TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
歩夢が旅館に帰ると、すでに午後1時近くになっていた。
ひとまず部屋に荷物を置いて、昼食のため、ふたたび外出した。
いいお店がないかと、気の向くまま探していると、味っ子で見覚えのあるお店が、チラホラと目につく。
「にぎり寿司コンテストの【寿司虎】ですわ! お好み焼き勝負の【岡田屋】ですわ! でもおろしたての服でお好み焼き屋に行く勇気はありませんわ! 後日マイエプロンと【権三箸】*1を用意して
虎の顔が付いた独特な看板の、派手派手しい寿司屋を指さし宣言して。
歩夢はふと自分の言動を振り返る。
「……金銭感覚がもうバブル時代の
おい、マガジンの話しろよ。
「……というか稲荷町に寿司虎があるってことは、地味に漫画版確定ですわね!」
アニメ版の寿司虎は石川県金沢市にある。漫画版との明確な差異だ。
歩夢としては一度に8貫もの寿司を握る必殺のマッハ握りも見てみたかったが、こちらはこちらで楽しみだ。
「たのもー! ですわ!」
歩夢は挨拶をぶちかましながら店に入る。
昼もだいぶ回っているというのに、店内は盛況だ。
対応した店員は、歩夢の身なりを見て、金は持ってると判断したのだろう。カウンター席に案内する。
──マジで【寿司虎】ですわ。できれば【ゴッドハンドな親方】に握ってほしかったですけれど……まあ板前さんで勘弁して差し上げますわ。
「お客さん、なんにいたしやす?」
「上にぎりで、お願いいたしますわ」
特上を頼んでも、コンテストに出ていたような松茸の握りなんかは、季節も外れているから出てこないだろう。
ならここは、陽ちゃんが偵察に来たときに頼んでいた上にぎりを頼むのが「通」ってものだろう。
ほどなくして、寿司下駄に並べられた寿司が出てきた。
イクラにエビ、穴子、巻き物、赤身、トロ、イカ、コハダ……
──漫画で見た【寿司虎】の上にぎりですわ! マジでテンション上がりますわ!
手を合わせてから、赤身をひっ掴んでネタに醤油をつけ、口の中に放り込む。
──さっすが、いいネタ仕入れてますわ! うっめーですわ!
心の中で快哉を叫びながら、手早く次の握りに移る。
コハダもイカもエビもイクラも穴子もトロも巻き物も……ひとつひとつ味わいながら、歩夢は「うっめーですわ!」と舌鼓を打つ。
──親方が握ればさらに美味くなるんでしょうか……ぜってーまた来てやりますわ!
お茶で喉を潤しながら、感嘆の一息をついて。
歩夢は手早く勘定を済ませて、寿司虎を出た。
◆
「はあ……」
【カレー専門店DHULIA】の調理場。
ルーの入ったズンドウをかき混ぜながら、若旦那の一雄はため息をついた。
「ちょっと一雄、昨日からどうしたのさ。やる気ないのはいつものことだけど、輪をかけてぼーっとしちゃって」
「いつもは余計だよ母ちゃん──はあ……」
心配して声をかけてきた母親に力なく返して、一雄はまたため息をつく。
ぼうっとしている。仕事に身が入らない。
当然だろう。それくらい、昨日の出会いは衝撃的だった。
安生歩夢。
自称タイムトラベラーの、スーツ姿のお嬢様。
男装に近い装いの上に、言動がぶっ飛んでいて、行動は破天荒。
かっ飛んだキャラを演じているが、ふとした仕草から、育ちの良さを感じさせる。
彼女は2023年から来たと言っていた。
その証明とでも言うように、競馬場で馬券をすべて的中させた。
あんな真似をされては、未来から来たなんて与太話でも信じないわけにもいかない。
まあ、美人の言葉を信じないなどという選択肢は、一雄にはそもそもないのだが……
ともあれ、馬券の1件は、一雄にとって衝撃的だった。
なにせ軽い気持ちで賭けた1000円が、あっというまに100万円を超えてしまったのだ。あれには……痺れた。
一雄は思う。
彼女は美人だ。できるものならつき合いたい。
だけどそれ以上に、「この子についていけば、退屈な毎日が、何か変わるんじゃ」と期待してしまう。
つかみどころがない。いい年してふわふわした生活してる。仕事をほったらかして毎日遊び歩いてる。バカ旦那。
仕方ないじゃないか。毎日が退屈なんだから。彼女と居ると、それが忘れられる。
「はあ、はやく日曜になんねえかな……」
日曜日になれば歩夢に会える。
そうしたら、今度はどんなワクワクを見せてくれるんだろう。
そう考えると、6日という時間がとても長く感じる。心が未来に囚われて、仕事がてんで身に入らない。
そんな感じで、日がな一日ぼーっとしていると。
「わたくし、参上! ですわ!」
ふいに店の方から、聞き覚えのある声が耳に入った。
「あら、お客さんだわ。はーい、いらっしゃいませ──」
接客に出る母親を追い越して、一雄は調理場から飛び出した。
「あっ、歩夢ちゃん!?」
「一雄さん、昨日ぶりですわね!」
歩夢の姿を見て、一雄は思わず固まった。
昨日のスーツじゃない。
どこから見てもお嬢様って感じの、フリルつきのワンピース姿。
両手を腰に当てて小さな胸を反らす。自信にあふれたその姿は、天下無敵の可愛さだ。
「そのかっこ……いや、どうしてここに?」
「服を買って昼は【寿司虎】に行ったんですけれど……粋がってぱっと食ってさっと店を出たせいで、ぜんぜん食い足んねぇと思ってたら、一雄さんの店を見つけたんですわ! カレーライス一人前、所望ですわ!」
「わかったよ! ちょっとまってて!」
注文を受けて、一雄は急いで調理場に戻る。
気合を入れてカレーを盛り付ける一雄に、母親がにやりと笑った。
「日がな一日魂が抜けたようになってたと思ったら……そういうことだったんだね」
「な、なんだよ母ちゃん……」
「べーつーに? トレンディドラマみたいでいいんじゃないかって母ちゃんは思うよ。早くくっついて身を固めておくれ。そしたらあんたもちっとは落ち着くだろうし」
「ばっ──歩夢ちゃんはそんなんじゃねえって!」
反論しながら、一雄はカレーを盛り付ける。
その丁寧さは、いつもの一雄とは比べ物にならない。
だから母ちゃんはお見通しだよと、母親はニヤついた。
「うっめーですわ!」
「だろっ!」
◆
「っはー! 今日は楽しかったですわー!」
帰ってきた歩夢は、畳の上で大の字になった。
一雄のカレー屋で食事を終えた後、偵察がてら商店街をのぞいて、ついでに生活必需品で足りないものがないか、見て回った。
それから、いい時間になったので、日の出食堂で親子丼を食って帰ってきたのだが……料理に買い物に、思い切り楽しんだ一日だった。
おかげで衣食住の衣に関しては、しばらく不足はない。
食に関しては、味っ子のお店巡りで十分というか、それが人生の目標だ。
住に関しても、歩夢はいまの旅館に、しばらく腰を落ち着けたいと思っている。
それなりにきれいで風呂トイレが部屋についており、朝食も部屋に持ってきてくれる。
女性になって、自分を守らなくてはいけない立場になった身としては、他人に顔をさらす機会が少ないのはありがたい。
なにより日の出食堂からそれほど離れていないのが素晴らしい。味っ子の料理を、いつでも食べに行けるのだ。
「カツ丼天丼ラーメンチャンポン、焼きそばにうどんにそば、ハンバーグに生姜焼きに唐揚げ煮付けにレバニラ、野菜炒めにオムライス……ああ、ぜったいコンプリートしてやりますわ!」
ハイテンションのままに、荒ぶる鷹のポーズ(横)を取ってから。
さて、と歩夢は思案する。
ミスター味っ子の料理を食い尽くす。
その目標のためにも、現状を整理しておく必要がある。
いまは1987年5月18日。
味っ子の物語が始まるのは、おそらく今年の夏の終わりから秋口だろう。
根拠はある。
陽一の誕生日は7月24日。
アニメ情報だが、生年は1973年。
そして物語開始時、味吉陽一は中学2年生で14歳。だから7月24日以降になるのは確定だ。
さらに、初期のエピソードのラーメン勝負で、野球部の秋の県大会が話題に出ている。これ以前というのも確定。
日の出食堂のメニューを見るに、生年がズレていて、すでに物語が始まっているということはないだろう。
というのは。
「基本的に、陽ちゃん側の料理は、日の出食堂で食べられるんですわよね」
味吉陽一は、味勝負で作った料理を、日の出食堂でも提供している。
フランス帰りの先生が、渡仏前に日の出食堂でいわしのパイグラタンを食ったと語っているので、これは間違いないだろう。
だから陽一の料理に関しては、問題なく食べ尽くせるはずだ。
勝負相手のほうも、自分で店を持っている連中に関しては、問題ないだろう。
寿司虎はすでに行ったし、岡田屋、甲来軒、天星、鰻浜、料亭むらたなどなど、今日明日にも通えるはずだ。
「問題は【味皇料理会】関係と【味皇グランプリ】の料理ですわね。どうやって食べてやりましょうかしら……」
料理会主任たちの料理はぜひ食したいが、なかなか難しい。
味皇グランプリの審査員は一般からの抽選なので、自分の天運を信じるしかないが……もっと確実な手段はないものか。
「なんとか【ブラボーおじさん】や、時々出てくる野生の試食人みたいなポジションに収まれねえもんでしょうか」
つぶやきながら、歩夢は伸びをする。
ひとつ、思案が無くもないが……いまの歩夢にとっては夢想のたぐいでしかない。
「まあうだうだ悩んでても始まりませんわ! とにかく、味っ子の料理を食べ尽くすためには、手段を選ばない! 当たって砕けろの精神で行ってやりますわ!」
1987年に来てまだ2日。
衣食住がそろっただけで、まだなにをする準備も整っていない。
急ぐ必要はないのだと、そして時が来れば無理矢理に顔突っ込んで特攻かましゃいいのだと、歩夢は笑って心に決めた。