TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
肉料理の達人、小西和也をクッキングフェスティバルに勧誘した、その後。
歩夢は踵を返して、報道関係者を必死で押し留めている毛利のもとに戻った。
「毛利さん、感謝いたします。目的は達しましたわ」
ねぎらいの言葉に、毛利がほっとする。
その隙に、記者の何人かが制止の手をかいくぐって歩夢に駆け寄ってきた。
「安生さん! 競馬史上最高額の配当を受けたって本当ですか!?」
「安生さん! 無一文から長者番付に名前が乗るほどの富を得たいまの気持ちを一言!」
「安生さん! 配当金はなんに使おうと思ってますか!?」
マイクやレコーダー片手に突っ込んでくる記者たちにも、歩夢はひるまない。
質問から、なぜこんな事態になったのかは分かったし、対応はすでに準備済みだ。
余裕の笑顔を向けながら、歩夢は口を開いた。
「皆さま、本日はわたくしの取材に来ていただき、ありがとうございますわ。ですが、ここは味皇ビル。しかも味皇グランプリの最中です。この場を騒がせるわけには参りません。場所をあらためさせていただいてもよろしいでしょうか?」
本来なら日をあらためて、と言いたいところだが、大人しく待ってくれそうにない。
歩夢が場所を移すことを提案すると、記者たちは口々に感謝の言葉を口にして同意した。
「それでは、毛利さん。場所の手配と久保先生に連絡をお願い致しますわ」
歩夢は毛利に指示する。
こんなときに話す内容は、すでに久保弁護士に相談している。
正直同席して貰わなくても大丈夫ではあるのだが、弁護士同席の建前を崩すと取材攻勢が加速するので、ここは譲ってはいけないところだ。
当たり前だが今日話して久保弁護士がすぐに予定を開けられるわけもなく、かわりに甥の弁護士が来てくれることになった。
税理士資格を持っていたため、歩夢に無茶振りされまくった彼である。無茶振りおかわりである。
◆
場所をあらため、味皇ビル近くの、ホテルの会議室。
歩夢は苦労人の弁護士とふたり、マイクやレコーダーがごろごろ置かれた長テーブルの席についた。
毛利は表に出られないため、段取り方に回っている。
なんだかずいぶん本格的な取材になっていることに、内心苦笑しながら、歩夢は取材陣に頭を下げる。
「あらためて、食い道楽の安生歩夢と申しますわ! 今回みなさまがお聞きになりたいことに関して、まずはわたくしの口から説明させていただきますわ!」
「いきなり聞きたいことが増えた」
「食い道楽ってなに?」
小声でそんなささやきが聞こえてきたのは、さておき。
「この度、ありがたくも高額納税者名簿──いわゆる長者番付にお名前を載せていただきました。その経緯に関して、まずは説明させていただきます」
そう、前置きして。
歩夢は見惚れるような笑みとともに、一言。
「競馬で一発当てましたわ!」
以上、である。
なにか詳細な説明があるのかと待っていた記者たちが、発言を求めてぱらぱらと挙手する。
「安生さんが一発当てた、というのは、JRA史上最高額の配当金が出た、去年の有馬記念のことだと思われます。となると莫大な額になるわけですが、安生さんは使い道など考えておられますか?」
「そうですわね。まずはすでに使ったものに関して、説明させていただきますわ!」
歩夢はそう言って、2つの使途を明かす。
競走馬総合研究所への寄付と、下町グルメ合戦の運営費である。
意図としては、競馬で当てた金なのだから、競馬界に還元したいのと、お世話になった関陽地区のために使いたいということ。
もっとも、下町グルメ合戦に関しては、稲荷町、岡本町の両商店街の全面的な協力もあって、少額にとどまっているが。
それもアルバイトやデータ集計、分析など、歩夢が主導していた部分の費用である。
「反応に困る使い道」
「もっと欲望を出してほしいよね」
「えっちな方向だとうれしいです」
「続いては、これからのことをお話させていただきますわ!」
小声の会話をスルーして、引き続き、歩夢は語る。
元々、長者番付で名前が出れば、周りが騒がしくなることは予想していたし、取材もその内に入っていた。
そこで、考えたのだ。
これ、宣伝の場として使えないか、と。
「クッキングフェスティバル! 日本中の腕利きの料理人を一同に集めた、グルメの祭典……わたくしがやりたいと思っていた、お祭り騒ぎですわ!!」
歩夢は、「勝訴」のポーズで、パンフレットを掲げる。
むちゃくちゃドヤ顔だった。しかもこの上なくうれしそうだった。
「欲望の出し方がかわいいんだが」
「でもむっちゃ派手だった」
裏方の毛利が、ひそひそやってる記者たちに、パンフレットを配って回る。
ややあって、内容を確認した記者の一人が、手を上げた。
「安生さんは下町グルメ合戦、今またクッキングフェスティバルのような大きなイベント企画されております。また、味皇グランプリにおいても、たしかな味覚を持つ審査員として選ばれておりますが、これからもこのような活動を続けていかれるご予定なのでしょうか? あと食い道楽ってどういう肩書なんでしょうか?」
「エンジョイ・イーティング! 料理を楽しみ、美味しいご飯を食べる楽しみを皆に知ってもらいたい! わたくしは、そんなただの食い道楽であり……これからも、そうあり続けたいと思っておりますわ!」
記者が食い道楽について突っ込んでしまったおかげで、話が締まってしまったのは、ともかく。
「超美少女に変な肩書。ギャップがやべえ」
「楽しそうだからヨシ!」
そんな小声の会話も、ともかく。
「もうひとつ。残りのお金の使途に関してですが……やはり競馬界に還元したいということで、わたくし思い立ちました!」
「というと?」
「わたくし、馬主を目指しますわ!」
どーん、と宣言する歩夢。
多くの記者たちが感心したが、競馬記者や競馬にくわしい人間は困惑した。
「その……不確かな質問で申し訳ありませんが、馬主になるには、一定の資産に加え、高額の安定収入が必要だったかと思うのですが……」
「はいですわ! それを満たすために、すでに会社を設立し、そこに資産を移しておりますわ!」
「女社長!?」
「美人女社長!」
小声の奴らはもうダメだ。
正確には、全部を移したわけではないし、会社を作ったのも馬主目的ではないが、久保弁護士と話してそういうことにした。
金がダブついてると思われたら、どう考えてもろくなことにならないので、自衛のための方便である。
「すみません、馬主を志しておられるということで、競馬関係で質問させてください! 安生さんを馬主席で拝見したといううわさを聞いたことがあるのですが、本当でしょうか?」
「はいですわ! お仲間に招待していただきまして。その時一発当てたもので、馬主席の皆さまとも親しくお話させていただくいい機会になりましたわ!」
このあたりで、察しのいい記者は「あれ? こいつのコネやばくね? 下手なこと書いたらヤバくね?」と理解しはじめたのはともかく。
あらためて確認すると、パンフレットに主催者で並んでいる名前に、有名な資産家の方々が入っているのもともかく。
空気の読めない競馬記者が質問を続ける。
「そういえば安生さんといえば、オグリキャップにじっと見られていたという話も聞きますが」
「はい! ファンサービス最高でしたわ!」
「今年のダービーに、オグリキャップが出走出来ないことに関して一言お願いします!」
「非常に残念ですが、仕方ありませんわ。今後こういった場合に救済措置が講じられるように、ルールが改定されることを期待しておりますわ!」
「オグリキャップ自身の救済に関してはいかがでしょうか!」
「さすがにダービーまで一ヶ月もないこのタイミングで、やっぱりOKとか言われても、陣営の方々も困ると思いますわ! オグリキャップ様の実力に関しましては、今後のレースで存分に示していただきたいと思っておりますわ!」
一人で質問しすぎたせいで非難の視線を浴びているが、記者は怯まない。
なおも声を上げようとして無理やり座らされながらも粘って、最後に質問を発する。
「オグリキャップは強いですか?」
「間違いなく、時代を作る名馬ですわ!」
オグリキャップの軌跡を脳裏に描きながら。歩夢は深くうなずいた。
「馬と美少女……いいな」
「キテル……」
小声の奴らはもうダメだ。(2回目)
◆
取材の日より一週間あまり。
味皇ビルではグランプリ2回戦、冷やし中華勝負が行われている。
その様子を、歩夢はマンションのリビングで、テレビ越しに見守っていた。
そう、なぜかテレビ放映されているのだ。
本来なら、放映されるのは決勝からのはずなのに。
いや、理由はなんとなくわかる。理解したくないだけで、
「やっぱり一馬さんの、ほうれん草の冷やし中華、美味しそうですわね……!」
「歩夢さん! 会場すごい人ですね! やっぱり歩夢さんが審査員してるとこがテレビで写っちゃったからですかね?」
メイドの仲居さんが、歩夢が目をそらしていた真実をど直球で言い当てた。
「そんなことで、わざわざテレビまで出張って来ますかしら? もともと味皇グランプリはテレビ放映されてもおかしくない素晴らしいイベントですわ」
「でもいろんな記事で見ましたし、特番なんかもやってましたし……やっぱり原因歩夢さんですよ!」
くもりなき眼で歩夢が載った新聞や雑誌を掲げる仲居さん。
元々予兆はあった。
ビジュアル的にもキャラクター的にも好感を持たれていて、それなりにメディア露出もあり、知名度もじわじわ伸びていた。
そこへ、インパクトのあるニュースとともにいろんなメディアに取り上げられた。結果、爆発的に人気が膨れ上がってしまったのだ。こんなニュースなのに。
連日の取材オファーに、テレビの出演依頼。
なぜかモデルの仕事まで舞い込んでくる始末。
矢面に立った毛利は、対応に追われてんてこ舞いになっている。
メディア関連だけじゃなく、詐欺師山師への対応もあるので大変だ。
「まあ、クッキングフェスティバルのちょうどいい宣伝になりますし、毛利さんがOKを出したオファーは受けてますけど……」
そんなふうにちょくちょくメディア露出するから、よけいに人気が出てしまうのかもしれない。
現状、外を出歩くと勝手に写真を撮られたり、見知らぬ人に声をかけられたりする。なぜかそこに母が混じっているのはともかく。
性質の悪い連中はマッチョたちの手で排除されているから大丈夫とはいえ、さすがに辟易してしまう。
なので、味皇グランプリへ応援に行くことも断念して、自宅に居るわけである。審査員になってたら、無理矢理にでも行ったけど。
「まあ、この時期でよかったと思いましょう。大きなニュースが入ればこんな話題、吹き飛んじゃうでしょうし」
仲居さんが居るのでぼかしたが、歩夢は一ヶ月後に、その事件が起ることを知っている。
リクルート事件。
未公開株の譲渡が賄賂と見なされ、リクルート関係者はおろか現職議員や官僚が逮捕されるに至った一大汚職事件である。
リクルート株の譲渡を受けた議員には名だたる大物が名を連ね、この事件が引き起こした政治不信は、消費税の導入、牛肉・オレンジの輸入自由化の逆風も手伝って、竹下内閣を総辞職に追い込んだ。さらには数多の有力議員が、総理への道を閉ざされることになった、歴史に残る出来事だ。
……事件がデカすぎますわ。もうちょっと穏便にフェードアウトしていって欲しいもんですわ。
そう願うが、起こるものは仕方ないし、止めようもない。
考えを止めて、歩夢は視線をテレビ画面に移した。
テレビでは、陽一式金魚の冷やし中華を美味しそうに食べる審査員の姿が映っている。
「あー、明日はぜったい日の出食堂で冷やし中華頼みますわ! 超ボリュームかき揚げ丼といい、最近陽ちゃんの新メニューが美味そうすぎますわ……!」
「金魚ちゃんの冷やし中華、可愛くて美味しそうですよねえ」
そんな会話をしながら。
歩夢は仲居さんと、ゆったりとした時間を過ごした。