TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
Q:なぜ競馬場に行きたいんですか?
A:レースを見るためですわ! 馬券を買いてえんですわ!
Q:なんであんな場所で困っていたんですか?
A:ちょっととんでもない出来事が起きて途方に暮れてたんですわ!
Q:とんでもない出来事?
A:口にすると胡散臭すぎる出来事ですので、ひとまず秘密にさせてください、ですわ!
Q:そういえば お名前はなんですか? オレは【カレー専門店DHULIA】のオーナー、
A:わたくしは
道中そんなやり取りをしながら、一雄の車で競馬場に向かう。
大丈夫だろうとは思いながら、一応警戒していた歩夢だが、口説いてくる様子も、
府中の駐車場に車を止めたところで、歩夢はひそかに胸をなでおろした。
「着いたよ……けど、歩夢ちゃん大丈夫? ちゃんと馬券買える?」
「ありがとうですわ。馬券は買えると思うのですが……(大金を稼いだ後)身を守るのが大変じゃないかと思いますの。一雄さん、よろしければついて来ていただけません?」
「オレも行くの? まあ、女の子一人だと(ナンパで)大変か。つき合うよ」
「協力感謝、ですわ! お礼は期待してもよろしくてよ!」
「お、お礼……」
「なに顔真っ赤にしてやがりますの? そういうお礼ではありませんわ!」
そんな掛け合いをしながら、二人は競馬場に入っていく。
入場料は、「こういうのは、男が払うのがマナーだから」と一雄が払ってくれた。
この時代の慣習だが、令和の世を生きていた歩夢は「この人むっちゃお人好しですわ」と感心する。
場内の様子は……歩夢が想像していたより普通だった。
とはいえ、それもメインにG1レースを控えて、単純に人が多いおかげだろうか。
耳に赤鉛筆挟んだ人種や、あきらかにカタギじゃない人、それにコーチ屋*1っぽいのも、やはりうろついている。
時間は午前11時前。
すでに第2レースまで終わっており、スマホのデータベースと照合すると、第1、第2、どちらも結果が一致している。
第3レースも、データ通りの結果になるだろう。
歩夢も頭ではわかっている。だが、なけなしの金を注ぎ込めるかといえば……やはり、勇気が要る。
しかし、それでも。
明日を生きるためには、進むしかないのだ。
考えて、覚悟して……それから、歩夢はスマホを握りしめ、決断する。
「……よし、第3レース、単勝10番を1000円分、ですわ」
「馬は見なくていいの? というかその手に持ってるのってなに? 新型の電卓かゲームウォッチ*2?」
一雄が不思議そうに歩夢の手元をのぞき込む。
この時代スマホどころか、ちゃんとした携帯電話もない。
肩掛けトランク型のデカい電話はあったようだが、令和の人間はそれを見て携帯電話とは思わないだろう。
「これもあとで説明いたしますわ。ですが今はレースです。ほらほら。馬券購入口までエスコートしてくださいまし。よろしければ一雄さんも、わたくしとおなじ馬券を買いませんこと?」
お礼と、勇気をおすそ分けしてもらうために提案する。
一雄は「そうだね」とうなずいて、同額の馬券を買ってくれた。
それから、小雨がぱらつくコースの様子を遠目に見ながら、レースが始まるのを待つ。
そして。
「いけーっ! いけーっ! あっ、これいける? いく? いったいったいったーっ!!」
と大騒ぎの一雄の声を聞きながら、小さくガッツポーズ。
払い戻し金は4,300円なり。
「勝っちゃった……すごいね歩夢ちゃん!」
「いえ。まだわたくしのレースは始まったばかりですわよ? ……払い戻し金全額を第4レース単勝9番に全ブッパですわっ!」
「まじでっ!?」
実際に賭けたレースで勝って自信をつけた歩夢は、驚く一雄を尻目に第4レースにも勝利。
払い戻し金は69,230円なり。
2連続で単勝一点買いを通したことで、一雄の見る目が変わってくる。
ここでちょうど昼休みになったので、天そば大盛りとモツ串をかっ食らい、「うんめえですわ!」と声を上げてから、ふたたび馬券購入口に突貫する。
「さらに、倍プッシュだ! ですわ! 第5レース! 払い戻し金のうち6万を単勝2番にシュート! 超! エキサイティン! ですわ!」
「意味がわからない! 意味がわからないうちにすんげえ儲かってる! ありがとうございます!」
三連勝でテンションがおかしくなってきた一雄を尻目に、第5レースも勝利。
払い戻し金は948,000円なり。
金額としてはそれなりでしかないが、単勝転がしはやはり目立つ。
面倒な連中に目をつけられても厄介だ。転がすのは、これまでにしておいたほうがいいだろう。
だが。
隣の一雄を見やりながら、歩夢は考える。
まだレースはやめられない。
単勝3連続的中は、まだ幸運や勝負強さの範疇。
ここから全力で引き上げる。人知や天運の及ばない──そんな領域まで。
「──第6レース以降は、払い戻しは後回しにいたしましょう! 単勝9番に10万円! ですわ!」
「歩夢さん、全レースの単勝当てる気!?」
「当然! ですわ! すべて的中させて、問答無用に納得していただきますわ!」
「納得? なにを?」
「わたくしの、ちょっと信じられないような素性を、ですわ!」
・リザルト
第6レース 単勝9番に10万円 払い戻し金940,000円
第7レース 単勝6番に10万円 払い戻し金200,000円
第8レース 単勝4番に10万円 払い戻し金180,000円
第9レース 単勝6番に10万円 払い戻し金330,000円
第10レース 単勝1番に10万円 払い戻し金1,190,000円
第11レース 単勝14番に10万円 払い戻し金1,320,000円
第4レース払い戻し残金 9,230円
第5レース払い戻し残金 348,000円
合計 4,517,230円
レースの結果を見て、歩夢はちょっと冷や汗をかいた。
「やっべーですの。これ自重せずに単勝転がし続けてたら天文学的数字になってたやつですの……」
「そうだ。クルマを買おう……」
一雄は一雄でけっこうな額勝ったらしい。
ぼーっとしながら、そんなことをつぶやいていた。
それから。
一雄と歩夢は払い戻しを受けて、競馬場を後にした。
それなりに高額とはいえ、450万なら余裕でバッグに収まる。
途中、ちょっと
◆
東京競馬場からの帰り道。
下町に向けて車を走らせながら、一雄は鼻歌交じりに助手席の歩夢に語りかける。
「歩夢ちゃん、今日は本当にありがとう! 競馬も儲かるもんだね!」
「一雄さんは危なっかしいから、味をしめないほうがいいと思いますわ……というか勝ってるのが顔と態度に出過ぎですわ! 面倒な連中に因縁つけられないかヒヤヒヤもんでしたわ!」
「いやー、うまくいけば中古のポルシェに手が届くんじゃないかって思ったらニヤニヤが止まんなくて……」
「もう……でも、これで──9連続単勝的中なんて真似すれば、納得いただけるんじゃないかと思いますわ」
笑いを抑えきれない様子の一雄に、歩夢は居住まいを正して話しかける。
歩夢はずっと考えていた。
身よりも戸籍もない。いまの自分には協力者が必要だと。
だから一雄の人柄を確かめて……やはり素性を話そうと決意したのだ。
「納得……ああ、さすがにこんな真似されたら、歩夢ちゃんが予知能力者って言われても、信じちゃうけど」
「予知能力ではありませんわ……でもある意味もっと突拍子もないかもしれませんわね」
「超能力より突拍子もない?」
「そう。わたくしは……未来から、この時代に迷い込んでしまったんですの」
告げた、その言葉を。
一雄は冗談にせず、受け止めた。
「未来……映画で見たな。タイムトラベラー。時間旅行者ってやつ?」
「ですわ。時間を移動する機械や乗り物を使ったわけじゃなく、気がついたら迷い込んでいた、って感じですけど」
「ちなみにどれくらい未来の人なの? 22世紀とか?」
「わたくしはドラえもんじゃありませんわ! いまから36年後……2023年からですわね」
「へえ……2023年の日本って、どんな感じなの? ノストラダムスの予言は当たらなかった感じ?」
1999年7の月に人類が滅亡する。
昔の預言者がそう解釈できる詩を残したという話が、昭和の日本では流行していたのだ。
「いろいろありすぎてなにを話したものやらですけれど……まあ1999年にはなにも起きなかったみたいですわ!」
「まじかー。オレけっこう信じてたんだけどなー。そういえば未来の発明ってなにか持ってたりする? さっきのゲームウォッチとかそうだったり?」
「言葉選びがドラえもんに寄ってる気がしますわ……これですわね。スマートフォンといいますわ。手のひらサイズですが、この時代のスーパーコンピューターより高性能ですわ!」
「……マジで!?」
「音楽再生、動画再生、動画制作、写真に通話、なんでもござれですわ!」
とりあえず動画を再生して見せると、一雄は目が真ん丸になった。
「それドラえもんで見た!」
「おこのみボックス*3ではありませんわ! なんで青ダヌキで例えるんですの!? よく考えたらだいたい出来ることいっしょですけれど!」
ひみつ道具で例えられて、歩夢は全力で抗議する。
例えとして適切だったとしても、歩夢はドラえもんじゃない。ついでに一雄はのび太じゃない。
「まあ、それはともかく……それだけすごいもの持ってて、なんで困ってたの?」
「スマホを持っていても、この時代のお金がなかったんですわ……ついでに言うと戸籍すらありませんわ……人生ヘルモードですわ……」
「戸籍かー。ないとやっぱ困るんだ?」
「銀行口座が作れないですわ。保険証つくれないから医療費も全額負担ですわ」
歩夢はたそがれた視線を車外に送る。
この時代、ペットの名前で口座が作れる、なんて話を聞いたことがあるが、さすがにそれを信じて特攻する勇気はない。
「けっこうヤバいんだね……なら、歩夢ちゃん。これからどうするつもりなの?」
「とりあえず金銭的にはしばらく困りませんし、どこか適当な旅館に腰を落ち着けようかと。一雄さんには、いろいろとご協力いただければ、ありがたいのですけれど」
「まあ事情を知っちゃったらね。それに儲けさせてもらっちゃったし、オレでよけりゃ喜んで」
札束の入ったポシェットに手を置きながら、一雄が笑う。
よかった、と歩夢は胸をなでおろす。
こんな状況で頼れる人間が出来たのは、本当にありがたい。
「よろしくお願いしますわ。腰を落ち着けたら、また一雄さんのお店にご挨拶にうかがいますわ。カレー専門店DHULIA、でしたわよね?」
「うん。あとで住所と電話番号メモして渡すから、なんかあったら連絡してよ」
「ありがとうですわ!」
感謝を述べると、一雄は照れた様子で歩夢から視線を逸らした。
「えっと、そうだ、歩夢ちゃん。せっかくだから大勝ちしたお祝いに、どこかレストランで食べる?」
「レストラン……よりも、安くて美味しいお店がいいですわね。しばらくこのあたりに腰を落ち着けたいので、行きつけのお店が欲しいんですの」
「だったら、とっておきのお店があるよ! ちょっと騒がしいとこだけど……今日はそこで祝杯にしようか!」
◆
一雄に案内されたのは、町中の小さな大衆食堂だった。
店の名前は日の出食堂。
どこかで聞き覚えがあるような。
記憶の端に引っかかる名前だと思ったが、歩夢は思い出せない。
「こんちわー!」
挨拶しながら、一雄が引き戸を開ける。
狭い。
歩夢がそう感じたのは、店の広さに対して席数が多いせいだろう。
その席もほとんど埋まっていて、ずいぶんと繁盛しているようだ。
一雄の挨拶を聞いて、給仕らしき女性が、こちらを見て顔を輝かせた。
「いらっしゃい! あらぁ一雄さん。彼女連れなんて隅に置けないわね」
「えっ一雄さん彼女出来たの!?」
女性の言葉に、厨房から少年が、ぴょこりと顔をのぞかせる。
目を輝かせる二人に、一雄は苦笑を返した。
「
照れながらも満更でもない様子で、一雄は空いていた席についた。
──日の出食堂。陽ちゃん。やっぱりどこかで聞いたような……?
考えながら、歩夢も席について、メニューに目をやる。
労働者向けの、いかにも濃い味付けのラインナップ。量も多い。
だが安い。特製カツ丼が450円ってマジかと、歩夢は驚いた。
「一雄さん、おすすめは?」
「特製カツ丼だね。ここのカツ丼は世界一さ」
褒めすぎかもしれないが、そう言われると楽しみだ。
歩夢と一雄はいっしょに特製カツ丼を注文して、出来上がりを待つ。
「ようカレー屋の旦那! あんたと【トロイメライの旦那】だきゃー当分独り身だと思ってたが、こんな美人連れ回すたぁヤるじゃねぇか!」
「塚田の棟梁、そんなんじゃねえって! 友達だよ友達!」
一雄が他の客たちに負けないくらい騒がしく応じていると、ほどなくしてカツ丼が運ばれてきた。
ふわりと漂った香りが、歩夢の食欲を強く刺激する。
「なるほど、一雄さんが自信を持って勧めるだけのことはありますわ。とんでもなく美味しそうですわ」
「だろ? それじゃ今後ともよろしくって感じで、乾杯!」
「お茶ですけれど乾杯! ですわ!」
乾杯してから、歩夢は丼の蓋を開ける。
カツの存在感がすごい。とんでもない肉厚。
こんがりきつね色のカツが、丼鉢からはみ出さんばかりに並んでいる。
箸でカツを一切れつまむ。
断面は見事に火が通っている。
あふれんばかりの肉汁をこぼすまいと、すぐ口に運ぶ。
「──くっそうんめぇですわ!」
思わず感嘆の言葉を漏らして、続けざまに溶き卵の絡んだ米をかっ込む。
咀嚼しながら、歩夢は自分の脳内で、すべてが繋がるのを感じた。
陽ちゃん。
日の出食堂。
二度揚げのカツ丼……ミスター味っ子!
そうか、と、歩夢は納得する。
過去に迷い込んだものだとばかり思っていた。
いや、事実過去ではあるのだろう。ただ、この時代の日本を舞台にしたミスター味っ子の世界なのだ。
となると、目の前にいる一雄は、よくばりカレーのエピソードの「カレー屋のバカ旦那」。そういえばそう呼ばれていたと、歩夢は思い出す。
「そうですのね……これが、あの」
あらためて、特製カツ丼をかっこむ。
これが本物の味っ子のカツ丼かと思うと、美味さもひとしおだ。
「ほんとうに、これは……うっめーですわ!」
日の出食堂の喧騒に負けない声で、歩夢は歓声を上げた。
◆
食事を終えて、時間は午後6時半。
日の出食堂を出ると、歩夢は一雄に旅館まで案内してもらった。
といっても、徒歩で5分もかからない。
雨もやみ、夕焼け空の下。旅館までの道中、次の日曜に、競馬場に行くことを約束して。
「それじゃあ、歩夢ちゃん。また次の日曜日! 困ったことがあったら、いつでも電話してくれていいから!」
「ありがとうございますわ! それでは一雄さん、本日は本当にお世話になりましたわ!」
一雄を見送り、そのまま、歩夢は空を仰ぐ。
夕焼け空は、郷愁を誘う下町の町並みを赤く照らしている。
怒涛の一日だった。
家も、肉親も、資産も、学歴も、本来の体さえもなくして、途方に暮れたが……この昭和の世で、明日を生きる目処が立った。
「やればできるもんですわね……かわりにとんでもねー十字架を背負うことになりましたが」
お嬢様口調のことだ。
一雄だけなら「キャラ作ってましたー」と言えるが、日の出食堂の陽一母子や常連の皆さん相手に打ち明ける勇気はない。
「いえ、どのみち女になってしまった身! お嬢様として生きるのも一興ってやつですわ!」
ここは昭和末期の1987年。
狂乱のバブル景気が始まった熱狂の時代。
そして、ルネッサンス情熱な、ミスター味っ子の世界でもある。
そうと気づかず、競馬でなけなしの金をぶちこんでいたとは、冷や汗ものだが。
ともあれ、令和の世に戻れるかわからない以上、ここでの生き方を、考えていかねばならない。
だがそれも、決まったようなものだ。
歩夢は夕焼けに手を伸ばし、拳を握り込んだ。
時代の空気を閉じ込めた手の中に、途方もない熱量を感じて、歩夢は口の端を釣り上げる。
「味っ子の料理を……食べ尽くす!」
堺一馬のカレーも中江兵太の鍋料理も、劉虎峰の中華も丸井善男のパスタも小西和也の肉料理も下仲基之のフレンチも及川の弁当も甲来軒のラーメンも、みんな、みんな味わい尽くす。
「やってやろうじゃありませんの!」
心意気を示して。
歩夢は夕焼け空を抱きとめるように、両手を大きく広げた。