TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
4月も半ばになった、ある日の昼下がり。
安生歩夢は行きつけの駄菓子屋で、むっちゃ困っていた。
ヨーグルやぶどうガムを補充するついでに、なんとなく買ったビックリマンチョコ。
店の外で、子どもたちが封を開け、中のシールを見て一喜一憂している中で、「お姉さんはなにが当たったの?」と聞かれて、彼らの前で開けてしまったのがよくなかった。
出てきたのは、当たりを示すホログラムシール──14弾ヘッド、聖神ナディア。
子どもたちは心のなかで泣いた。
買い占め対策で、ビックリマンチョコは、3つまでしか買えないと決まっている。
限られた小遣いでこつこつと買い集めてきたビックリマンシール。天使だ悪魔だお守りだと一喜一憂する中、この大人のお姉さんは、たったひとつ買っただけで、封入率2%と言われるヘッドシールをかっさらっていったのだ。
「お姉さんズルい!」
「見せて! 見せて!」
「なんで? なんで? お姉さんすげー!」
「おっぱいちいさいのに!」
歩夢は困った。
ビックリマンシールを収集しているわけじゃないので、あげてしまってもいいのだが、その場に居合わせた子供は4人。戦争になる。
──いや、あげるのも悪手かもしれませんわ。どうやってこの場を収めましょうか。
歩夢が、子どもたちの圧に耐えながら思案していたところに。
ちょうどいいタイミングで、ガンダム号*1に乗った陽一がやってきた。
「歩夢さん、どうなってんの?」
子どもたちに集られてる歩夢を見て、陽一が呆れた顔を向ける。
──なんか前にもこんなことあった気がしますわ!?
既視感を覚えながら、歩夢は陽一に事情を話して助けを求める。
陽一は14歳。
2年と1ヶ月前はランドセルを背負っていた年齢だ。
子どもたちとも感覚が近いはず。そう思ってのことだったが。
「ああ、ビックリマン。子どもたちみんな集めてるよね」
なんか自分は卒業しましたよ、みたいな雰囲気で話しだした。
世代的に、ハマるタイミングを外してるのと、大人ぶりたい年頃なのかもしれない。
ファミコンやゲームボーイやアイドルに夢中になってる実態を知ってる歩夢には、微笑ましいものとしか映らないけど。
「みんな熱中して集めてますのよ! すばらしいことだと思いますわ!」
歩夢で言えば、あれだ。ガチャだ。
引換券でお迎えしたサイレンススズカはともかく、サクラローレルをお迎えできたあの日の幸福感は、いまでも忘れられない。
そう考えて、気づいた。
子どもたちにとってビックリマンシールは大切な宝物だ。
その宝物を安く扱う真似をされれば、ムカつくし傷つく。ただあげるだけではダメなのだ。
「……よし、じゃあお前ら、オレが公平な勝負を考えてやるよ。みんなついてきな!」
歩夢の主張に、ため息をついて。
陽一は自転車を押しながら、子どもたちに声をかける。
向かった先は、日の出食堂。準備中の店内に全員入らせると、陽一は割り箸立てから何本か割り箸を引き抜いて、細工し始めた。
「王様ゲームですわね!」
「王様ゲームってなにさ」
「くじを使って王様を決めて、くじにあらかじめ振られた番号を指名して命令するゲームですわ! アニメのP4*2で見ましたの! やってみたいと思ってましたわ!」
「P4ってなんなの!?」
飲み会や合コンで定番のパーティゲームなのだが、歩夢の認識が悲しい。
ちなみに、ペルソナシリーズの第一作、女神異聞録ペルソナが発売されたのは1996年のことである。
「違うよ。これは、こうして……」
言って陽一は、5本の割り箸を握り込む。
「歩夢さんも含めて、全員でくじを引いて、当たった奴がシールを貰えるって寸法さ!」
「わたくしもですの?」
「歩夢さんにとっても、大事なシールだもんね!」
陽一は、そう言って目配せする。
言われて納得した。
このシールは、歩夢にとっても大事なシール。
だからただあげるんじゃなく、歩夢自身も争奪戦に加わる。
ビックリマンに関心はなくても、陽一は子供心をわかっているのだ。
──すばらしいですわ陽ちゃん!
陽一を称賛しながら、歩夢は満面の笑顔を子どもたちに向ける。
「さあ、そうと決まれば、わたくしも遠慮はいたしませんわよ! キッズたち、いざ勝負! ですわ!」
怪鳥のごとく構えて、歩夢は宣言した。
そして。
「わたくし大勝利ですわー!」
どうして。と心のなかでくずおれながら、歩夢はガッツポーズする。
派手に喜ぶ歩夢に、子どもたちは拍手を送った。
「お姉さんおめでとう!」
「お姉さんつえー!」
「勝負で負けたら仕方ないよな」
「お姉さんの体型ってちょっと土偶っぽいよね」
聖神ナディアは土偶がモデルの女神だというのはさておき。
キュ、キュッ、ボーンが土偶かどうかもさておき。
「さあ、ビックリマン争奪戦が終わったところで……キッズたち、王様ゲームをやってみませんこと!?」
歩夢は王様ゲームに興味津々だ。
あきれる陽一を尻目に、歩夢と子どもたちは王様ゲームを始めた。
べつにエッチな命令とかはなかったが、それはそれとして子どもたちの性癖は歪んだ。
◆
子どもたちが帰ってから、しばらく。
歩夢はカウンター席でまったりしながら、開店準備をする陽一と雑談していた。
「そういえば、歩夢さん。しばらく忙しそうだったけど、ちょっと落ち着いた?」
「そうですわね。いろいろとやることが多かったですけど、毛利さんが来てくれたお陰で、ずいぶん楽になりましたわ」
グルメの祭典、クッキングフェスティバルの段取り。
歩夢がこの時代に一段深く根を張るための家──会社づくり。
毛利が実務をこなしてくれたので、どちらも一段落ついた。おかげで歩夢もこうしてゆっくりしていられるのだ。
ちなみに毛利のことは、歩夢の執事として、すでに陽一に紹介している。
ジェネシスの社長として対立しただけに、最初は驚いたり警戒したりしていたものだ。
「でも歩夢さん。毛利さんをそこまで信じていいの?」
「いまの毛利さんは信頼出来ますわ!」
歩夢は自信たっぷりだ。
最底辺に落ちぶれていたところを救い上げられた恩義もあって、毛利の忠誠心は非常に高い。
加えて、毛利は歩夢の庇護下で初めて表に立てる状態なので、精神的にも物理的にも裏切りようがない。
「といっても、さすがに手綱はわたくしが握っておりますけどね」
「まあ、そりゃそうだろうね」
歩夢の言葉に、陽一は同意する。
「人を使う」ことと「人任せ」とは違う。
歩夢は毛利の主であり、安生家の長なのだから、抑えるべき点は抑えておく必要がある。
まあ、そのあたりは門前の坊主だ。やってできないことはない。
春の繁忙期を過ぎれば、仲居さんがメイドとして家事をやってくれる事になったので、負担はさらに軽くなる。仲居さんはひとまず兼業だ。
「まあそんなわけで、いまのわたくしには、ゲームをしたり競馬に行ったり駄菓子屋で買い食いしたりキッズたちと遊んだりする時間があるんですわ!」
「ダメな大人すぎる……」
台詞だけ聞くと、本当にダメな大人である。
陽一が、14歳にして日の出食堂の切り盛りをしているだけに、余計にそう感じる。
「それは置いておいて……陽ちゃんのほうは、最近変わったこととかありませんの?」
「こっちは無いかなー。学年が上がって……あ、ドラクエ3はクリアしたよ!」
「おめでとうございますわ! リムルダール*3でひたすらはぐれメタル*4狩りしてた甲斐がありましたわね!」
「ありがとう! ゾーマの城に入ってからの謎解きとか連戦が本当にキツかったよ! それだけにエンディングとか感動しちゃってさ! 楽しかった!」
熱っぽく語る陽一に、歩夢は笑顔になる。
ちなみにエロ本同盟の久保マモルもドラクエ3をプレイしていたが、あぶないみずぎ*5を買うためにひたすら金策に奔走していて、最近ようやくボストロールを倒せたらしい。
それから、しばらくドラクエ談義に花を咲かせていると。
「おう陽ちゃん! ちょいとビールとつまみ頼まあ! っと、歩夢ちゃん、今日は早えな!」
「角屋のご隠居さま! ご機嫌麗しゅう、ですわ!」
開店前に、常連さんが入り込んできた。
「ご隠居! まだ店開いてないよ?」
「堅ぇこと言うなよ陽ちゃん。な? な?」
「……ったく。母さーん! ご隠居にビールとこれ持ってって!」
陽一の声に、母の法子が「はーい」と応じ、奥からぱたぱたとやってきた。
一杯目を飲み干した棟梁がいい感じになってきた頃、日の出食堂の暖簾が上がる。
誘われるように、客が入り始めた。歩夢にとって、ほとんどが顔見知りだ。
「よう、歩夢ちゃん! 今日もべっぴんさんじゃのう!」
「歩夢ちゃん、お疲れ!」
「ふう、今日も筋肉が鍛えられた……あ、歩夢さん、ごきげんようっス!」
そんなひとりひとりと挨拶を交わして。
歩夢は陽一に、今日の夕食──お好み焼きとご飯を頼んだ。
みんなが奇異の目で見てくるが、歩夢にとっては違和感のない組み合わせだ。
お好み焼きは、岡田屋との味勝負で出したもの。
長芋を皮にして、たっぷりのキャベツ、具には牛すじ肉とこんにゃくの甘煮。
餅でボリュームを出し、味のアクセントとしてほぐした明太子。甘めのソースに少量振りかけられた、多種多様のふりかけを混ぜ合わせたもの。
「複雑」、に「怪奇」とつけたくなる取り合わせだが、そこはミスター味っ子。
ソースと皮、キャベツ、そして数々の具材。ひとつひとつの独創的な調味が、見事にひとつにまとまっている。
「あらためて、うっめーですわ!」
お好み焼きをおかずにご飯を食べる歩夢に、みんな複雑そうな表情になったが、歩夢は最高に幸せそうだ。
◆
日の出食堂からの帰り道。
常連のあんちゃんたちに気にかけられながら、歩夢は家路につく。
歩きながら考えるのは、未来のこと。
4月末には駅弁勝負。
おそらく5月には味皇グランプリ。
味っ子の物語はここからが佳境だ。というか時系列で並べるとうまく収まらないレベルの過密スケジュール。
その間に陽一は、数々のライバルたちと戦うことになる。
中でも素材の魔術師【中江兵太】。皇帝の料理番劉家の後継【劉虎峰】のふたりの少年料理人は、堺一馬と並んで陽一の終生のライバルとなるのだ。
──おふたりとも、いまお声がけしても、クッキングフェスティバルに参加いただくのは難しいかもしれませんわ。
でも、陽一と勝負した後ならば。
陽一が、先に参加してくれるならば。
引っ張ってこれる見込みは、充分にある。ほかのライバルたちもだ。
「よっしゃ! やってやりますわ!」
薄暗くなった空に向けて、歩夢は拳を突き上げる。
奇行といえば奇行だが、いつものことなので、みんな生暖かい目で見ている。