TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
7月のとある日曜日。
一雄は決意を胸に、歩夢との待ち合わせ場所に向かっていた。
夏競馬の季節になり、競馬は、引き続きほとぼりを冷まし中。
だから今回は純粋に遊ぶ約束……というか下町をぶらついて食べ歩こうという、予定があるような無いような感じ。実質デートだ。
──よし。デートの最中に、絶対に誘うぞ……海に!
まぶしい空。きらめく海。
夏の陽気と海辺の活気に刺激を受け、二人の関係も急接近!
……なんてのは都合のいい妄想だとわかってるから、せめて彼女の水着は見たい。
ほっそりとしたスレンダーな歩夢には、きっと白いワンピースが似合う。いや、流行りのハイレグ*1なんかも……いやいや。歩夢ちゃんをエロい目で見ちゃいけない。
「ああ、世界が輝いて見える。楽しみだなあ!」
ウキウキしながら商店街を歩いていると。
商店街の、店と店の隙間の暗がりから、ふいに手が伸びてきて、一雄の襟をひっつかんだ。
「かーずーおーくん!」
「おーいーでー!」
「あっそびーましょー!」
暗がりから粘着質な声が響く。
そこにいたのは、狭い隙間に身を寄せ合うようにしてニタニタ笑っている、かつての同士──エロ本同盟の仲間たちだった。
闇の中に引きずり込もうとする邪悪の手から逃れようともがきながら、一雄は必死に問いかける。
「お、お前ら……いったい何のつもりだ」
「なんのつもりだ? なんのつもりだはこっちのセリフだ! この背教者が!」
「理由なんてよお、てめえ自分でわかってるだろうがよお!」
「その通りだ一雄よ! 貴様、これからどこに向かうつもりか言ってみろ!」
ここぞとばかり詰問してくる元同士たちの圧力に、一雄は冷や汗をかきながら。
「どこ、って……歩夢ちゃんとデートだけど」
「久保議長。判断を」
「判決、宮刑」
一雄の答えに、ノータイムで判決がくだされた。
ちなみに宮刑とは男のアレをちょん切る刑罰である。
「待て待て待て。ちょっと落ち着けお前ら! まずは手を離せ。なっ?」
エロ本同盟3人衆がそれぞれ取りすがってきて、4人はひと塊の異様な姿になっている。
融合体の構成員どもは、一雄に次々と語りかける。
「なあ一雄よ。お前こそ落ち着くのだ。常識を考えてみろ。大手証券会社務めで、誰もがうらやむハンサムボーイの俺様に彼女が居ないというのに、お前ごときが美人とつき合えるわけないではないか」
「そうだそうだ!
「そうそう。絵に描いたようなゴリラのゴリ男はともかく、法律事務所の次期経営者の僕にも彼女が居ないんだぞ?」
『──お前は家で勉強してろ司法浪人!!』
全員からツッコミを受ける久保マモル。
一雄は憤った。
自分と歩夢じゃ釣り合ってないのは百も承知だが、自分で思っているのと他人から指摘されるのは別だ。
「お前ら、いくら嫉妬に狂ったからって難癖つけてくるなよ!」
「難癖というか、ぶっちゃけ一雄が舞い上がってるだけで、相手にされてないよね?」
「ぐはっ!?」
一雄は致命傷を受けた。
ちょっとそうかなと思っているだけに、完全にオーバーキルだ。
抗う力を失った一雄は、ズルズルと闇の中に引きずり込まれていく。
「ほら。自分でも心の片隅でそう思っているから、ダメージを受けておるのだ」
「大人しくエロ本同盟の理念に回帰しろ、な?」
「そうだぞ一雄。いまのお前の姿を見たら、【ハンバーグ師匠*2】はどう思う? 目を覚ますんだ一雄。やっぱり男の友情が大事だぞ?」
ダークサイドに誘う嫉妬男たち。
だが、一雄はそれを受け入れるわけにはいかない。
歩夢の水着姿の妄想を励みにしながら、奮い立つ。
「そうは……いくかあああああっ! オレは歩夢ちゃんと海に行くんだああああっ!」
敵の手を振りほどき、ほうほうの体で光の下に出たところで。
「……え、海ですの?」
そんな声が聞こえた。
耳に心地よい澄んだ声質。歩夢だ。
四つん這いになった状態で、顔を上げる。
白いワンピース姿の歩夢が、目と鼻の先にいた。
彼女との待ち合わせの場所は、商店街の逆側の入り口。まだ離れているはずだ。
「あ、歩夢ちゃん、どうしてここに」
「待ち合わせの場所に行こうとしてたんですけれど、急に一雄さんの叫び声が聞こえたものですから……えーと、そちらは? あ、久保さん、ご無沙汰しておりますわ」
笑顔で一礼する歩夢に、クズどもは自らの闇を振り払い、襟元を正す。
「はっはっは。初めましてだな。俺様は
「オッ、俺は不動産会社勤務の
やけに爽やかな笑顔で自己紹介する二人。
すでに顔見知りの久保マモルは、とびっきりの笑顔で歩夢に会釈して。
「二人ともエロ本同盟の仲間です」
「おいいいっ!?」
全員から非難を受けるが、マモルはものともしない。
だが、歩夢もまた、ただのお嬢様ではない。貴彦たちの紹介に少しきょとんとしていたが、エロ本同盟など意に介さず、笑顔になる。
「あ、そうなんですわね! わたくし安生歩夢と申しますわ! 一雄さんは困っているところを助けられ、色々とお骨折りいただいた恩人であり、遊び友達であり、悪巧み仲間であり……一言でまとめるとマブダチですわね!」
びしぃっ! と親指を立てる歩夢。
その言葉を聞いて。
エロ本同盟の3人は大きくくずおれた。
「うらやましい……ただただうらやましい……」
「お、俺様はうらやましくなんて思ってないんだからな!」
「くそっ! 僕もこんな美人にマブダチって言ってもらいたい!」
闇の中に引っ込んで呪詛を垂れ流す3人。
その姿を見て、歩夢はきらきらと目を輝かせる。
「一雄さん、愉快で素敵なお友達ですわね! 二十歳超えて馬鹿やれる友達がいるなんて、うらやましいですわ!」
両手を合わせて微笑む歩夢に、3人はちょっとだけ復活する。
これまで友情と足の引っ張りあいで彼女を得る機会をことごとく逸しつづけた彼らも、「エロ本同盟」と聞いて引かない若い女は見たことがない。しかも美人だ。おのれ一雄。
「ときに一雄さん、ひょっとして、先日わたくしも、とおっしゃってた資産の運用って……」
「あ、うん。そこの貴彦に頼もうと思ってるんだけど」
先ほどの自己紹介でピンときたのだろう。
尋ねてきた歩夢に、一雄は友人の一人を指し示した。
友人──貴彦は紹介に応じて、無駄に偉そうに胸を反らしながら、前に出てきた。
「うむ。むろん覚えているぞ。3000万だな、3000万。お陰でぶん殴った上司に殺されずに済んだわ。もののついでだ。貴様の面倒もみてやろうではないか」
「え、一雄が? 3000万? どんな犯罪を犯したんだ」
「ゴリ男! ノータイムで犯罪を疑うな!」
「わたくしも一雄さんも、競馬で一発当てたんですわ!」
歩夢がずずい、と前に出て、疑問に答えた。
それで、歩夢が未来から来たと知っているマモルは理解したようだ。
ただ、クライアントの個人情報だと心得ているのだろう、黙ってくれている。
「な、なら不動産に関してご相談があれば、うちが責任持って面倒見るぜ!」
これを機にお近づきになろうと思ってか、ゴリ男がアピールする。
「俺も──」
『お前はきっちり司法試験に合格しろ!!』
首を突っ込もうとした司法浪人が、総ツッコミを受けた。
◆
それから、なぜか闇の使者たちは大人しく闇の中に引っ込んでいった。
なにやらヒソヒソ話し合っていたから、なにか意図があるんだろうが、一雄はヤツらが去ってくれるならなんでもよかった。
それから、普通に商店街を歩きながら、美味しそうな店を探していると。
「【とんかつ勝一】ですわ! こんなところにありましたのね! 一雄さん、ここにいたしましょう!」
「勝一かあ。歩夢ちゃん、レーダーでも着いてるのかってくらい美味しいお店嗅ぎ分けるね」
うっきうきで突貫する歩夢に続き、一雄も店に入る。
「いらっしゃいませ……げっ、一雄先輩」
「そんな顔すんな【康介】。今日はエロ本同盟絡みじゃないから」
厨房から顔を出した後輩に、一雄は手振りで挨拶しながら声をかける。
その様子に、歩夢が小首をかしげた。
「お知り合いですの?」
「うん。中学の時の後輩でね、で、こいつがやたらとモテてたんだよ」
「ああ、それでエロ本同盟の被害に……」
歩夢の理解がすごい。
「というか先輩、そっちの方は……」
「お友達ですわ!」
一雄が口を開く前に、歩夢がほがらかに答えた。
それで察したのか、康介は同情の視線を送った後。
「すみません。いま混んでるんで引っ込みます。あちらのテーブル席どうぞ!」
そう言って厨房に引っ込んでいった。
うん、あいつはいいやつだ。
【由香美ちゃん*3】とのことで散々いじってすまん。
深く突っ込んでこなかったことに内心感謝して、席につく。
頼んだのは、二人ともロースカツ定食だ。
康介は若いのにとんかつ名人と呼ばれるくらいの料理人。
楽しみに待ちながら、歩夢と談笑していると、しばらくしてお膳が運ばれてきた。
「ほう、これは」
「見事な焼き色ですわね!」
揚げムラのない、均一に火の通ったきつね色の衣。
ひと口食べると、ジューシーな肉汁が口の中に溢れ出す。
「うん、美味い」
「これは……うっめーですわ!!」
歩夢がきらっきらの笑顔で言い放つ。
「陽ちゃんのカツ丼もすごかったですけれど、こちらも素晴らしいですわ! 素材の吟味、豚肉と衣のバランスの見極め、火加減、いずれも名人芸! どろり濃厚なタレがロースの肉汁と混じって……これぞ口福の極み! ですわ! ごはん3杯いけますわ!」
むちゃくちゃ楽しそうに語る歩夢を見ていると、むらむらと嫉妬が込み上げてくる。
──オレだって、もっと美味いカツを揚げてやる……!
密かに決意しながら、ロースカツを味わう。
若いのに、妥協のない仕事だ。厨房で真剣にカツを揚げる康介を見ていると、そりゃモテるわなと納得してしまう。
食事を終えて。
満足げな歩夢は、思い出したように手を打った。
「そういえば、一雄さん。さきほど海に行くとかなんとか仰ってませんでした?」
「あ、うん……その……あ、歩夢ちゃん! 今度の日曜、いっしょに海に行かない!?」
どう切り出そうか迷っていたのだが、よく考えたらすでに聞かれていたのだ。
一雄は覚悟を決めて、歩夢を誘う。決断に時間がかかって、どもってしまったのはお愛嬌だ。
「海! いいですわね……あ、でもわたくし水着がありませんわ! 買っとかなきゃですわ!」
引かれやしないか、拒否されないかと心配していたが、歩夢は意外や乗り気だった。
ギリィ、と、まるで歯ぎしりのような音が、壁を隔てた外で聞こえた気がしたが、一雄はそんな場合じゃない。天にも昇る気持ちだった。
「ほうほう、ほうほうほう! 女と海、だと!? よいご身分だなあ一雄よ!!」
外でそんな言葉が発せられていることなど、一雄は知らない。