TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
カレー専門店DHULIA 駅前店。
華やかな外装。開店祝いの花輪が並ぶ店の中からは、賑わいが漏れ聞こえてくる。
「あ、皆さま。本日はDHULIA駅前店のプレオープニングに来ていただいて、ありがとうございます!」
来賓一同に向け、オーナーの真船一雄が挨拶する。
大叔父の真船和也や関係者、親しい記者、雑誌関係者、それに友人たち。
さほど広くない店内だが、清潔で雰囲気もよく、スタッフもキビキビと動いている。関西弁の子供が一番手際よさそうなのはアレだが。
悪くない。けっして悪くないのだが。
挨拶を続ける一雄を、入口近くのテーブル席からじっと見つめながら、鷹ノ宮桜花は思う。
──歩夢とじゃ、釣り合い取れてないにも程があるわ。
別に不細工というわけじゃない。
愛嬌が前面に出過ぎてて、男らしいとはお世辞にも言えないが、十人並みではある。
カレー専門店の、それも桜花でも名前を聞くような人気店オーナーなのだから、甲斐性もあるんだろう。
だが、天秤のもう一方に乗せた相手が悪すぎる。
かわいくて人懐っこい超のつく美人で、わずか半年で何十億という資産を築いた異才の主。
釣り合いが取れる人間が実在するとしたら、石油王かリアル白馬の王子様かってレベルだ。
一雄の隣に歩夢が居るところを想像してみる。
雑誌の怪しい広告みたいな絵面になってしまった。
白タキシードを着た一雄の隣に立つウェディングドレス姿の歩夢を想像してみる。
ちょっと殺意が湧いてきた。
同じベッドに入っている一雄と歩夢を想像してみた。
「……佐次郎。お祖父様の猟銃を取ってきて頂戴」
「落ち着いてくださいお嬢様。どうしたんですかいきなり」
無茶な命令をする桜花を、執事がなだめる。
「あれに歩夢を持ってかれるのは癪だわ」
「持ってかれるって……歩夢さんはお嬢様のものじゃないんですから」
「わたしの一番の親友よ」
「二番以下が行方不明ですが」
分が悪すぎる攻防に、桜花は執事から目を背けた。
「今日はこのくらいにしといたるわ」というやつである。
そんなやり取りをしているうちに、一雄の挨拶が終わる。
「……それでは、本日は皆さまに、当店自慢のメニューを召し上がっていただこうと思います!」
一雄の言葉とともに、ウェイトレスが各席に皿を運んでくる。
「はい、桜花さま、佐次郎さま。お待たせいたしましたわ!」
と、ゲストなのになぜかウェイトレス姿の歩夢が、二人に料理を運んできた。
カレー専門店というだけあって、自慢のメニューはもちろんカレーライス。それもトンカツが乗ったカツカレーだ。
「さあ、桜花さま、いただきましょう!」
招待客に一通り料理が配り終えると、歩夢は桜花の対面の席に戻ってきた。自由か。
桜花は値踏みするようにカレーを見た。
新店舗だけあって、食器は新品。白磁の白さが気持ちいい。
カラッと揚がったカツと、多種多様なスパイス絡み合う香気が食欲をそそる。
「評判のお店のイチオシなだけのことはあるわね」
「もう匂いだけで美味そうですわ!」
まずはルーだ。
スプーンでルーだけを少量すくい、口にする。
辛い。
ほんのり感じるフルーティな甘さがカレーの辛さを引き立てていて、様々な香辛料が味わいを重層的なものにしている。
「うっめーですわ! トロピカルカレーより甘さが抑え気味ですが、香辛料が味わいに幅と深みを加えて!」
「ライスもいいわね。やや硬めに炊き上げられたお米がしっかりとカレーを受け止めてて……」
そしてトンカツ。
フォークでさして食べると、サクリと軽い。
先日わざわざ青森まで駅弁を食べに行くという謎旅行に行ったが、そこで食べた菊池屋の幕の内弁当のトンカツが、こんな軽さだった。
脂分が少なく、あっさりとしながら、肉はしっとりとジューシィ。
そこにカレールーが加わって……旨味が、口の中に広がっていく。
「おいしい……」
「はいっ! 最高においしいですわっ!」
思わず口をついて出た言葉に、歩夢がにっこり笑って同意した。
「はっはっは! そうやろそうやろ! 陽一の、味をまとめ上げる勘も大したもんやけど、スパイスの細かい調整に関してはオレに一日の長があるで! やっぱりオレは天才や!」
なんか子供が自慢しているのはともかく。
「いえ、それでもやっぱり歩夢と釣り合い取れるかというと、無理だわ」
一雄の評価は高くなったものの、歩夢と比べると誤差でしかない。
桜花が歩夢を好きすぎるともいう。
だが。
「──ほう、その台詞、聞き捨てにできんな」
隣のテーブルから、一雄を好きすぎる男が参戦してきた。
財前貴彦である。
ハイブランドのスーツをビシッと決めた、オールバックの青年は、桜花の方を向き足を組んで、ふんぞり返る。
「俺様の竹馬の友にして親友、真船一雄を、ずいぶんと安く見積もってくれるではないか」
隣のゴリ男がさり気なく止めようとしているが、貴彦は止まらない。
もう一人のエロ本同盟員、久保マモルは「いけいけ!」と貴彦を押している。一雄を応援したいというより、たぶん話がこじれることを狙ってる。
「あんたも居たのね……一雄くんが安いわけじゃないわよ。わたしの親友の歩夢がお高いだけ」
貴彦の言葉に、桜花はそう返してあしらう。
しばし、桜花に視線を送っていた貴彦は、ふいに口の端を釣り上げ笑った。
「ま、その意見には同意だな! 安生は胸以外はいい女だ。貴様同様にな!」
「いちいち胸をあげつらうな! というか盛ってるときにそういうこと言うのはマナー違反でしょ!?」
「だが考えてみよ。一雄は俺様という最高の男を親友に持っているのだ! それだけで釣り合いが取れてお釣りが来ると思わんか!?」
「話聞きなさいよ! だったら歩夢にも、わたしっていう最高にいい女が親友にいるんだから!」
「俺様だけではないぞ! ここに居るゴリ男やマモルも、ろくでもないが一廉の男たちだ!」
「その一廉の男たちを歩夢の横に並べてみなさいよ! なんかもう、悪玉トリオ*1みたいじゃない!」
マモルとゴリ男は深く傷ついた様子だ。
「それを言うなら安生のかわりに貴様が入ったほうがより悪玉トリオっぽいではないか!」
桜花は深く傷ついた。
ちょっとキツめの顔の作りは桜花のコンプレックスなのだ。
「お二人とも、なんかこう、不毛な感じの掛け合いは一旦中止にいたしましょう! お祝いの席ですので!」
ろくでもないことになりそうな空気を察したのか、歩夢が止めに入った。
「いや、いいのだが……そもそも安生よ。なんで釣り合うとか釣り合わないとかいう話になったのだ」
「はい。説明いたしますわ!」
そう言って、歩夢は軽く経緯を説明した。
桜花と旅行中、結婚の話になったこと。
その際、恋愛に積極的ではないこと、恋愛抜きで結婚するとしたら、そのレベルで信頼してるのは一雄くらいだと言ったこと。
「そうだ、一雄をここに呼ぼう」
「ちょうどフォークもあることだしな」
マモルとゴリ男から殺意が漏れ出している。
一方、貴彦は喜色をあらわにした。
「ほうほう、いいことではないか! 一雄よ、こっちに来るのだ! いい話を聞かせてやろう!」
タイミングよく記者と話を終えたところだった一雄は、すぐに貴彦のテーブルにやってきた。
が、マモルとゴリ男がフォークを手に持ち待ち構えているのを見て、これをスルーして歩夢と桜花のテーブルに来た。
「歩夢ちゃん、手伝ってくれてありがとう。鷹ノ宮さんも、今日は来てくれてありがとうございます」
「どういたしましてですわ!」
「あなたが一雄くんね。何度か顔は合わせてるみたいだけど……歩夢の親友の鷹ノ宮桜花よ。よろしくね」
「よ、よろしくおねがいします……」
フォークを手に持って自己紹介する桜花に、一雄は冷や汗を流している。
そこに、貴彦が喜色もあらわに声をかけた。
「一雄よ、喜べ。安生は貴様と結婚したいらしいぞ」
悪意のない貴彦の言葉に、3人のフォークが揺れた。
先端はすべて一雄に向けられている。
だが、一雄は喜ぶでもなく、歩夢を見てため息をついた。
「それ、あれでしょ。自分が居なくなった時に資産を……ってやつ。オレそういうの、嫌だからね?」
「一雄さんなら、そうおっしゃると思ってましたわ」
知ってた、みたいな顔になる歩夢。
貴彦も桜花も、驚きすぎて目がまんまるになった。
数秒。
みんなそのまま固まって。
「正気か一雄!? 安生が結婚したいと言っておるのだぞ!?」
「一雄じゃ今後100回生まれ変わっても絶対来ないチャンスだよ!? わけわからないんだけど!?」
「一雄……俺のために身を引いて……!」
ゴリ男は成敗された。
そして。
「ふ、ふふ……」
桜花は、笑い声を漏らした。
この男は。
最高の美女が、逆玉の輿が、目の前にあるのに……一切惑わされていない。純粋に歩夢のことを慮っているのが、見ていてわかる。
「──なるほど、歩夢が全幅の信頼を置くはずね」
こういう男だから。
恋愛に興味のない歩夢が、結婚してもいいとまで言えるのだ。
「あなたのこと、信じてあげるわ。歩夢の友人としてなら、だけど」
「あ、はい。ありがとう?」
よくわかっていない様子で頭をかく。
そんな一雄に、桜花は優しい笑みを送って。
「──ちなみにその男、エロ本同盟の特攻隊長。アベックを許さず、カップルを許さず、モテる男を許さずなヤツです」
なんだかいい雰囲気になったことが気に食わなかったのか、エロ本同盟議長、久保マモルが手を挙げ発言した。
この日、桜花の中で一雄は「信頼できる汚物」になった。