TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
真夏の東京下町。
商店街の片隅にある、小さな駄菓子屋。
中に入ると、広がるのは駄菓子の摩天楼。狭い空間に足元から天井まで、あらゆる種類の駄菓子が山と積まれている。
「ヨーグルですわ! きなこ棒ですわ! 梅ジャムせんべいですわ! よっちゃんイカですわ! ミニコーラですわ! ヤッター!めんですわ! あっちもこっちも聞いたことあるような駄菓子ですわ! 素晴らしいですわ!
「お嬢ちゃん。ほら、子供の邪魔だからね? 店の中で動き回らないようにね?」
「失礼いたしましたわお婆さま! さあおいでなさいキッズたち! わたくしはあとでお買い物いたしますので、存分にお買い物を満喫するといいですわ! ……あ、お婆さま! わたくしの収穫物は一旦ここにお取り置きさせていただきますわね!」
店主のおばあちゃんに注意されて、歩夢はお菓子を番台の隅に置いて、待っていた子どもたちと入れかわりに軒先に出た。
百円玉を握って、ビックリマンだおっぱいアイスだあのお姉さんおっぱい無いねとか悩んでいる子どもたちを、優しい視線で見守っていると、通りがかった自転車がブレーキ音を立てて止まった。
「あれ、歩夢さん。こんなとこで何してるの?」
声を聞いて振り返ってみれば、私服の味吉陽一がそこに居た。
「はわ!? 陽ちゃんですわ!? あなたこそ、なぜここに? というか自転車ですわ! これがガンダム号ですのね!」
「なんで俺の愛車の名前知ってるの!?」
「ふっふっふ、この名探偵・安生歩夢の手にかかれば、そんな個人情報まるっとお見通しですわ!」
「……なんというか、歩夢さんって時々バカっぽくなるよね」
「わたくしにとってそれは褒め言葉ですわ!」
あきれた様子の陽一にも、歩夢は揺るがない。
反らした胸も揺るがない。
「歩夢さんはなんで駄菓子屋の前に?」
「むろん、駄菓子を買いに来たんですわ!」
びしっ! と、仮面ライダーの変身ポーズを取る歩夢。
まだこの世に存在しないライダーのもの*1なので、陽一には伝わらないが。
「へえ、いいね! 暑いし、オレもアイス買おうかな!」
「それも通! ですわね! ソーダアイスかスイカバーか、パピコかホームランバーか……迷いますわね!」
と、アイス談義で盛り上がっていると。
「あれ? 陽一兄ちゃん?」
店内で駄菓子を選んでいた子供の一人が、陽一に声をかけてきた。
「【しげる】じゃないか。お菓子買ってたのか?」
「しげる!?」
応じた陽一の言葉に、歩夢が超反応した。
しげるという名には聞き覚えがある。その容姿や年格好にも。
「ああ、近所の子さ」
──山岡しげる! アニメ版のレギュラーですわ! 漫画版でもゲストでモブやってた子ですわ! 距離感的には近所の子供Aって感じですけれど……ここにいたんですのね!
ぱああああ、と歩夢は目を輝かせた。
目を輝かせて童子を注視するその姿は、正直危ない。
「え、陽一兄ちゃん、この変なお姉さんと知り合いなの?」
「うちの常連さんだよ」
「安生歩夢ですわ! よろしくお願いいたしますわね!」
「う、うん……」
歩夢の勢いにちょっと引きながら、しげるが答える。
防犯ブザーがあったら、ピンを思い切り引いてそうな表情だ。
ちなみにこの時代にも一応防犯ブザーは存在しているのでピンチだ。
「しげる、なにかいいの買えたか?」
「んー、いま迷ってるとこ! 軍資金が100円しかないからね! あちらを立てればこちらが立たず。うーん」
悩み始めるしげる。
暑いときなので、アイスキャンディーにするか、暑さを我慢して全部ビックリマンチョコ*2につぎ込むか迷っているようだ。
「あらら、そんなに時間かけるもんかねえ」
「悩むことも勉強ですわ! 限られたお小遣いのなかで、いかに満足な買い物ができるか! お金と買い物の大事さを安価で勉強できる! それが駄菓子屋なのですわ! それをわきまえず、欲しい物を箱買いするような無粋な買い方してるとろくな育ち方しませんわ!」
「あっはっは、そりゃそうだね!」
朗らかに談笑する歩夢と陽一を、しげるはジト目で見ている。
駄菓子屋の番台の端に山と置かれたお菓子は、歩夢がキープしているものだ。
ろくでもない大人がそこに居た。
◆
さあっ!
ついに!
「【岡田屋】ーっ! ですわー!!」
道のど真ん中で両手を広げ、歩夢は叫ぶ。
行き交う人から注目を集めまくっていたが、意に介さない。
「そう! 思い返せば最初に岡田屋を見つけた時! あの時の決意が、わたくしを岡田屋から遠ざけたのですわ!」
当時歩夢は決意した。
エプロンと【権三箸】を持ってあらためて突貫してやる、と。
権三箸とは、ミスター味っ子と同じ作者の漫画、【食わせモン!】に出てくる料理雑誌“神戸グルマン”の編集長、【
吉野杉四方柾目手彫総漆塗下がり藤象嵌細工。表面があまりになめらかなため、馬利権三以外に使えるものなしと謳われる伝説の箸。
そんなものが既製品で存在するはずがなく、人づてに福井県若狭の作家に発注したが、完全オーダーメイドのため、出来上がりは一年待ち。
これでも原木の吟味から始めるなら早い方なのだとか。さすが伝説と呼ばれるだけはある。
とはいえ、箸の出来上がりは待てても、岡田屋を一年お預けはつらい。
さんざん迷った挙げ句、食い気に負けて、歩夢は本日岡田屋に行こうと決意したのだ。
「たのもー! ですわ!」
歩夢が店に入ると、ソースの焦げるいい匂いが香ってきた。
カウンターを兼ねた長鉄板の向こうから、職人さんの威勢のよい声が次々とかかる。
その中に、ひときわ存在感のある男がいる。
「いらっしゃい美人はん! おまけしとくで!」
「ありがとさんですわ! ごちそうになりますわ!」
──岡田屋ですわ! 岡田屋ですわ! 「ちゅうちゅうたこかいな」って言ってくれませんかしら!?*3
内心興奮しながら、カウンター席に座ると、歩夢はやおらエプロンを装着した。
油が跳ねてもいいように持ってきたのだ。
いかにも油よけでござい、といった風なエプロンだと失礼かもしれないので、ちょっとおしゃれな感じのものを選んだのだが、似合いすぎて人目を集めている。
「では、広島風お好み焼きを所望いたしますわ!」
「よっしゃ! お好み焼き一丁! 特大にしといたるで!」
「感謝! 圧倒的感謝ですわ!」
ちなみに、広島でお好み焼きを頼む時は、必ず「お好み焼き」、である。
広島風お好み焼きはまだ許容される。だが広島焼きとでも口にしたら、もう戦争になるから、注意が必要だ。
歩夢も一度うっかり広島焼きと言ってしまい、その場の客から怒られた苦い思い出がある。
まあそれは自分に非があるからいいのだが、ついでに阪神ファンであることまで否定してきたのは絶対に許さない。
そんな事を考えているうちに、お好み焼きはどんどんできていく。
生地を、鉄板が透けて見えるほどに薄く伸ばし、パリッと香ばしく焼けた皮の上に、大量のキャベツをぶちまける。
その上に、天かす、豚肉。
それとは別に、焼きそばを焼き、たっぷりのソースを絡める。
そして焼きそばの上に、お好み焼きを乗せて、取っ手付きの鉄板でプレス。
さらに、間髪入れずにソースが塗られて、完成だ。
零れたソースが鉄板の上でじゅうじゅう音を立て、たまらない匂いがしてくる。
焼きそば、キャベツ、生地、それにタレ。層状に重なった姿は、見るからに美味そうだ。
「よし! 出来たで!」
「いただきますわ!」
歩夢は手を合わせて、お好み焼きにコテを入れた。
サクリと切れたお好み焼きを箸でつまみ、口に放り込む。
「うっめーですわ! これマジうっめーですわ! ちゅうちゅうたこかいなー!」
「そーやろそーやろうまいやろ? 言葉の意味はわからんが嬢ちゃんみたいな美人に喜んでもらえてうれしいで!」
歩夢がギリギリアウトみたいな事を言ってしまっているが、岡田屋にはまったく通じていないのでセーフだ。