TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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33 ダンス・ウィズ・ハンバーグ

 

 

 阿部二郎の宣戦布告より6日。

 街中にジェネシスの宣伝チラシがばら撒かれた。

 

 

『トロイメライと比べてみよう。この味! この安さ! このボリューム!』

 

 

 パラフィン紙で包み焼きにされた、ビーフシチューハンバーグの写真に生唾を飲み込みながら、歩夢はちょっと引いた。

 

 

「豪速球でケンカ売ってきてますわね。比較広告……とは違いますが、これアリなんでしょうか」

 

 

 首をひねるが、まあアリなんだろう。

 しかしこうも露骨に他店の名前を出して「比べてみよう」だと、トロイメライの宣伝にもなるのではと思う。

 たしか90年代半ばに発売された次世代機、セガサターンのCMで、プレイステーションと比較した宣伝をしてしまったため、はからずもプレイステーションの宣伝もしてしまう結果になった、みたいな話を動画で見た覚えがある。

 

 

「ゲーム機戦争。これからリアルタイムで追っていけるんですわね……まあ、わたくしにとっては、動画で見たりスイッチでプレイ出来たりするせいで、スーパーファミコン以前のゲームのほうが馴染み深いんですけれど」

 

 

 などと感慨に耽りながら、歩夢は今日の日にちを確認する。

 

 トロイメライとジェネシスの勝負は、明日からだ。

 工夫は歩夢を驚かすに充分なものだった。あとは結果を見るだけだ。

 夕焼けの商店街、両手を広げてくるくると回りながら、歩夢は天を仰いで微笑む。

 

 

「──明日が楽しみですわね!」

 

 

 奇行ではあるが、まあいつものことなので、道行く人たちは生暖かい笑顔で歩夢を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。勝負の時が訪れる。

 場所は、2店を眼下に望む、【丘の上ホテル】の一室。

 室内には、味皇と丸井シェフが、行列を為す両店の様子をながめている。

 陽一の勝負の相手が味将軍の片腕、阿部二郎だと知って、勝負の行く末を気にかけているのだ。

 

 

「味皇さま、お邪魔いたしますわ!」

 

 

 と、部屋の扉を開いてダイナミックエントリーしてきたのは、安上歩夢。

 なぜかメイド服姿で、おかもちを抱えている。

 

 

「歩夢くん、その格好は」

 

「ウェイトレスですわ! 行きがかり上トロイメライをお手伝いすることになりましたので!」

 

 

 目を白黒させる味皇と丸井シェフに、歩夢はおかもち片手にポーズをとって説明する。

 ちなみに服は、同様にお手伝いをしている仲居さんの私物だ。洋館務めに憧れる彼女の主張で、歩夢と味吉法子はメイド服を着ることになった。

 まあ法子は作中では普段着のエプロン姿で給仕をやってたので、それよりはマシだろう。もちろん、そのほうが良かった、と主張する人間はいるだろうが。

 

 

「今回の勝負、歩夢くんはどう見る?」

 

「もちろん、トロイメライの勝ちですわ!」

 

 

 気を取り直した味皇が問うと、歩夢は胸を張って答えた。揺れなかった。

 

 

「ふむ……なぜそう思うか、尋ねてもいいかね?」

 

「もちろんですわ味皇さま! 理由は……ジェネシスが、自らの利点を捨てて速攻を仕掛けたから、というのはいかがでしょうか?」

 

 

 

 歩夢がいたずらっぽく答えると、味皇は「ふむ」とうなずく。

 

 

「くわしく説明してくれないか」

 

 

「はいですわ! 今回の問題、一番大きかったのは資本力の違いですわ! 個人経営のお店と大資本のチェーン店、その差は歴然! 実際ジェネシスが、ただじっくり待ち構えているだけで、トロイメライは干上がってましたわ!」

 

 

 

 だが、短期間であれば。

 トロイメライも多少の無茶はできる。

 

 

 

「だというのに、ジェネシスは勝負に出た」

 

 

「そう。わたくしの目には、それが隙と映りましたわ!」

 

 

 焦ったわけではないだろう。

 己の腕に対する絶対の自信があって勝負に出たに違いない。

 

 だが、そのせいでトロイメライに勝ちの目が生じた。

 まあジェネシスが持久戦を仕掛けてきたなら、向こうが決戦する気になるまで、歩夢が延々資金援助をしていただろうが。

 

 阿部二郎のビーフシチューハンバーグを食べるためとはいえ、ひっでー話である。結局する必要はなかったけど。

 

 

「だが、相手は当代屈指の天才、阿部二郎。勝負に出たのも、必勝の算段あってのことだろう」

 

「はい! ですが、迎え撃つのは味吉陽一。おなじく当代屈指の天才料理人ですわ!」

 

「ふむ……たがいに天才同士。だが歩夢くんは陽一くんが勝つという。理由を聞かせてもらえるかね?」

 

「はいですわ! わたくし、阿部二郎さまと直接お会いさせていただきました! その際の言動を見ると、かのお方は、己の腕に驕った人物と観ましたわ!」

 

 

 己の腕に自負を持つのはいい。

 料理への自信は、美味さの説得力になる。

 迷いのなさは包丁にも現れ、それは味にも反映される。

 

 だが。

 

 

「慢心は成長を止めますわ。事実ジェネシスの新メニューは、阿部さまが過去に開発した、そのままの料理ですわ!」

 

 

 ほかならぬ阿部二郎自身が言っていたことだ。

 考えに考え、工夫に工夫を重ねて、腕を磨いた末に出来上がったレシピ。

 たしかにそれは最高だろう。だが、完成したと思った瞬間から、料理は進化を止めてしまう。

 

 

「ひるがえって、陽ちゃんは最後の1秒まで、料理をより美味しくする工夫をやめない 昨日までの料理では一歩先をゆかれていても、今日この時には一歩先を進んでいる。それが陽ちゃんですわ!」

 

 

 歩夢はおかもちを開けて、中から皿を取り出す。

 出てきたのは、パンで巻いた俵型の肉が3つ、串刺しになった奇妙なハンバーグ。

 

 

「これぞ陽ちゃんたちの工夫の結晶! パン包み串焼きハンバーグ、ですわ!」

 

 

 歩夢の宣言と同時。

 味皇の秘書、垂目が両手に皿を持って、部屋に駆け込んできた。

 

 

「味皇様! ジェネシスのハンバーグ、お持ちいたしました!」

 

 

 トロイメライとジェネシス、ふたつのハンバーグがテーブルの上に並べられる。

 味皇の分と丸井シェフの分で2人前。それをガン見する歩夢の視線に気づいた味皇は、苦笑して声をかけた。

 

 

「せっかくだ。歩夢くん、ここで試食していかないかね」

 

「ありがとうございますわ! お手伝いしながら、どうやってジェネシスのハンバーグを食べたものか迷っておりましたの! のんびり並んでるブラボーおじさんがうらやましすぎましたわ!」

 

 

 歓声を上げる歩夢に、丸井も苦笑するしかない。

 結局、垂目がもう一往復することになって。味皇と歩夢は、先に食べ比べることになった。

 

 

「まずはジェネシスの、阿部のハンバーグだ」

 

 

 味皇はつぶやいて、パラフィン紙を破る。

 中から出てきたのは、ビーフシチューのかかったハンバーグ。

 味皇がナイフを当てると、ハンバーグは抵抗なく切れた。だというのに、形が崩れることはない。

 

 

「これは……なんという肉の柔らかさか! パラフィン紙で包まれて、オーブンでじっくり焼かれたハンバーグは、肉汁を完全に閉じ込めている。噛めばじわりと溢れる肉汁に、極上のビーフシチューが絡み、その一体感たるや……まさに天才の仕事!!」

 

「やば、うっめーですわ! この美味さはやっべーですわ!!」

 

 

 味皇が料理を評し、歩夢が歓声を上げる。

 あまりに美味そうなので、丸井シェフが物欲しそうに指をくわえているが、ともかく。

 

 

「続いては、トロイメライ。陽一くんのハンバーグだ」

 

 

 味皇は串焼きハンバーグを手元に寄せる。

 薄切りのパンに包まれた俵型のハンバーグを串から抜いて、フォークに刺して、一口。

 

 

「これは……なんという肉汁の量! 肉は炭火で香ばしく、またふっくらと柔らかく焼き上げられ、薄切りのパンがこぼれ出る肉汁を完全に吸い取っている! 中に仕込まれたチーズが肉の味をいっそう膨らませて……なにより、味付けだ! ハンバーグに振りかけられたこれは──スパイスか!」

 

「最っ高にうっめーですわ! っと、その通り、ですわ!」

 

「コリアンダーパウダーに、クミン、ブラックペッパー……様々な香辛料が理想的に合わさって肉の旨味を極限まで引き立てている! うむ、これは──美味い!!」

 

 

 味皇が最大限の賛辞を送る。

 アニメであれば、口から光線を放ったり海の上を駆け抜けたり大阪城になってしまいそうな好反応。

 

 歩夢も驚いたこの工夫は、一雄のアイデアだ。

 もともとスパイスの扱いは本職の一雄は、ハンバーグの旨味を引き立たせるために、スパイスをふんだんに使ったハンバーグを考案した。

 ちょうど最後の味付けの部分で悩んでいた陽一は、一雄の料理にビビっときて、両方のよいところを合わせてできたのが、パン包み串焼きハンバーグなのだ。

 

 ちなみに、本来は粒胡椒を粒のままパティに貼り付けていた。

 食べる機会がなくて、ほっとするやら残念やらである。

 

 双方の料理を食べ終わって。

 歩夢と味皇は、視線を交わしてうなずきあった。

 

 言葉はいらない。勝敗は明らかだ。

 だが、味皇はそれをわかって、なお口を開く。

 

 

「……阿部二郎に、食べる者を一心に思う心があれば、結果はまた違ったのだろうか」

 

 

 それは、阿部二郎が味皇料理会にいたなら、という仮定に等しい。

 正直彼が味皇料理会に居たら、肉料理の天才、小西和也よりもひどい大喧嘩をして料理会を出ていった気もするが。

 

 

「食べる相手の心を探るのも、満たすのも技のうち。腕に驕ってそれに目を向けぬは未熟……と、味将軍さまが真に技術を求める方なら、そうおっしゃるかもしれませんわね」

 

「ふむ、料理は技術。それを究極まで求めるなら、食べる者の心に至らぬはずはないと」

 

「逆も然りではないでしょうか。料理は心。それを究極まで求めるなら、どうしても技術が必要となりますわ」

 

 

 歩夢の言葉に、味皇もうなずいた。

 

 料理は心。料理は技術。

 それは、料理に関わるあらゆる要素を究極まで削り切って、最後に残る一欠片がなにになるか、でしかない。

 

 ふたつの思想は実は似ていて……だからこそ、反発や対立が生まれるのだろう。

 まあ、そういった思想をぶつけ合うはるか手前の時点で、味将軍グループは、味皇室室長の手によって崩壊することになるのだが。

 もったいない、と思わないでもないが、どのみち味将軍グループは保たなかったと思う。主に90年代末の金融危機あたりが原因で。

 

 

 ──そういえば、大叔父様が会社を飛ばしたのもその頃ですわね。

 

 

 などと感慨に耽りながら。

 歩夢はメイド服のスカートを軽くつまみ上げて、味皇に一礼する*1

 

 

「それでは味皇さま。わたくしお仕事に戻らせていただきますわ!」

 

「うむ。大勢が決するまで、一時間はかかろうか。頑張ってきなさい」

 

 

 味皇は鷹揚にうなずいて、部屋を出る歩夢の背を見送った。

 

 ふたりの予想通り。

 この勝負はトロイメライの圧倒的勝利で終わった。

 新メニューを得たトロイメライは息を吹き返し、手間のかかる人気メニューに四苦八苦しながらも、盛況に湧いている。

 

 なお若だんなは手伝いをしてくれた仲居さんに告白して、速攻フられた。残当である。

 

 

*1
礼法の一種。カーテシー

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