TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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48 フライ・フライ・フライ

 

 夕方の日の出食堂は、いつものごとく大繁盛だ。

 かろうじてカウンター席に滑り込んだ歩夢は、フライ定食を注文した。

 本日、日の出食堂のメニューに加えられたばかりの料理で、歩夢が今日来た目的だ。

 

 味皇グランプリに優勝した陽一に目をつけた三友商事が、20以上ある自社の社員食堂のひとつを彼に任せようとしたのが始まり。

 そこに味将軍グループの刺客……というより、弟の敵討ちのため、阿倍二郎の兄、【阿倍一郎】が、ゴリ押しで陽一監修の店の隣に、同じフライ専門店を建てて、対決することになった。ちなみに阿倍一郎は白髪でもドクターでもないしフンフン笑いもしない*1

 

 紆余曲折あって、勝負は陽一の勝利に終わったのだが。

 なにせ阿倍一郎のフライ定食は、この機会にしか食べられない。

 その時後回しにしたフライ定食を、今日食べに来た……のだが。

 

 陽ちゃんの料理のなかでも問題児。

 おかずはフライとフライ。ご飯もフライというフライづくしの上に、トマトと南部せんべいの味噌汁という。

 

 

 ──やっべーですわ。知ってたつもりですけど実物のインパクトぱねえですわ!

 

 

 歩夢は、目の前の料理に圧倒される。

 

 見た目オールおかずである。

 しかもキャベツの千切りに違和感を覚えるレベルで彩りがない。茶色ばっかりである。

 

 思わずガン見していると、調理場から、陽一が声をかけてきた。

 

 

「ちなみにグリンピースのピラフのフライは、食いしん坊向けの追加メニューで、普通のフライ定食はシソと白ゴマの混ぜご飯だよ!」

 

「あ、ちょっと安心しましたわ」

 

「あっはっは。いくらオレでも、普通の人に揚げ物で揚げ物を食べさせるような真似はしないよ!」

 

 

 激しく原作を見せたくなったが、無いものは仕方ない。

 暗に歩夢が食いしん坊だと言われてる気がするし、カロリー爆弾な気もするが、そんなことより実食だ。

 

 

 ──まあ、味に関しては心配しておりませんけれど……

 

 

 なにせ陽ちゃんの料理だ。美味しいに決まっている。

 

 いややっぱちょっとだけ不安だ。

 特に、再現料理であんまり美味しいって話を聞かない、トマトと南部せんべいの味噌汁。

 

 不安になりながら、件の味噌汁を飲んでみる。

 味噌は薄めで、かわりに出汁がしっかりと利いている。

 トマトの旨味が出汁に絡んで、麩のように膨らんだ胡麻せんべいの風味と香ばしさが、見事に調和させている。

 

 

「なるほど……なるほどですわ……」

 

 

 こくこくとうなずく。

「うっめーですわ!」って感じじゃなく、感心するような美味しさ。

 美味すぎないのは、おそらくフライの味の邪魔をしないようにだろう。

 

 

 ──で、肝心のフライですけれど……

 

 

 まずは魚のフライ。

 魚は小指大に切ったヒラメ。

 それに茶そば、黒ゴマ、スライスアーモンド、ハルサメを衣にしたフライ。

 最後のひとつ──ぱっと見普通のフライだが、ビールを隠し味にしている。ほろ苦さが絶妙だ。

 

 

「これは、見た目も楽しくて、いろんな食感や風味を味わえて……うっめーですわ!」

 

 

 味噌汁で口を新しくして、今度はピラフのフライに箸を伸ばす。

 形がフライになっているので、なかなかご飯と認識できないが……

 

 箸でフライを割って、一口。

 

 

「うっめーですわ!」

 

 

 料理法から言っても、ピラフというよりはケチャップライスか。

 グリンピースのほくりとした味が、いいアクセントになっている。

 衣との間に仕込まれた紫蘇の葉が、ややもすればしつこくなりがちなフライをさっぱりと食べさせている。

 

 単品としては本気で美味しい。

 これと味噌汁だけでも、立派なメニューになるだろう。いややっぱりフライに肉とか仕込んで欲しい。

 

 

 ──そういえば味っ子2で、トンカツをご飯ごと揚げた“オールインワンカツ丼”とかありましたわね。

 

 

 そんな事を考えながら、歩夢はメインのトンカツに箸を伸ばす。

 大根おろし、アサツキ、レモン汁としょうがを混ぜたソースで煮込んだ、陽一得意の二度揚げのトンカツ。

 

 

「こっちもうっめーですわ!」

 

 

 さっぱりとした酸味のある大根おろしソース。

 肉厚のトンカツを噛めば、じゅわりと滲み出る肉汁。

 旨味の洪水が、口の中を満たして。ピラフのフライに箸を伸ばす。

 

 トンカツとケチャップライス。合間にキャベツの千切り。

 自然味噌汁に手が伸びて、新しくなった舌で魚のフライを食べる。

 

 箸が止まらない。

 口の中が幸せでいっぱいだ。

 幸福感のまま、夢中で箸を進めて。

 すべての料理を食べ尽くすのに、それほど時間はかからなかった。

 

 

「美味しい。美味しかったですわ、陽ちゃん!」

 

「へへー。ちょっとしたもんでしょ?」

 

 

 歩夢の言葉に、陽一は得意気に胸を張る。

 歩夢の反応で、例によってフライ定食の注文が爆増したのは、ともかく。

 

 

「見た目のインパクトといい、美味しさといい……阿倍一郎さまのフライ定食に勝ったのも納得ですわ!」

 

「あの勝負がいい宣伝になって、フライの店味っ子は毎日超満員さ!」

 

「味皇グランプリに優勝した少年料理人ってことで、もとから話題性バツグンでしたものね! それに加えて、ですものね!」

 

「まあねっ! ……ときどき一馬のやつと勘違いされたりするけど」

 

 

 陽一は不満を漏らすが、仕方ない。

 優勝者ふたりが、どちらも同じ年頃の天才少年料理人なのだ。そりゃ間違えもする。

 

 

「まあ、よく知らないと間違えてしまうかもしれませんわね。一馬さんも似たようなことおっしゃってましたし」

 

「……あれ? 歩夢さん、一馬と仲いいんだ?」

 

 

 陽一が意外そうに尋ねてくる。

 そういえば歩夢と一馬の絡みは、永田社長や一雄関係なので、地味に陽一とはすれ違いになっている。

 

 

「はいですわ! 実は永田建設からの出向で、うちの会社のフードプロデュースのお手伝いをしていただいてるんですわ!」

 

 

 なお、未成年なので、毛利社長同様、表に立てない。

 一応、お手伝いとして黒背広が出向してきてくれたのがありがたい。

 ここで飲食店経営のノウハウを蓄積して、将来味ビルの経営に活かす目論見なので、まあウィンウィンだ。初手で仕事ヤバい量ぶん投げられまくるとは思わなかっただろうけど。

 

 

「フードプロデュース……一馬のやつ、なんでまたそんなことを?」

 

「陽ちゃん陽ちゃん。陽ちゃんがいろんなお店のメニュー考えてるのもフードプロデュースですわ。一馬さんは、陽ちゃんに勝つための修行として、わたくしを手伝ってくださってるのですわ!」

 

「あ、なるほど。言われてみりゃそうなるのか」

 

 

 陽一は納得したように手を打つ。

 

 あと、弟子を取ったのも修行の一環としてだ。

 飲食店で経営の手を広げようと思えば、どうしても他の料理人の手がいる。

 弟子を取り、人に技術を教えるノウハウを蓄積しながら、自分も知識や理解を深めていく。

 

 すべては、ライバルに勝利するために。

 

 

「へへっ。オレに勝つためか……こりゃ敗けてられないねっ!」

 

「そうですわね! 技量等しい天才ふたりが、たがいに切磋琢磨する! すばらしいですわ!」

 

「ま、いまのところ1勝2引き分けでオレの勝ち越しだけどね!」

 

 

 ──あ、そこはこだわるんですわね。

 

 

 歩夢は思ったが、戦闘民族なんだからそりゃそうだろう。

 

 そんな話をしていると。

 ふいに、陽一がいたずらを思いついたような表情になる。

 

 

「あー。でも、歩夢さん一馬の味方になっちゃったかー。もう料理の相談できないかもなー」

 

 

 あからさまに棒読みで、冗談以外のなにものでもなかったが、歩夢は顔色を変えた。

 

 

「え? あ、そんな……! 一馬さんにはアドバイスとかしておりませんわ! どうかお慈悲を! 陽ちゃんの新メニューの試食をさせてくださいまし……!」

 

 

 こんな絶望することある……? ってくらい顔を曇らせ、懇願する歩夢に、今度は陽一が狼狽する。

 

 

「あ、歩夢さん。じょーだん、冗談だよ! そんな深刻にならないで!」

 

「冗談ですの? 大丈夫ですの? わたくし陽ちゃんの料理食べていいんですの?」

 

「う、うん……ちょっと、顔近いから」

 

 

 歩夢が身を乗り出すと、陽一は視線をそらす。

 相手が歩夢とはいえ、顔が良すぎる女に至近距離まで詰められたら、思春期の少年が直視なんて出来るわけない。たとえ相手が歩夢だとわかっていても。

 

 陽一は視線を左右に揺らして。

 

 

「そうだ! 歩夢さん、お店に飾るサイン書いてよ! そしたら味方ってことで試食もしてもらうから!」

 

「え、わたくしのサインを飾るんですの? なんか有名人みたいですわね」

 

「歩夢さんむちゃくちゃ有名人だよ! テレビや雑誌に何度も出てるじゃない!」

 

 

「えっ!?」って顔になった客たちの心情を代弁して、陽一が突っ込んだ。

 言われてみればたしかにそうなのだが、芸能人のサインに交じって自分の色紙が並ぶところを想像すると、歩夢には違和感しかない。無いのは自覚だけど。

 

 とはいえ、ひとまず落ち着くべきところに落ち着いた所で。

 話を聞いていた常連たちが、口々に声を上げ始めた。

 

 

「そりゃズルいよ陽ちゃん! 俺も歩夢ちゃんのサイン欲しいぜ!」

 

「オレも。今度色紙持ってくるから、サイン書いてくれないかな!」

 

「孫娘が歩夢ちゃんのファンでなあ。オイラんとこにもサイン頼めねえか?」

 

「おれも! 色紙がないからとりあえずシャツに!」

 

「出来ればオレのマッスルに直接!」

 

 

 マッスル以外の、その場に居た全員にサインすることになったのはともかく。

 出来上がったサイン入り色紙を見て、陽一は感想を漏らす。

 

 

「歩夢さん。これサインというか書道……」

 

「し、仕方ないじゃありませんの! サインのデザインとか考えてないんですのよ!?」

 

 

 ともあれ。この日から。

 筆書きされた、えらく達筆なサインの入った色紙が、日の出食堂に飾られることになったという。

 

 

 

 

*1
アニメ版である。

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