TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
グルメ合戦が成功裏に終わった翌週。
都心のホテルで、貴彦の投資顧問会社の設立記念パーティが催された。
出資者や取引先、大口顧客なども集めた大規模なパーティは、これぞバブル期といった豪勢なもので、宴会場は華やかな雰囲気で満ちている。
その中に、安生歩夢も混じっていた。
いや、混じっているというか、目立っている。
全身から元気オーラを放つ、華やかな装いの若い美人なのだから、当然といえば当然か。
歩夢も出資者かつ大口顧客なのだから、この場に居て当然なのだが、来賓者は知りようがない。
皆に奇異の目で見られていることなぞ気にもかけず、歩夢は会社の理念やらなにやらを、壇上で堂々と語る貴彦に、拍手を送っていた。
ちなみに、貴彦のプライベートでの盟友たるエロ本同盟の3人は来ていない。
内祝いは、それこそ全員が飲みつぶれるまでやったし、なにより来賓が豪華すぎて場違いすぎる。
唯一歩夢の単身での参加を心配した一雄も、親戚関係でどうしても外せない用事が出来て、貴彦に後事を託すことになった。
どうも美食家として有名な大叔父が一雄の料理を食べに来て、その出来いかんでは一等地での出店に協力を惜しまない、という話になっているらしい。
歩夢はむしろそっちに行きたかったが、祝い事と被ってしまったら仕方ない。
「こうなれば、わたくしがエロ本同盟を代表して、先生をお祝いいたしますわ!」
歩夢自身はエロ本同盟のメンバーではない、というのはさておき。
そんなわけで、一雄に託された貴彦が、歩夢にあてがった席というのが、貴彦の隣。
そりゃ下手な虫は近づいてこないだろうって配置だが、盛大に勘違いを誘うものでもある。
特に相席になった偉いさんや、そのお連れさんなんかは、貴彦との関係が気になるようで、遠回しに詮索してくる。
よく考えれば貴彦は独身の若い有望株だ。
で、来賓の偉いさん連中は、貴彦を見込んで出資やら投資やらしてきた面々だ。
そういう目で見てみると、奥さんのかわりに、娘や孫娘を連れてきているのがチラホラと。
──ダメですわ! 許せませんわ! 先生の運命のお相手は桜花さまお一人なのですから、わたくしが
両方から「大きなお世話だ」と言われそうな決意を固めて、歩夢は貴彦との関係を説明する。
「わたくしも出資者の一人なのですけれど、一人での参加を不安に思っておりましたの。そんなとき、先生がエスコートを買って出てくださいましたの」
嘘は言ってない。
が、察しのいい人なら「あ、こいつらデキてるな」と察せてしまう匂わせ。
あらためて言うが、安生歩夢は、ちょっと見ないレベルの美人である。赤いイブニングドレスがクソ似合っている。しかも資産家である。弱点はない。胸以外。最強の弾除けである。
そんな感じで、歓談の時間。
歩夢と貴彦がおたがいに相手を守っているつもりで、いっしょにあいさつ回りをしていると。
「あら、歩夢じゃない」
思いがけない女性がそこにいた。
鷹ノ宮桜花だ。いつものバブリーな装いなどではなく、落ち着いた暗系色のドレスを着た楚々とした姿に、歩夢はぎょっとしてしまう。ほとんど別人だ。
「桜花さま。先日はお食事ご一緒できて楽しかったですわ。桜花さまは、どうしてこちらに?」
気を取り直して尋ねると、桜花は肩をすくめて、空になっている隣の席に視線を送る。
「お祖父様の付き添いよ。めんどくさい、と思ってたけど……そっちのあんたのパーティだったのね。やるじゃない」
「そうであろうそうであろう。俺様はすごいのだ!」
「……馬鹿だけど」
自慢気に胸を反らす貴彦に、桜花は肩をすくめた。
貴彦を尊敬している歩夢だが、彼がいい意味で馬鹿なのは否定できない。60前になって突然経済系ユーチューバーやりだしたり。
そんな感じで、若い三人で話していると。
ふいに恰幅の良い老紳士がひょこひょこと歩きながら近づいてきた。
「これはこれは、財前くん。席を外していてすまないね。年をとると小便が近くなっていかん……あらためて、おめでとうを言わせてもらうよ」
「これは鷹ノ宮会長。ありがたいお言葉、かたじけない」
貫禄ある老人の祝福に、貴彦は胸を張って答えた。
物怖じしないにも程があるが、そこはさすが貴彦と言うべきか。
──鷹ノ宮、ってことは、桜花さまのお祖父様ですわよね。
歩夢は、身内の身内は身内とかいうクソ甘判定で、勝手に身内カテゴリに入れて、老紳士に優しい視線を送っている。
鷹ノ宮翁はちら、と歩夢に視線を送って、続いて桜花に視線を向けて……ちいさく息をついた。
「財前くんは、ぜひとも孫娘の婿に欲しいと思っていたが……惜しいな。桜花では厳しいか」
「お祖父様、わたしのどこがこのあんぽん娘に劣るっていうんですか! というかこんな乳しか見てないような馬鹿がだんな様とかまっぴらごめんです!」
桜花が激しく抗議した。
祖父に対してだからか、言葉遣いはどこか丁寧で、そういうところが、歩夢には好ましく感じられる。
「まあまあ、いざとなったら応援はしてあげるから……そういうわけだ、財前くん。ひとつ、考えてみてくれたまえ」
鷹ノ宮翁は桜花をなだめつつ、それだけ言って。
「あとは若いもんにまかせて」とばかり、席を外してしまった。
その背中を見送って、貴彦は難しい顔になった。
「……困ったぞ。こうもやんわりと来られては、はっきり断るわけにもいかん」
「なんで断るのよ! いやあんたと一緒になるなんてまっぴらだけど、断る権利があるのはこっちだから!」
貴彦の独白に、桜花が猛抗議する。
一方、歩夢は真っ青になっていた。
──これ、先生と桜花さまの馴れ初めだったのでは……
時期は確実に違う。
そもそも貴彦の独立も起業も、本来より4、5ヶ月は早い。
だが同じように起業パーティをして、そこで二人が引き合わされたのだとしたら。
おじゃま虫になってしまったことに後悔するが、もう遅い。
実はまったく邪魔してないし、なんなら本来の出会いより貴彦の好感度は高かったりするが、そんなこと歩夢が知りようはない。
好感度が高いと言っても、-100が0になった程度だけど。
◆
歩夢が「やっちまいましたわー!」と内心頭を抱えていると、ふいに貴彦が振り返った。
つられて視線を向けると、口ひげをたくわえた、50絡みの中年男が、ワイン片手に近寄ってきていた。
身なりはシンプルかつ上品なのに、身振りや態度を見ていると、つい「おっちゃん」と呼びたくなる。そんな男だ。
「よお財前くん──やないわ。財前社長! おめでとさん!」
「これはこれは、
「
挨拶されて、歩夢は思わず吹き出しかけた。
べつに、男の態度が滑稽だったからではない。
その名前が、バブルで会社を派手に飛ばした大叔父の名前と同じだったからだ……というか確実に本人だ。
歩夢が生まれた頃にはもう連絡が取れなくなっていたので、姿を見たことはなかったが、よく見れば顔の造作が祖父に似ている。
「……初めてお目にかかります。わたくし安生歩夢と申しますわ!」
不意打ちの動揺を勢いで誤魔化しながら、歩夢は挨拶を返す。
「おおー、テレビで見ましたで! 直接見るとほんまにべっぴんさんやな! 財前社長のフィアンセでっか!」
「ま、いまのところは親友、といったとこですな」
大叔父の詮索を、貴彦はさらりとかわした。
将来に含みを持たせたようで、真実しか言っていない。
「しかし安生……奇遇ですなあ。おんなじ名字や。なんや親近感わいてしまいますわ。ところで安生さん、
「それが、わたくし記憶喪失で、出身地はわからないのですわ」
「ああ、そうやった。それもテレビで見させてもらいましたわ。苦労されてるんや思とりましたが、ええ男みつけましたな。財前くんなら安心や!」
やめて。桜花さまの前でそういう話やめて。
と心のなかで訴えるが、もちろん大叔父には通じるわけがない。
「まあ、おなじ家名のご縁や。困ったことがあったら、遠慮のう相談したってください」
「あ、これはご丁寧に。頼もしいですわ」
大叔父が名刺を渡してきたので、歩夢も名刺を返す。
それから、貴彦と少々雑談をして、大叔父は去っていった。
その背を、歩夢はしばらく見送っていた。
正直驚いた。会社を派手に飛ばしたというのだから、もっとイケイケで強欲な人間だと思っていた。
なのに、歩夢の目に映る大叔父は、人情味があるいいオジサンだ。これという下心も感じなかった。
「濃ゆいおっさんね……歩夢、大丈夫? 脂ぎった手で触られてない?」
背後で話を聞いていた桜花が、歩夢を心配したが、逆に優しすぎで不安になるくらいだ。
ともあれ、桜花の気遣いに、歩夢の好感度は無駄に上がった。
「桜花さま。ご心配いただきありがとうございますわ!」
「別に……心配じゃないから」
桜花が照れたようにそっぽを向くが、歩夢の目にはツンデレにしか見えない。
なおツンデレの流行は21世紀を待たなくてはならない。概念として未成熟なだけで、ツンデレ的なキャラクターはすでに存在しているが。海原雄山*2とか。
◆
若者たちのやり取りを遠目にながめて。
大叔父──安生明徳はワインを口にしてから、独語する。
「うーん。美人すぎてわかりにくいけど、顔の系統は、たしかに安生のもんやなあ」
明徳は、以前から安生歩夢の存在は知っていた。
テレビやニュースで偶然目にして、同じ苗字だと、なんとなく親近感を抱いて、いろいろ追っていたのだ。
とはいえ、同じ苗字なのは偶然の一致だと思っていた。
だが、直に話してみると、お嬢様言葉で訛を消しているものの、わずかに残る特徴的なイントネーションは関西人のそれだ。
安生姓は関東に多く、関西ではほとんどない。それで顔の特徴にも類似性があるとなれば、血の繋がりを疑うしかないが……
「兄貴の愛人の子……ってのは、あの堅物っぷり見たら考えられんし、近い親戚衆にも、上手く遊べるような器用な仁はおらん。駆け落ちした姉貴の子……にしても美人すぎるわなあ。そのへん聞いてみたいけど、記憶喪失やからなあ」
推定血縁者。
これで生活に困っているのなら、「別に他人やったとしてもええわ」くらいのつもりで援助も惜しまないのだが。
「完全に自立しとる。生活にも困っとらん。なんなら有名人や。こっちが下心疑われそうでなあ」
それならそれで放っておいても良さそうなものだが、そうもいかない。
バブルの恩恵を存分に受けて自社を急成長させた明徳は、関東では自分が一族のまとめ役、という自負がある。
歩夢なり、春から東京の大学に通う兄の長男なり……とにかく一族の人間の世話を焼きたくて仕方ないのだ。
「まあ頼られたら助ける。くらいの距離感がええんやろなあ……しかし、まさか貴彦くんの縁から会うことになるとは思わんかったわ」
今日の出会いは不意打ちだった。
思わず声をかけてしまったが、接触するタイミングとしては、案外よかったのかもしれない。
これから彼女は、ますます有名になる。
グルメ合戦の放送を目にした明徳は、それを確信している。
容貌に優れ、発言は明瞭。今日のパーティに参加している、百戦錬磨の古狸相手にも、気格で劣らない。まさしく「モノが違う」というやつだ。
この先もっと有名になってから接触を図っていれば。
いまよりもずっと下心を疑われてしまっていただろう。
そう思って。安生明徳はふたたびワインをあおる。
そこに、30半ばの恰幅のいい男がどすどすとやってきた。
既知の人だ。左右の手には、料理が山盛りになった皿が2枚ずつ握られている。
「【西京極】くん……なんやその料理の山は」
「安生さん。こないだ以来で……いやー、財前くんも趣味がええ。コースの料理をマグロの解体ショーや神戸牛のローストビーフの切り分け、握り寿司……眼の前で料理する様を見せながら振る舞おうちゅうんやから。それにおかわりも自由! 食に奢ったパーティ最高や!」
「若いっちゅうのはええなあ」
見ているだけで胸焼けがしてきて、明徳は苦笑を浮かべる。
「なに言うてますのや! 50になっても60になっても、儂は食べまっせ! 生涯美食一筋や!」
意気軒昂な年下の資産家を微笑ましく思いながら。
明徳はふと、歩夢に貰った名刺に目を落とす。
食い道楽 安生歩夢。
食い道楽というのは美食家の一種だろうか。
だったら、彼とのつながりも、悪い縁にはならないだろう。
「そういや西京極くん。財前くんの横にいるお嬢さん知っとりまっか? 安生歩夢ゆうて、食い道楽自称してる子なんやけど……美食のご縁で面白い話できるかもしれませんで」
「安生さんも困ったお人やで。近頃の若い連中ときたら、ホンマモンも知らんくせに、賢しらぶった講釈垂れるようなエセ食通ばっかりでうんざりしとるんや……まあ、財前くんの連れ合いなら、そんな連中とは違うやろけど」
軽く毒を吐いてから、西京極は貴彦と歩夢に挨拶に向かった。
秒で意気投合して、遠くから見ていた明徳は思わず苦笑した。
ご無沙汰しております。
ようやく執筆に時間を割けるようになりましたが、書き溜めする時間が取れておらず、しばらく不定期更新になります。
よろしくお願いいたします。