TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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05 未来であなたに会いに行く

 

 

 1987年5月24日、東京競馬場。

 牝馬クラシック優駿牝馬(オークス)が行われることもあって、場内は人でごった返している。

 負けが込んでいるのか、不機嫌な顔してかけそばをすすってるおっさんを横目に、歩夢は煮玉とりそばに、いなり寿司をつけてご満悦だ。

 

 

「うめぇですわ!」

 

「美味いはいいけど……歩夢ちゃん、馬券買いにいかなくていいの?」

 

「そうですわね。急ぎで大金が要るわけでもなし、今日は2、3レースに絞って勝負していこうと思いますわ」

 

 

 歩夢は落ち着き払ってそう答えた。

 金は必要だが、あまり抱えていても仕方がない。

 使い道のない金のために、目立つリスクを負いたくないというのが、主な理由だ。

 

 持ち込んだデータの信頼性に関しては、歩夢はかなり信頼できると見込んでいる。

 現実として、前回のレースですべて的中しているし……実は、ここが自分が知る世界にどれくらい近いのか、数日前に確認したのだ。

 

 浅草の、母の実家が存在するのか。

 おそらく一番手っ取り早い確認法だろうと、浅草に偵察に出て……あった。

 居酒屋「市女笠」。改装前なのか細部こそ違うものの、間違えようがないくらいには同じ外観だった。

 

 なんだか別の心配も生まれた気がするが、ともかく。

 

 

「大きく張るなら今日は第9レースですわね。単勝9番に慎ましく30万ほど突っ込んどきましょうか」

 

「歩夢ちゃん、地味の基準おかしくない?」

 

「重賞以上で万馬券が出るなら、そこに100万ほど突っ込みたいんですけれど、今日はありませんしね。考えなしに勝ってもお金の保管場所に困りますし……」

 

「そうか。旅館暮らしだとそうなるよね」

 

「口座作れないのはマジで辛すぎますわ……」

 

 

 言ってたそがれる歩夢。

 かといって、金庫を置くために部屋を借りるのも面倒くさい。

 なにしろ今泊まってる旅館では、部屋は掃除してくれるし寝具もきれいにしてくれる。朝食は出てくる。有料だが洗濯もしてくれる。

 

 一人暮らしより圧倒的に楽だし、なにかあったら人を呼べばいいという安心感もある。

 なんだったら部屋に金庫もついているが、サイズを考えると少々心もとない。すくなくとも億は絶対入らない。

 

 

「そういえば、阪神競馬場で午前中、万馬券が出てたんだね」

 

 

 情報が映されているモニタを見て、一雄が関心を示す。

 歩夢もモニタとスマホを確認すると、いずれも今日の阪神第4レースは万馬券になっている。

 

 

「……みたいですわね。実馬も見てないのに他競馬場の万馬券だけつまみ食い、とか、無駄に目立ちそうですので、賭けるのは直接見た馬だけ、って感じにしようと思っておりますが」

 

「歩夢ちゃん、ただでさえ目立つしね。それがいいと思うよ」

 

「っていうか、阪神レースでどっかで見た名前の騎手が居るんですけれど……レジェンド武ってこんな頃から走ってましたの!? いや、スーパークリークに騎乗してたんですからそりゃそうなんですけど……あの方の名前って襲名制とかじゃありませんわよね?」

 

 

 出走表に、見覚えのある騎手名をみつけて、歩夢は首をひねる。

 その反応に、一雄は不思議そうな顔を向けてきた。

 

 

「それって歩夢ちゃんの頃にも活躍してる騎手なの?」

 

「わたくしが生まれる前からずーっと、日本でいちばん有名な騎手やってる方ですわ。競馬を知らない人でもこの方の名前は知ってるってくらい」

 

 

 実際、ウマ娘以前は競馬をよく知らなかった歩夢も、ディープインパクトと武の名は聞いたことがあった。

 競技の世界を超えた有名人、ということなのだろう。

 

 

「ああ、相撲を知らなくても千代の富士は知ってるとか、野球知らなくても長嶋は知ってるとかそういう」

 

「どうしましょう。例えのほうがわかりませんわ!」

 

「えっ──と、そうか、よく考えりゃ歩夢ちゃんとは30年以上離れてるんだよなあ。世代が違うと考えたら、そりゃ伝わらないかもなあ」

 

 

 2023年。歩夢25歳の時に一雄は60歳近いのだから、実は相当な年代差だ。

 一雄が老け込んだ気持ちになるのも仕方ない。

 

 

「あ、シンボリルドルフとかメジロラモーヌならわかりますわ!」

 

「それ、歩夢ちゃんから見たら40年くらい前の馬だよね? なんでわかるの? いや競馬好きなんだなってのはわかるけど」

 

 

 もちろんウマ娘から入って、いろいろ学んだ結果である。

 歩夢としてはアプリとアニメと漫画全部見せたいところだが、あいにく現場で見せられるのは漫画だけである。

 

 

「あとで見せて差し上げますわ! ウマ娘シンデレラグレイっていう、競走馬を擬人化した超面白い漫画があるんですの! ぜひ布教させてくださいまし!」

 

「情報量がすごい。擬人化って……流れ星銀みたいな?」

 

「あれは犬が喋ってるだけですわ!」

 

「じゃあ映画のドラえもんの大魔境?」

 

「あれは犬が二足歩行してるだけですわ! ケモナーレベルを小出しに下げないでくださいまし! というかなんで犬に例えますの!? もっと、こう、可愛い女の子に耳と尻尾が生えた……こんな感じですわ!」

 

 

 歩夢はスマホの電子書籍アプリを立ち上げ、一雄に見せる。

 画面に表示されたのは、鮮やかな彩色がなされた銀髪碧眼ウマ耳ジャージ姿の美少女──ウマ娘オグリキャップ。

 

 

「えっその機械漫画も見れるの? というか画面触ると画像動くの!? どういう仕組み? というかマジで女の子が府中(ここ)のコースを走ってる? なんかゴールドシチーって聞き覚えある──たしか牡馬だよね!? なんで女の子に!? というかこれ来週あるダービーじゃないの!?」

 

「ふふふ、この名作をじっくりたっぷりお見せしたいところですが、先に馬券を買ってからにいたしましょうか。午後イチの第6レースと、第9レース、それと配当的には美味しくはありませんが、せっかくですのでメインレースを買っておきましょうか! のんびり応援しながらシングレを読むといいですわ!」

 

 

・リザルト

 

 第6レース  単勝8番に10万円 払い戻し金  810,000円

 第9レース  単勝9番に30万円 払い戻し金 3,360,000円

 第10レース 単勝16番に10万円 払い戻し金 180,000円

 

 

 合計 4,350,000円

 

 

 こうして歩夢は宣言通り、歩夢基準で慎ましやかに勝った。

 あとシンデレラグレイを11巻まで読破した一雄は、見事にウマ娘にハマった。

 

 

 

 

 

 

「いやあ、今日も勝ったねえ!」

 

 

 東京競馬場からの帰り道。

 一雄は上機嫌で声をかけてくる。

 

 

「勝ちましたわね! 一雄さんもけっこう勝ったのでしょう? なにか欲しい物とかありませんの?」

 

「オレはポルシェかな。中古でもいいから欲しいってずっと思ってたし……思い切って買っちゃおうかなあ。歩夢ちゃんのおかげでだいぶ儲けさせてもらったし」

 

「いいと思いますわ! ずっと欲しかったんでしょう? 目星はつけてますの? いまから探すなら絶対楽しいですわよ! わくわくですわ!」

 

 

 歩夢が自分の拳をぎゅっとにぎると、一雄は苦笑した。

 

 

「なんというか、歩夢ちゃん、オレが気づかないような楽しさを見つけ出すの上手いよね」

 

「照れますわね! でも来週はもっと勝ちますわよ。ダービーですから、多少突っ込んでもオッズは動かないでしょうし……ちょっと興味ありません? あんまり高額で勝つと、危険だから配当金を別室で受け渡しして裏口から帰されるって話」

 

「いやそりゃ興味はあるけど……歩夢ちゃんはお金稼ぎより好奇心が先なんだね」

 

「そりゃまあ、いきなりこの時代に来たんですもの。いきなり帰ってしまう可能性もあるかもしれませんわ。そうなるとお金や物欲よりも、好奇心を優先したいって思ってますわ!」

 

「そっか……歩夢ちゃん、突然いなくなる可能性もあるんだね」

 

 

 一雄がさみしげにつぶやくが、仕方がない。

 

 

「原因が不明ですので、こればっかりはわかりませんわ。一応この時代に来るときに通った路地裏は何回か通り抜けてみてるんですが、戻るような気配はありませんわね。一生このままなのか、それともある日突然戻ってしまうのか……」

 

「歩夢ちゃんがいなくなると寂しいな。いますげえ楽しいから」

 

「一雄さん、いなくなるんじゃありませんわ。36年後に行くだけ、ですわ!」

 

 

 元気のない一雄を励ます。

 歩夢の知る令和と、一雄が生きる令和は、別の世界なのかもしれない。

 だが、この世界でも母がいて、おそらくは父もいる。ひょっとしたら歩夢も生まれるかもしれない。

 極めて近い世界なのだ。ひょっとして歩夢の知る令和の下町にも、カレー専門店DHULIAがあって、一雄がいるかも知れない。

 

 

「もしわたくしが元の時代に戻ったら、ぜったいにお店に押しかけますわ! だから一雄さんも頑張って店をもり立ててくださいましね!」

 

「うん……そうだね、うんオレ店を繁盛させて、歩夢ちゃんのこと、絶対待ってるから!」

 

 

 歩夢の言葉を、噛み締めるようにうなずいて。

 一雄は、明るい顔でそう言った。

 

 

「……まあ、このまま一生帰れない可能性もあるんですけれどね」

 

「そっちのほうが、オレはうれしいかな?」

 

「そうなったら、引き続き仲良くしてくださいましね!」

 

「それは、もちろん!」

 

 

 言って一雄はアクセルを踏む。

 外を流れる景色が、一段早くなった。

 

 

 

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