TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
1987年9月下旬。
味っ子の物語では、ラーメン勝負が始まる時期。
場所はラーメン勝負の舞台、岡本町。
祭りを前日に控えて、商店街では、多数の人手が駆り出されていた。
建物を縫うように、吊り下げられる万国旗。
商店街の入口には、「第5回ラーメン祭」の横断幕。
岡本町商店街組合のテントが立ち、テーブルが並んでいく。
ラーメン祭りは、地区内の中華料理店の有志によって競われるラーメンの味比べだ。
岡本町商店街の恒例となったイベントで、毎年町内外から多くの人が集まってくる。
その準備ともなれば、大仕事だ。
商店街の両脇には簡易の階段席が設置される大掛かりなもので、商店街組合員を中心に多数の人手が駆り出されている。
そして。
「はい! 横断幕それでばっちり水平ですわ! そのままロープを結んでくださいまし!」
自分の手で料理の祭典を開く。
味皇に語ったその目標のためには、足りないものが多すぎる。
人手、ノウハウ、金……コネだけは、味皇のお陰でなんとかなりそうだが。
「とにかく、人の数=パワーですわ!」
歩夢が優先するのはそれだ。
実際、動かせる人の数は、信用にも自衛にも圧力にもつながる大きな力だ。
過去に来たことで、血の繋がりも交友関係もすべて失った歩夢にとって、ここが泣き所だ。
ただ、別に意識したわけじゃないが、日の出食堂の常連とはすっかり仲よくなり、稲荷町では顔が売れている。
ここ岡本町においても、イベント手伝いでノウハウを学びつつ、人のつながりをさらに広げていこうというのが、歩夢の目論見だった。
「精が出るね! がんばってくれてありがとう、歩夢さん!」
「岡本のおじさま! 慣れない作業でかえってお邪魔になっているかもしれませんわ!」
忙しげに動き回っている、黒縁メガネに鷲鼻の、恰幅の良い男性──岡本町商店街組合長、岡本哲に声をかけられて、歩夢は元気よく答える。
「いやいや、歩夢さんの指揮だと若い連中の士気が違う。ありがたいよ」
「わたくしも、こういうイベントを主催してみたいので、お勉強させていただいておりますわ! それで少しでもお力になれてるのなら、こちらこそありがてえ! ですわ!」
びしっ! とポーズをとる歩夢。
ポーズに意味はないがパッション=パワーだ。
さておき、歩夢の言葉に、組合長は感心したようにうなずく。
「若いのに熱心だねえ……いや、若いからか──そうだ! それなら歩夢ちゃん、ラーメン祭りの審査員、やってみない?」
「本当ですのっ!? ……いえ、わたくし稲荷町の人間ですわ。岡本町のお祭りに参加するわけには……」
8割くらい欲望に抗えてない様子で、歩夢は手だけ前に突き出して「ダメダメ」と示す。顔は完堕ちだ。
そんな歩夢に苦笑しながら、組合長は誘う手をゆるめない。
「なあに、歩夢ちゃん若くて美人で独身なんだから、将来的に岡本町に嫁いできてくれるかもしれないとか言っときゃセーフセーフ」
本当にいいんだろうか。
と思ったが、食欲には勝てない。
歩夢は厚意に甘えることにした。完堕ちである。
◆
そして、ラーメン祭り当日。
町内外の多くの人間が集まるなか、組合長の岡本哲が宣言する。
「それでは岡本町の恒例……ラーメン祭りをただいまより開催いたします!!」
歓声が沸き起こった。
審査員は町内会を代表して9名。
内一名が歩夢。参加店は、超々大本命の【甲来軒】を恐れて、4店舗のみ。
自他ともに認める日本一の味を誇る甲来軒。
町内の老舗、若手に負けてたまるかの【玉川飯店】。
屋台を代表して、ボリューム満点のラーメンを看板に【熊五郎ラーメン】。
そして、少年料理人、味吉陽一を助っ人に迎えた【中華なかだ】。
30分の制限時間を設けて準備が始まり、それぞれ素晴らしい手際の良さでラーメンが出来上がっていく。
陽一が中華なかだに協力しているのは、店主の息子が陽一の同級生だからだ。
野球部のエースである仲田幸二は、左前の実家を助けるため、練習に出れずにいた。それを解決するため、ラーメン祭りで優勝を目指しているのだ。
なぜか味皇様と丸井シェフまで応援に来ているのはさておき。
さておけないのでちらちら視線を送りながら、時間は過ぎ。
制限時間いっぱいになって、すべての調理が終了した。
「甲来軒あがり!」
「玉川飯店あがり!」
「熊五郎ラーメンあがり!」
「なかだ一丁あがり!!」
つぎつぎにラーメンが並べられてく。
甲来軒は鶏ガラ主体の透明なスープに、極細の縮れ麺、薬味には少量のネギ。
玉川飯店は昔ながらの濃い目の醤油ラーメンに玉子麺。薬味にはごま。
熊五郎ラーメンは濃い味付けのスープに、細い縮れ麺、薬味にはネギに紅生姜。
なかだは油が浮くような豚骨スープにぽんかんが練り込まれた麺、薬味には焦がしネギ。
「甲来軒はどんがどーん! 麺とスープだけのシンプルな構成! でもそれがハイレベルに調和していてうっめーですわ!」
「玉川飯店のラーメンはとにかくスープ! 昔ながらのラーメンって感じで食べていて懐かしい気持ちになりますわ!」
「熊五郎さんはとにかく量! ボリュームがすっげーですわ! 濃いめの味付けが部活帰りの学生さんや肉体労働に勤しむお兄様がた向けでグッドだと思いますわ!」
「陽ちゃ……なかだのラーメンはわけわかんねーですわ! 塩と砂糖を混ぜたら中和されるみたいな発想なのに、なんでこんなにまとまってるんですの!? でも予定調和的なバランスじゃなく、素材それぞれが全力全開でぶつかって、その上での調和! この美味さは暴力的ですわ!」
周りの審査員が褒めたりダメ出ししたりしてるので、歩夢も全力で批評していると、なんだか他の審査員たちが優しげな目になっていく。
「おい、熊五郎ラーメン食いたくなってきたんだけど」
「久々に玉川飯店に食いに行くかのう」
「やっぱ甲来軒よ」
「なかだ気になりすぎる……」
観客たちもそわそわしだしたが、ともかく。
審査の時間となり、各審査員が一票ずつ投じて、勝敗は決する。
甲来軒4票。中華なかだ5票。迷ったが、歩夢はなかだに票を投じた。
「本年度ラーメン祭り優勝は、中華なかだです!」
大会は、盛況の内に終わった。
◆
時はさかのぼり、1987年8月初頭。
稲荷町商店街の喫茶店で、4人の男女がテーブルを囲っていた。
一人は、言わずもがな
隣に座るのは、カレー専門店DHULIAの若旦那、
その対面でソファに深く座り、足を組んでいるのは
隣では、ゴリ男が膝を大きく開きながら、貴彦とスペース争いをしている。
ちなみにエロ本同盟残りの一人である久保マモルは、司法試験の勉強中である。
「さて、と」
エロ本同盟の巨乳担当、証券マンの財前貴彦は、手元の手帳から目を離し、頭を抑える。
手帳に書いてあるのは、歩夢の資産の目録だ。
目録といっても、所持している現金と銀行の預金額。
その合計、当座の生活費をのぞいて1億2000万円なり。
「──安生よ……貴様、金は競馬で稼いだと言っておったな」
「はいですわ!」
「どこの世界に競馬で億稼ぐ女がおるのだ! またニュースや雑誌に載るぞ!」
全力でツッコむ貴彦。
当然の反応である。
「目立つのは不本意ですわね! ですが稼いでしまったのは仕方ありませんわ!」
びしっ! とポーズを決める歩夢。
その様に呆れた様子で、貴彦は腕を組む。
「ええい、まあよい。これだけあれば利回りのいい株を抱えてるだけで年に1000万近く稼げるぞ。俺様に運用を任せるなら、一年で3倍にしてやろうではないか!」
「資産の運用に関しては、せんせ──貴彦さんにお任せいたしますが、方法に関して、ひとつだけ注文をつけさせてくださいまし!」
「ほう、この俺様に条件をつけるとは小生意気な! 言ってみろ!」
「いちばんワクワクする方法でお願いします! ですわ!」
歩夢の言葉を聞いて。理解して。
財前貴彦は口の中で笑い、やがて声に上げて笑い出す。
「よかろう! 貴様の挑発、乗ってやろうではないか! ゴリ男! 貴様も手伝え!」
「おっ、悪だくみか? よっしゃ行こう!」
貴彦とゴリ男はふたりで喫茶店を出ていった。
さり気なくレシートを持っていくあたりスマートだ。
でも釣りはいらんと一万円を叩きつけていくのはやりすぎだ。
そして。
残ったふたり──歩夢と一雄は顔を見合わせる。
「歩夢ちゃん、貴彦に任せちゃってよかったの? 歩夢ちゃんなら儲かる株とかわかるんじゃ」
「まあ、将来的に確実に儲かるとわかってる株とかは知ってますが……バブル期に限るなら、先生に任せたほうが確実だと思いますわ」
信頼が厚い。
その理由をうすうすながら察したのか、一雄は問いかける。
「歩夢ちゃん、貴彦のことを先生って言ってるけど……ひょっとして未来の知り合いだったりする?」
「いけませんわね、ついつい癖で……そうですわ。先生には中学の頃にいろいろとお世話になって。いまでもお話する仲ですわ!」
この場合の今とは令和の世のことである。
ちなみに、歩夢が昭和の世に迷い込む直前にも、貴彦の勉強会に行っていた。
「そうだったんだ……36年後だと、貴彦も60歳になるのか。アイツのことだから、元気な爺さんになってそうだな」
「ロマンスグレー*1って感じでめっちゃかっこいいですわ!」
未来の姿を想像してか、しみじみと言う一雄に、歩夢は食い気味に主張する。
目を輝かせているのは、純粋に敬意から来るものだが、いかんせんいまの歩夢は妙齢の女性である。
「……ひょっとして歩夢ちゃんってジジコン*2?」
「はっ!? 言われてみたら、ちょっとその
ちょっと焦った感じの一雄の疑念を、歩夢は男だった頃のイメージで思わず肯定する。
思い返してみれば、歩夢は60~70代の男性とやたら相性が良かった。もちろん恋愛的な意味ではない。
「……オレ、ヒゲとか蓄えようかなあ」
「ダンディになっていいと思いますわ!」
「へへ、そうかな……じゃなくて、歩夢ちゃんがそこまで貴彦を信用するってことは、貴彦のやつ、将来成功するのか?」
「成功しますわね! 短期的には!」
歩夢はそう言って、胸を張った。
財前貴彦。
バブル期に名を馳せた若き投資家で、人呼んで「兜町の牛若丸」。
大手証券会社を、「肌が合わない」と2年で辞めて、独立して出資者を募り、わずかな期間で巨万の富を築き上げてしまった。
会社での評判は、「紛れもない天才だが、顧客に損を押し付けることが致命的にできない。結局は企業戦士になりきれない男」だった。
彼が「牛若丸」と呼ばれたのには、理由がある。
若いこと。
無敵を思わせる活躍をしたこと。
そして、そのうち破滅するだろうと予想されていたこと。
で、その予想通り、バブル崩壊とともに破産したのだけど。
身仕舞いが綺麗だったせいで、出資者たちとの縁も切れず、再び浮き上がる事ができたのだから、世の中不思議なものである。
『歩夢よ。金も家屋敷も、何もかも失っても、人との繋がりさえ失わなければなんとかなるものだ。だから貴様も縁を大事にせよ』
中学生の歩夢に、そう語る。
歩夢の知る中年の財前貴彦は、そんな人間だ。
前置きはさておき。
崩壊には巻き込まれたものの、貴彦がバブル期の時流を的確に読んでいたのは間違いない。
歩夢の知識でも、10年、20年といった長期での投資をするなら間違いない。だが、こと短期の投資に関してなら、貴彦に任せてたほうがいい。
「なにより、貴彦さんて、俺様が儲けさせてやるから指図するなってタイプですので……まあ情報を持ち込むくらいなら、大丈夫でしょうけれど」
「情報……なにかあるの?」
「そうですわね。短期的には……ひとつ、大きいものが」
そう言って。歩夢は指を立てる。
歩夢自身、この知識をどう役立てたものか、わからない。
だが貴彦ならそれを金に替えてくれると、確信を持って言えた。
再会です。
2、3日ごとの更新になるかと思いますが、よろしくおつき合いください。