TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
陽一と一馬のチキンカレー勝負の翌日。
歩夢は東京競馬場に来ていた。
夏競馬の季節が過ぎ、秋競馬が始まってから、歩夢と一雄は競馬場通いを再開している。
それなりにほとぼりが冷めたのか、歩夢を見て「うわ出た」みたいな表情になるおっさんはほとんど居ない。
それとは全然関係なく、注目は浴びているが、美人だから仕方ない。
「いやあ、それにしても先週の秋の天皇賞のニッポーテイオーはすごかったですわね! 最初から最後までずっと先頭! さすがマイルの帝王ですわ!」
「秋の天皇賞は2000mの
「2000mはマイル! 偉い人もそう言ってますわ!*1。でなければきっとニッポーテイオーさんは、秋の天皇賞が2000mだと気づかなかったんですわね!*2」
ちなみにシンデレラグレイではアキツテイオーである、というのはともかく。
そんなトンチキなことを話しながら、歩夢たちが向かったのは、観客席ではなく、場内投票所。
そこでは他の競馬場のレースがテレビに映されている。
「目的のレースは京都競馬場の菊花賞だっけ? そこまですごい倍率になるの?」
「いえ、それほどではありませんわ。ただ、このレースだけはリアルタイムで見たいと思ってますの! できれば現地で見たかったんですけれど、さすがに一雄さんを京都まで引っ張り回すわけにはいきませんものね!」
「いや、言ってくれればぜんぜん行ったよ!?」
一雄があわてて抗議する。
歩夢とふたりで旅行に行くチャンスが、勝手に生えて勝手に消失したのだから焦るのも仕方ない。
「でも京都まで新幹線でも3時間でしょう? なかなかの旅行になっちゃいますわ!」
「いやオレ歩夢ちゃんと遊ぶの楽しいし! なんなら泊まりでもいいし!」
「いえ、さすがに嫁入り前の娘が殿方とふたりきりでお泊まり旅行というのは……」
「意外とお固いね未来!?」
あくまで歩夢が思い描くお嬢様の感覚である。
なんなら気分的には男のふたり旅だからぜんぜんオッケーなのだが、お嬢様なので自重である。
「でも、京都に旅行してでも見に行きたかった試合かあ……本命はやっぱりダービー馬のメリーナイス? それともクラシック戦線で善戦を続けてるゴールドシチー? それともマティリアルか……故障明けの皐月賞馬のサクラスターオー?」
モニタの前に陣取って、一雄は尋ねる。
彼がだんだん競馬にくわしくなってることに面白さを感じながら、歩夢は問いかける。
「秋に咲く桜。見てみたいと思いません?」
それから。東京競馬場のレースを、賭けたり賭けなかったりしながら、その時を待つ。
午後3時35分、第48回菊花賞は始まった。
皐月賞馬サクラスターオーは、決して平坦な道を歩んできた競走馬ではない。
デビュー2戦目で新馬戦に勝利するも故障。
復帰戦となる寒椿杯では七冠馬シンボリルドルフの再来とも謳われる有力馬マティリアルの5着に甘んじる。
続く皐月賞トライアル、弥生賞*3ではホクトヘリオスやマイネルダビテなどの有力馬を退け重賞初勝利をもぎ取った。
そしてクラシック本番、皐月賞では七冠馬シンボリルドルフや天馬トウショウボーイに次ぐ走破タイムで、ゴールドシチーら並み居るライバルを千切って優勝した。
続くクラシック二冠目、東京優駿(日本ダービー)でも有力視されていたが、調教中に繋靭帯炎を発症。全治4ヶ月の重症で、出走断念を余儀なくされる。
その後スタッフの献身的な治療で回復は見られたが、ステップレースを踏む余裕はなく、菊花賞に挑まなくてはならなくなった。調教も、爆弾を抱えたまま挑まざるを得ず、陣営は直前まで出走を迷っていた。
──1%の可能性に賭ける。
それがスターオーの状態を直に知る調教師の、偽りのない本音だったのだろう。
2日前の検査には、医師に「レースに出るにはギリギリの状態だ」と言われ、当日朝にも脚部に腫れが見られた。
万一の場合には、馬を止めてもかまわない。
調教師が、騎手にそう言い含めた上での、覚悟の出走。不穏を察して、オッズも14.9倍の9番人気に留まった。
だが、サクラスターオーは走った。
マティリアルを問題にせず、1番人気のダービー馬メリーナイスをかわし、背後から追い上げるゴールドシチーをものともせず、単身ゴール板を突っ切った。
「──菊の季節に桜が満開! 菊の季節に桜! サクラスターオーです!」
実況の声が場内に響く。
彼方、京都競馬場の歓声を肌で感じながら、歩夢は実況に唱和した。
そしたらなんだか知らないおっさんにめちゃくちゃ写真を撮られた。
◆
夜の東京下町の裏通り。
まばゆいネオンが夜の闇を照らす、そんな中に浮かぶ小さな雑居ビルのワンフロア。
落ち着いた雰囲気のキャバクラで、女を左右に侍らせながら、司法浪人の久保マモルはテキーラをショットで開けた。
「うおー! 口述試験受かったー!!」
空のグラスを突き上げながら、マモルは男泣きに泣きながら喜びを爆発させる。
ついでにお姉さんのおっぱいを触ろうとして手をはたかれた。
「マモル、おめでとう!」
「やったな心の友よ!」
「めでたいぞマモル! これでようやくスタートラインに立てたな!」
エロ本同盟の仲間が次々に祝福するなか、貴彦が胸を反らしながら褒める。
司法試験は、筆記試験の合格者が、口述試験を突破して、やっと合格となる。
合格率3%台の狭き門だが、それだけでは弁護士になれない。
その後司法修習生として所定のカリキュラムを修めて、はじめて弁護士資格を得られるのだ。
ちなみに1987年当時は法科大学院は無いので、合格者の平均年齢はその分低い。だいたい26歳である。
「そう! まだ先は長いけどすでに弁護士になったも同然なんだ! 君ら去年筆記試験に落ちた時さんざんイジってくれたな! たった2年で乗り越えてやったさ褒め称えろ!!」
「キャー!(野太い声)」
「マモルさんステキー!(野太い声)」
「抱いてー!(クソ野太い声)」
ノリよく野太い悲鳴を上げるエロ本同盟のクズども。
「君らはもっと普通の称賛でいいんだよ! 僕は女の子たちにキャーキャー言われたいんだよ! というか歩夢ちゃんはどこだよ! あの子なら打算抜きでめちゃくちゃ褒めてくれるはずでしょ!?」
「女の子をキャバクラに連れてこれないって。でも歩夢ちゃんから差し入れ預かってきてるよ。『司法試験合格おめでとうございます。本日は思い切り楽しんできてくださいまし』、だって」
「ふ、つくづくいい女ではないか。うかうかしてるとかっさらわれるぞ一雄」
「わーってるよ!」
貴彦に痛いところを突かれて、一雄は大声で返す。
それからテーブルに置いたのは、二本の酒瓶。ちなみに持ち込み料は支払い済みだ。
「これは……ドンペリロゼにコニャック?」
「あ、すごい! これめちゃ高いやつじゃないですか!」
「ピンドンコンやりましょピンドンコン*4!」
お姉ちゃんたちが目を輝かせて囃し立てる。
「ええい誰がそんな下品な飲み方するか! 女どもにも飲ませてやるから別々にグラスを持て別々に!」
足を豪快に組み替えながら、貴彦はお姉さんたちに注文をつける。
「未来でも有名なのかなピンドンコン」
「有名だったとしても悪名な気がする……」
一雄とマモルがこそこそと話し合う間に、お酒が用意される。
フルートグラスに入れられたピンクのドンペリは、美しい炭酸の泡を弾かせている。
テイスティンググラスに入れられたコニャックは、思わず全裸で窓際に立って飲みたくなる。
グラスがそろうと、ゴリ男がドンペリ片手に立ち上がる。
「えーそれでは、久保マモルくんの司法試験合格と、今後の非モテ道への邁進を祈念いたしまして──乾杯!!」
「乾杯!!」
「そんな不吉なものを祈念すんな──あーもう、乾杯っ!!」
かくして、繁華街の夜は長く続く。
一方その頃、歩夢は。
「やっべーですわ。これ面白すぎますわ……」
風雲たけし城にドはまりしていた。