TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
味皇グランプリは、椅子取りゲーム方式で行われている。
1回戦では、4人の参加者のうち最も評価の低い者が脱落。
同様に2回戦でも、残った3人の参加者から、1人が脱落する。
決勝に残るのは2名。
若手料理人の頂点を決める、一対一の味勝負となる。
決勝当日。
味皇ビル前は、現場で観戦しようという人の群れでごった返していた。
上空ではテレビ局のヘリが飛び、地上でも撮影班が入って、現場の様子を伝えている。
特設会場の観客席は超満員。
ホール内では複数のテレビカメラが設営され、料理会の許可のもと、特設の放送席も設けられている。
放送席に座るのは、アナウンサーの男性と……なぜか安生歩夢。
芸能活動もしてないのに、謎にブレイクしてしまった歩夢が、数ある出演オファーから、唯一ノータイムで受けたのが、この味皇グランプリの解説だった。
そりゃこんなオファー断るわけがない。
ついでに試食を、と頼んで、そっちは断られたけど。おのれブラボーおじさん。
「──はい。始まりました味皇グランプリ決勝戦。前回準決勝を上回る注目度で、現場はすさまじい熱気です! そして今回解説に、いま世間を賑わせているスーパー美少女、安生歩夢さんをお迎えしております」
「わたくしいま二十歳ですわ! 少女はちょっと勘弁していただきたいですわ!」
「さて、安生さん。決勝に残ったのは、ふたりとも少年料理人ということですが」
「スルーしやがりましたわね……はいですわ! おふたりとも少年ながら、たしかな実力と実績を持つ超一流の料理人ですわ!」
アナウンサーにジト目を送ってから、歩夢は律儀に解説する。
さすがに美少女云々の話題を延々続けたら、放送事故もいいとこなので、それ以上は訂正したくてもできないともいう。
会場では、司会の味皇料理会イタリア料理主任、丸井善男が、決勝戦を戦うふたりを紹介している。
堺一馬と味吉陽一の名が上がって、観客席に居る、それそれに縁がある料理人やライバルたちが声援を上げた。
永田建設の社長、カレー専門店の一雄、弁当の菊池屋、ラーメンなかだ、甲来軒、熊五郎、玉川飯店、お好み焼きの岡田屋、天ぷらの天星、トロイメライの若だんな、陽一のいとこの高太郎*1。そして肉料理の天才、小西和也。ついでにジェネシスの元社長、毛利も歩夢の側で応援している。
──こういう光景、すばらしいと思いますわ!
内心で感激していると、アナウンサーが声をかけてくる。
「安生さん、ただいま紹介されました堺一馬くんですが」
「はいですわ! 一馬さんはカレーの天才とも呼ばれており、スパイスの調合に関しては日本一と言っても過言ではございません! 下町グルメ合戦の折にも“カレーの一馬”を出店して得票数1位を獲得しておりますすばらしい料理人ですわ!」
一馬が聞いたら、「オレは料理全般天才や!」と反論されそうだが、ともかく。
「では、対する味吉陽一くんはどうでしょう」
「陽ちゃんは若年ながら、数々の味勝負に勝利し、ミスター味っ子と呼ばれている天才料理人ですわ。こちらも実力は折り紙付きと言ってよろしいでしょう。味を纏めあげるセンスは超一流ですわ! おふたりの実力は、この決勝の舞台に立っていることが何よりの証明と言えますわね!」
「なるほど。味皇グランプリは、出場者に選ばれることからして、若手料理人にとって大変名誉なことだと聞き及んでおります。そのなかで勝ち抜いてきた。少年といえど当代一流の実力者ということですね!」
歩夢の解説に、アナウンサーが力強くうなずく。
実際、肉料理の天才、小西和也や味皇料理会フランス料理部主任、下仲基之を下しての決勝進出だ。それだけでも誇っていい大戦果である。
「さて、安生さん。決勝戦はピザ勝負ということですが、はたして両名はどんなピザを出してくるのでしょうか!?」
「一馬さんの注目点は、あの巨大なピザ窯──石かまどですわね! どうやら事前に工事して取り付けたようですけれど!」
話題を転じたアナウンサーに応じて、歩夢は語る。
いろいろ大丈夫なのかという気はするが、元々火を使う想定の場所だし、問題ないのだろう。
たとえ令和でアウトだったとしても、この時代なら大丈夫だという謎の信頼感が、歩夢にはあった。
「──ともあれ、あれだけ立派な石かまど。生み出す圧倒的な熱量は、短時間で、まんべんなく、ピザに熱を通せることでしょう!」
「おお、それはすごい! 一方陽一くんは……オーブンすら用意してありませんが」
「かわりに、鉄鍋でたっぷりの油を火にかけておりますわね! 具材を揚げるためか、それともピザそのものを揚げるのか……!」
歩夢は曖昧な予想を口にする。
陽一がどんな料理をするのか、知ってはいるが、この段階で断言できるのは未来人か味皇くらいだ。
「ピザを揚げる!? そんなものがあるんですか?」
「ピッツァ・フリッタってやつですわね。れっきとしたイタリア料理ですわ! ピザと言えば石窯ですけれど、大戦後、満足な設備がない状況でもピザを作れるようにと、考え出された料理ですわ!」
味っ子で興味を持って、調べた結果得た知識である。
だが、そんな事を知るはずがないアナウンサーは、歩夢の解説に感心しきりである。
「なるほど! かたや会場で工事してまで本格的なピザ窯を作り、かたや必要から生み出された、ピザ窯のない場所でも作れる料理法を持ち出してきた、と」
「そう。そしてどちらも正解ですわ! 自分が取れる限りの手段を模索し、足りなければ工夫を凝らす! すべては相手に美味しく食べてもらうため! エンジョイクッキング! おふたりの料理、食べてみてーですわ!」
テンションアゲアゲで語る歩夢。
最後は解説というか、もうただの本音である。
「たしかに美味しそうですね! ……と、安生さん。一馬くんはどうやら複数のチーズを用意しているようですが!」
「そのようですわね! チーズをブレンドして味わいに深みを出そうとしてらっしゃるのでしょうか!」
これも、実は会場のコンディション──温度や湿度などに合わせて、使うチーズを変えるつもりだと知っているが、歩夢はすっとぼける。
「なるほど。それから……なんと! 一馬くんはズンドウに水を張って火をかけております!」
「調理台にパスタが用意されておりますわね! つまりは、パスタを茹でようとしている可能性が……!」
「ええっ、まさかピザの具にパスタを!?」
出来らぁ! と思わず言いたくなってしまう振りに反応しかけて、歩夢は自重する。
「たしかに、びっくりするような取り合わせですわよね! でも、よく考えれば、トマトソースもチーズも、パスタとの相性は良好ですわ!」
「でも炭水化物に炭水化物を……」
「
急に早口になった歩夢に、気圧されるアナウンサー。
なおそれに加えてジャガイモも用意されているので、炭水化物の三乗である。それでも美味しく仕上げてくれるんだろうなって信頼感はあるけど。
「す、すみません──陽一くんのほうですが……おおっと、これはかぼちゃの花を切り刻んで炒めているのか? どういう意図なんだ?!」
「イタリアではかぼちゃとかズッキーニの花を、ピザやパスタの具材として使ったりしますわ! チーズとの相性もいいので、味のアクセントに使うのだと思いますわ!」
「それは……破天荒に見えて本場の工夫が光る料理ということですね!」
歩夢の説明に、アナウンサーが感心する。
この言い方だと陽一が少年ながら、イタリア料理に精通しているかのようだが、実際は一から全部編み出しているのである。それはそれで凄い。
「はいですわ! めっちゃ美味そうですわ! 食べてみてーですわ!」
真実を言うこともないので、歩夢は勢いだけで誤魔化した。
「さて。かたや一馬くんですが……カットしたジャガイモ、茹でたパスタの上に……白いものが振りかけられて?」
「おそらくシラス……たぶん釜揚げシラスでしょうか! 意外やチーズにも合うんですわ!」
「そしてチーズを乗せて──いま石窯にピザを入れ、焼きあげにかかりました! 離れた観客席から見てもわかるすごい火力です!」
「いい匂いがしてきましたわ! 美味そうですわ!」
解説というより素の反応を返す歩夢。
実際、香ばしい香りが漂ってきたのだが、鼻をくんくんさせる姿は、ちょっと犬っぽい。
カメラマンがちょっと癒やされている。
「そして……陽一くんのほうも、具材を生地に乗せております! 生ハムにパイナップル、それに……ウニと生卵!?」
「ウニと生卵の相性は最高ですわよ! そこにチーズを加えたら、パスタに絡めて食べたくなりますわ!」
「美味しそうですね! そして陽一くんも焼きに入ります! こちらは安生さんの予想通り、ピザを揚げるようです! 二つ折りに畳んだピザを揚げております!」
「見てるだけでいい匂いしてくる気がしますわ! 中身の具材も程よく熱が通って、きっと卵もとろとろの半熟ですわ! 美味そうですわ! というか食べれないのにこの解説はわりと拷問ですわ! ちょっとくらい食べさせていただきてえですわ!」
本音全開で主張する歩夢。もちろんそんな無茶は利かない。
日の出食堂で金魚の冷やし中華を食べさせてもらったが、あれもテレビで見た夜は夢にまで見た。なんなら一馬のほうれん草の冷やし中華と下仲さんのサラダ風冷やし中華はいまでも夢に見てる。
「はい! 見ているだけで美味しそうな双方の料理、いま出来上がりまして、審査に入ります!」
歩夢のタガが外れそうになっているのを、アナウンサーが上手くまとめて。審査員の試食が始まった。
◆
出された料理を、美味しそうに食べながら評価する審査員たち。
リアクションからして美味しそうで、食べられない歩夢からしたらもはや拷問である。おのれブラボーおじさん。
それから、長時間の審査の末。審査員のブラボーおじさんから、ジャッジが下された。
「──それでは、審査の結果を発表します。第28回味皇グランプリコンテストの結果は、引き分けです!」
前代未聞の結果に、会場は騒然となる。
「これは……引き分けの結果となりましたが、安生さん」
「審査時のお言葉からも分かる通り、味皇グランプリの審査員各位は、それぞれたしかな味覚をお持ちですわ! その上で引き分けのジャッジを下した。これはおふたりの料理が非常に拮抗している事を示しておりますわ! 食わせろですわ!」
両者の料理は優劣つけ難く、また欠点もなかった。
ブラボーおじさんの説明が終わるのを待って、歩夢は言葉を続ける。
「──なにより。スパゲティを乗せたピザって、揚げたピザってどんな味がするのでしょう? そんなワクワクが、おふたりの料理にはありましたわ! エンジョイ・イーティング! ワクワクこそが最高の調味料ですわ! みなさまも、一度食べてみたいですわよね!」
「そうですね! どちらも味皇グランプリの優勝に値する、すばらしい料理でした!」
応援席からの万雷の喝采とともに。
あらためて、両者優勝が宣言される。
歩夢も、めいっぱいの拍手をふたりに送った。
どちらも天才と呼ばれた同い年の少年料理人。
それが、等しい技量を持ち、ともに切磋琢磨するライバル関係にある。
そんなふたりが、おたがい自分にできる最高の料理を出して、その結果の、引き分け。
これからも、幾度も腕を競い続けるライバル。
そんなふたりが、肩を並べて味皇から優勝トロフィーを受け取り、掲げる姿を見て……歩夢は思わず感動の涙を流して、アナウンサーにドン引きされた。