TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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15 はじめようクッキングパーティ

 

 

「うーん、ですわ」

 

 

 日の出食堂から帰り、場所は旅館の自室。

 天井を見上げながら、歩夢は頭を悩ませる。

 悩みのタネは、丸井シェフとのパスタ勝負で、陽一が出したという料理。

 

 実食して、実に美味しかったのはともかく。

 歩夢が知るものとは、細部が微妙に違っていたのだ。

 工夫自体は同じだったし、気にするほどの差ではないと言われれば、そうなのだが。

 

 

「……これ、なんとなくマズい気がしますわ」

 

 

 物語が原作通りに進まない、という心配ではない。

 ミスター味っ子は、基本起こった問題を、料理勝負で解決していくのが定番なので、作る料理が多少変わったところで問題ない。

 

 気がかりなのは、そのせいで、原作で登場した味っ子の料理が、食べられなくなるかもしれない、ということだ。

 

 

「なんか、ノリでアドバイスとかしてましたけど、ちょっと自重したほうが良いかもですわね」

 

 

 まあ、悩んでいても仕方がない。

 サクラローレル成分を摂取するため、いつも通りスクショや二次小説を読もうとした、ちょうどその時、部屋の扉がノックされた。仲居さんだ。

 

 

「はいですわ! なにか御用でしょうか?」

 

「安生さん。その……お手紙が届いております」

 

 

 仲居さんの声が硬い。

 なんでしょう、と、扉まで行って手紙を受け取り、差出人を見て──歩夢は納得した。

 

 

 ──そりゃ緊張もいたしますわ。

 

 

 差出人の名前は、味皇、村田源次郎。

 内容は、一度味皇ビルに来ないか、というもの。

 まごうことなき味皇様からの招待状だった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、午前10時頃。味皇ビル。

 

 

「──ごめんくださいまし! わたくし安生歩夢と申しますわ! この度味皇さまのご招待にあずかり、味皇ビルにまかり越しました!」

 

 

 味皇からの招待状を印籠のごとくかかげ、歩夢はビルに特攻した。

 

 

「お客様! 建物内で不審な動きはご遠慮ください!」

 

 

 勢いよく飛び込んだせいか、受付の女性があわてて駆けてきた。

 

 

「これは失礼いたしましたわ! あらためて、わたくし今朝お電話させていただきました安生歩夢と申します! こちら味皇さまからいただきましたお手紙ですわ!」

 

「こちらこそ、失礼いたしました。検めさせていただきます……はい、たしかに」

 

 

 受付の女性は、秘書室に電話して話をつなぐ。

 それから、「ただいま案内が参りますので、少々お待ちください」と言われて待っていると、秘書の垂目さんが小走りでやってきた。

 

 

「安生さんですね! 日の出食堂では、どうも! 秘書の垂目です! ささ、こちらへ!」

 

「ありがとうございますわ!」

 

 

 やに下がる垂目に、受付の女性がゴミでも見るような目を向けているが、本人は気づいていない。

 

 それから、垂目について歩いていると、途中で見覚えがある人を見た気がした。

 どこか味皇とも似た雰囲気を持つ、骨柄の大きな猫背気味の男。

 

 

 ──いまのはもしや【室長】?

 

 

 室長、とは味皇室々長。

 味っ子の続編に登場した敵役で、味皇料理会高等部の校長も兼任する実力者だ。

 

 本名は村田源三(むらたげんぞう)

 味皇村田源二郎の実弟にして、初代味皇。

 かつて陽一の父、【「下町の包宰(ほうさい)味吉隆男(あじよしたかお)】との味勝負に破れ、味皇の座を兄に譲ることになった男だ。

 

 将来の敵役、ということで心に引っかかったが。

 

 

 ──まあ、味皇様がご健在のいまは、まったく無害な方ですわ。

 

 

 歩夢はひとまず気にしないことにする。

 声をかけようにも、なんと声をかけたものかって感じだし。

 

 エレベーターに乗り、垂目と雑談しながら応接室に行くと、味皇はすでに部屋の奥の大きなチェアに座っていた。

 

 

「味皇様、安生歩夢と申します」

 

 

 挨拶すると、味皇は好々爺然とした笑顔で応じた。

 

 

「おお、安生くん。よく来てくれた。さあ、掛けてくれたまえ」

 

 

 促されるままにふかふかのソファに座ると、ちょうどいいタイミングで続き部屋から女性秘書が、冷たいお茶を持ってきてくれた。

 

 出されたお茶にひと口、つけて。

 あやうく「うっめーですわ!」と漏らしかける。

 棘のないまろやかな甘さと深い旨味。かすかに覚えがある。

 

 

 ──宇治の玉露、それも水出しですわね。

 

 

 初手で一発かまされた気分でいると、それがわかったのだろう。

 味皇は微笑んでから、口を開いた。

 

 

「早速だが聞きたい。うちの丸井との味勝負の折、君が陽一くんに素晴らしいアドバイスをしたという話を聞いたのだが、本当かね?」

 

「スパゲティのお話ですの? あれはアドバイスというより、心構えでしょうか。門外漢の料理ということで、陽一君、構えちゃってるように見えましたので」

 

 

 だから言ったのだ。

 あらゆる工夫は、美味しく食べるため。

 エンジョイクッキング……料理を楽しもうと。

 

 それが大したことだとは、歩夢は思っていない。

 なにもしなくても、陽一が自分の足で立ち上がっていたことを知っているからだ。

 

 歩夢の言葉に、味皇はうむ、とうなずく。

 

 

「そうだな。すべての工夫は、食べる者が美味しく食べるために。技術ばかり求めていると忘れがちだが、あらゆる料理はそこから始まるのだ。君は記憶喪失だというが……記憶を失う前は、もしや料理人だったのではあるまいか」

 

「まさか。買いかぶりですわ。わたくしは食べるだけの人間です……まあ、食べるだけじゃなく、野望もありますけれど」

 

「野望……ふむ、聞いてもいいかね」

 

 

 味皇が水を向ける。

 歩夢はその場で立ち上がり、ばっ、と両手を広げた。

 

 

「わたくしの野望! それは、より多くの一般人に、美味しい料理を食べてもらう! これですわ!」

 

 

 どーん、と、無い胸をそらしながら。歩夢は温めていた思案をぶち上げる。

 

 

「ふむ。よければくわしく教えてくれぬか」

 

「もちろんですわ味皇様! たとえ味に対する解像度が低くても、称賛する語彙が無くても、美味しいものは美味しい! 料理に貴賤無く、食べる人にもまた貴賤なし! 美味しいものを食べる感動を、より多くの人間と共有する! そのために、わたくしの手で料理の祭典を開いて、出された料理を会場のみんなでいっしょに食べる! それがわたくしの野望ですわ!!」

 

 

 味っ子の続編。その最後で見た光景。

 味皇グランプリで活躍した料理人たちが、観客に手ずから料理を振る舞う。

 あの光景を、この時代で再現する。そしてあわよくば全員の料理を食べ尽くしたい、という私的な欲望があるのはさておき。

 

 味皇は歩夢の目を見て、言葉を吟味して、それから口を開いた。

 

 

「いい夢だ。私の理想にも近い。安生くん。よければ味皇料理会で、その夢を叶えてみないかね」

 

 

 それは、ある意味理想的な誘い。

 味皇料理会に入れば、大会開催までの道筋を、最短で駆け抜ける事ができるだろう。

 

 だが、歩夢はうなずかない。

 

 

「味皇料理会が旗を振れば、どうしても料理人が主体になってしまいます。わたくしは食べる側の立場で祭典を開き、料理の世界のすそ野を広げていきたいと思っておりますの」

 

 

 腕を磨き、心を磨く。味皇料理会の理念は、素晴らしいと思う。

 だけど、食べるものにまで力量を求めるようになったら。料理はごく限られた人間だけが楽しむものになってしまう。

 

 もちろん、そんなこと味皇は先刻承知だろう。

 だから歩夢の宣言は、あくまで自分の立ち位置を表明しただけだ。

 

 

「そうか。残念だが、そういうことなら、料理会に誘うわけにもいくまい……だが、その志、私にもぜひ手伝わせてほしい」

 

 

 味皇はそう言うと、懐から名刺を取り出し、万年筆で裏書きする。

『この者安生歩夢。味皇村田源二郎と志を同じくする者なり。』

 そう書かれた名刺を、味皇は静かに差し出してきた。

 

 

「この名刺を渡しておこう。君の役に立つはずだ」

 

「味皇さま……感謝いたしますわ!」

 

 

 歩夢は心の底からの感謝を述べた。

 

 裏書きの入った味皇の名刺。

 料理会では水戸黄門の印籠のようなものだ。

 歩夢がやりたいことを進める上で、どんな困難があっても、一撃で打ち払えるほどの威力を持っている。

 

 

「安生くん、君は料理人としてもっとも大切なものを知りながら、料理人ではないという。ならば、何者なのか。あらためて、教えてもらっていいかね」

 

 

 そう問われては、ただのウマ娘オタク、とも言えない。

 かといって馬券師やプータローと答えるのも……さすがにはばかられる。

 イベントのプロモーター、というのがやりたいことに一番近いが、歩夢はまだその一歩を踏み出していない。ならば。

 

 

「しいて言うなら美食家……いえ」

 

 

 言いかけて、違う、と思った。

 歩夢が惹かれるのは金のかかった贅沢な料理じゃない。

 工夫をこらし、限られた値段で、食べる人間のことを一心に思い、作られた料理だ。それを美食と呼びたくはない。

 

 

「──わたくしは、ただの食い道楽。料理を楽しみ、美味しいご飯を食べる楽しみを皆に知ってもらいたい。食い道楽、安生歩夢ですわ!」

 

 

 味皇を前に、心からの思いを込めて。

 安生歩夢は、己が何者であるかを明かした。

 

 

 




皆様、「TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!」におつき合いいただき、ありがとうございます!
これにて一旦一区切り。一ヶ月ほど書き溜めに入らせていただきますので、再開をお待ちいただけましたら幸いです!
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