TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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36 ブロッサム・ハリケーン

 

 

 サクラスターオー経過順調。年末に復帰か。

 

 そう見出しされた競馬新聞の記事を見つけて。

 歩夢はリビングのソファにゆったりと身を預けながら、微笑んだ。

 

 サクラスターオーは繋靱帯炎により、全治一年と診断されていた。

 復帰か、引退、種牡馬入りか。リハビリを続けながら、慎重に検討を重ねた結果、復帰が決まったという。

 

 馬主席でのつながりから、かねてよりうわさとしては聞いていたが、こうして記事になると、実感が湧く。

 

 

「どちらにせよ、とは思っていましたが、競馬の歴史に一石が投じられましたわ」

 

 

 後悔はない。

 自分が被るかもしれない不利益をすべて呑み込んで、歩夢はスターオーを助けたのだ。

 

 本来居ないはずの、サクラスターオーのレース参加。

 本来生まれないはずだった、サクラスターオーの産駒。

 日本の競馬史を変えた大種牡馬、サンデーサイレンスという大旋風の前では、ささいな違いでしかないのかもしれない。

 

 だが。

 

 

「スターオー様が有馬に間に合うのなら! オグリキャップ様と、タマモクロス様*1と戦う姿が見られる! ワクワクですわ!」

 

 

 歩夢はぎゅっと拳を握る。

 

 見るものを魅了するオグリキャップの物語。

 そこに加わるかもしれない、思いもしないイフの存在に、歩夢の胸は、思わず高鳴った。

 

 

 

 

 

 

 週末の喫茶店。

 一雄の新店舗の件で集まったのは、一雄と、歩夢、堺一馬、それに毛利元社長の4人だ。

 

 

「ひとまず、ハンバーグ師匠と相談しながら作ってみたけど」

 

 

 一雄が、一同に資料を回す。

 資料と言っても、メニューや店の間取り、イメージ図、周辺図くらいのものだ。

 本店──カレー専門店DHULIAを下敷きにしつつも、より小洒落た雰囲気に寄せたものとなっている。

 

 

「いまのDHULIAの客層向けに、店をイチから作るとしたら……というコンセプトですわね! 素敵だと思いますわ!」

 

「せやけど、メニューに芯がないわ。トロピカルカレーはええ。ビーフカレーもええ。カツカレーも、ライスサンドカレーもええやろ。けどいまのままやと、思いついた美味しそうなカレーがごちゃっと並んどるだけになるで」

 

 

 歩夢の言葉に照れていた一雄は、一馬の辛口の指摘に「うっ」とたじろいだ。

 

 

「店の売りをなににするか。あるいは焦点をどこに当てるか、という話ですな。まずはそこを決めましょう」

 

 

 毛利がにこやかに口を挟む。

 

 

「──もちろん店を経営する以上、客単価や原価率、回転率も大事ですが、最初から数字合わせをやっても仕方ありません。まずはとびきり魅力的な店の姿を考えてみようじゃありませんか。もちろんその中心は、料理です」

 

 

 毛利の言葉に、一雄は沈み込む。

 

 

「そうですよね……一馬君や毛利さんに、下手なものは見せられないと、そっちばかりに気が行ってたみたいです」

 

「大丈夫ですわ一雄さん! その変なとこを直すために、一馬さんや毛利さんが居るんですから──まずはめいっぱい、大風呂敷を広げましょう! エンジョイ・プランニングですわ!」

 

 

 歩夢の言葉に、一雄は「そうだね」と噛みしめるようにうなずく。

 その日から、何度か重ねられた打ち合わせは、非常に実りのあるもので。

 後日、一雄から青写真を伝えられた真船和也翁も、満足気にうなずいたという。

 

 

 

 

 

 

 3月下旬。

 一雄が新店舗の準備をじっくり進めているなかでも、歩夢の日常はあまりかわらない。

 

 

「──ご機嫌麗しゅう、ですわ皆さま方!」

 

 

 夕方、日の出食堂。

 歩夢はいつものように、店の常連に挨拶をしながら席についた。

 いつもなら陽一や法子も、笑顔で挨拶してくれるのだが、今日の二人はどこか悩ましげだ。

 

 

「おふたりとも、なにかお悩みですの?」

 

「歩夢ちゃん、それが……」

 

 

 歩夢の問いに、法子が答える。

 行基公園の桜祭りに出店しようとしたこと。

 スペースが埋まっていたが、2軒分の場所を専有する岡田屋に、片方を譲って貰おうとしたこと。

 

 

 ──あ、これ岡田屋とのお好み焼き対決ですわ! もうそんな季節ですのね!

 

 

 季節感を、主にソシャゲのイベントに依存していた歩夢は、はたと手を打つ。

 

 桜の季節だ。

 仲居さんあたりと、桜祭りに遊びに行くのもいいかもしれない。

 法子の話を聞きながら、そんな事を考えていると。

 

 

「それでね。岡田屋さんが、1軒分譲ったるから、倍の人数を呼び込めるような人気商品作ってこいって」

 

 

 ──おや?

 

 

 元の流れであれば、「定食屋が屋台でなに出すんや気の利いたもん出せへんやろ(意訳)」「舐めんなあんたレベルのお好み焼きくらいオレだって出来らぁ!(直訳)」という戦闘民族っぷりを発揮していたはずだが。

 

 

「あ。グルメ合戦で、陽ちゃんの料理の腕とか機転とかはわかってるから」

 

「そうなのよ。陽一も安請け合いしちゃって」

 

「だって、『まあ小僧にゃ出来んやろけどな』なんて言われたら、やるしかないじゃない!」

 

 

 味吉母子のやりとりに、歩夢は冷や汗をかいた。

 本来なら存在しないグルメ合戦と、そこでの岡田屋との出会いが、妙な化学反応を起こしている。

 

 

「……というかこれ、岡田屋さまにまんまと乗せられてますわよね?」

 

 

 上手くいったら1軒分で例年通りの売上が見込めるし、失敗したら2軒分のスペースが使える。

 

 

「まあそうなんだけど、こっちはこっちで場所を譲ってもらうわけだし……」

 

「ダメ元だから、損はないといえばそうなんだけど、肝心のメニューがねえ……」

 

 

 頭をかく陽一と、ため息をつく法子。

 一方歩夢も、現状を把握してた結果、内心焦りまくっている。

 

 

 ──やっべーですわ! お好み焼き勝負が消し飛んだら、陽ちゃんのお好み焼きが! ミックスふりかけトッピングの長芋牛すじ餅明太お好み焼きがーっ!!

 

 

 半分パニックになりながら、歩夢は思考を高速展開する。

 

 陽一のお好み焼きが食べられなくなるのはまずい。

 いや、いい悪いじゃなく、歩夢は絶対に食べてみたい。

 だが、お好み焼きで、岡田屋の言う条件を満たせるかというと……難しい。

 

 陽一がお好み焼きを作れば、人気商品になるのは間違いない。

 しかしそれだと、岡田屋と日の出食堂、お好み焼きの屋台が2軒並ぶことになる。

 そうなると1軒あたりの売上げは、間違いなく減るだろう。そんなこと、岡田屋が認めるとは思えない。

 

 

 ──いや、違いますわ。競合するもしないも売り方次第ですわ。

 

 

 思いついて。

 歩夢は論理を逆算で組み立てる。

 

 

「陽ちゃん。そのメニュー、お好み焼きではいかがでしょうか?」

 

「歩夢さん、さすがにオレも、そこまで岡田屋にケンカ売らないよ*2

 

「たしかに、お好み焼きの屋台の横でお好み焼きを売るのは、ケンカを仕掛けてるように思えるかもしれません……ですが、それがお客様を審査員にした味勝負であれば?」

 

 

 歩夢が水を向けると、陽一が手を打つ。

 要はグルメ合戦と同じ。味勝負をイベントに仕立ててしまえば、メニューが競合しようが人は来るし、食べ比べする人間も多いだろう。

 

 

「たしかにそれなら、お好み焼きの邪魔をしないように、とか考えなくても、美味しいものを作ればいいだけになるね!」

 

「もちろん、岡田屋さまがお受けになればの話になりますが……掛け合ってみてもよろしいのではないでしょうか?」

 

「よっし! お好み焼きで岡田屋の鼻をあかしてやるぞっ!」

 

 

 俄然やる気を出した陽一を見て、歩夢は内心ガッツポーズである。

 簡単に言いくるめられる陽一の将来が、ちょっと心配になったが、大丈夫だ。嫁さん放り出して元気に海外放浪とかやっている。

 

 ……心配したほうがいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 そして、時は流れ桜祭り当日。

 

 

「桜祭りですわー!」

 

 

 満開の桜の下。

 行基公園の入り口に立って、歩夢は両手を広げる。

 よく通る声のせいで、花見客が一斉に振り向いてしまったが、問題ない。

 

 

「歩夢さん、桜がキレイですね!」

 

 

 上機嫌で話すのは、歩夢の同行者、仲居さんである。

 休日限定で通い妻みたいなことしてくれてる女友達で、最近はすっかりファミコンにハマってしまって、メイドの次にゲームの話題が多かったりする。

 

 

「お嬢様。酔漢もおりますので、あまり目立ちませぬよう」

 

 

 ついでに同行しているのは、毛利元社長だ。

 新店舗の準備で一雄が忙しくしているので、歩夢の安全のためについてきている。

 タキシード姿なので、3人並ぶとお嬢様と執事とメイドである。仲居さんはメイド服着てないけど。

 

 ちなみに、毛利を仲居さんに紹介した時。

 

 

「歩夢さん執事を雇ったんですね! メイドもどうですか!」

 

 

 などと、仲居さんが目を輝かせたりもした。

 美食60年の資産家、飛鳥涼吉に紹介すれば、おそらく雇って貰えるが……女将さんの了解なしに、勝手に紹介も出来ない。

 

 最近多忙になってきたし、歩夢宅でハウスキーパーをやってくれるなら、ありがたいのだが。

 突然この時代にやってきた以上、突然元の時代に帰ってしまう可能性も考えられる。そうすると、仲居さんは路頭に迷ってしまう。

 

 すでに毛利でおなじ問題を抱えている以上、対策は急務だ。

 もちろん、グルメの祭典という夢があり、実現の目処も立った以上、歩夢としても、当面はこの時代を離れるつもりはないのだが。

 

 ともあれ。

 3人は花見を楽しみながら、目的の場所にたどり着いた。

 岡田屋と日の出食堂の屋台。どちらの店にも、客が列をなしている。

 

 

「さあ、いらっしゃいいらっしゃい! お好み焼きの名店、岡田屋とミスター味っ子の味勝負だ! どっちのお好み焼きが美味いか、みなさんぜひ食べ比べてください!」

 

 

 威勢のよい客引きの声。

 首尾よくお好み焼きを買えた客の、笑顔と「美味い」の声。

 

 

 ──味勝負の勝敗に関係なく……岡田屋と陽ちゃん、どっちも勝ちですわね!

 

 

 確信して、歩夢は毛利と手分けして、それぞれの店の列に並んだ。

 

 それから、しばらくして。

 

 

「うっめーですわ!」

 

 

 歩夢の歓声が、桜祭りの会場中に響いた。

 

 

 

 

 

 

 桜祭りの会場。

 離れた場所から、歩夢たちの姿をうかがう者が居た。

 ワンレンボディコンミニスカハイヒール。バブリーな衣装に身を包む美女、鷹ノ宮桜花と、その取り巻きの黒背広たちである。

 

 

「なあ桜花ちゃん。友達なんでしょ? 声掛けなくていいの?」

 

「でも、知らない子がいっしょに居るのよ……友達が知らない友達といっしょに居るとこに声かけるのって、ちょっとハードル高くない?」

 

「いや、友達の友達は友達っしょ」

 

「太郎のその考えだけは一生理解できないわ。わたし友達は独り占めしたい方だから」

 

 

 ちなみに歩夢も、友達の友達は友達理論の人だというのはともかく。

 黒背広たちは後方兄貴面しながら、歩夢に声をかけようかモヤモヤしている桜花を応援していた。

 

 

 

 

*1
サクラスターオーと同世代。古馬になって存在感を失っていくクラシック組と対象的に、1988年のG1戦線を蹂躙した、世代を代表する競争馬

*2
原作でやってます

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