TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

17 / 74
17 今夜はハーティパーティ

 

 

 ブラックマンデー。

 1987年10月19日に起こった、世界的な株価大暴落である。

 一日の下げ幅は世界大恐慌の引き金となった暗黒の木曜日をはるかに上回り、市場に1兆7000億ドルともいわれる損失をもたらした。

 

 この金融危機によって低迷した株価は、回復に2年の月日を要した。

 だが、日本の狂騒めいた好景気は、ブラックマンデーをすら飲み込む。

 この金融危機により、ブレーキをかけるタイミングを決定的に失ったことなど、気づかないままに。

 

 というのはさておき。

 株価が大きく変動するということは、それを利用して儲けた人間も居るわけで。

 あらかじめ知っていたなら、それを活用する知識と手段があるなら、その中の一人になるのは容易い。のだが。

 

 

「はっはっはっは! 戦後最高の天才である俺様が、兜町*1に伝説を作ってしまったわ!」

 

 

 財前貴彦は、仰け反らんばかりに胸を反らし、高笑いする。

 

 場所は商店街の喫茶店。

 テーブルを囲う歩夢とエロ本同盟のみんなは、貴彦のレポートを見て、あっけにとられていた。

 

 

「増やしすぎ! 増やしすぎですわ先生! なんで20%かそこらの値動きで1億2千万が6億になってますの!?」

 

 

 我に返った歩夢が、貴彦にツッコむ。

 ブラックマンデーの可能性と時期について話した結果がこれである。

 

 

「元金は1億2千万ではないぞ? なんやかんやして増やしたではないか!」

 

「なんやかやってなんですの!?」

 

「なんやかやはなんやかやだ! そこはあんまりツッコまないほうがよいぞ! わりとグレーだったりそれ以上だったりするしな!」

 

「グレー以上ってなんですの!?*2

 

「なんやかやして増やした資金でなんやかんや*3した成果がこれだ! さすが俺様!*4

 

 

 全力で話をそらしながら、全力で胸を張る貴彦。

 結果はすごい。すごいのだが……ここまで資産を増やすために、どれだけ元金を積んだのか。

 最初の頃、手続きに立ち会ったおかげで部分的には想像がつく*5が、それ以降の動きは微妙に読めない。

 

 

「まさか先生、二重担保とかやってませんわよね!?」

 

「大丈夫だ! よろこべ! いまは真っ白だ!」

 

「元はどうでしたの先生ーっ!?」

 

 

 令和の貴彦から聞いた、バブル時代のいろんなヤバい逸話を思い出して、歩夢は悲鳴を上げる。

 ちなみに、エロ本同盟のメンバーも、それぞれに出資して相応のリターンを得ている。司法浪人のマモルだけが悲しみを背負うことになったが。

 

 

 

 

 

 

「さて、この金をどうするかだが……歩夢よ。要望はあるか?」

 

 

 レポートをひらひらと泳がせながら、貴彦が尋ねる。

 思いがけず手に入った大金に、歩夢はしばし、迷って。

 

 

「そうですわね……端数は現金として置いておくとして、6億のうち3億円を先生にお預けいたしますわ」

 

「うむ。まかせておくがよい。適当に利回りがいいのを確保しつつ、どでかく増やしてやろう!」

 

「ははは……さすが先生。頼もしいですわ!」

 

 

 ちょっと乾いた笑いを浮かべる歩夢。

 いちばんワクワクする方法で、と注文をつけてしまった手前、ブレーキは効きそうにない。

 

 

「それから、ゴリ男さん。残りの3億は、不動産にと思っているのですけれど……」

 

「まかせてください! バッチリ美味しいのを回しますぜ!」

 

 

 歩夢のお願いに、ゴリ男は満面の笑顔で親指を立てる。

 

 

「ありがとうございますわ。予算の中で、わたくしが住むお部屋もと考えておりますので、よろしくお願いいたしますわね」

 

「ラジャーっす! 」

 

 

 ビシッと敬礼するゴリ男。

 歩夢の言葉に、貴彦が眉をひそめる。

 

 

「ちょっと待て安生よ。現金は持っておかんのか? 株式関連は始末済みゆえよいとしても、競馬で億の金を儲けたとなれば税金も相当になろう」

 

「今年の税制改正でいろいろ変わってるんだよね。儲けたのが1億2千万円として、一次所得でしょ? 今ならたぶん3600万くらい*6?」

 

 

 貴彦の言葉に、横から司法浪人のマモルが注釈を入れる。

 

 

「と、いうことだ。税理士に相談しておいたほうがよいぞ」

 

「うん。うちの事務所に居る、いとこの兄ちゃんが税理士資格持ってる*7から言っておくよ」

 

「重ね重ねお世話になりますわマモルさん!」

 

 

 歩夢が感謝を示す。

 が、エロ本同盟の仲間たちは容赦がない。

 

 

「お前も早く弁護士になって税理士資格も取っとけよマモル」

 

「あ、いいな。店がオレの代になったらうちでも頼みたい」

 

「公認会計士もどうだ? 俺様が独立した時に役に立てるぞ」

 

「口述試験を来週に控えてる僕にそんな無茶言うことある……?」

 

 

 マモルの未来が勝手に定められている。

 

 

 

 

 

 

 それからほどなくして。

 早速ゴリ男が歩夢の要望に近い物件を持って来てくれた。

 

 歩夢のリクエストは2つ。

 まずは場所が日の出食堂の近く。これは譲れない。

 なにせ日の出食堂で毎日夕食を食べなくちゃいけない。

 それにこの近辺だと知り合いが多く、危険から身を守りやすい。

 

 もうひとつは、セキュリティがしっかりしたマンションだということ。

 女の一人暮らしともなると、このあたり、過剰なまでに気を配らなくてはいけない。

 

 

 ──物干しに掛けておく用に、一雄さんに下着とか借りたほうがいいんでしょうか?

 

 

 女性の一人暮らしだと悟られないために、そんな手段があるという話を思い出して、歩夢はそんなことを考えた。

 

 ともあれ。

 ゴリ男に案内されたのは、日の出食堂にほど近い、マンション。

 築一年。外観は新しく、オートロックつき。その3階の、2LDK。内装も新しく、目立った瑕疵もない。

 

 

「ちょっと広すぎやしませんかしら」

 

「日の出食堂に一番近いのがここなんだよな。あとは岡本町でよければ築5年で1DKの物件とかあるけど」

 

「それも抑えておきたい……のは、さておき、距離と適切な広さを秤にかけるなら、やっぱり距離ですわね。ここに決めますわ!」

 

 

 歩夢は即断即決した。

 それからは、引っ越しの準備で大忙しだ。

 まずはお世話になっている旅館の女将さんや仲居さんたちにご挨拶。

 

 

「おめでとうございます。最近は変なお手紙も減ってきましたし、転居先でも落ち着いた生活ができそうでよかったですねえ」

 

 

 と、歩夢の事情を知っている女将さんは喜んでくれた。

 仲良くなった若い仲居さんなどは、「ぜひお手伝いさせてください!」と言ってくれた。

 

 その後、日の出食堂で夕食の時に、味吉陽一やその母、法子にも報告したのだが。

 

 

「へえ! すごいね! ローンにしても安くなかったでしょあそこ」

 

 

 陽一は驚くが即金である。わざわざ言わないが。

 一方、新居、と聞いて法子がぱあっと目を輝かせた。

 

 

「まあ、新居!? マンション!? 素敵じゃない! 家具はもう買ったかしら?」

 

「まだこれからですわね! 法子さん、よろしければいっしょに選んでいただけませんかしら!」

 

「本当に!? ぜひ選ばせて!」

 

 

 陽一が、「やれやれ女の人は買い物大好きだな」みたいな表情になっているのはさておき。

 

 次の休日に、家具や家電などをそろえる買い物の旅が始まった。

 参加者は、歩夢、味吉法子、旅館の若い仲居さん、荷運び役としてエロ本同盟の、総勢7名。

 途中から日の出食堂の常連のマッチョたちが、軽トラ持参で参戦してくれたので、ちょっとした団体になってしまった。

 

 

「まずは寝具でしょ? 衣装タンスでしょ? 食器棚に食卓に椅子!」

 

「テレビにエアコン、洗濯機、冷蔵庫に掃除機、炊飯器!」

 

「お二人とも、とりあえず買うのは最低限必要なものだけですわよ?」

 

 

 鼻歌交じりの法子と若い仲居さんに、歩夢はツッコむ。

 

 

「えー。これくらい要るわよ」

 

「そうですよ! 家電はあったらすごい便利ですよ!」

 

 

 歩夢は助けを求めてエロ本同盟を見た。

 みんな諦めたような表情でついてきている。

 一方、貴彦は、電子機器ブースに並んだパソコンに目を輝かせている。

 

 

「歩夢よ! パソコンはどうだ! 最新の32ビット機とか買わんか? これからはパソコン通信*8の時代だぞ!」

 

「いろいろとやっべえですわ……テレビもモニタもなんでサイコロみたいに奥行きが*9……」

 

「そうだろうそうだろう! 32ビットだぞ! 従来の倍だ! ヤバいぞ!」

 

 

 現代のパソコンに比べて漏らした歩夢の言葉に、勘違いした貴彦は胸を反らして笑う。

 ちなみに、歩夢のスマホはCPUで1000倍、容量で6000倍くらいの性能があったりする。パソコンの進化はすごい。

 

 わいわい騒ぎながらの買い物は、夕方までかかり、荷物をマンションに運び込んだ頃には、すっかり日が沈んでいた。

 

 その後は日の出食堂に場所を移して、新居祝いを開いた。

 手伝ってくれたお礼も兼ねて、歩夢のおごりで陽一にいろいろ用意してもらったのだ。

 事情を知った顔見知りの常連たちも、みんなお祝いムードだ。

 

 

「祝! 新居! ですわ!」

 

「歩夢ちゃん、おめでとー!」

 

「ありがとうございますわ! 下町に来て5ヶ月、小なりとはいえ居を構えることができましたわ! これも皆様の日頃のご支援、ご厚意の賜物ですわ!」

 

 

 過去にたったひとり。

 そんな状況から生活に困らないほどの金を稼げたのは、一雄の協力があったからだ。

 戸籍を得ることができたのは、一雄の情熱と、弁護士一家の久保親子の支援のおかげだ。

 資産をここまで増やせたのは、貴彦のおかげだし、良物件を割安で購入できたのは、ゴリ男のおかげだ。

 旅館のみんなには日々の生活でお世話になりっぱなしだし、日の出食堂の常連の皆様には、歩夢の身の安全を守ってもらっている。

 

 そして味吉陽一、法子。

 日の出食堂での日々の食事は、生きる活力だ。

 そして味っ子の世界そのものが、数々の料理に対する思いが、歩夢を歩夢たらしめている。

 

 

「それじゃあ、オレ── 一雄が乾杯の音頭を取らせてもらいます! 歩夢ちゃんがこの地に根を下ろしてくれたことへの感謝と、歩夢ちゃんの未来に幸多からんこと、ついでにみんなの幸運を祈念して──乾杯っ!」

 

「乾杯っ!」

 

 

 一雄の乾杯の言葉に、皆が唱和する。

 その日、日の出食堂の店の明かりは、遅くまで灯っていた。

 

 

 

 

*1
日本のウォール街とも呼ばれた、様々な金融機関が集まる金融街

*2
名義人の歩夢が知らない時点でブラックです

*3
S&P500先物全力空売り

*4
史実でもブラックマンデーを予測してこれをやった人がいるらしい

*5
預金等を担保にした融資

*6
+住民税

*7
弁護士資格を持っていると無試験で登録できる

*8
クローズドネットワーク。インターネットはまだ普及していない

*9
ブラウン管だから

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。