TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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03 銀ブラ ショッピング・アサルト!

 

 

「朝……か」

 

 

 スマホのアラームが鳴る音を聞いて、目を覚ます。

 時間は午前6時30分。ログボの時間だ。アプリを開いて……

 

 

「通信圏外……そういやここは……昨日泊まった旅館か。やってられない──いや、やってらんねーですわ!」

 

 

 置かれた状況と自分の今の性別を思い出して、歩夢はエセお嬢様口調で言い直す。

 人目もないし、必要はないのだが……一雄や日の出食堂の面々に、歩夢はすでにお嬢様キャラとして認知されてしまっている。

 

 いまさら後戻りできない。

 もうお嬢様キャラで通すしかない。

 男口調がふいに口をついて出ないためにも、普段からお嬢様口調に慣れておくべきだろう。

 

 

 ──そう、すでに安生歩夢は魂までお嬢様ですわ!

 

 

 自分に言い聞かせる歩夢。

 そのお嬢様像は、やっぱりどこかトチ狂っているが、さておき。

 

 

「わたくしのローレルちゃん*1と! スズカちゃん*2と! もう会えないなんて! わたくしトレーナーですわよ! 理不尽ですわ!」

 

 

 叫びながら、歩夢は別のアプリを次々と起動する。

 FGOも、グラブルも、遊戯王も、全然立ち上がってくれない。

 サーバーに繋がらない、どころかこの時代では、サーバーなど影も形も存在しないのだから当然だ。

 

 

「ああああああ……」

 

 

 歩夢は枕に顔を埋めて悲しみに暮れる。

 費やした時間と課金となによりも推しと二度と出会えない悲哀は計り知れない。

 

 

「この悲しみは、ツイッターでつぶやいてみんなに慰めてもらわないと……ツイッターも存在しないんでしたわ」

 

 

 その事実に気づいて、再び落ち込む。2倍悲しい。

 

 

「救いはありませんでしたわ……マジでやってらんねーですわ……ああ、わたくしのローレルちゃんはかわいいですわ。凱旋門に……いっしょに凱旋門に行くんですわ……」

 

 

 撮りためたスクショを表示して、歩夢は傷ついた心を癒やす。

 もはや心の支えは、スマホやタブレットPCにローカル保存されているデータや小説や漫画、動画やスクショだけだ。けっこう残っている。

 

 

「ニコもつべも見れねえとか絶望しかありませんわ……いえ」

 

 

 歩夢はブルブルっと頭を振る。

 落ち込むようなことばかり考えていても仕方ない。

 

 

「ポジティブに考えるべきですわ。いまは1987年、ということは、キン肉マンがジャンプで見れる! キャプテン翼がジャンプで見れる! 北斗の拳がジャンプで見れる! ドラゴンボールが、シティーハンターが!! 男塾が! 聖闘士星矢がジャンプで見れる! 当然ジョジョやこち亀も! なんですのこの黄金ラインナップ!」

 

 

 おい、マガジン*3の話しろよ。

 

 

「それだけじゃありませんわ! 来年にはオグリブーム到来! あの熱狂を直に体験できるとか! オグリキャップをナマで見れるとか、たまんねーですわ!」

 

 

 語りながら、興奮してきたのか鼻をふんふん鳴らす。

 

 

「なにより、ミスター味っ子に出てくる料理の数々が食べられる! カツ丼があれだけ美味しかったのですから、他のも期待大ですわ! 味っ子の料理、基本相手の料理のほうが美味しそうですけれど! トマトと南部せんべいの味噌汁だけは本気で美味しいのか疑問ですけれど! どっちの料理も食べられるんですから問題ありませんわ!」

 

 

 盛り上がった気持ちとともに、歩夢はがばっと布団から起き上がる。

 それから顔を洗って、ポットに用意されたお湯を急須に注ぎ、淹れたお茶を一気にあおる。

 

 

「熱っちーですわ! でも気合い入りましたわ! さて、1987年に来て2日目、今日やるべきことは……」

 

 

 右拳を左の手のひらに叩きつけて、歩夢は宣言する。

 

 

「服! わたくしに似合う服を購入することですわ! あと下着!」

 

 

 いまの歩夢は部屋にあった浴衣姿。

 旅行カバンを令和に置き去りにしたせいで、部屋の片隅にハンガー掛けしてあるスーツは正真正銘の一張羅(いっちょうら)だ。

 それどころか下着も一着しかない。男だった歩夢がブラジャーをつけていたはずもなく、上はノーブラだ。下はボクサーパンツだ。

 

 わりと深刻な話だが、現状歩夢には戸籍がない。

 男物のスーツ姿で悪目立ちして、警察に職務質問(しょくしつ)されたら厄介極まりない。

 

 鏡台の前に座り、自分を映す。

 胸元まで伸びた、つややかな黒髪。

 やや丸顔だが、目鼻立ちは麗しく整っており、どこぞのお嬢様かといった風情。

 体型は、スレンダー寄り。胸ははっきりと小さいが、腰はしっかりくびれていて、形のよい尻はやや大きめだ。

 性別が変わってしまっても、歩夢には、不思議とこれが他人の体という気がしない。だからか、昨晩風呂に入ったときも、いまいち興奮しなかった。感心とか感動はしたが。

 

 

「ともあれ、服ですわ……この容姿だと、やっぱり似合うのはお嬢様系の衣装ですわよね……昭和後期の流行りとかわかりませんけれど……まあ当たって砕けろってやつですわ!」

 

 

 気合を入れた歩夢は、ばばっと浴衣を脱いで、一張羅のスーツに着替える。

 ズボンにベルトを通そうとして。

 

 

「あれ、やっぱり腰の位置が……なんか違いますわ。昨日どうやって着てましたっけ?」

 

 

 男女の構造の差に、歩夢はひとしきり首をひねった。

 

 

 

 

 

 

 お嬢様っぽい衣装なんてどこで買えばいいのか。

 そもそも浅草界隈以外の土地勘も怪しい歩夢には、見当がつかない。

 一応オフラインで使える地図アプリはあるが、そこに載っているのは令和の情報。36年前の日本では、あてにならない。

 

 

「とりあえず、銀座にでも行ってみましょうかしら。最初から完璧にキメられなくても、まあいい感じのがそろうでしょうし」

 

 

 そう決めて、歩夢は通勤ラッシュが落ち着いた頃を見計らって、電車で銀座に向かった。

 電車に乗っていると、嫌でも大量の人の姿が目に入る。その中でも気になるのが……

 

 

 ──なんで私服の連中、誰も彼もズボンの中にシャツを突っ込んでるんですの!? ベルトの位置高っけーですわ! スーツの連中は連中で、なんでみんな肩パット!? 肩幅すっげえですわ! 世紀末!? 世紀末ですの!? あ、いま1987年ですわ。普通に世紀末でしたわ……

 

 

 心のなかで全力で突っ込む。

 令和の世を生きていた歩夢には、違和感がものすさまじい。

 もちろん、昭和末期の世の中では、歩夢の感覚こそが変なのだが。

 

 

 ──ですが……ちっ、見られてますわね。やっぱりこの格好、悪目立ちしますわ。

 

 

 周りからの視線を感じて、歩夢は内心舌打ちする。

 やっぱり服を買うために、先に服を買っておくべきだったか、などと考えているうちに、銀座駅に着いてしまった。

 

 

「さあ、まずは下着ですわね。服を先に買おうとすれば、試着したときにノーブラはマズいってもんじゃありませんわ」

 

 

 下着を先にしても問題は問題だが、歩夢はそっちのほうがマシだと判断した。

 とはいえ、女性下着専門店とか歩夢は入ったことない。

 

 

「ええい男は度胸! 行ってみりゃなんとかなるもんですわ! ……でも百貨店のお店のほうが、なんとなく入りやすそうだから、そっちにゴー! ですわ!」

 

 

 勢いのままに百貨店に飛び込み、歩夢は人生で行ったこともない婦人肌着のエリアに突撃をかけた。

 

 

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用向でしょうか」

 

 

 声をかけてきた若い女性スタッフに、歩夢は胸を張って答える。

 

 

「はじめてのブラですわ! 上下合わせてそろえたいので、わたくしに似合うものを選んでいただきたいのですわ!」

 

「かしこまりました。採寸いたしますので、こちらにどうぞ」

 

 

 いろいろとツッコミどころ満載の発言にも女性スタッフは動じない。

 案内された小部屋で歩夢のスーツの上とカッターシャツを脱がせて、いろいろと測っていく。歩夢は65のAカップ*4らしい。

 値段帯を聞きながら白くてレースもりもりで可愛い感じのものをはじめ、5組ほど選んで、1組はその場で身につけた。

 はじめてのブラと言ったのが良かったのか、女性スタッフはつけ方もレクチャーしてくれた。

 

 それから、婦人服のエリアを回って趣味に合うブランドに目星をつけ、店員さんと相談しながら3着ほど選んだ。

 そのうち一着──白のワンピースにその場で着替えると、「お嬢様!」という気合いが入ってくる。そのままの勢いで靴も選んで。

 

 

「あとは……物も増えてきましたし、トランクか、スポーツバッグが必要ですわね……まあセキュリティを考えるなら、鍵付きのトランクでしょうか。ほかにもハンドバッグとかアクセサリとかいろいろそろえたいところですけれど……今日のところはこの辺にしといてやる、ですわ!」

 

 

 求めればきりがない。

 トランクさえ買えば、ひとまず最低限はそろう。

 あとは都度都度買い足していけばいいと、歩夢は未練を振り払った。

 

 それから、トランクを吟味して。

 

 

「なんだかんだで60万くらい使っちゃいましたわね。これが高いか安いか……まあお嬢様を取り繕うには、そこそこって感じなのではないでしょうか」

 

 

 それなりに派手な買い物だが、バブル時代じゃ目立ちもしないだろうと、歩夢は勝手に判断した。

 

 残金はまだ380万ちょっと。

 足りなくなれば、競馬……は、さすがに全面的にデータを信じられなくなったが、前回すべて的中した以上、それなりに信頼はできるはず。

 ガラの悪い連中もいる競馬場で、あまり目立ちたくはないが、元金はたっぷりあるので、単勝転がしや全レース勝利、みたいな真似をしなければ大丈夫だろう。

 

 

「できれば競馬頼りじゃなく、なにか正業にも就きたいんですけれど……どうしたものでしょうか」

 

 

 なにをするにも公権力を頼れないのが怖い。

 戸籍関係をなんとかしてもらうため、役所に相談したものかどうか。

 

 こればかりは無防備に突っ込んでいくのも怖い。

 弁護士か、そのあたりにくわしい人に相談して、十分に準備すべきだが……相談するにしても、信頼できる人間じゃないといけない。

 

 

「まあ、焦る必要はありませんわ。お嬢様らしく、エレガントに……十分に準備してから一気呵成に特攻(ぶっこ)んでやりますわ!」

 

 

 それは戦国武将であってお嬢様ではない。

 

 ともあれ。

 そんな事を考えながら、歩夢は帰りの電車に乗りこむ。

 ちゃんとお嬢様っぽい格好になっているはずだが、なぜだか帰りも車内で注目を集めてしまっていた。

 

 

 ──解せませんわ。

 

 

 と首をかしげる歩夢だが、なにも不思議はない。

 お嬢様衣装が似合う美人が注目を集めないはずねーのである。

 

 

 

*1
サクラローレル

*2
サイレンススズカ

*3
ミスター味っ子掲載誌

*4
数字はアンダーバスト。トップは76だった

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