TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
博多三人衆。
ミスター味っ子において、そう呼ばれる少年料理人が居る。
そば屋「芝闘庵」の少年店主、蕎麦打ちの達人【
洋菓子店「Mon Chateau」のチーフシェフ、ケーキのアーティスト【
そして料理店「なかえ」の主人、素材の魔術師にしてミスター鍋っ子【
この3人は、ぜひともクッキングフェスティバルに招いておきたい。
とくに中江兵太は、鍋勝負において陽一を破り、以後もライバルとして活躍する天才少年料理人だ。勧誘しない選択肢はない。
──まあ難易度は激高なんですけど。
なにせ相手は素材の魔術師。
素材に拘り、とくに野菜の類は自ら畑で育てている。
自然、食材は「畑と相談」になり、1日20食前後しか提供出来ていない。
これではクッキングフェスティバルで勝負するのは厳しい。
一応、食材の確保には、最大限協力するつもりでいるのだが。
──こりゃもう当たって砕けるしかないですわね!
歩夢の選択は出たとこ勝負である。
誘わなくては可能性はゼロなのだ。
だったら特攻するのが安生歩夢である。
と、いうことで。歩夢は博多行きを決めた。
できれば陽一たちに同行したかったが、博多三人衆との勝負は約一週間。
さすがに会社が多忙な中、そんな長期間東京を離れられない。というか毛利がかわいそうだ。
結局6月中旬、博多三人衆との味勝負を終えた陽一たちと入れ替わりで、歩夢は空路で博多に向かった。
同行者は3人。
毛利のかわりにメイドの仲居さん。
そして話を聞いてついて来たがった鷹ノ宮桜花と、その執事の佐次郎だ。
博多三人衆の勧誘ついでに、それぞれの料理を食べて回るつもりなので、一泊。「なかえ」の混み具合によっては二泊までは粘る予定だ。
宿泊が入るので、一雄との同行は最初から選択肢に入っていない。
悲しい顔をしていた一雄だが、大丈夫だ。明太子と河合のケーキをお土産に買って帰る予定だ。
そういう問題じゃないのはみんな知ってるが、突っ込む人間は居なかった。
◆
「博多ですわーっ!!」
福岡空港を出た所で、歩夢は空に向けて両手を広げた。
梅雨時だが、空は晴れていて、風が強い。歩夢のスカートの裾がはためいている。
「歩夢さんっ! 楽しみですねっ!」
歩夢との旅行が初めてな仲居さんが、楽しそうに肩を並べる。
ちなみにメイド服姿だ。
旅行カバンと肩掛け電話を抱えていて、重装備だ。
執事の毛利の代わりとして来たから、体裁としては業務中だから……というのは言い訳で、服飾規定なんてないから完全に趣味だ。
「ですわね! まずはレンタカーを借りて、
「そ、そうね……!」
歩夢と仲居さんの会話に、桜花ががんばって入っていく。
友達の友達と、ついに顔を合わせることになってしまった桜花は、いまだ仲居さんとの距離を測りかねているのか、対応もぎこちない。仲居さんがメイド服なのも問題なんだけど。
執事の佐次郎は、はじめてのおつかい*1で子供を見守る親の表情で、桜花を見守っている。
「ワクワクします! わたし飛行機乗ったのも初めてなんですよ! 鷹ノ宮さんは旅行って、たくさん行ってそうですよね!」
「わ、わたし?」
仲居さんがグイグイ行くので、桜花は気圧されている。
たぶん「相手も歩夢と仲良しだし、いっしょに旅行行くなら友達でいいよね!」くらい雑な意識で距離を詰めてる。メイド服なのに。
ふたりに挟まれた歩夢は、優しい目で桜花の頑張りを見守ることにした。
「……よく考えたらわたし、遊ぶのって近場ばっかなのよね。男連れでの泊まりは親が許してくれないし」
「お、男連れ……やっぱり鷹ノ宮さん、ススんでるんですね」
仲居さんの顔が真っ赤になる。
言ってる内容的にもまったく進んでないんだが、仲居さんにとっては刺激的な発言だったらしい。
「えーと、家が厳しいって話をしたんだけど……門限厳しいし」
「あ、鷹ノ宮さんのお家って、あの鷹ノ宮のお屋敷ですよね!? やっぱりメイドとかいるんですか!?」
困惑する桜花に、仲居さんがぐいっと距離を詰める。
微妙に話題がズレたが、仲居さんは興味のあることに一直線だ。
「そ、そうね。使用人なら居るわ。あなたみたいな若い娘はいないけど」
「使用人! 屋敷の使用人! いいですね! 歩夢さんも洋館とか興味ないですか!? 行ってみたくないですか!?」
仲居さんが欲望全開すぎる。
ちなみに歩夢のマンションは、仲居さんが本格的にメイドするようになってから、雰囲気が洋館風になってきている。
とくに改装したわけじゃないのだが、小物とかちょっとしたアイテムだけで、それっぽい感じが出るのだから面白い。
「たしかに。桜花さま、一度遊びに行かせてもらってよろしいでしょうか?」
「えっ、わたしの部屋に友達が? ──じゃない。え、ええ。いいわよ。歩夢も、メイドもぜひ来てちょうだい」
なんだか前半悲しい台詞が聞こえた気がするが、歩夢は聞こえないふりをする。
仲居さんはお屋敷に行けるのがうれしすぎたのか、恍惚となっている。
執事は「お嬢様よかったですね……」と後方保護者ヅラである。
「ありがとうございますわ桜花さま! ぜひ遊びに行かせてくださいまし!」
「ありがとうございます! ありがとうございます! 仲居です!」
そんな感じで、わちゃわちゃしながら。
一行は車を借りて、博多三人衆のお店巡りに向かった。
◆
そば屋「芝闘庵」。
「なにぃ! 陽ちゃんとまた戦えるとかや! 芝闘庵、岩川清也。望むところたいっ!」
「わー、本物ん歩夢ちゃんやー! テレビで見るより美人やわー!」
「うっめーですわ!」
洋菓子店「Mon Chateau」。
「陽一君と勝負か! しかも今度はおたがい得意な分野で! 望むところだ! この河合潤二郎、喜んで参加させてもらおうじゃないか!」
「うっめーですわ!」
もともと博多三人衆の中でも、戦闘民族度が陽一並な2人は、クッキングフェスティバルへの参加を即快諾してくれた。
お店で供された鴨南蛮やケーキが絶品だったのは言うまでもない。
執事は鴨南蛮をおかわりしていたし、メイドはケーキをお腹いっぱい食べていた。
そうして初日の目的を果たした一行は、福岡市内の高級ホテルに宿泊し、のんびりと骨を休めた。
なぜか部屋に仲居さんが乗り込んできたり、敗けじと桜花が乗り込んできたり、なんだかパジャマパーティ的なものが始まったりしたのは、ともかく。
翌日、一行は最後の目的地に向かった。
◆
博多のはずれ、山中の料理店「なかえ」に、車がたどりついたのは、11時過ぎだった。
「着きましたわ! なかえですわ! 素敵ですわ!」
「開店が夕方4時なのに、こんなに早く着いて大丈夫なの?」
テンション爆上げの歩夢に対して、桜花は眉をひそめる。
「早く着かないとダメなんですわ!」
歩夢は強く主張し、店の軒先を指差す。
山深い土地に建てられた、茅葺きの一軒家。
簡素ながら、手入れの行き届いた庭の中には、ベンチが並べられていて、そこにはすでに、順番待ちの客が数人座っている。
イケイケ女とテレビで見たお嬢様とメイドと執事という人目を引くメンツなので、奇妙な目を向けられたが、大丈夫だ。問題ない。どうせいつものことだ。
「すごいわね。こんなに早く来て一番じゃないなんて」
「それだけ人気ってことですわね! 先日テレビで紹介されましたから余計ですわ!」
「ほへー。芝闘庵もケーキ屋さんもすっごい人気でしたけど、このお店もすごいんですね!」
桜花の言葉に歩夢が元気よく答え、仲居さんが感心する。
パジャマパーティのおかげか、桜花と仲居さんの距離が縮んでいる。
桜花はちょっぴり、仲居さんはガッツリだ。
執事の佐次郎が、あらかじめ用意していたのだろう。
歩夢たちが座るベンチに、そつなくクッションを置いてくれた。
「お手洗いは裏手にあるようです」
必要な情報だったが、執事は顔を真っ赤にした桜花に蹴られた。
ふにゃふにゃな蹴りだったので、ぜんぜん痛そうじゃなかった。
それから、持ち込んだお弁当で昼食を取り、雑談しながら待つこと5時間。
順番待ちの客が、ベンチに座りきれず、あふれ始めたころになって、ようやく店の扉が開いた。
出てきたのは、鼻の頭に絆創膏を張った、純朴そうな風貌の少年。
ぼさっとした長髪を後ろでまとめ、額には赤いヘアバンド。
襟に屋号の入った半纏を着た、非常に特徴的な和装の少年料理人は、間違いない。中江兵太だ。
「みなさん、たいへんお待たせしました。料理の用意が整いましたので、お入りください!」
長々と待っていた客たちが歓声を上げる。
仲居さんも歓声を上げ、桜花も「やっとか」とばかり息をつく。
歩夢は無言のまま勢いよく立ち上がり、ピースサインでバンザイした。
「本日は畑の機嫌もよく、食材もいいものが手に入りました。とはいえ、お出しできる料理には、やはり限りがあります。本日のお客様は40人でお願いします!」
中江兵太が頭を下げる。
歩夢たちは余裕で食べられるが、テレビの影響がまだ収まっていないのだろう。順番待ちの人数は50をゆうに超えている。
みんなで列を作って並び、誰かが「ひのふのみ……」と数えていって、ちょうど40を数えた所で、歓声と悲鳴が上がった。
悲鳴のほうが、ブラボーおじさんの声だった気がするが、ともかく。
歩夢たちは中江兵太の案内で、店内に入る。
木造の店内は、年季が入っているが、手入れが行き届いていて、どこか懐かしい雰囲気がある。
畳張りの小上がり席*2に腰を落ち着けて、待つことしばし。料理が運ばれてきた。
そら豆ご飯と、豆腐とわかめの味噌汁、ししとうの煮浸し、なすの田楽。それに、鍋。
「──水炊きですわ!」
卓上かまどに乗せられた鍋の蓋を開けて、歩夢は歓声を上げた。
ぶつ切りにされた骨付き地鶏肉から出る旨味をいっぱいに含んだ、白濁したスープ。そこに豆腐や旬の野菜がたっぷり入った、いわゆる博多水炊きだ。
陽一との味勝負で出した、穴子をメインにした酒粕鍋とは別物だが、元々日替わりでメニューが変わってしまうから、こればかりは仕方ない。また冬のいい時期に来ようと、歩夢は心に決めた。
「お肌にいいって話を聞くわね」
「え、本当ですか!?」
桜花の言葉に、仲居さんが食いつく。
水炊きは鶏骨から溶け出したコラーゲンがたっぷり入っているため、肌にいいという。
ちなみに歩夢たちの中で、年齢的には仲居さんが歩夢のひとつ下で、一番若いのだが、肌年齢的には歩夢が圧倒的である。
昨晩もそのことに関して、桜花と仲居さんに二人がかりで指摘され、スキンケアの方法について、根掘り葉掘り聞かれた。
歩夢はたいしたことはやってない。たぶん体質──もっと言えば体の年齢が、戸籍上の年齢より若いのが原因なのだが、正直に答えるわけにもいかない。
結局、「長時間の睡眠とストレス溜めないこと」と誤魔化したら、めちゃくちゃ納得された。
「お取り分けします」
執事の佐次郎が、全員に取り分ける。
まずは湯呑に水炊きのスープを入れ、続いて小鉢。
水炊きの出汁に、柑橘の香りのするポン酢ベースのツユを加えて。4人はそろって手を合わせる。
「いただきます──うっめーですわ!」
湯呑のスープを一口呑んで、歩夢が歓声をあげた。
長時間炊かれたことで、極限まで抽出された鶏の旨味。
丹念にアク取りされたのか、一切の雑味もなく、使い込んだ鍋から滲み出たであろう別種の旨味が、鶏の旨味を層倍に引き立てている。
続いて、小鉢に箸をつける。
ぶつ切りにされた鶏のもも肉は骨離れもよく、スープをたっぷりと吸い込んで、噛むたびに旨味があふれてくる。
鶏肉団子は、選びぬかれた地鶏のミンチの濃厚な旨味に加えて、軟骨だろうか。コリコリとした食感が実に楽しい。
豆腐も、野菜も、水炊きの旨味をよく吸っていて、あっさりとしながら滋味深い味わいを、ポン酢が引き締めている。
一見ただの水炊き。
だが、吟味され尽くした食材。
それぞれの食材の美味しさを、丹念に引き立てる、誠実極まる工夫と調理。
素材の魔術師、ミスター鍋っ子。
その名にふさわしい料理だ。
「──やっべーですわ。美味すぎますわ。やっべーですわ」
魂を抜かれたような表情になりながら、歩夢は箸を進める。
そら豆ご飯も、豆腐とわかめの味噌汁も、ししとうの煮浸しも、なすの田楽も。
それぞれ素材の味が最大限に引き出されて、口の中が幸せでいっぱいになってしまう。
桜花と仲居さんが、がんばって水炊きの出汁を呑んでいるのはともかく。
それほど時間をかけずして。歩夢たちは料理をすべて平らげてしまった。
「ごちそうさまですわ! すべての食材に感謝ですわ!*3」
「──そこまで感激してくれたら、僕も料理を作った甲斐があるよ」
歩夢の言葉に続けるように、声がかけられた。
中江兵太だ。
歩夢たちの元に歩み寄りながら、少年料理人は言葉を続ける。
「はじめまして、安生歩夢さん。あなたのことは、清也や潤から聞いてます──そして、ここに来た理由も」
「そういえばお三方はライバルであり、良き友人ですものね。話は回っていてもおかしくありませんでしたわね……ですが、ここに来た理由はふたつで、もうひとつの理由は、中江兵太さま! 貴方の料理が食べたかったからだと言わせていただきますわ!」
「ありがとう。光栄です……正直な話、陽一君たちとまた戦えるなら、クッキングフェスティバル、僕も参加したい。だけど、その前にお願いがあるんです」
「ありがとうございますわ! なんでも言ってくださいまし!」
思わぬ好感触に驚きながら、歩夢は続きを促す。
正直、一言目には「食材が確保できないし無理」って断られることを覚悟していたのだ。
中江兵太は、うなずいてから、口を開く。
「勝負の場となるのは東京。僕の育て上げた大切な野菜たちを連れて行くのは難しい」
ちょっとアニメ版みたいなこといい始めたが、大丈夫だ。まだセーフの範疇だ。
「──だから、たしかめたい。東京で、僕が思うような食材が手に入るのかを……そのために、僕は一度東京に行く。返事は、それからにしたいんです」
少年の言葉には、熱が込もっている。
当然かも知れない。温和なイメージのある中江兵太だが、反面激情を示す場面もあり、なにより岩川清也や河合潤二郎と味勝負をした戦闘民族なのだ。
中江兵太の言葉に、歩夢は強く、うなずく。
「もちろんですわ! そして食材調達には、わたくし安生歩夢が全力で協力することを、お約束いたしますわ!」
ふたりのやり取りを聞いて、店の中で歓声が上がる。
「おお、なかえの料理が東京でも食えるのか!」
「応援するぜ兵ちゃん!」
「こりゃオレたちも東京に行かなな!」
「味っ子に負けなしゃんな!」
常連や遠方から来たお客たちの応援に感激ながら、中江兵太は皆に頭を下げる。
「みんな……ありがとうございます! すみません、そんな事情で、しばらくお店は閉めさせてもらいます!」
翌日そのことを知ったブラボーおじさんは泣いた。