TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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42 世界でいちばん熱いヤツ

 

 

 競馬界が騒がしい。

 地方からやってきた怪物オグリキャップは中央重賞に勝ち続けている。

 その様は、かつて競馬ブームを巻き起こしたアイドルホース、ハイセイコーを思い起こさせる。

 

 デビュー後6連勝。つけた着差の合計は56馬身。

 大井の怪物と謳われたハイセイコーは、中央移籍後、クラシック戦線に乗り出し、無敗のままに皐月の冠を奪い取って、その圧倒的実力を示した。

 

 その姿を彷彿とさせるオグリキャップの活躍。

 なのに、オグリキャップは皐月賞に、ダービーに、菊花賞に出走できない。実力も、獲得賞金も十分だと言うのに。*1

 

 

「もったいねえよなあ。話題性は十分だってのに」

 

「だが、地方から来た怪物がみんなハイセイコーになれるわけじゃない。実際、ハイセイコーは大舞台じゃライバルのタケホープによく負けた。それでも応援されたから、たった一人でブームを生み出すほどに支持されたからこそ、ハイセイコーはアイドルホースなんだよ」

 

 

 終生のライバルとなるタケホープとの戦績は5勝4敗*2

 だがダービー、菊花賞、春の天皇賞といった大レースで、ハイセイコーはタケホープに破れ続け、無敵、怪物といった幻想は崩れた。

 

 だが、それでもなお懸命に走り続けるハイセイコーの姿は、見る者の心を打った。

 強いからではない。地方出身だからでもない。ハイセイコーだから、ハイセイコーが走るから応援する。競馬場はそんな人間で満ちた。

 

 怪物から、アイドルに。

 生まれ変わったからこその、競馬ブームだった。

 

 

「アイドルホースか……オグリキャップがそうなってくれればなあ」

 

「無理だな。なぜなら、オグリキャップには絶対的なライバルがいない。タケホープのような、な」

 

 

 有力馬はクラシック戦線。

 裏街道にはライバルは居ない。

 となると残るは古馬だが、体が成熟した一線級の古馬との戦いでは、さすがの怪物も、存在感を示すのが精一杯だろう。

 

 

「唯一無二のライバル……さすがに都合良くは出てこないよなあ」

 

 

 もうひとりの芦毛*3を、彼らは知っている。

 昨年末より重賞を連勝し続け、春の天皇賞を獲得した古馬を、彼らは知っている。

 だが、その馬が、オグリキャップと鎬を削り、芦毛対決を演じることになることを、彼らは知らない。

 

 

「まあ、ホースじゃなくても……案外、アイドルは別のとこから出てくるかもしれん」

 

武邦(タケクニ)さんの息子か? 新人最多勝利記録を27年ぶりに更新した。あれは大物だぞ」

 

「違う。騎手でもない……なあ、知ってるか? 菊花賞でスターオーが勝った時、実況の杉本さんと同時に同じ台詞を叫んだ子がいるって話」

 

「ああ。記事は見たよ。与太話レベルのウワサはともかく、絵になるお嬢様だったな」

 

 

 ウワサとは、高額配当窓口の常連とかお付きの人がいるとか競馬場の飲食店コンプリートしたとかいう、ほぼ事実な風評である。

 

 

「じゃあ、オグリキャップが、3月のペガサスSで一人の女の子をじっと見てた話は」

 

「記者本人に聞いたな。不自然なくらいずっと見てたとか」

 

「実はどっちも、同じ子の話なんだよ」

 

 

 名は、安生歩夢。

 下町に突然現れた、記憶喪失の美女。

 戸籍取得の手続きで、競馬場で、そしてグルメイベントで。

 たびたび記事になり、テレビに映された結果、彼女の知名度は、下手な芸能人より高くなっている。

 

 正直好き。

 見てるだけで元気が貰える。

 声が耳に心地いい。ずっと聞いていたい。

 下町グルメ合戦放送時、テレビ局ではそんな声が寄せられている。

 

 

「まるでアイドルだな」

 

「熱心な競馬ファンの、な。たとえオグリキャップが競馬ブームを生み出すほどの器じゃなくても……ひょっとしたらこの子が、熱狂を生み出してくれるかもしれない」

 

「そりゃ希望的観測だろ」

 

「そうかな? この間、偶然別の取材で彼女に出くわして、話す機会があったんだけど……彼女言ってたぜ? “今年の競馬はヤバいですわよ”って」

 

 

 それは、歩夢にとっては確定した事実。

 だが、それを語る熱は、確実にほかの者に移っていた。

 

 

 

 

 

 

 味皇グランプリ。

 味皇料理会が催す、公開料理勝負。

 

 参加者は4人。

 味皇料理会よりフランス料理主任、下仲基之。

 元味皇料理会所属、肉料理の達人、小西和也。

 日の出食堂の少年料理人。ミスター味っ子、味吉陽一。

 もう一人の少年料理人。カレーの天才、堺一馬。

 

 4人が4人とも、当代一流の料理人。

 そんな彼らの、全力の味勝負の場だ。

 

 一回戦の課題料理は、シーフードカレー。

 味皇ビル内。舞台ホールの特設キッチンで、4人は調理にとりかかる。

 ホールを見下ろすように建てられた、謎の階層型観客席は満席で、熱気がうずまいている。

 

 そしてなぜか、審査員席の歩夢はテレビカメラに映されたり写真で撮られまくっていた。

 

 

「なんでわたくしに一点集中ですの? 主役は陽ちゃんたちですのに」

 

 

 歩夢は戸惑うが、理由は単純。

 味皇グランプリを取材に来た人間より、そこで審査員をするという歩夢を映しに来た人間が多いからだ。

 

 なんでそこまで注目度高いのか。

 競馬界隈でいま話題になっている、というのもある。

 だが、直接の原因は、5月になって発表された長者番付に、歩夢の名前があったことである。

 歩夢はそれなりに有名人で、いろいろ報道されたせいで、記憶喪失で天涯孤独だという事実はよく知られている。

 

 そこに長者番付である。

 ゼロからのスタートで、どうやってそこまで儲けられたのか。

 

 理由は競馬記者から割れた。

 暮れの有馬で、JRAの払い戻し記録が更新されたことはニュースになっている。

 それが誰か、というのは分からなかった。馬主席での出来事で、馬主たちは事情を知っているようだが、それが誰かは語ってくれなかった。

 

 が、配当額と納税額を照らし合わせれば、ほぼ答え合わせだ。

 事情を知る記者からすれば、おまえだったのか、というやつである。

 

 特ダネだなんだと騒ぐ連中の事情などいざ知らず。

 歩夢は謎の激写に首を傾げながら、陽一たちの料理が出来上がるのを待つ。

 

 

「──時間です! カレーをお出しください!」

 

 

 司会の声とともに、料理人たちは己が精魂込めて作った料理を、前に差し出した。

 

 

 

 

 

 

 試食の時間となった。

 中央のテーブルに並べられた各人の料理は、4つが4つとも食欲をそそる香りを漂わせている。

 

 歩夢たち審査員は、司会の丸井シェフの指示の下、料理をひとつづつ審査する。

 

 下仲基之は、金目ダイのココナツカレー。

 洗練されたスパイスの配合に、ココナツミルクが独特の風味を加えており、これが金目ダイの白身によく合う。

 

 小西和也は、貝のカレーバターライス添え。

 アサリ、ハマグリ、ムール貝、ホタテ。多様な貝を具材に加えることで、ルーの味わいに深みが出ており、また多彩な食感を楽しめる。バターライスとの相性も抜群だ。

 

 堺一馬は、伊勢海老カレー。

 エビのミソと卵を加え、黄金配合に仕立て上げた、深みのあるルーの味わいに、伊勢海老の甘みを帯びた旨味が絡み合って、最高の味わいを生み出している。

 

 最後に味吉陽一。料理はイカのドライカレー詰め。

 ふっくらとしたイカの身に詰められた、イカの旨味をたっぷり吸い込んだドライカレー。

 ドライカレーの中には、サザエのワタでコクを出したカレールーが挟み込まれていて、イカの旨味をさらに引き出している。

 そして、香ばしく炙られたイカの身には、少量のカレースパイスが振りかけられており、それがまた絶妙なアクセントになっている。

 

 陽一の料理が、また微妙にアレンジされているのはともかく。

 

 

「下仲シェフのカレーも、小西シェフのカレーも、一馬さんのカレーも、陽ちゃんのカレーも、ぜんぶうっめーですわ!!」

 

 

 味について細かく分析しているほかの審査員を尻目に、歩夢は歓声を上げた。

 なんか歩夢がしゃべるたびにパシャパシャ撮られている気がするが、さておき。

 

 

 ──正直みんな美味しくて甲乙つけがたいですわ。

 

 

 歩夢は思案する。

 元の話ではこの勝負、カレーの煮込みすぎで具材が硬くなったことが原因で、小西の敗北となる。

 

 

 ──でも、小西シェフの貝、これ硬いんですの? ちょっと硬めかな、くらいじゃありません? むっちゃ美味しかったんですけれど!

 

 

 だがまあ、あえて一人、敗者を選ぶとしたら……小西シェフだろうか。

 正直次回の味皇グランプリの一回戦みたいに全員2回戦に進んでほしいところだけど、しかし……

 

 散々悩んだ末の票決。

 歩夢は小西に票を入れた。

 ほかの審査員も、全員が小西を選んでおり、満票で一回戦落ちが決まった。

 

 

「なぜだ!! なぜオレのカレーが!!」

 

 

 己の料理に絶対の自信を持っていたのだろう。

 小西の悲鳴のような問いに、審査員たちは口々に料理の欠点を指摘する。

 

 

 小西シェフのカレーだけがわずかに硬かった。

 原因はおそらくルーの煮込み過ぎによるもの。

 シーフードは煮込みすぎると味は出るが身が硬くなる。

 煮込みすぎたカレーは、味はたしかに完璧だったが具が硬くなりすぎていたんだ。

 

 ボコボコである。

 

 

「ですけど、小西シェフの料理は、味において他の3人に劣るものではなかったと、付け加えさせていただきますわ! 美味しかったですわ!」

 

 

 歩夢は空気を読まずに主張した。

 正直この面子での勝負ならビーフカレーでやって欲しかった。

 が、まあ、シーフードカレーだってみんな美味しかったんだから、まあよしである。

 

 

 

 

 

 

 その後、二回戦の課題が発表されて。

 敗者の小西和也は、陽一に激励の言葉を送って、会場を去る。

 気持ちのよい男ぶりは、世を拗ね、相手を傲慢に見下していた、かつての彼からは考えられない。

 

 変わったのだと、過去の彼を知る皆が感じた。

 

 

「──少々お待ちくださいまし!」

 

 

 小西が味皇ビルを出ようとしたところで、追いかけてきた歩夢が声を上げた。

 なぜか追いかけてきた記者や報道関係者が、執事の毛利にファインセーブされているのはさておき。

 

 

「小西シェフ、美味しい料理でした、いい勝負でしたわ」

 

「負けは負けだ。そこを認めないと精進はできないぜ」

 

「その潔さはよし、ですわ! ですが、わたくしが声をかけさせていただいたのは、励ますためではありませんわ!」

 

 

 言って、歩夢は一枚の封筒を小西に差し出す。

 

 

「これは?」

 

「わたくしが企画している料理の祭典。その案内状ですわ! 内容は、そこに書いております。わたくしの伝手を全部使って、わたくしが知る限りの腕利きの料理人をお招きする予定ですわ!」

 

 

 長身の小西相手に、伸び上がって。歩夢は指を一本立て、示す。

 

 

「もちろん陽ちゃんや一馬さん、下仲シェフも、ですわ!」

 

 

 話を聞いた小西は、ふん、と鼻を鳴らす。

 

 

「今回の負けを、オレは屈辱とは思っちゃいねえ。陽一含め、3人が3人ともたいした料理人だ。だが──」

 

 

 そう言って、小西は不敵に笑う。

 

 

「また勝負の機会がもらえるなら……こんなにありがてえことはないぜ」

 

「グッド、ですわ! 万難を排して、お三方をお招きすることを約束いたしますわ!」

 

 

 闘志を燃やす小西に、歩夢は親指を立てた。

 

 

 

 

*1
ハイセイコーは当初より中央移籍を視野に入れていたので、クラシック登録されていた。

*2
1着を取った数ではなく先着勝負。1着を取った数では2勝4敗で負けている。

*3
タマモクロス。88年重賞5連勝(うちG1が3連勝)。この年出走レース全連対のやべーやつ。

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