TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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40 青森弁当旅情

 

 

 上野発の新幹線やまびこは、盛岡への道をひた走る。*1

 そのグリーン車指定席。歩夢たちは、青森への道中を楽しんでいた。

 同行者は3人。鷹ノ宮桜花とその執事。それに歩夢の執事の毛利だ。

 

 歩夢と桜花が2列シートに隣あって座り、後ろの席に、それぞれの執事が座っている。

 一人だけ世代が上の毛利は、談笑する歩夢と桜花、それを後方保護者面でながめている執事を尻目に、所在なさげに手元のショルダーホン*2をいじっている。

 

 というのも。

 

 

「それで、大学卒業したとたん、声かけてくる男どもが極端に減ったのよ」

 

「ああ、この時代の女子大生って、令和でいうJK的な付加価値が……じゃなくて、いま声をかけてくる殿方は、本当に桜花さまのことが大好きな方々ってことですから、問題ありませんわ!」

 

 

 恋バナである。

 いい年したおっさんにはちょっと辛い。歩夢も微妙に怪しいが。

 まあ、そんな背後の状況など気づきもせず、歩夢たちは語り合う。

 

 

「その、わたしのこと大好きな連中も、最近はどっちかというと保護者面してるのよ。なんだか視線が生暖かいわ」

 

「保護者ではありませんわ! ナイトですわ! その方たちは桜花さまをお守りする騎士なのですわ!」

 

「騎士……いいわね、そう考えれば、あいつらが一歩下がってわたしをもり立ててくれるのも納得できるわ」

 

 

 まあ実際、桜花は良家の子女だ。

 結婚相手は家格で釣り合いがとれる人間が求められており、取り巻き連中も、そこはわきまえている、というのはあるのだが。

 

 

「でも、それなら……ひょっとしてわたし、実はモテてなかった?」

 

「騎士の方々が虫除けとして優秀なのですわ! 桜花さまは魅力的な方ですわ! わたくしが保証いたしますわ!」

 

 

 アイデンティティの危機に陥った桜花を、歩夢は全力でフォローする。

 フォローというか、まあ本心だ。

 

 

「……女の歩夢にモテてもねえ」

 

 

 桜花はため息をつくが、うれしそうな様子を隠せていない。ちょろい。

 

 

「──まあ、そろそろ結婚を意識する年だし、お祖父様にも、なにかお考えがあるようだし……いつまでも学生気分じゃいられないわよねえ」

 

「結婚を意識する年、若っけーですわ……」

 

 

 ちなみに、バブル期の平均初婚年齢はだいたい25歳である。

 

 

「いや若くないわよ。わたしも今年23よ? ……まあ、歩夢はまだ若いし、そういうの意識してないのかもしれないけど」

 

「一応今年21ですわ!」

 

「嘘でしょ? いや知ってるけど、肌艶が中学生並なの、どうなってるの……?」

 

 

 一応スキンケアはしているが、たぶん体質によるところが大きい。

 だが、それを口にする迂闊さは、さすがの歩夢にもなかった。

 

 桜花との距離は、ほっぺたを引っ張られるのに十分な近さなのだ。

 

 

「ちなみに歩夢、将来のこととか考えてる?」

 

「美味しいものを食べて生きていきたいですわね!」

 

 

 歩夢が即答すると、一同が親のような優しい視線になる。

 知ってた、というやつである。

 

 

「そうじゃなくて……結婚のこととか」

 

「結婚……できればしないで居られればいいのですが、この時代、そういうわけにもいきませんわよね。信用にも関わりますし」

 

「発想がドライすぎるわ……というか、歩夢って結婚願望とかないの?」

 

 

 問われて、歩夢は考える。

 

 結論から言うと、あんまりない。

 趣味に生きてきたのと、育ちもあって、恋愛と結婚は分けて考えてしまう方なので、元々結婚願望とは縁遠かった。

 

 そして、いまの歩夢は女の体。相手は男になる。

 そりゃ必要があれば、結婚するのもやぶさかじゃないが、積極的にしたいものでもない。

 

 

「でも、そうですわね……結婚は、折り合いをつけられると思いますわ。恋愛は難しいですけれど」

 

「恋愛がそんなに嫌なの?」

 

「嫌というか……殿方と恋愛してる自分がいまいち想像できませんわ。まあそれは女性に対してもですけど」

 

「あ、女の子が好きってわけじゃないのね」

 

 

 なぜか桜花はちょっと残念そうだが、歩夢は気にしないことにした。

 

 

「まあ、折り合いをつけられるといっても、一雄さんレベルの信頼がなければ、結婚とか絶対に無理ですけれど」

 

「え、一雄って誰?」

 

「お友達ですわ! わたくしが記憶喪失で下町をさまよってた時助けてくれて、戸籍をとるために弁護士を紹介してくれて、資産運用のために先生やゴリ男さんを紹介してくれて、グルメ合戦開催のために尽力していただきましたわ!」

 

 

 焦って尋ねる桜花に、歩夢はなだらかな胸を張って答える。

 

 

「そのレベルじゃないとスタートラインに立てないんだ……というかそこまでしても対象に含まれてないそいつって……」

 

 

 桜花の声は、まだ見ぬ一雄に対する哀れみに満ちていた。

 実はすでに何度か見ているのだが、たぶん桜花は認知していない。

 

 

「え、一雄さんがお望みなら、普通に結婚しますけど?」

 

 

 歩夢は不思議そうに首を傾けた。

 

 歩夢は、一雄がこの手の話を嫌がるのではと察している。

 まあ、ここでいう「結婚」は、歩夢がこの時代から消えたときの対策としてしか考えていないのだから、そりゃ嫌がるというものだ。

 それ以外なら、一雄はいつでもウェルカムである。自分から行け。

 

 というのはさておき。

 歩夢の発言は、真相を察するには不十分すぎた。

 

 

「……歩夢。その一雄ってのを、今度紹介なさい」

 

「は、はいですわ。もうすぐ新店舗のプレオープニングですので、その時に」

 

「ふふふふふ。一雄。その名前、覚えたわよ……」

 

 

 桜花の表情は、嫁を値踏みしてやろうと舌なめずりする姑のようだった。

 

 

 

 

 

 

 青森県某市。

 駅のほど近く、弁当菊池屋の調理場。

 

 

「もち米を使った工夫で、おかずにご飯の水気が移る問題も解消できた! これで新しい幕の内弁当の完成だっ!」

 

 

 苦心の成果である幕の内弁当を前に、陽一はバンザイして大きく伸び上がる。

 菊池屋のおじさんと、法子がぱちぱちと祝福する中で。

 

 

「わたくしが来ましたわ!」

 

 

 と、調理場の外から声が聞こえた。

 

 

「誰だい!?」

 

「歩夢さん!?」

 

 

 菊池屋が驚き尋ねるのと同時、陽一と法子が声の主の名を呼ぶ。

 

 

「はいですわ! わたくし日の出食堂の常連客、食い道楽の安生歩夢と申しますわ! 菊池屋様におかれましては、初めてお目にかかりますわ!」

 

 

 扉越しなのでお目にかかってない。というのはともかく。

 

 

「歩夢さん、なんで入ってこないの?」

 

「衛生上の問題ですわ!」

 

 

 陽一が口にした疑問に、歩夢は即答した。

 

 

「……いや、話しにくいし、とりあえず入ってよ」

 

 

 陽一が調理場の扉を開けると、そこには、4人の男女が立っていた。

 歩夢と執事の毛利、それから、どこか見覚えのある若い男女。

 

 

「えーと……あ、グルメ合戦で受付してくれてた!」

 

「わたくしの方から、あらためて紹介させていただきますわ! わたくしの尊敬するお友達、鷹ノ宮桜花さまと、執事の佐次郎さまですわ!」

 

「うふ、ふふふ、歩夢の一番の親友、桜花よ! よろしくおねがいするわね!」

 

 

 友達、と紹介されたのがうれしいのか、桜花が上機嫌で胸を反らす。その胸は盛られていた。

 

 

「よろしく、鷹ノ宮さん! さあ、4人とも入った入った」

 

「ちょ、消毒、入る前に消毒! せめて割烹着! どこいってますの衛生観念!?」

 

 

 陽一が歩夢の手を引いて招き入れるので、みんなぞろぞろと料理場に入る。

 それから、全員割烹着を着て。陽一から、青森に来てからの事を話してもらった。

 

 菊池屋の隣のホームに出来た、ライバル店おいかわの話。

 菊池屋が新しい弁当を出すのに合わせて、おいかわも仕掛けてくること。

 新しい弁当はちょうどいま完成して、いよいよ勝負は明日だということ。

 

 

「ちょっと自信作なんだ! 歩夢さんたちも、ちょっと味見してみてよ!」

 

「ありがとうございますわ陽ちゃん! それでは、不肖安生歩夢、お弁当を試食させていただきますわ!」

 

 

 配られた弁当は、普通の弁当に比べて、かなり深い。

 弁当には竹串が添えられていて、横面を見ると封のされた穴が空いていて、「串をここにさしてください」と書いてある。

 

 

「これは……陽ちゃん、なにか楽しいこと考えましたのね! ワクワクしますわ!」

 

 

 仕掛けは知っているが、ワクワクするのは変わらない。

 歩夢は胸を高鳴らせながら、竹串を穴に、深く差し込む。

 

 ほどなくして、弁当から湯気が上がり始める。

 

 

「──これは!」

 

 

 桜花が驚きの声を上げた。

 

 

「へっへっへ、生石灰を水と反応させて、発熱させたのさ! ワンカップのお酒の燗と同じ理屈だよ!」

 

「いやこれはすごいですよ陽一くん! お弁当を熱々で食べられるなんて大した工夫だ!」

 

 

 毛利が関心している。陽一は鼻高々だ。

 

 歩夢はわくわくしながら弁当の蓋を取る。

 湯気とともに、弁当の中身があらわになった。

 

 トンカツと、鮭のホイル焼き。アボカド入りの卵焼き。

 くり抜いたトマトの器に入ったサラダ。それに、弁当箱に埋まるように入っている、お茶と味噌汁。

 

 

「……美味しい。このトンカツ、熱々でジューシィで。衣に下味がついているからそのまま食べられるわ」

 

「こちらは鮭のホイル焼き。たっぷりの玉ねぎに、しめじ、しいたけがバター風味の鮭と合わさって素晴らしい味わいになっていますよ」

 

 

 桜花と執事の佐次郎が感動を声にする。

 

 

「卵焼きに入っているのは……アボカド! 卵焼きに上品な濃厚さが加わって……サラダの下には断熱材の発泡スチロールが敷いてあって、熱々のお弁当の中でも冷たいままで食べられる! これはアイデアですよ!」

 

「うっめーですわ! 弁当箱に深く刺さったコップに入ったお茶と味噌汁が、おかず以上に熱々で……最っ高ですわ!」

 

 

 毛利と歩夢も手放しの賞賛を送る。

 陽一の鼻はますます高くなっている。

 

 が、実はこのお弁当は未完成。

 それを指摘するために、歩夢は青森までやってきたのだ。

 

 

「これで、もうすこし……お弁当につきものの、お漬物があれば文句なしですわ!」

 

「あ、忘れてた!」

 

 

 歩夢の指摘に、陽一が声を上げた。

 あわてて陶器の漬物樽の蓋を開けると、中には花に見立てて細工されたカブの甘酢漬けが並んでいる。

 

 

「陽ちゃん、お漬物、ありましたのね!」

 

「そうそう。忘れるとこだったよ! ありがとう歩夢さん、助かったよ!」

 

 

 言いながら、陽一が全員に漬物を配る。

 新たなアクセントが加わった弁当に、舌鼓を打って。

 4人は、それぞれの言葉であらためて、称賛の言葉を送った。

 

 

 

 

 

 

 翌朝。勝負の日。

 ライバル店おいかわは、この日のために弁当を大量に準備し、客を一人たりとて漏らさぬ構え。

 一方菊池屋は、おいかわに完全に客を奪われていたこともあり、当初はまったく客が入らず、苦戦する……はずだったのだが。

 

 

「いらっしゃいませ! 菊池屋の新弁当、いつでもどこでもあつあつ弁当! おいっしいですわよ!!」

 

「い、いらっしゃいませ! こっちにきて食べなさい!」

 

 

 割烹着姿の歩夢と桜花が客引きしたせいで、おいかわの評判を知ってる常連客すら菊池屋に殺到した。

 桜花はミニスカワンピースの上に割烹着を着ているせいで、妙にエロくなってしまっているのは、ともかく。

 そこでの評判が評判を呼び、ブラボーおじさん一行が両店の弁当を食べ比べるまでもなく、勝敗は決してしまった。

 

 

「完売御礼大勝利ですわー!!」

 

 

 昼過ぎ、菊池屋の弁当がすべて売れきれて。歩夢は陽一とバンザイする。

 殺到した客にチヤホヤされて、桜花もご満悦の様子。

 

 その後、歩夢たちは陽一と別れ、青森観光を楽しんだ。

 ちゃっかりおいかわの弁当を買っていったのはご愛嬌である。

 

 

 

*1
1988年当時東北新幹線は盛岡までしか伸びていなかった。

*2
当時の携帯電話。肩掛けカバンサイズ

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