TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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25 はるかなる星の旅路

 

 

 ぴこぴこと、電子的なメロディ。

 テレビ画面で動くのは、少ないドットで表現されたプレイヤーキャラ。

 テレビの前に置かれているのは、昭和の世で絶賛社会現象を巻き起こしている伝説的家庭用ゲーム機、ファミリーコンピューターだ。

 

 平日の昼下がり、マンションのリビング。

 機械本体から伸びた赤いコントローラーを手に、安生歩夢はゲームをプレイする。

 作品は、ロックマン。つい先日発売された*1、名作として愛されるシリーズの初代だ。

 

 幼い頃からYou Tubeやニコニコ動画に親しんだ歩夢にとって、昭和のゲームは、実は馴染み深い。

 RTAやプレイ動画なんかでさんざん親しんだ上に、復刻したものを遊んだりしたのだ。

 レトロゲームとひとくくりすれば、下手するとポケモン*2やモンハン*3よりプレイしたかもしれない。

 

 まあ、だからって上手いというわけでもないのだが。

 

 

「えいっ、このっ、ハサミもどきがっ! ぶっ転がしてやりますわよ!」

 

 

 操作キャラに合わせて、歩夢は体を揺らしながら叫ぶ。

 隣では、お休みの日ということで遊びに来た仲居さんが、固唾を飲んで見守っている。

 

 歩夢が操るロックマンは、ハサミを飛ばしながら体当りしてくるカットマンの攻撃を、無駄に色んな方向に飛び跳ねて躱したりダメージ食らったりしながら、攻撃を叩き込んでいく。

 さながらダメージレースで、どちらが先にライフゲージを削り切られるかの勝負。

 その結果は。

 

 

「あ、あっ、あーっ!?」

 

 

 ティウンティウン、という電子音とともに、歩夢の操るロックマンは爆発四散した。

 

 

「──あと一回ロックバスターを叩き込めば勝てましたのに!」

 

「惜しかったですよ歩夢さん! つぎわたし! わたしにやらせてくださいっ!」

 

 

 楽しげにプレイする歩夢に、仲居さんも両手をぱたぱたさせながら主張する。

 そんな感じで交代で遊んで、何度目かのゲームオーバーのタイミングで、一旦休憩にしようと、ゲームの電源を切った。

 

 

 

 

 

 

「面白かったー! わたしゲームはあんまやらなかったですけど、楽しいですね!」

 

「わたくしも、仲居さんと遊べて楽しかったですわ!」

 

 

 仲居さんが淹れた紅茶を楽しみながら、ふたりはゲームの話題で盛り上がる。

 

 

「もうひとつの、ファイナルファンタジー*4も面白いんですか?」

 

「こっちはRPG*5ですわね。話題になってるドラゴンクエストシリーズと同じで、自分がゲームの主人公になって、剣や魔法で戦いながら、物語を進めていくんですわ!」

 

「素敵! わたしお姫様やりたいです!」

 

「あー、そういう感じとはちょっと違いまして……」

 

 

 仲居さんは、あまりゲームをしないらしい。新鮮な刺激に、興味津々だ。

 歩夢も、ゲームを知らなすぎる仲居さんの反応がちょっと楽しい。

 

 しばらくゲームの話題は尽きなかったが、それも一区切りした頃。

 ふいに仲居さんはかわいく首を傾けた。

 

 

「そういえば歩夢さん、最近妙に忙しそうですよね?」

 

 

 言われて気づいたが、最近の歩夢は、毎日が日曜日だった夏ごろと比べるまでもなく多忙な生活を送っている。

 具体的には。

 

 

「そうですわね。2月にやるイベントの説明のため、稲荷町と岡本町の商店街組合の、臨時総会がありましたわね。そのための資料をそろえたり、他にも、税理士さんとの相談……そういえば、一雄さんや貴彦さんの相談もありましたわね」

 

 

 歩夢は指折り数える。

 考えてみれば、ここ2週間ほどは慌ただしかった。

 週末の競馬以外でゆっくり出来るのも、ひさしぶりな気がする。

 

 

「お疲れ様です。でも一雄さんとか貴彦さんの相談ってなんなんですか?」

 

「一雄さんのは、お店を改装するかどうかって相談ですわ。内装が古くなってきた──のは、おば様のお手入れが行き届いてますし、レトロな感じで素敵なんですけど、なにぶん女性客の比率が……」

 

 

 一雄の作るフルーツカレーやライスサンドカレーは、洒落ていて女性向けだ。

 雑誌やテレビでもそう紹介されたため、店はいつも客でごった返しており、そのうちの多くが女性客。

 店も大きな黒字続きだし、この際内装も、女性向けにリフォームするべきだろうかと悩んだ一雄は、歩夢に相談したのだ。

 

 

「え、じゃあ内装を洋館風に直して椅子やテーブルも木製のアンティークに?」

 

「それは仲居さんの趣味ですわね……おば様やアルバイトの子たちとも話し合って、すこし模様替えしたくらいですわ」

 

 

 テーブルにクロスを敷いて、カーテンや照明は、嫌味にならない程度に小洒落たものに替えた。

 あとはメニューやナプキン立てなどの小物、それに微傷が見られる食器類も新しくしている。

 客層の変化に応じて、町のカレー屋から、雰囲気のいいカレー屋にシフトした感じだ。

 

 

「へえ、実際どう変わったのか、気になりますね!」

 

「今度いっしょに行きましょう! 素敵な感じになってますわよ!」

 

「ほんとですか? ぜったい行きましょう!」

 

 

 歩夢の手を取り、ぶんぶんと上下させる仲居さん。

 目がきらきらさせながら、至近距離で迫ってきてちょっと怖い。

 少しだけ目をそらしながら、歩夢は話を変える。

 

 

「あ、あと貴彦さんの相談ですけれど」

 

「あの自信満々な人が、他人に相談するって、ちょっと想像つきませんけど、なんの相談だったんですか?」

 

「相談というか、報告ですわね……独立しようと思ってるっていう」

 

「ええー! 貴彦さんの勤め先ってあれでしょ、この間純利益日本一になったっていう! 辞めちゃうんですか!?」

 

 

 仲居さんが派手に驚く。

 未来の貴彦について知っている歩夢は「知ってた」って感じだったが、これが一般的な反応なのかもしれない。

 

 

「もともと社風が肌に合わなかったみたいですし、投資で1億稼いだら独立するって決めてたらしいですわ」

 

「貴彦さんまだ24ですよね!? 大学出て2年で億稼いだってことですか!?」

 

「ちょうどNTT株の上場とかありましたしね。他でもいろいろ稼いだ上で、この間のブラックマンデーでどーんと。余裕でトリプルスコアだったらしいですわ」

 

 

 そこで独立して投資顧問会社を立ち上げようとしているらしい。

 現状、会社や顧客に仁義を通しつつ、顧客や出資者を募っているところだが、ブラックマンデーでの仕手の手際を買われて、それなりに好感触とのこと。もちろん歩夢も、貴彦についていく一択である。

 

 

「ふええ。貴彦さん、ああ見えてすごい人なんですね」

 

「一応、わたくしの尊敬する方ですわ!」

 

 

 雲の上な話題に目を白黒させる仲居さんに、歩夢はそう言って頬を緩めた。

 

 

 

 

 

 

 年の瀬の慌ただしさが肌で感じられる12月下旬。

 暮れの中山競馬場で催される年末の大一番、有馬記念も間近となった頃。

 リビングのソファにあぐらをかいて、ガラステーブルに置かれた競馬新聞の出走表をながめながら、歩夢は頭を悩ませる。

 

 

「難しい! ですわ!」

 

 

 歩夢は、有馬記念で起こる惨事を知っている。

 本年のクラシック2冠馬、サクラスターオーの、レース中突然の故障、競走中止……そして、死。

 

 未来の悲劇を回避できるか、と考えてみても……手段がない。

 事前に故障の兆候があったなら、あるいは止めることも出来たかもしれない。

 しかし突発的な事故による故障では、それもない。それどころか事前の懸念をよそに、仕上がりは最高らしい。

 もとより、JRA*6含む様々なしがらみあっての有馬記念への出走だ。歩夢の力では、とてもではないが調教師や馬主を翻意させられない。

 

 

「でも、これまで競馬に助けられてきたんです。出来ることがあるなら、力を尽くしたいですわ!」

 

 

 とはいえ、歩夢に出来ることは本当に少ない。

 事故的なものなので、少しタイミングがズレるだけでも、回避出来る可能性があるかもしれないが……

 スターターを抱き込んでスタートのタイミングをずらしたり、騎手に相談して、などと、思いつく手段は競馬のルール的にアウトなものばかりだ。

 

 

「いえ……ありますわ。レースに干渉できる、わたくしらしい手段が」

 

 

 歩夢ははたと思い立って、永田社長に電話を入れる。

 

 

「もしもし、永田社長。暮れの有馬で、はい。ご一緒をと……ありがとうございます。よろしくお願いいたしますわ」

 

 

 

 

 

 

 そんな事があって、12月27日。

 暮れの中山競馬場は、どこかせわしない。

 歩夢と一雄、永田社長の3人は、コースが一望できる馬主席から、レースを観戦していた。

 

 第10レース、有馬記念。

 オッズ表が更新されたとき、場内が軽くさざめいた。

 最初の発表にくらべ、単勝7番の人気が急上昇し、枠連4-4のオッズも動いている。

 4枠に居るのは、8番人気に上がった7番メジロデュレン*7と、7番人気の8番ユーワジェームス。ここに大きく張った奴が居る。

 

 

 ──まあ、わたくしなのですが。

 

 

 歩夢はいたずらっぽく微笑んだ。

 

 単勝7番に1500万。

 枠連4-4に1500万。

 それが歩夢が賭けた金額だ。

 暮れの大一番、馬券購入総額が大きすぎる*8せいで、枠連の人気順は変わらなかったが、単勝の変化は明確だ。

 

 

 ──オッズの変化が、騎手の心理にすこしでも影響してくれれば……

 

 

 サクラスターオーの故障は、荒れた馬場の穴のようになった場所に足を取られたことが理由ともいう。

 わずかな差さえ生じれば、ひょっとして故障を免れるかもしれない。

 

 

 ──その結果、着順が変わってもいいですわ。これまで競馬に助けてもらったのですから、3000万くらい安いもんですわ!

 

 

 そう、心に決めて。歩夢は待つ。

 運命のレースの、始まりの時を。

 

 第32回有馬記念。

 本命1番人気は、クラシック2冠サクラスターオー。

 続く2番人気は芝1600mの世界タイレコードを記録したダイナアクトレス。

 3番人気はダービー馬メリーナイス。

 他にも2冠牝馬マックスビューティーや、社台悲願のダービー馬ダイナガリバーなど、出走馬は多士済々。

 歩夢的にはシンデレラグレイにも登場するロードロイヤル──もといレジェンドテイオーにも注目したいところだ。

 

 

「──始まるね」

 

 

 歩夢の緊張が伝わったか、一雄の硬い声。

 それが始まりの合図だというように、スタートは切られた。

 

 レースは最初から波乱含みだった。

 スタート直後にメリーナイス鞍上根本が落馬。

 先頭を行く逃げ馬レジェンドテイオーは、他に絡んでくる馬もなく悠々と逃げ続ける。

 サクラスターオーもメジロデュレンも中団内。スローペースのまま一団は3コーナーに入って……

 

 

『──サクラスターオーは故障発生か、サクラスターオーは故障発生か!?』

 

 

 実況の声とともに、サクラスターオーはゆっくりと垂れてレースを離脱する。

 安全を確保してから、騎手が即座に下馬する様子を、歩夢はオペラグラス*9越しにじっと見つめる。

 

 

「歩夢ちゃん」

 

「まだですわ」

 

 

 事情を知っている一雄が、不安げに声をかけるが、歩夢は現場から目を離さない。

 

 怪我は、起こってしまった。

 だがそれが、歩夢が知る通り、即座に予後不良と診断されるものなのか、まだわからない。

 それなりにアクションは起こした。歩夢の知るレースとは、明確な違いがあるのだ。その違いは、どこかに現れているはずだ。

 

 

 ──わたくしがそう信じたいだけかもしれませんけれど……

 

 

『さあ先頭はわずかにメジロデュレン、メジロデュレンが先頭か! 3頭並んでいまゴールイン!』

 

 

 掲示板を見ると、1着メジロデュレン、クビ差で2着ユーワジェームス、ハナ差で3着ハシケンエルド。

 着順は同じだが……来る前に確認していた着差とは、わずかに違う。

 

 

「4-4が143倍……てことは21億……?」

 

 

 思わず計算してしまう一雄。

 捨てたつもりの金が、とんでもないことになっているのは、ともかく。

 わずかな差があるならば、と、歩夢はサクラスターオーを注視し続ける。

 

 医師が駆けつけ、遠目にも診断している様子がわかる。

 医師の言葉に、騎手がうなずいている。

 顔色は、見えない、が。

 

 

『──お伝えいたします。競走中止となりましたサクラスターオーですが、医師の診断により、繋靱帯炎と判断されました』

 

 

 待たされた末のアナウンスに、歩夢は息を深く吐いて、椅子に体重を預けた。

 本来のサクラスターオーの故障は、もっと酷かった*10。即座に予後不良と診断されたほどの負傷だ。

 繋靱帯炎は、屈腱炎と並んで、競走馬の進退に関わる病気であり*11、サクラスターオーがダービーを回避せざるを得なかったのも、この繋靱帯炎が原因だ。おそらく完治していなかったものが、レース中に再発したのだろう。

 

 

「これで引退か、それとも一年がかりを覚悟して、復帰を目指すか……ともあれ、永田社長。厩舎の方に、見舞金を送らせていただくことは可能でしょうか? できれば、匿名で」

 

「わかった。手配しよう。どれくらい包むつもりだい?」

 

「肘の高さまで……と言いたいところですが、馬主様に対して僭越な真似は控えたいので、100万円、というところで考えておりますわ」

 

「金銭感覚麻痺しそう……」

 

 

 永田社長との話を聞いて、一雄がそんなことをつぶやいているのは、ともかく。

 馬運車で運ばれていくサクラスターオーに、歩夢は心の中で語りかける。

 

 

 ──サクラスターオー様。願わくば、貴方の活躍がまだ続きますように……貴方はたしかに、わたくしの夢でした。

 

 

 その後、ド年末にとんでもない額の配当金を計上されて、税理士は泣いた。

 

 

 

*1
1987年12月17日発売

*2
ポケットモンスター

*3
モンスターハンター

*4
1987年12月18日発売

*5
ロールプレイングゲーム

*6
日本中央競馬会

*7
メジロマックイーンの半兄

*8
全部合わせると約250億

*9
携帯用の小型双眼鏡

*10
左前脚繋靭帯断裂および第一指関節脱臼

*11
オグリキャップ「温泉で治るぞ」

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