TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
サクラスターオー経過順調。年末に復帰か。
そう見出しされた競馬新聞の記事を見つけて。
歩夢はリビングのソファにゆったりと身を預けながら、微笑んだ。
サクラスターオーは繋靱帯炎により、全治一年と診断されていた。
復帰か、引退、種牡馬入りか。リハビリを続けながら、慎重に検討を重ねた結果、復帰が決まったという。
馬主席でのつながりから、かねてよりうわさとしては聞いていたが、こうして記事になると、実感が湧く。
「どちらにせよ、とは思っていましたが、競馬の歴史に一石が投じられましたわ」
後悔はない。
自分が被るかもしれない不利益をすべて呑み込んで、歩夢はスターオーを助けたのだ。
本来居ないはずの、サクラスターオーのレース参加。
本来生まれないはずだった、サクラスターオーの産駒。
日本の競馬史を変えた大種牡馬、サンデーサイレンスという大旋風の前では、ささいな違いでしかないのかもしれない。
だが。
「スターオー様が有馬に間に合うのなら! オグリキャップ様と、タマモクロス様*1と戦う姿が見られる! ワクワクですわ!」
歩夢はぎゅっと拳を握る。
見るものを魅了するオグリキャップの物語。
そこに加わるかもしれない、思いもしないイフの存在に、歩夢の胸は、思わず高鳴った。
◆
週末の喫茶店。
一雄の新店舗の件で集まったのは、一雄と、歩夢、堺一馬、それに毛利元社長の4人だ。
「ひとまず、ハンバーグ師匠と相談しながら作ってみたけど」
一雄が、一同に資料を回す。
資料と言っても、メニューや店の間取り、イメージ図、周辺図くらいのものだ。
本店──カレー専門店DHULIAを下敷きにしつつも、より小洒落た雰囲気に寄せたものとなっている。
「いまのDHULIAの客層向けに、店をイチから作るとしたら……というコンセプトですわね! 素敵だと思いますわ!」
「せやけど、メニューに芯がないわ。トロピカルカレーはええ。ビーフカレーもええ。カツカレーも、ライスサンドカレーもええやろ。けどいまのままやと、思いついた美味しそうなカレーがごちゃっと並んどるだけになるで」
歩夢の言葉に照れていた一雄は、一馬の辛口の指摘に「うっ」とたじろいだ。
「店の売りをなににするか。あるいは焦点をどこに当てるか、という話ですな。まずはそこを決めましょう」
毛利がにこやかに口を挟む。
「──もちろん店を経営する以上、客単価や原価率、回転率も大事ですが、最初から数字合わせをやっても仕方ありません。まずはとびきり魅力的な店の姿を考えてみようじゃありませんか。もちろんその中心は、料理です」
毛利の言葉に、一雄は沈み込む。
「そうですよね……一馬君や毛利さんに、下手なものは見せられないと、そっちばかりに気が行ってたみたいです」
「大丈夫ですわ一雄さん! その変なとこを直すために、一馬さんや毛利さんが居るんですから──まずはめいっぱい、大風呂敷を広げましょう! エンジョイ・プランニングですわ!」
歩夢の言葉に、一雄は「そうだね」と噛みしめるようにうなずく。
その日から、何度か重ねられた打ち合わせは、非常に実りのあるもので。
後日、一雄から青写真を伝えられた真船和也翁も、満足気にうなずいたという。
◆
3月下旬。
一雄が新店舗の準備をじっくり進めているなかでも、歩夢の日常はあまりかわらない。
「──ご機嫌麗しゅう、ですわ皆さま方!」
夕方、日の出食堂。
歩夢はいつものように、店の常連に挨拶をしながら席についた。
いつもなら陽一や法子も、笑顔で挨拶してくれるのだが、今日の二人はどこか悩ましげだ。
「おふたりとも、なにかお悩みですの?」
「歩夢ちゃん、それが……」
歩夢の問いに、法子が答える。
行基公園の桜祭りに出店しようとしたこと。
スペースが埋まっていたが、2軒分の場所を専有する岡田屋に、片方を譲って貰おうとしたこと。
──あ、これ岡田屋とのお好み焼き対決ですわ! もうそんな季節ですのね!
季節感を、主にソシャゲのイベントに依存していた歩夢は、はたと手を打つ。
桜の季節だ。
仲居さんあたりと、桜祭りに遊びに行くのもいいかもしれない。
法子の話を聞きながら、そんな事を考えていると。
「それでね。岡田屋さんが、1軒分譲ったるから、倍の人数を呼び込めるような人気商品作ってこいって」
──おや?
元の流れであれば、「定食屋が屋台でなに出すんや気の利いたもん出せへんやろ(意訳)」「舐めんなあんたレベルのお好み焼きくらいオレだって出来らぁ!(直訳)」という戦闘民族っぷりを発揮していたはずだが。
「あ。グルメ合戦で、陽ちゃんの料理の腕とか機転とかはわかってるから」
「そうなのよ。陽一も安請け合いしちゃって」
「だって、『まあ小僧にゃ出来んやろけどな』なんて言われたら、やるしかないじゃない!」
味吉母子のやりとりに、歩夢は冷や汗をかいた。
本来なら存在しないグルメ合戦と、そこでの岡田屋との出会いが、妙な化学反応を起こしている。
「……というかこれ、岡田屋さまにまんまと乗せられてますわよね?」
上手くいったら1軒分で例年通りの売上が見込めるし、失敗したら2軒分のスペースが使える。
「まあそうなんだけど、こっちはこっちで場所を譲ってもらうわけだし……」
「ダメ元だから、損はないといえばそうなんだけど、肝心のメニューがねえ……」
頭をかく陽一と、ため息をつく法子。
一方歩夢も、現状を把握してた結果、内心焦りまくっている。
──やっべーですわ! お好み焼き勝負が消し飛んだら、陽ちゃんのお好み焼きが! ミックスふりかけトッピングの長芋牛すじ餅明太お好み焼きがーっ!!
半分パニックになりながら、歩夢は思考を高速展開する。
陽一のお好み焼きが食べられなくなるのはまずい。
いや、いい悪いじゃなく、歩夢は絶対に食べてみたい。
だが、お好み焼きで、岡田屋の言う条件を満たせるかというと……難しい。
陽一がお好み焼きを作れば、人気商品になるのは間違いない。
しかしそれだと、岡田屋と日の出食堂、お好み焼きの屋台が2軒並ぶことになる。
そうなると1軒あたりの売上げは、間違いなく減るだろう。そんなこと、岡田屋が認めるとは思えない。
──いや、違いますわ。競合するもしないも売り方次第ですわ。
思いついて。
歩夢は論理を逆算で組み立てる。
「陽ちゃん。そのメニュー、お好み焼きではいかがでしょうか?」
「歩夢さん、さすがにオレも、そこまで岡田屋にケンカ売らないよ*2」
「たしかに、お好み焼きの屋台の横でお好み焼きを売るのは、ケンカを仕掛けてるように思えるかもしれません……ですが、それがお客様を審査員にした味勝負であれば?」
歩夢が水を向けると、陽一が手を打つ。
要はグルメ合戦と同じ。味勝負をイベントに仕立ててしまえば、メニューが競合しようが人は来るし、食べ比べする人間も多いだろう。
「たしかにそれなら、お好み焼きの邪魔をしないように、とか考えなくても、美味しいものを作ればいいだけになるね!」
「もちろん、岡田屋さまがお受けになればの話になりますが……掛け合ってみてもよろしいのではないでしょうか?」
「よっし! お好み焼きで岡田屋の鼻をあかしてやるぞっ!」
俄然やる気を出した陽一を見て、歩夢は内心ガッツポーズである。
簡単に言いくるめられる陽一の将来が、ちょっと心配になったが、大丈夫だ。嫁さん放り出して元気に海外放浪とかやっている。
……心配したほうがいいのかもしれない。
◆
そして、時は流れ桜祭り当日。
「桜祭りですわー!」
満開の桜の下。
行基公園の入り口に立って、歩夢は両手を広げる。
よく通る声のせいで、花見客が一斉に振り向いてしまったが、問題ない。
「歩夢さん、桜がキレイですね!」
上機嫌で話すのは、歩夢の同行者、仲居さんである。
休日限定で通い妻みたいなことしてくれてる女友達で、最近はすっかりファミコンにハマってしまって、メイドの次にゲームの話題が多かったりする。
「お嬢様。酔漢もおりますので、あまり目立ちませぬよう」
ついでに同行しているのは、毛利元社長だ。
新店舗の準備で一雄が忙しくしているので、歩夢の安全のためについてきている。
タキシード姿なので、3人並ぶとお嬢様と執事とメイドである。仲居さんはメイド服着てないけど。
ちなみに、毛利を仲居さんに紹介した時。
「歩夢さん執事を雇ったんですね! メイドもどうですか!」
などと、仲居さんが目を輝かせたりもした。
美食60年の資産家、飛鳥涼吉に紹介すれば、おそらく雇って貰えるが……女将さんの了解なしに、勝手に紹介も出来ない。
最近多忙になってきたし、歩夢宅でハウスキーパーをやってくれるなら、ありがたいのだが。
突然この時代にやってきた以上、突然元の時代に帰ってしまう可能性も考えられる。そうすると、仲居さんは路頭に迷ってしまう。
すでに毛利でおなじ問題を抱えている以上、対策は急務だ。
もちろん、グルメの祭典という夢があり、実現の目処も立った以上、歩夢としても、当面はこの時代を離れるつもりはないのだが。
ともあれ。
3人は花見を楽しみながら、目的の場所にたどり着いた。
岡田屋と日の出食堂の屋台。どちらの店にも、客が列をなしている。
「さあ、いらっしゃいいらっしゃい! お好み焼きの名店、岡田屋とミスター味っ子の味勝負だ! どっちのお好み焼きが美味いか、みなさんぜひ食べ比べてください!」
威勢のよい客引きの声。
首尾よくお好み焼きを買えた客の、笑顔と「美味い」の声。
──味勝負の勝敗に関係なく……岡田屋と陽ちゃん、どっちも勝ちですわね!
確信して、歩夢は毛利と手分けして、それぞれの店の列に並んだ。
それから、しばらくして。
「うっめーですわ!」
歩夢の歓声が、桜祭りの会場中に響いた。
◆
桜祭りの会場。
離れた場所から、歩夢たちの姿をうかがう者が居た。
ワンレンボディコンミニスカハイヒール。バブリーな衣装に身を包む美女、鷹ノ宮桜花と、その取り巻きの黒背広たちである。
「なあ桜花ちゃん。友達なんでしょ? 声掛けなくていいの?」
「でも、知らない子がいっしょに居るのよ……友達が知らない友達といっしょに居るとこに声かけるのって、ちょっとハードル高くない?」
「いや、友達の友達は友達っしょ」
「太郎のその考えだけは一生理解できないわ。わたし友達は独り占めしたい方だから」
ちなみに歩夢も、友達の友達は友達理論の人だというのはともかく。
黒背広たちは後方兄貴面しながら、歩夢に声をかけようかモヤモヤしている桜花を応援していた。