
そう言い、一夏に通帳を渡す千冬。今までは手渡しであったが、教員から生徒にお金の手渡しは体裁的にも悪いためこの手段を選んだのであった。
「ATMの場所は篠ノ之でも教えてもらえ。構わないな?」
「はい、構いません」
箒も、政府よりある程度お金を支給されていた。そのため、ATMを使う事があるため場所の把握もしている。
「え? いや、そのうちバイト・・・」
「出来ると思うか? 今のありさまで。ついでに言うならば、IS学園はバイト禁止だ。購買も外部からの就職だ」
「う・・・」
SAO帰還後には、高校に入り勉強が落ち着けばバイトを考えていた一夏にとって、この状況は若干の苦悩であった。
「お前が、姉に頼りたくないという気持ちは分かる。だが、私は成人して、お前は学生なんだ。少しは頼れ」
そうしないと、寂しいではないか。内心そう思いながら、千冬は一夏を諭した。
「その学生の頃から、ずっと俺のために頑張ってきたのは誰だよ」
「お前と私とでは環境も違った。まずは自分の事に専念しろ」
「ちぇ・・・」
若干、拗ねた様子であったが一夏は納得した。
「それ・・・とだな」
「なんだよ?」
千冬は少し躊躇した様子で言い淀む。いつもハキハキしてる千冬に珍しいと、一夏は感じて内心首を傾げた。何か言いづらい事でもあるのだろうか。
「んん!」
しまいには咳払いまでした。どんだけ言いづらいんだろうかと、少しドキドキしてきていた。
「こ、これを渡そうと思う」
彼女は弟に少し大きめの小包を渡す。何なのかわからず、彼はパチクリとしていた。
「本当ならば、お前の生活が落ち着いて来てから渡そうと思っていたが、そうなると教師と言う立場が邪魔になるのでな、今渡すことにした」
「いや、だから何を」
「・・・・・入学祝だ」
「え?」
その言葉に、一夏は動揺した。中学の入学祝はナーヴギアとSAOの製品版であった。彼女にとって、一夏への入学祝は後悔の象徴であったはずなのに。
「あ、開けてもいいかな?」
「あぁ、構わん」
彼は戸惑いながらも、包みを開いていく。それなりの大きさで、中身が若干気になる。
そして、その中にあった物を見て、一夏は固まるしかなかった。
「・・・一夏?」
そんな一夏の姿を不審に思い、箒は悪いと思いつつも中身を覗き込んだ。
「え?」
そして、その中身に驚愕した。そう言った方面に疎い箒でもそれが何なのか知っているからだ。
「アミュスフィアにALO・・・『アルヴヘイム・オンライン』の製品版・・・」
千冬は、あろうことかナーヴギアの後継機であるアミュスフィアに加え、VRMMOソフトであるALOを彼に贈ったのだ。ALOはかつての仲間たちが今現在プレイしているソフト。本来ならば、彼もその世界を楽しんでいたはずだ。だが、IS関連のごたごたの所為で購入できず、現在に至っていた。
千冬にとってVRMMOは弟を奪ったものでしかない。彼女はこのまま一夏がALOをプレイ出来ないようにする・・・それが無理でもプレイするのを先延ばしさせる事が出来た筈だ。
だと言うのに、彼女は一夏にALOとそれをプレイするためのハードを入学祝にしたのだ。それはSAOを入学祝としてしまった過去と重なる行為のはずなのに・・・。
「色々と、な・・・。私なりに考えてみた」
呆然とする一夏に、千冬は語るように話しかけた。
「一夏。お前がVRMMOをまたしたいと言った時の事を覚えているか?」
「・・・あぁ」
彼はその時の事をよく覚えていた。リハビリの合間に、その事を千冬に伝えたのだ。何度も、何度も言いだそうとして言えなかったその話を千冬は猛烈に反対したのを今でもよく覚えている。
幾ら安全性が確実と言われても、誰が好き好んで弟を2年以上の眠りにつかせた原因である物に、また手を出すのを黙って見る姉がいるかと。
だが、一夏はそんな姉に対し心苦しくはあったが、こう言った。
『千冬姉の気持ちは分かる。だけど、俺だってあそこで得た色んな物があるんだ。VRMMOを否定すれば、俺は過ごしてきた2年半を否定することになる。それだけは嫌なんだ』
実に卑怯な言い分だと今でも一夏は思っていた。厳しくも、優しい姉が『お前の2年半は無駄だった』なんて言えるはずがないと知っていて言ったのだから。
だから、自分がALOをしたとしても、ほぼ黙認状態になると思っていた。
「正直言えば、今も私にとってVR技術は好ましいものではない。例え、一部の技術がISに流用されていてもだ」
だが
「それでも、確かに私はお前の2年半と言う月日を無駄であったとは言いたくない」
だからこそ、お前にこれを贈る。そう彼女は言った。
「今度は、ちゃんと勉強も頑張れよ?」
その言葉に、一夏の肩が震えた。気が付けば、アミュスフィアが包装されてある袋に、小さな濡れて出来る染みがポツポツと出来始めていた。
「ち、ふゆ・・・ねえ・・・」
「馬鹿・・・」
彼女はそっと、弟の頭を自分の胸に抱えた。
「男の癖に・・・泣く奴がいるか」
「ごめ、ん。ありが・・・とう・・・」
一夏は、悔しかった、情けなかった。こんなに姉を心配させておいて、こんな事をさせる事になって。
そして、それ以上に嬉しかった。例え、全面的でないとは言え、自分の過ごしたSAOでの2年半を認めてくれたのが。
一夏は、そんな姉に対し涙を流しながらお礼を言うしかできなかった。
「・・・一夏、千冬さん」
そんな二人を、箒は羨ましそうに見ていた。そして考えていた。
「(いつか自分も、姉さんを認めれる日が来るのだろうか・・・)」
目の前にいる姉弟を見て、彼女は自分の姉を思い浮かべていた。
モッピー何でも知ってるよ、チッピーは挙動不審でアミュスフィアを購入したって事を。
モッピー何でも知ってるよ、ALO買ったときは契約の話を出されてアタフタしたって事を。