TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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24 食事は同じテーブルで

 

 

 美食60年飛鳥涼吉。

 海辺の別荘で悠々自適の生活を送る、美食家にして資産家である。

 

 歩夢は永田社長とともに、この飛鳥涼吉の別荘へ向かうことになった。

 移動は例によって社長のベンツ。運転席側に社長、助手席側に歩夢、その間には、もうひとりの同行者がちょこんと座っている。

 

 永田社長が見込んだ少年料理人、堺一馬だ。

 一馬が同行しているのは、飛鳥涼吉への紹介も兼ねて、昼食を作るためだ。

 秘蔵っ子の紹介ということもあり、永田社長もどこかウキウキしている……のだが。

 

 

「なあおっちゃん。狭いんやけど」

 

 

 車の中で、一馬がぼやいた。

 子供を含めてとはいえ、後部座席に三人。

 うち一人は恰幅の良い永田社長なので、多少手狭ではあるのだが。

 

 

「それは一馬さんが、思い切り社長側に寄って座ってるからだと思いますわ」

 

 

 根本的な原因を、歩夢が指摘した。

 歩夢と一馬の間は頭一つ分ほどの隙間がある。永田社長との間には隙間は皆無だ。

 

 

「うるさいわい! お前のケツがデカイから狭いんじゃい!」

 

「お口が悪いですわよ。狭いならわたくしのお膝の上に乗っていただいてもよろしいですわよ」

 

「ガキ扱いすなや! 素直に助手席座らせろっつっとんじゃ!」

 

 

 一馬が顔を真っ赤にしながら悪態をつく。

 初対面ではすこし苦手意識があったようだが、いろいろあって「こいつは雑に扱ってよし」と認識したらしい。

 

 

「お前舐めた口利けるもの今のうちやからな! 今日の昼に出すカレーを食ったら、美味すぎてオレのこと崇め奉ってまうで!」

 

「それは……楽しみですわね! チキンカレーですの? ビーフカレーですの? キーマカレーとかスープカレー*1なんかもいいですわね!」

 

「ぐいぐい寄ってくんな! だから狭いっつっとんじゃ!」

 

「はっはっは」

 

 

 歩夢と一馬のかけあいに、永田社長は微笑ましげに笑う。

 一行を乗せた車は、平和な道中を送った。

 

 

 

 

 

 

 好々爺と評すには油っ気が残っている。

 一行を出迎えた飛鳥涼吉に対する、歩夢の初対面の印象はそれだった。

 

 美食を重ねてきたためだろうか。どっしりとした体格。

 グレー味の残った白髪をなでつけ、立派な口ひげを蓄えており、貫禄はある。

 だが、スーツの着方など忘れたというように、ポロシャツスラックスの楽過ぎる格好をしており、楽隠居の気楽さが顔にも出ている。

 

 

「永田君、よく来てくれた。そちらが」

 

「ああ。私の秘蔵っ子、堺一馬と、悪だくみ仲間の安生くんだ」

 

「秘蔵っ子に、悪だくみ、とは、老人をワクワクさせてくれるじゃないか……ふたりともよろしく。わしが飛鳥涼吉じゃ」

 

 

 飛鳥涼吉は、歩夢たちに顔を向け、鷹揚に挨拶する。

 その視線には、美術品の真贋を見定めるような鋭さがある。

 

 が、歩夢は委細関係なく特攻(ぶっこ)んだ。

 

 

「はじめまして! 食い道楽の安生歩夢と申しますわ! 飛鳥様にはよろしくお願いいたしますわ!」

 

「で、オレがうわさの天才料理人、堺一馬や! 今日は爺さんにうまいもん食わせたるからな! 楽しみにしときい!」

 

「うむ。楽しみにしてるよ──【横尾くん】、一馬君をキッチンに案内してくれ」

 

 

 メイドに案内され、一馬と荷物を抱えた黒背広がキッチンに向かう。

 一方、永田社長と歩夢は、飛鳥涼吉自ら書斎に案内した。

 

 ふかふかのソファに座らされ、待つことしばし。

 メイドが紅茶を淹れて持ってきてくれたので、まずはそれを楽しみながら、歓談する。

 

 

「さて、他ならぬ永田くんが用意させる昼食だ。話をしつつ、楽しみに待たせてもらおうか」

 

「ええ。一馬は期待に応えてくれるでしょう」

 

 

 永田社長は気負いなく返した。

 堺一馬に対する信頼が、そこにはある。

 社長の自信に「うむ」とうなずいてから、涼吉は視線を歩夢に移した。

 

 

「それで、安生くん。君のことは永田くんから聞いている。なかなか面白い子らしい……ちなみに、メイドに興味があったりしないかい?」

 

「メイド! いいですわね!」

 

 

 令和ならセクハラな話題に、歩夢は目をきらっきらに輝かせながら食いついた。

 

 

「──エプロンドレスの清潔感! 清楚でありながら主に従属するような、ある種の淫靡さ! でもお触りは厳禁! だからこその男の浪漫ですわ! こちらのお屋敷のメイド服も古典的ながら華やかさもあっていい趣味してると思いますわ!」

 

 

 興味の意味が違う。

 着る方じゃなく見る方だ。しかも男視点だ。

 ついでに、そういえば仲居さんがメイドに興味があるとか言ってましたわね、と思い出していた。

 

 飛鳥涼吉は、歩夢の発言に、驚きを面に出し。

 ふっと頬を緩めて、手を差し伸べた。

 

 

「……ありがとう。わしも、そう思うよ」

 

 

 その手を、強く握り返して。

 ふたりは理解し合った。もはや心の友と書いて心友である。

 

 永田社長は鳩が豆鉄砲くらったような表情になっていた。

 

 

「……まあ、メイドの話は後にするとしてだ。安生君、君と永田くんの悪だくみ、詳細は聞かされておらんが、楽しそうじゃないか」

 

「そうですわね。飛鳥様の悪知恵もお貸し願えたらと思っておりますわ」

 

「悪知恵はよかったな。確約はできんが、他ならぬ永田社長の頼みだ。いつでもここに遊びに来てくれたまえ」

 

 

 本腰を入れるかは、時間をかけて見極める、といったところだろう。

 

 

「ありがとうございますわ飛鳥様。では、次に来る時に楽しい土産話が出来るよう、頑張るとして……今日のところは、一馬さんの料理を楽しみにいたしましょうか」

 

 

 

 

 

 

「待たしたな爺さん!」

 

 

 場所をダイニングルームに移して、待つことしばし。

 コックコート姿の一馬が、意気揚々と部屋に入ってきた。

 それに続いて、メイドの横尾が、料理の乗せられた配膳ワゴンを運んでくる。

 

 テーブルセッティングされた各席に並べられたのは、白磁の深皿に乗ったライスにグレイビーボート*2に入ったカレールー。薬味入れ。そしてグラスに入った冷たい飲み水。

 

 

「ほう、カレーで攻めてきたか!」

 

「あったりまえや! カレーの天才が自己紹介の料理でカレー以外を食わすかいな! ──いや、オレは料理全般天才やけどな!」

 

 

 一馬の自信満々の様子に、飛鳥涼吉も口の端を釣り上げる。

 そんな涼吉の側に、メイドの横尾が静かにやってきて、「失礼いたします」と頭を下げた。

 

 

「だんな様、ルーを注がせていただきますね」

 

「うむ」

 

 

 おたま*3でカレールーをすくい、深皿に注ぐ。

 なにか仕掛けがあるのだろうか。横尾の表情が、いたずらっ子のそれだ。

 横尾はその後、永田社長と歩夢の深皿にも、カレールーを注ぐ。

 

 

 ──さて……もう匂いだけでうっまそうですわ。

 

 

 きれいに盛り付けられたカレーライスを、歩夢は見る。

 ライスはバジルを少量散らしただけの、色鮮やかながらシンプルなもの。

 ルーも、王道を行くビーフカレーだ。入っている具材にも、目新しいものはなさそうだ。

 

 ぱっと見普通のカレー。

 だが、一馬レベルのスパイス調合なら、下手な工夫などなくても味は極上だろう。

 

 

「それでは、いただこう」

 

 

 飛鳥涼吉の言葉とともに、三人がカレーライスをひと匙すくい、口元に運ぶ。

 

 

「ほう!」

 

「これは!」

 

「うっめーですわ!」

 

 

 三人の言葉が重なった。

 そのまま、みな操られたように無言で半分以上食べてしまって。

 陶然と息を吐いた。

 

 

「いやはや驚かされた! これは美味すぎる! 使った食材の種類こそ珍しいものではないが、食材の一個一個が吟味し尽くされている!」

 

 

 飛鳥涼吉が激賞した。

 一馬は胸を張りながら上機嫌でうなずいた。

 

 

「その通りや爺さん! 肉は熟成された松阪牛の肩ロース! 玉ねぎやニンニク、生姜、それに米も、それぞれ信念ある農家がこだわって作ったもんや!」

 

 

 まあ、食材調達に東奔西走したのは、永田社長の部下たちなのだが。

 

 

「それだけではない! 肉や野菜のうまみや風味を編み込んだスパイスの、繊細な黄金細工のごとき重層的な香りと味わいはどうだ! 粘りが少なく、さらっとしたライスも、ルーをどっしりと受け止めて味わいを際立たせている! この飛鳥涼吉、美食60年でこれほど見事なカレーを味わったことはない!」

 

 

 手放しの絶賛。

 歩夢も同じ意見だ。

 ビーフカレーとして、ここまで完成された美味さを、歩夢は味わったことがない。

 

 

 ──超一流の料理人が、材料費の制約をとっぱらったらどうなるか、の答えですわね。音羽さんの料理を思い出しますわ。

 

 

 音羽とは、【音羽松也(おとわまつや)】のこと。

 味っ子の次世代に出てくる、一食1000万以上の超高額料理を作る天才少年料理人だ。

 さすがにそのレベルで金をかけてはいないが……このバブル時代、材料費青天井の料理も面白いかもしれない。

 まあ、食の祭典と同時並行で出来ることでもないので、歩夢はひとまず、心のメモに書きつけておくにとどめた。

 

 

「薬味もよく吟味されていて、舌を新しく、またカレーの味わいの新たな側面を見せてくれる。飲み水にも、ほのかな酸味と甘みが加えられている心配りもうれしい!」

 

 

 フレーバーウォーターというやつだ。

 水にまで気を配ったのは、陽一とのチキンカレー勝負において、水が大きく勝敗に影響したからだろう。

 辛いカレーをより食べやすく。それを計る指針として、飲んだ水の量を比べたのだが、今回一馬は水にも役割を持たせた。

 

 

 ──負けず嫌いの一馬さんらしいこだわりですわ。

 

 

「感動したよ一馬君! さすが永田君が見込んだ料理人じゃ!」

 

「爺さん! 感動するのはまだ早いで!」

 

 

 賛辞を送る飛鳥涼吉に、一馬は得意げに笑う。

 

 

「オレの料理はまだここからや! メイドの姉ちゃん! 頼むで!」

 

「はいよ」

 

 

 とメイドの横尾が、グレイビーボートに残ったカレールーを軽くかき混ぜて、それから深皿に注ぐ。

 

 

「これは!」

 

 

 飛鳥涼吉がうなった理由は、歩夢の皿にも注がれたルーを見てわかった。

 

 わずかに色が違う。

 後に注がれたカレーのほうが、やや赤みが強いのだ。

 ひとくち食べて、感じたのはカレーの辛さに加えて、酸味と独特の旨味。

 

 

「これは……トマトの風味! うっめーですわ!」

 

「美味い! カレーにトマトピューレを効かせて──いや、グレイビーボートの底に下味をつけたトマトピューレを仕込みよったな!」

 

 

 飛鳥涼吉は一馬の仕込みを看破した。

 歩夢もちゃんと見当をつけていたが、解説は最初から放棄している。

 

 

「その通りや爺さん! 辛いビーフカレーを食った後には、こっちのカレーも美味しいもんやろ!」

 

「うむ! 演出としても味の組み立てとしても見事! この飛鳥涼吉、感服した!」

 

 

 深皿の中身をきれいに平らげて。

 飛鳥涼吉は手放しの称賛を送った。

 

 天才少年料理人、堺一馬の名は、彼の脳裏に強く刻み込まれたことだろう。

 もちろん一馬を見出した永田社長も、大いに株を上げた。

 歩夢は顔見世に留まった、と思っていたが。

 

 

「今日の昼食は、気持ちよく取ることができたよ」

 

 

 別れ際、飛鳥涼吉は歩夢にそう話しかけた。

 

 

「──君は、実に楽しそうに食事する。だからじゃろう。いっしょに食事する者も、気分良く食べられる……そういう人間とは、またいっしょに食べたくなる」

 

 

 おそらく彼は、食事を通して安生歩夢という人物を見極めていたのだろう。

 そして、出した答えが、「またいっしょに食事したい」。美味しい料理を独り占めしたい人間にとっては、最高の賛辞だろう。

 

 だから歩夢は満面の笑顔で返した。

 

 

「ありがとうございますわ飛鳥様! エンジョイ・イーティング! 楽しみは最高の調味料ですわ!」

 

 

 

*1
流行は00年代から

*2
魔法のランプみたいな形のカレールーを入れる器

*3
ソースレードル

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