TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
週末。
歩夢と一雄、マモルは、あらためてあつまり、トロイメライを訪れた。
トロイメライは老舗の洋食店で、外観も内装も、落ち着いた洋風スタイル。洋装でキメたスタッフも教育が行き届いていて、雰囲気もいい。
味っ子原作飲食店巡りで店に行った時のことを思い出しながら、一雄とマモルに続いて店に入ると。
どこか見覚えのある小太りの青年が3人を出迎えた。
癖っ毛で、メガネ。まんまるに太った顔に、人のよさそうな笑顔を浮かべる、タキシード姿の男は、間違いない。トロイメライの若だんなだ。
「いらっしゃい……なんだ、お前らか。今日はどうした? エロ本が欲しいなら店閉めた後にしてく、れ……」
来客の正体が一雄たちだと気づいて。
手のひらを返しかけた若だんなは、歩夢の姿を見て絶句した。
ぱくぱくと口を開きながら、歩夢を指差す若だんなに、一雄が頭をかきながら紹介する。
「師匠、グルメ合戦関係で知ってるかもしれないけど、安生歩夢ちゃん。歩夢ちゃん、こっちは俺たちの師匠で洋食店トロイメライのオーナーの安西先輩」
「お師匠様、よろしくお願いいたしますわ」
丁寧に礼をする歩夢だが、その言い方はどうなのか。
若だんなは、固まったままだ。
待つことしばし。ぎ、ぎ、ぎ、と錆びついたロボットのような動きで、若だんなは一雄たちに顔を向けた。
「おまえら、おまえらーっ! なんでこんな美人とお近づきになってるんだ、背教者がーっ!」
「ちなみにエロ本同盟の全員と友達だよ! 一番仲いいのは一雄とだけど!」
マモルが説明すると、若だんなは一雄相手に謎の構えを取った。
「一雄! いやエロ本同盟特攻隊長真船一雄! 同盟の掟はわかってるだろうな!」
「エロ本を通して女体の神秘を研究しよう! 同盟員たるもの女性に対しては紳士たるべし! 女体に手を出す男に災いあれ! アベック滅ぶべし!」
一雄も応じて、謎の構えを取りながら全力で返す。
ホールスタッフが困っているがお構いなしだ。
「清々しいまでにルサンチマンに溢れてますわ」
「歩夢ちゃんはなんで引かないの?」
「しっと団の亜種だと理解いたしましたし」
「未来ってすごい……」
歩夢の言葉に、マモルがおののく。
界隈に大きな爪痕を残したしっと団が登場する漫画、「突撃! パッパラ隊」は1991年連載開始である。未来はすぐそこだ。
それから、一雄と額を突き合わせながらの譲れない戦いを終えて。
若だんなは軽く身だしなみを整えて、歩夢に決め顔のようなものを向けた。
「はじめまして、安西です。ここのオーナーやってます結婚してください!」
「はじめまして、安生歩夢と申しますわ! 結婚は考えておりませんが、一雄さんたちに対するのと同様、よき先輩としておつき合いいただければと思いますわ!」
歩夢の迷いなき返答に、若だんなはがくり、と片膝をついた。
「ふっ……また振られたか」
「なんか不良漫画でタイマンで負けたライバルみたいなノリですわ」
「いろいろそれ以前の問題だと思うけど……初対面でプロポーズとか。無駄に一雄が先を越されてるじゃない」
「言うな……言うなマモル」
マモルの感想に、一雄が無駄にダメージを受けているのはともかく。
すぐに立ち直って、汚れていない膝を軽く払った若だんなは、「とりあえず」とテーブル席に案内しながら、尋ねた。
「ところで、3人はなんの用で来たんだい?」
「それが……」
と、一雄は事情を話す。
新店舗を出すことになったこと。
店舗の経営について、わからない部分が多いこと。
先達として、いろいろ相談に乗ってもらいたいこと。
「なんだ。そんなことならいつでも相談に乗ってやるけど……」
言って、若だんなは、ちら、と店内に視線を送る。
昼食と夕食の合間の時間とはいえ、店内にはスタッフしかいない。閑古鳥が鳴いている。
「このザマじゃなあ。オレのほうが一雄に繁盛の秘訣を教えて欲しいくらいだよ」
「以前はこの時間でもお客様は入ってたのに、急にどうしたんです?」
「それが」と若だんなは、暗い顔で事情を話す。
ある日ファミリーレストラン「ジェネシス」の社長が、店を売れと言ってきたこと。
断ったら、道を挟んだ向かいに店を建てて、トロイメライのウリのハンバーグをマトにして、ハンバーグフェアを開かれたこと。
資本力の違いから対抗も出来ず、あっという間に客を奪われて、このままじゃジリ貧だということ。
「一雄はどうしてあれだけ店を流行らせられたんだい?」
「えーと、こっちは師匠みたいに大手チェーンに店を狙われたわけじゃないんで、参考にはならないかもしれませんが、オレの場合は……」
一雄は思い返すように、視線を宙に向けながら語る。
「やる気を出して真面目にやり始めたのと、日の出食堂の陽ちゃんに相談して、あたらしいメニューを考えてもらったこと、かな」
「一雄のカレーといい、なかだのラーメンといい、陽ちゃんすごいな……さすが味皇様に認められた天才少年料理人だ」
「事情が事情ですし、お店の件を陽ちゃんに話せば絶対首を突っ込みたがると思いますわ……陽ちゃん基本的に戦闘民族ですし」
一雄の横で話を聞いていた歩夢が、口を挟む。
若だんなは一瞬顔を明るくしたが、すぐにかぶりを振る。
「陽ちゃんに頼る前に、まずはオレなりに新メニューを考えてみるよ。こんな事になって悲観してたけど……オレがこんな弱気じゃダメだって気づいたよ」
「師匠、オレも協力するよ。オレもヘボだけど、洋食屋とは違う視点でアイデアは出せる」
「一雄……!」
「礼はいらないぜ師匠。これもオレの勉強のうちさ!」
なぜか熱い友情を育んでいる一雄と若だんな。
そのままキッチンに突貫していったふたりの背中を見送って。
歩夢とマモルは顔を見合わせた。
「これ、間違いなく遅くなるよね」
「おいてけぼりですわね……まあ、わたくしたちも、この場で解散といたしましょうか。この後行くところが出来ましたし」
「だいたい想像つくけど……どこに?」
「もちろん、日の出食堂ですわ!」
やる気を出した若だんなや一雄はさておいて。
歩夢は陽一を巻き込む気まんまんだった。
◆
皆と別れてトロイメライを出た後。
歩夢はその足で日の出食堂に特攻した。
時間が時間だから、日の出食堂とはいえ、客はそれほど多くない。
だから陽一も、注文をさばきながら、カウンター越しに雑談する余裕がある。
話を聞き終えた陽一は、やはりというべきか、目を輝かせて食いついてきた。
「へえ、一雄さんたちが考える新メニューにも興味はあるけど……ジェネシスのハンバーグってそんなに美味しいんだ?」
「らしいですわね。系列店でも、とびきりの腕利きを呼んで作らせたとか。さしずめウエマツの小西和也シェフみたいなものでしょうね」
「……そんなに美味しいのなら、ちょっと食べてみたいな。ねえ歩夢さん、明日時間ある?」
「ジェネシスのハンバーグを食べに行くのなら、喜んで!」
そんな感じで話がまとまって、翌日。
歩夢と陽一は、ノリノリでファミリーレストラン「ジェネシス」に乗り込んだ。
ふたりが店内に入ると、おかしな客が目に入った。
グラサンマスク姿の、抜けた感じの男と太っちょ男。一雄と若だんなだ。
歩夢は隣のテーブル席に座りながら、怪しさ全開のふたりに声をかける。
「一雄さんにお師匠様、おふたりもハンバーグの実食を?」
「シッ、この店じゃオレは面が割れてるから」
「いや、普通に堂々としてりゃいいとはオレも思うんだけど……」
若だんなの言葉に、グラサンマスク姿の一雄が頭をかく。
「そうですわね! 堂々と、ハンバーグライス2つ所望ですわ!」
わたわたする若だんなを尻目に注文して、待つことしばし。
一雄たちが注文したメニューとほぼ同時に、ハンバーグライスはやってきた。
ハンバーグが見えないほどのチリビーンズソース。
中までしっかり火が通っていて、ふんわりジューシィ。
チリビーンズソースのピリっとした辛味とあいまって、肉の旨味が口の中に広がっている。
歩夢は、それをゆっくりと味わって……歓声を上げた。
「うっめーですわ! 煮込みハンバーグはわたくしの好物ですわ! ご飯との相性もバッチリですわ!」
「まったく良く出来た料理だよ。申し訳ないけど若旦那の十年一日の如きハンバーグじゃとても相手にならないだろうね」
陽一の冷静な分析に、グラサンマスク若だんなが「ううう……」とうなる。
「でもわたくしお師匠様のハンバーグも好きですわよ! 昔ながらのハンバーグって感じで! 調理にも手抜きなしですし、材料も原価率をにらみながら出来る限りいいものを選ぼうとしてて!」
「……結婚しよ」
「歩夢さんは一雄さんのガールフレンドだよ」
「お友達ですわ!」
若だんなのつぶやきに、陽一がツッコんで歩夢が訂正する。
ガールフレンドとお友達。
意味はそこまで変わってないが、一雄は無駄にダメージを受けている。
話を聞いて。
若だんなが妙なオーラを纏って一雄に視線を向ける。
「……そうか、一雄。貴様は有望な同士だと思っていたが、貴様もまたこのグランドマスターを裏切るのか」
「師匠のことは尊敬してるけど、
不毛な争いである。
歩夢はその光景を生暖かい目で見ているし、陽一は「ああはなるまい」と呆れている。
「──ふっふっふ。うちのシェフ自慢のハンバーグはいかがでしたかな?」
と、ふいに声をかけてきたのは、細身の中年男性。
パリッとしたタキシード姿で、髪をピッタリ後ろに撫でつけている。
ジェネシスの社長だ。
特徴から、歩夢は判断する。
なら、後ろに控えている、コックコートを着た眼光鋭い料理人は、【
料理界の勢力図において、味皇料理会と張り合う一大勢力、【味将軍グループ】。その中核に位置する人物に違いない。
「ち、ちくしょう! どんなに言っても店は売らねーぞ!」
「おっとっと、もうおたくの店を買おうなんて思っちゃいませんよ。そんなことしなくても早晩潰れる運命にあるんだからな」
グラサンマスクを外してにらむ若だんなに、社長は挑発的な言葉を返す。
阿部二郎も、手をポケットに突っ込んで、若だんなに侮蔑の視線を向ける。
「おれっちの料理は、てめえンところのチンケな味とはわけが違うぜ! オレがちょいと手をひねれば町の料理屋の一軒なぞ潰すのは造作ねえ! うちに逆らったやつがどういう目を見るか、ほかの奴らにもたっぷり思い知らせてやるぜ!!」
様子を見ながら、歩夢は「うーん」と考える。
──味将軍さまいわく、料理は技術。それを顧みない怠惰な料理人の性根を叩き直し矯正する義の集団こそが味将軍グループ。ということですけれど……
社長や阿部二郎の言動を見ていると、そうは思えない。
味将軍は、店の権利書を取り上げ、店を乗っ取るような行為は一切していない、と言っているが、それも怪しい。
味将軍や志を同じくするメンバーはたしかに居るのだろうが、その思想は末端まで至っていない……というより。
──阿部二郎さま、陽ちゃんに負けたことより、このあたりの言行が問題視されて、見習いに格下げされたのでは……
味将軍の右腕とも目される人物が腕に驕ってこの言動では、「皿洗いからやり直せ」と言われても仕方ない。
まあ、驕るだけの技術を持っているのもたしかなのだが。
「あは。たしかに美味しかったけど……このハンバーグには大きな欠点があるよ!」
と、唐突に。陽一が声を上げた。
煮込むことで、ハンバーグは柔らかくなる。
だが、その代償に、表面がべとついてしまい、ハンバーグを焼き上げた香ばしさがない。
そのうえ、煮込んだせいで形が崩れやすくなってしまう。崩れたハンバーグは、見た目にも良くない。
その指摘に、阿部二郎が眉を吊り上げる。
逆に若だんなは、陽一の加勢に百人力だ。
「ふん、子供に料理のなにがわかる」
「この子を普通の子だと思うなよ! あの天下の味皇様が天才と太鼓判を押した味吉陽一君だぞ!」
社長の負け惜しみに、若だんなが得意げに陽一の素性を明かして。
──あ、NGワード出ましたわ。
歩夢は心の中でつぶやいた。
若だんなは知らないが、阿部二郎は味皇料理会とライバル関係にある味将軍グループの幹部だ。
味皇の名前を出しても恐れ入る訳がない……どころか逆効果だ。
「そうか、貴様味皇の息のかかったガキなのか! おもしろい……ならオレもちっとは本気を出させてもらおうか」
阿部二郎の目の色が変わる。完全に本気モードだ。
けど自分で作った料理を、「こんなハンバーグは小手先の技」とか、「オレにとっちゃたいした料理じゃねえ」とか言うのは、味将軍的にはNGじゃなかろうかと思う。そりゃ根性叩き直されますわ。
「オレのとっておき、欠点などない完璧なハンバーグ! それを使ったハンバーグフェアで、全力を上げてお前の店を叩き潰してやるぜ!」
嵩にかかって挑戦状を叩きつける阿部二郎。
これが、陽一のハートに火を点けた。
「若だんな、一雄さん。オレも協力するよ! いっしょに研究して……受けて立とう!!」
陽一の参戦宣言に、歩夢は目を輝かせる。
阿部二郎の全力のハンバーグと、陽一の、おそらくは原作より工夫が加わるだろうハンバーグ。
──これは……ワクワクしてきましたわ!