TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
グルメ合戦1日目終了後。
各店舗から集めた投票券の集計結果が出たので、歩夢は発表する。
発表にあたって、受付横には、幕で覆われた大きな看板が立てられている。
「それでは、現在の戦況はどうなっていますか……発表ですわ!」
幕を取り払い、出てきたのは無双系ゲームでよくある戦況バー。
左から伸びる青のゲージが岡本町軍。
右から伸びる赤のゲージが稲荷町軍だ。
「──青、岡本町軍53%! 赤、稲荷町軍47%! 稲荷町軍やや劣勢ですわ!」
観衆に向かって、歩夢は声を上げる。
岡本町では、鷹ノ宮桜花が岡本町軍優勢を伝えているだろう。
「そんなっ! どうしてそんなに差があるの、歩夢さん!?」
発表を聞いていた陽一が、歩夢に詰め寄ってくる。
パーセントだとそこまで差がないように見えるが、票数で言えば1000近い差だ。
「中立の立場ですので、理由をお教えするのははばかられますが……数字だけお伝えいたしますわ」
そう前置きして、歩夢は語る。
「──両軍あわせて得票数1位がカレーの一馬、僅差で2位が岡田屋、少し離されて3位が日の出食堂……以下甲来軒、熊五郎ラーメン、中華なかだ、玉川飯店……各軍上位10店の比較では、岡本町60%、稲荷町40%で押されてますわ!」
「うちが3位だって!? どうして!」
「──わからんか小僧!」
群衆の中から、声が上がる。
「誰だ!?」
陽一の声に応じて、群衆をかき分けて出てきたのは、小太りの中年。
「現状2位の岡田屋や! 小僧、あんだけテレビに取り上げられたお前の店が得票数でウチに負けた理由、教えたろうやないか!」
言って、岡田屋はびっと人差し指を陽一に向ける。
「正味うちも小僧んとこも、今日は一日満席やったやろう。岡本町の関西弁の小僧もたぶん同じや。それでも票数に大きく差がついたのはな……席数と回転率の差や!」
岡田屋は断言した。
「うちの店は、小僧んとこの店と比べてだいたい5割増しの席数や! メニューもお好み焼きで、食うのにそんな時間もかからん! あとは分かるわな! 中坊でもわかる計算問題や!」
ラーメン屋が上位に来ているのも同じ理屈だ。
玉川飯店や熊五郎ラーメンの場合、ラーメン祭りの反省を活かしてラーメンを改良していることも大きい。
玉川飯店では機械製麺を導入し、茹で方も見直した結果、ハイレベルな「昔ながらの中華そば」となっている。
熊五郎ラーメンはフットワーク軽く、ラーメン祭り後即日中太のストレート麺に変えた。あいかわらず癖のあるラーメンなのは変わらないが、麺とスープのバランスが取れたためか、それなりに人気になっている。屋台販売のため、席数の制約を受けないのも強い。
「……くそっ!」
岡田屋の指摘に、陽一は歯噛みする。
さばける客の差で、岡本町に上を行かれているということだ。
「と、味方をいじめてもしゃあないわな」
陽一の様子に、岡田屋は肩をすくめて。
それから歩夢に視線を向ける。
「美人の姉ちゃん! 上位でここまでタコられとるのに、下位で盛り返しとんのは、理由があるわな。わいの推理が当たっとったら、うなずいてくれや」
「それくらいなら、はいですわ!」
「うちの町内は老舗が多い。老舗が堅実に票を集めたのと……小僧の店の行列から流れた近場の店が、票を稼いどるんちゃうか?」
岡田屋の推論に、歩夢は手を合わせて微笑んだ。
「さすがですわ岡田屋さま! その推理を裏付ける票の分布だとはお答えいたしますわ!」
「……ちゅうことや小僧。まあ稲荷町に客集める仕事はしとるが……それなりの数、岡本町にも逃げとると考えたほうがええ。なんとか考えんとあかんで……って、なんやその顔は」
岡田屋の言葉に、陽一は、ぺかりん、といたずらっぽい笑みを浮かべている。
「大丈夫、それに関しては、我らに秘策あり、さ!」
◆
グルメ合戦2日目。
本日歩夢は岡本町担当だ。
鷹ノ宮桜花は、稲荷町の受付に入ってもらっている。
当日にお願いしたなら、桜花は「わたしとあなたで集客に差がつくっていうの!?」とへそを曲げたかもしれないが、事前に言い含めてあったので、あっさり引き受けてくれた。
「イベントが終わったらなんか奢りなさいよ!」と言っていたが、いろいろ無茶振りされたけどそれでチャラって意味なので、「やっぱり桜花様はさすがですわ!」と歩夢が好意全開で距離を詰めたら、気恥ずかしさにもだえていた。
ともあれ、2日目日曜日の朝。
受付前に展示された戦況バーを見て、堺一馬は大声で笑っていた。
「はははははっ! 口ほどにもないな陽一ぃ! こっちの圧勝やで!!」
吹き上がる一馬。
だが、一馬を見つけた歩夢は秒で距離を詰めた。
「おはようございますわ一馬さん! 素敵なお店ですわね! イベント後もお店は続けますの? よろしければ食べに行かせてくださいまし!」
「おう姉ちゃん! オレの勝利記念や! 奢ったるさかい明日来たってや!」
「あら、勝利宣言とは気が早いですわね。昨日の戦況発表を受けて、稲荷町側も対策してくるかもしれませんわよ?」
「アホいうなや! 昨日出た数字の差は、受け入れられる客の最大値の差や! そう簡単にひっくり返るかい!」
「ほなな」と一馬は店に戻っていく。
その背に向かって、歩夢は「でも」と語りかける。
「こんな状況でも、まさかのことをやってくれそうなのが、陽ちゃんですわ」
◆
大会を盛り上げるため、2日目は午後2時に途中経過を発表する。
上がってきた集計結果を確認して、歩夢は驚きながらも、どこか納得した。
稲荷町が盛り返しているのだ。
青の岡本町軍は53%から52%に。
赤の稲荷町軍は47%から48%に。
戦況バーをズラして、歩夢は途中経過をアナウンスする。
「なんや、なにが起こってるんや! ……陽一ぃ!」
いそがしい中、戦況バーを見に来た一馬がうなる。
歩夢も、陽一がなにをやらかしたか、できれば見に行きたかったが、受付業務を放り出しては行けない。
──でも、ワクワクしますわ! なにをやってますの陽ちゃん!
そわそわしていると、情報はすぐにもたらされた。
「たいへんだたいへんだー!」
「どうしたんだ。なにかトラブルか?」
駆け込んできた岡本町の若手に、上杉謙信のコスプレをした組合長の吉本哲が、あわてて尋ねる。
「稲荷町のやつら、日の出食堂のカツ丼を、よその店でも出してやがる!」
「なんだって!?」
──陽ちゃん、とんでもねえこと考えましたわね!
止まらないワクワクに、歩夢は胸を抑える。
その胸は平坦だった。和服なので素敵に似合っている。
「──はいいらっしゃい! 少年料理人味吉陽一監修の期間限定メニュー、そばやの超極厚カツ丼だ!」
「──らっしゃい! テレビでも出てた稲荷町名物超極厚カツ丼だ! さあ、食っていってくんな!」
稲荷町の各所で、威勢のいい声が上がる。
陽一のやったことは、単純。
テレビで見せた超極厚カツ丼を、「稲荷町の名物メニュー」として提供したのだ。
◆
グルメ合戦前夜に陽一の要請を受けた組合長は、翌朝からカツ丼をメニューに出している店を回った。
1日目終了後、店仕舞いした日の出食堂に集まった有志は5名。陽一は彼らに、超極厚トンカツの製法を提供することを告げた。
「でも、いいのかい陽ちゃん。ウチなんかはありがたいばかりだが、日の出食堂の名物なんだろう?」
「たしかに超極厚カツ丼はウチの売りさ。でもめいっぱい売り上げても、一日200食には届かない。とてもじゃないが食べたい人に行き渡らないんだ。それならみんなで作ったほうが絶対いいよ!」
このあたり、自分が考えたメニューを他の店のために提供している陽一らしい発想である。
一店舗でさばける客の最大値を追求した一馬に対し、陽一は、擬似的に複数店舗に広げようというのだ。
「──それに、おっちゃんたちが同じカツ丼作っても、オレの作るカツ丼が一番美味いしね!」
こんなところも陽一らしい。
「言ったな陽ちゃん? 日の出食堂より美味いカツ丼出してやるから、覚悟しとけよ!」
「望むところさぁ!」
元々カツ丼を提供していただけあって、みな飲み込みが早い。
二度揚げのコツを掴むと、さっそく店に帰って、それぞれメニューに出せるよう、準備にかかった。
一方組合長は、印刷会社の尻を叩いて、超極厚カツ丼提供店の案内チラシを刷らせて、日曜の朝から案内書の横で配って歩いた。
名物は強い。
たとえそれが急ごしらえだとしても、一見の客に対する集客力は抜群だ。
話題が話題を呼ぶ。
岡本町商店街でも、稲荷町から流れてきた客から口づてで、超極厚カツ丼の話が流れてきている。
天上から俯瞰すれば。
ゆっくりと、だが確実に。人が稲荷町に流れていく様が見えただろう。
そして。
「──グルメ合戦の結果を発表いたしますわ!」
夕刻。時間が来て、集計が終わった。
岡本町と稲荷町の境。
両軍にらみ合う中心に立って、歩夢は観衆に向かって発表する。
関係者たちは両脇に退き、ここは歩夢の一人舞台。
圧倒されそうなくらい大勢の観衆の視線が、途方もない熱量のこもった視線が、歩夢一人に集まる。
熱量を、己の内に抱きながら。
歩夢は声を、彼方まで届かせる。
「青、岡本町軍50%! 赤、稲荷町軍50%! 票数は……なんとわずかに3票差! 稲荷町軍の勝利ですわ!!」
うおおおおお、と稲荷町側で地鳴りのような歓声が上がる。
歓声は次第に「えい、えい、おー」の掛け声となり、それは参加者にも伝播していく。
「両軍合わせて最多得票──勲功第一はカレー屋一馬! 稲荷町軍勲功第一はお好み焼きの岡田屋! そしておそらく本日もっとも食べられた、稲荷町の名物料理! 超極厚カツ丼を生み出した日の出食堂の働き、格別なものと賞させていただきますわ!」
歩夢の声に、それぞれの店への称賛が乱舞する。
と、岡本町側から、堺一馬が稲荷町の陽一のほうへと歩いていき……声を上げた。
「やい陽一! 町と町の勝負は負けたが、店と店の勝負はわいの勝ちや! ここは引き分けにしといたる! つぎまた決着つけたるで!」
それだけ言って背を向ける一馬に、陽一は笑って答えた。
「負けず嫌いだな。でも、望むところさ!」
──まったく、いいもん見れましたわ! グルメ合戦を企画してよかったですわ!
二人の様子を見て感激しながら。
歩夢は一呼吸置いて、それから聴衆を見回して、語りかける。
「昨日、そして本日。このふたつの町に来ていただきましたみなさま。グルメ合戦に参加いただき、感謝いたしますわ! どうでしょうか、皆さま、お楽しみいただけましたでしょうか?」
歩夢の問いに、群衆から「もちろん!」と声が上がる。
「ありがとうございます! 岡本町の皆さま、稲荷町の皆さま、両組合長、企画の最初から手伝っていただいたカレー専門店DHULIAのオーナー、一雄さん、永田社長、そして無理を申し上げたにもかかわらず、協力していただきました桜花さま……それに、グルメ合戦に来ていただいた皆さまのおかげですわ!!」
岡本町側に、稲荷町側に、そして観衆に向けて両手を広げ、歩夢は声を上げる。
楽しい時間だった。
素敵な体験だった。
時代の熱を一身に受け、情熱が燃えあがる実感があった。
この手の中の熱を、離したくない。
だから歩夢は、組合長たちに打ち明け、同意を得た。
「初戦は稲荷町軍の勝利。しかしこれで終わりではありませんわ! 来年は岡本町軍も必勝の策を掲げて戦に挑むことでしょう! 稲荷町軍だって、本日生まれた名物をさらに研究して、次の戦に備えることでしょう!」
そこでいったん言葉を止めて。
歩夢はキラキラに目を輝かせ、声を上げる。
「皆さま──“楽しい”は、まだ終わりませんわ!!」
歩夢の、宣言に。
今日一番の歓声が、2つの町を揺らした。
皆さま、「TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!」におつき合いいただき、ありがとうございます!
しばらく多忙になりますので、書き溜めも兼ねて、一ヶ月少々休ませていただきます。再開をお待ちいただけましたら幸いです!