TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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14 こんにちはミスター味っ子

 

 

 夏が過ぎ、秋が来る。

 そろそろ、味っ子の物語が始まる。

 始まりの合図は、二人の人物の出会い。

 一人はもちろん、ミスター味っ子、味吉陽一。

 もう一人は【味皇(あじおう)村田源二郎(むらたげんじろう)】。

 30年もの長きに渡って日本料理界のドンとして君臨してきた、料理会の至宝、全料理人を率いる総帥。

 

 

 ──タイミングが良ければ、陽ちゃんと味皇様の出会いを見れるかもしれませんわね。

 

 

 出会いの場は、【日の出食堂】。

 本音を言えば、店に一日中張り付いて待ち構えたい。

 だが、さすがに大衆食堂で長居するのは迷惑なので、自重せざるを得ない。

 けど、運よくその場に居合わせて、食堂の片隅で二人の出会いが見られたなら……本当に素敵なことだ。

 

 ……と、思っていた。

 思っていたのだが。

 

 

 ──こ、これは想定外ですわ。

 

 

 がっちがちに固まりながら、歩夢は冷や汗をかく。

 眼の前で立ち上がり、陽一に苦情を訴えるのは味皇の秘書、【垂目(たれめ)】。

 その対面──歩夢の隣では、和服姿の貫禄ある老人が、怒鳴る垂目をたしなめている。

 

 

 ──近い! 近すぎますわ!

 

 

 まさかの相席である。

 二人のやり取りを見ている場合じゃない。

 味皇の息遣いを、間近に感じることが出来る。ドキドキが止まらない。

 

 

 ──味皇様、味皇様、味皇様ーっ!

 

 

 完全に限界化して、凝視していると。

 

 味皇は、歩夢が自分の素性を知っていると気づいたのだろう。

「しーっ」と口元に手を当て、ウインクしてみせた。

 

 歩夢は壊れたおもちゃのように、こくこくとうなずいて。

 半ば放心しながら、自分のさばの味噌煮に箸をつける。

 

 

 ──あ、うっめーですわ。

 

 

 ちょっとだけ復活した。

 そのまま、味皇たちの様子をこっそり見ながら、味噌煮定食を食べていると。

 

 

「これが味吉陽一特製の 超極厚カツ丼だーい!!」

 

 

 陽一の声とともに、ドーンと置かれる特製カツ丼。

 それが、陽一の母、法子の手で、味皇と垂目のもとに運ばれてくる。

「こんな分厚いカツ、中まで火が通っているはずがない」と騒ぐ垂目を尻目に、味皇は丼の蓋を開け、火の通り具合に驚嘆し。

 

 

「これは……なんといううまさだ! 衣はカラッと香ばしく歯ごたえもよく、なおかつふんわりと舌に溶ける! 肉はこの上もなくジューシィでしかも柔らかく、噛むほどにじわっと旨味が広がる! ご飯はふっくらと炊きあがり、溶き卵とダシの味の絡みも絶妙だ! まさに完璧な味……!!」

 

 

 味噌煮と味皇の完璧な食レポをオカズに、歩夢は白飯をかっこむ。

 

 

 ──やっべーですわ! 味皇様の食レポ! これはご飯3杯はいけますわ!

 

 

 感無量だ。

 味皇様と同じカツ丼を頼んでいなかったことが、返す返すも悔やまれる。

 

 

 ──明日はぜったいカツ丼ですわね!

 

 

 歩夢は明日の夕食の予定を心に決めた。

 一方陽一は。

 

 

「へへー! 美味かっただろーが!!」

 

 

 と、渾身のドヤ顔を、味皇と垂目に向けた。

 それから、極厚カツにちゃんと火が通っているネタばらし……高温と低温、二種の油を使った二度揚げや、小麦粉に溶いて使う山芋おろしなどを紹介していく。

 

 数々の工夫にうなった味皇は、「今度の定休日にでも遊びに来なさい」と陽一に名刺を渡して帰っていった。

 

 わけもわからず、その後姿を見送って。

 陽一は首を傾げながら、名刺をながめる。

 

 

「味皇、村田源次郎……なんだこりゃ?」

 

「陽ちゃん、味皇様をご存知じゃありませんの!?」

 

 

 本来味皇のことは、法子が組合長に聞いてきてわかるのだが、歩夢は秒で出しゃばった。

 

 

「歩夢さん、そういやさっきから様子がおかしかったけど、あの爺さん知ってるの?」

 

「知っておりますとも! 味皇とは料理界の天皇! 日本のあらゆる料理人の頂点に立つ、すっげー方なんですのよ! その招待を受けるなんて……なにが待っているか、ワクワクしませんこと!?」

 

 

 熱く語る歩夢だが、陽一の反応は鈍い。

 

 

「料理の世界の天皇か……なら、そこに行けばスゲーやつが待ってんのかな?」

 

「ですわ! 味皇様の下には、各料理部主任がおりますわ! イタリア料理部、フランス料理部、日本料理部など……いずれも才能のある料理人が研鑽(けんさん)の果てにその地位に上り詰めたという方々! 陽ちゃんの世界観(りょうり)によい影響を与えることうけあいですわ!」

 

「まあ、堅苦しいのには興味無いけど……」

 

 

 歩夢の言葉に、陽一は料理を再開しながらひとりごちる。

 

 

「そうまで言われると……ちょっと面白そうかな」

 

 

 

 

 

 

 それから、数日後。

 商店街の本屋でずらっと並ぶ雑誌をチェックしていると、味吉法子がやってきた。

 

 

「すみません。【丸井善男(まるいよしお)】っていう、料理の偉い先生の本ってありますか?」

 

「やあノリちゃん。料理関係のコーナーはあっちだね。名前も聞いた覚えがあるような……ちょっと待ってな」

 

 

 そう言って、本を探しに来た店主さんとすれ違い。

 自然、法子と目が合った。

 

 

「こんにちわですわ法子さん! お困りのようですが、どうされましたの!?」

 

「あら歩夢ちゃん。それが、味皇様のところに行った陽一が、イタリア料理部の主任の丸井さんと味勝負をすることになったって……」

 

「なるほど、それで敵情視察がてら、その方の出した料理本を見てみようってわけですのね!」

 

「ええ、そうなの」

 

 

 歩夢の問いに、法子がうなずいた。

 この後の流れを、歩夢は知っている。

 陽一が、丸井シェフの本を見て、レシピ通りにくるみ入りミートスパゲティを作ってみて、その完成度に驚愕するのだ。

 

 ふむ。と歩夢は少し考えて。

 秒で特攻することを決めた。

 

 

「法子さん! 陽ちゃんと丸井シェフのコラボ料理、わたくしにも試食させていただけませんかしら!?」

 

 

 それから、本を買った法子とふたりで、日の出食堂に帰る。

 定休日の店内に入ると、テーブル席で陽一が待っていた。

 

 

「おかえり、母さん……と、歩夢さん?」

 

「ご機嫌麗しゅうですわ陽ちゃん! わたくし法子さんからお話を聞いて、お力になれたらと思って推参いたしましたわ!」

 

 

 要は試食させろということだ。

 

 

「あー、この際歩夢さんも、なにか意見聞かせてよ!」

 

 

 不案内なパスタ料理ということもあって、陽一は了承する。

 それから、さっそく丸井シェフの本を見て、レシピ通りにパスタを作りはじめた。

 

 出来上がるまでの間、法子と談笑しながら、しばらくして。

 

 

「出来たっ! さっそく食べてみようよ!」

 

 

 陽一が、厨房からミートスパゲティを運んできた。

 それぞれの席に、スパゲティの皿を置いて、陽一も席につく。

 

 見た目はごく普通のミートスパゲティ。

 だが丸井シェフのレシピで、味っ子が作った料理だ。不味いはずがない。

 

 

「さあて、どんなもんかな」

 

 

 挑むようにフォークを構える陽一。

 歩夢も、「いざ」とパスタを巻き取って口に入れる。

 

 

「これは……これは……うっめーですわ!!」

 

 

 歩夢は歓声を上げた。

 様々な野菜が加わったミートソースの豊かなコクが、最高の茹で加減のパスタに絡んで、くるみの歯ごたえと香ばしさが、見事に味を収斂(しゅうれん)させている。

 

 

「さすが、いばるだけのことはあるよ……この味に、どうやって対抗する?」

 

 

 こっちもクルミを使えば、という法子の意見は、もちろん使えない。

 相手の味をコピーするのは、料理人として負けを認めたようなものなのだ。

 

 

「歩夢さんはどう思う? このスパゲティ食べてみて」

 

 

 試作を食べた以上、意見を言わなくてはいけない。

 そんな当たり前のことを忘れて、クルミ入りミートスパゲティを思う存分堪能していた歩夢は、急に話を振られてドキリとした。

 

 

 ──やっべーですわ。陽ちゃんの料理を食べたい一心で突貫しちゃってましたわ。

 

 

 なにかいいこと言わなくては。

 陽一に、アドバイスをするのはいい。

 だが、この段階でいきなり「ナスですわ!」とか言い出すのも変だ。

 

 なら、なにをアドバイスすべきか。

 すこし考えてから、歩夢は陽一の様子を見て……問いかける。

 

 

「陽ちゃん。陽ちゃん自身はパスタは得意ですの?」

 

「イタリア料理とか専門外もいいとこだよ。店のメニューで付け合せの炒めパスタをやったくらい」

 

「ああ、だから身構えてますのね」

 

「だからって……なにがだよ」

 

 

 目を眇める陽一に、歩夢はいたずらっぽい笑顔を返す。

 

 

「陽ちゃん、アルデンテがなぜ最高の茹で方なのか、ご存知ですこと?」

 

「それは……えーと、おっさんなんて言ってたっけ……」

 

「パスタは冷水で締めませんの。ですので、完璧に茹であげてしまうと、ソースと絡める間に余熱で茹ですぎになってしまうんですわ。だから、食べる人間の下に運ばれた時、最良の状態にするために、髪の毛一本分、芯を残して茹であげるのですわ」

 

 

 陽一が答えを出す前に、歩夢は正解を教えた。

 

 

 

「はへー、そうなんだ……」

 

「つまり陽ちゃん、要するにこれは美味しく食べるための工夫、なんですわ! 食べる人が美味しく食べられるように工夫する。イタリア料理だフランス料理だといって、そこはなんら変わりませんわ! だから陽ちゃん──エンジョイ・クッキング! ですわよ!」

 

 

 感心する陽一に、歩夢はびしっ、と、親指を立てる。

 話を聞いて、陽一は目を輝かせた。

 

 

「ありがとう、歩夢さん! それだよ! オレ、やってみるよ!」

 

 

 

 

 

 

 そして時が過ぎ。

 丸井シェフとの味勝負があった翌日。日の出食堂。

 

 

「さあ、食ってみてよ! これが丸井のおっちゃんに勝った、オレの軍艦巻き風パスタ……スパゲティミートソースのナス巻きさ*1!」

 

 

 ──なんか微妙に違いますわー!?

 

 

 陽一に出された料理を見て、歩夢は内心で頭を抱えた。

 

 

 

*1
日の出食堂とっておきレシピより

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