TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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37 未来のオペラグラス

 

 

 あたたかい春の夜。

 湯船に浸かってリラックスしながら、歩夢は考える。

 

 

 ──いま、自分が居なくなったら。

 

 

 望んでは居ないが、万一のためにも考えておくべきだろう。

 

 エロ本同盟のみんなはいい。

 もちろん寂しがらせたり、悲しがらせたりはしてしまうだろうが、みんな経済的に独立していて、生活に困ることはないだろう。

 

 問題は毛利元社長だ。

 現状、彼は歩夢が借りたワンルームマンション暮らし。

 加えて生活費も与えている。それ以上に働いてもらっているものの、客観的にはヒモである。

 

 といっても、彼のことは永田社長も欲しがっている。

 たとえ歩夢が突然この時代から消えたとしても、生活には困らないかもしれない。

 

 

「……でも、毛利さんは、わたくしが消えたら、すべてうっちゃって地の果てまで探しに行きそうなんですわよね」

 

 

 崖っぷちの状況で助けたからか、いまの彼は、忠誠心が天元突破してそうな怖さがある。

 そうなると、また自分から全力で落ちぶれかねない。

 

 

「やっべーですわ。これ解決法がわかりませんわ……」

 

 

 顔を半分湯船に浸けて、ぶくぶくしながら悩む。

 

 まあ、アレだ。

 歩夢がちゃんと一家を立てれば、毛利も「お嬢様が遺したものを守っていく!」みたいな感じにならないだろうか。なると信じたい。

 

 この場合の一家は、家庭を持つという意味ではない。

 当主が歩夢、執事に毛利とかそんなイメージである。

 さすがに結婚は……いまの性別だと、相手が男になってしまうのが困ったところだ。

 

 

「まあ決心がついたところで、今日明日に旦那様が生えるわけでもありませんし、考えても仕方がありませんわね」

 

 

 自分が居なくなっても、一家の体裁が保てる仕組みを考えてみる。

 資産管理会社を作って、そこに毛利を突っ込んで……そうすればとりあえず、生活に困ることはないだろう。

 

 

「でも、飲食チェーン運営出来る人材を飼い殺してしまいますわね」

 

 

 歩夢の夢であるグルメの祭典の運営もできる人材だが、あくまで単発のイベント。

 基本的には金の暴力で実現させようとしてるので、継続化、収益事業化しようと思ったら相当な労力が要るし、毛利の適性ともズレるだろう。

 

 現在一雄の新店舗のアドバイスをしつつ、グルメの祭典に関わる各種数字を見積もって貰っているのだが。

 

 

「飲食店相手のコンサルなんか、面白いかもしれませんわね。たぶん向いてらっしゃいますわ……そのあたり、実態はともかく、形式だけは先に整えておいてもいいかもしれませんわね」

 

 

 考えがまとまったところで、湯船から立ち上がる。

 肌が水を弾いて流れていく。立て板に水である。お湯だけど。

 

 

「毛利さんがきっちり家を守ってくれるなら、仲居さんのことは彼にお願いできますわね。彼女の身が立つようにお願いしておけば……仲居さんをお迎え出来ますわね。それも、女将さん次第ですけれど」

 

 

 風呂場から洗面所に出て、歩夢は鏡を見た。

 整った顔立ち、美しい髪、なだらかな胸、はっきりとしたくびれ、大きなお尻。

 

 いつの間にかこの姿に違和感を覚えなくなった。

 なんなら男だったときの自分の姿を忘れてきている。自撮りとかしないし。

 男だった自分を忘れていても、だからといって女の意識が芽生えたとかそんなことはなく、ただただ適応したってのが実情だろう。

 

 

「まさになるようになった、ってやつですわね。毛利さんや仲居さんのことも、きっとなんとかなりますわ!」

 

 

 準備はする。だが憂いはしない。

 なにより。自分がいなくなった皆の想像をするより、みんなといっしょに笑ってる未来を想像するほうが楽しい。

 

 

「毛利が居て、仲居さんが居て、そこにわたくしが居る。いまはそういう楽しい家庭づくりを考えましょう!」

 

 

 信頼はされていても、経済的に独立している一雄が悲しみを背負ったのはともかく。

 歩夢は、鏡の前でわくわくを握りしめた両拳を天に向けた。揺れなかった。

 

 なお会社づくりの手続きは毛利にぶん投げた。

 

 

 

 

 

 

「さて、皆さま! 本日はお集まりいただきありがとうございますわ!」

 

 

 まるで大白鳥のように。歩夢は両手を広げた。

 

 場所は料亭むらた。

 集まったのは、歩夢と永田社長、飛鳥涼吉。

 それから、席からは外れて控えているのは毛利元社長。

 歩夢が考える、食の一大イベント。その悪だくみ仲間たちだ。

 

 加えてもう一人。

 30半ばの、心臓黒そうな恰幅のいい男──先日貴彦のパーティで意気投合した資産家の西京極だ。

 その時、食の一大イベントの話にも触れたのだが、目を輝かせて「混ぜてぇな!」と詰め寄ってきたので、永田社長と飛鳥涼吉に了解を取って仲間入りを果たしている。

 

 富士額のおっさんが1人、ヒゲのおじいちゃんが1人、ヒゲのおっさんが1人、太ったおっさんが1人。

 コレクションしてるのかなってくらいおっさんだらけであるが、全員社長だったり資産家だったりするから仕方ない。毛利は元だが。

 

 歩夢は一同にぐるりと視線を回して、口を開く。

 

 

「今回は、西京極さまに悪だくみに加わっていただき、また元ジェネシスのオーナー社長、毛利さんがわたくしの下で、実務全般を取り仕切っていただくことになりましたので、紹介いたしますわ」

 

「あらためて、よろしくたのんます」

 

「ご紹介に預かりました毛利です。お嬢様の下、イベント成功に向け、邁進する所存でございます」

 

 

 西京極が、続いて毛利が頭を下げると、残る2人は鷹揚にうなずいた。

 

 

「あらためて、イベントについて説明させていただきますわ!」

 

 

 そして、本題だ。歩夢は熱を込めて一同に語る。

 永田社長や飛鳥涼吉にはすでに企画書は渡しているので、主に西京極への説明である。

 

 

「イベント名は、クッキングフェスティバル! 腕に覚えのある、全国の料理人を集めて催す味の祭典ですわ!」

 

「うんうん。ええやないか……でもせっかく全国から腕利きの料理人が集まるんや。味勝負はせえへんのか?」

 

 

 西京極が尋ねてくる。

 

 料理人が2人……勝負でしょう。

 みたいな感覚だが、娯楽として考えるならそれも間違ってない。

 

 

「そうですわね。一応売上的なものは集計、発表する予定ですわ!」

 

「的なもの、てどういうことなんや?」

 

「はいですわ! その疑問に答えるために、これを説明しなくてはいけませんわね! このイベントでは、イベント内通貨を用いる予定なのですわ!」

 

 

 歩夢は説明する。

 イベントでのみ通貨として使えるコインを会場で発行する。

 たとえば500円で1枚のコインが買えるとして、それで料理を買うのだ。

 

 

「となると、価格設定は500円刻みになるんか」

 

「1000円刻みですと最低価格が高すぎますし、100円刻みですと管理が大変になります。このあたりがよろしいかと」

 

「だが、腕利きの料理人が集まって、500円の料理作るちゅーのも殺生な話やで。もっと10万とか100万とかあってもええんやないか?」

 

「はいですわ! ですのでその場合、価格設定を200コインとか2000コインとかで出して貰ってもいいと思いますわ!」

 

 

 西京極の疑問に、歩夢は答える。

 未来で月イチとはいえ、1食1000万円以上の料理を食べる彼らしい意見だ。

 まあ、採算が見込めるなら、高額料理でもなんでも、どんどん出していって欲しい。というか歩夢も食べてみたい。

 

 

「仕組みはわかった。料理人はどうやって集めるんや?」

 

 

 西京極は質問を続ける。

 これも当然の疑問だろう。

 

 

「目星をつけた料理人に参加要請……だけでは、おそらく軒数が足りないでしょうし、それに加えて一般公募でしょうか?」

 

「一本釣りで足りないて……いったい何軒くらい集めるつもりなんや」

 

「そうですわね! 100や200は欲しいかなって思ってますわ!」

 

「ごっついな。場所も広いとこ要るやろ。どこにするつもりや」

 

「いくつか候補は考えております。お渡しする資料に添付しておりますわ」

 

 

 場所選びはなかなか難しい。

 融通のきく関陽公園あたりを借りてやってもいい気がするが、来場者数を多めに見積もるなら、もっと人の流れのいい場所を選ぶべきかもしれない。

 

 

「ええんやないか? おもろそうな事やってテレビが騒げば人は来るやろ。それはそれとして、一般公募は……これテキ屋が入ってこんか?」

 

「ああ、シノギ*1の場として目をつけられますのね」

 

 

 といっても、暴対法*2もないこの時代で、単発のイベントだ。

 別にいいっちゃいいのだが、せっかくのイベントに、あんまり原価率下げたものをお出しされても面白くない。

 

 

「──なら参加資格に、営業実態のある実店舗を持っていること、とするのはいかがでしょうか」

 

 

 少し考えて、歩夢が提案すると、飛鳥良吉が「いや」と声を上げた。

 

 

「それでは、たとえば出張料理人のような、実店舗を保たない者などは選に漏れるんじゃなかろうか」

 

 

 彼が見込んでいる出張料理人、【久島建男】を念頭に置いてのことだろう。

 ほかにも料理評論家の【高平謙】や料理研究家の【江川洋子】が選に漏れる。当然、歩夢としても彼らが参加できない、なんて事態は避けたい。後者2人は実際来てくれるかは怪しいけど。

 

 

「なら特別推薦枠を作りますか。わたくしたち各々が、これと見込んだ方を一人づつ推薦する、みたいな」

 

 

 歩夢が提案すると、飛鳥涼吉は苦笑した。

 

 

「目当ての者が居ると見抜かれておったか」

 

「ですわね。その方の参加を、楽しみにしておりますわ」

 

 

 歩夢が笑って。

 今度は永田社長が手を上げる。

 

 

「歩夢くん。イベントに関しては、私が付け加えることはない。手が必要であれば言ってくれたまえ……しかし、それとは別に、ひとつ、大きな問題があるようだ」

 

 

 永田社長が言わんとしていることを察しているのか、飛鳥涼吉と西京極がうんうん、とうなずく。

 

 

「それは、なんでしょうか?」

 

「それはだね……イベントで出されるとびきりの料理が、私たちの口に入らない、ということだよ」

 

 

 買って食べるにしても、食べきれないしね。と結んだ永田社長に、残る2人はまたうんうん、とうなずく。

 言われてみれば納得の問題だ。

 

 

「そうですわね。会期は3日間を予定しておりますが、それでも食べきれませんわよね……それでは、上位入賞の料理人の方々をお招きして、料理会を開きましょうか」

 

 

 歩夢は提案してみる。

 全員は無理でも、それなら人気の料理を食いっぱぐれる、なんて事態は避けられる。

 

 

「それはいい。楽しみだ」

 

 

 永田社長が、手を打った。

 飛鳥涼吉も、西京極も、我が意を得たりとうなずいた。

 

 それから。

 話が一段落したので、食事に比重が移る。

 そんななか、飛鳥涼吉が不意に笑顔をこぼした。

 

 

「……しかし、ふふ。こういう悪だくみは、年甲斐もなくワクワクするな」

 

「飛鳥さんもでっか。ワシもですわ」

 

 

 西京極が応じて。

 永田社長も同意なのか、3人は笑顔を向けあう。

 

 

「もちろん、わたくしもですわ!」

 

 

 最後に歩夢、両手を広げて主張した。

 

 ちなみに。話が終わった後、ちゃんと毛利も同じ食事にありつけた。

 

*1
暴力団などが収入を得るために使う手段

*2
暴力団対策法

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