TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
劉虎峰と味吉陽一の、ラーメン一本勝負当日。
勝負の場となった小亀楼は、前週の餃子2番勝負の盛況も手伝って、超満員である。
空前の大盛況に、オーナーの李小亀はホクホク顔。
テーブル席はおろか、立ち見も断るほどのありさまだが、ブラボーおじさんや
そして歩夢は……マイクを持って壇上に居た。
なぜかチャイナ服である。
ボディラインが強調されていて、細いウエストから大きなヒップにかけてのラインが美しすぎる。スリットからのぞく健康的な太ももが非常にまぶしい。
イベントを盛り上げたい李小亀と、いい写真が撮りたい記者たちと、ついでに小亀が呼んだ現地テレビ局の思惑が合わさった結果である。つまりはノリだ。
歩夢としては、宣伝になって、あと勝負の料理を食べさせてもらえるなら文句はない。
きれいに着飾った自分を見るのは嫌いじゃないし、なんならコスプレっぽくてちょっとワクワクする。
『みなさま、お待たせいたしましたわ! 小亀楼がお送りする日中少年料理人による味勝負第2弾! 中華メン対決のお時間ですわ!』
喧騒の中、圧倒的に通る声で、歩夢は宣言する。
広東語である。
台詞は決まっているので、事前に確認しておけば、話すのは難しくない。北京語は、頑張れば通じる程度には話せるし。
『──いまから2人のラーメンを、ワゴンでサービスいたします! 前回同様、先になくなった方を勝者といたしますわ!』
歩夢の宣言とともに、タキシード姿のウェイターたちが料理を運んでくる。
彼らの押すワゴンに乗っているのは、白と黒、二種類のラーメンだ。
歩夢の下にも、料理が運ばれてくる。
あらかじめセッティングされたテーブルの上に並ぶ、白黒二色のラーメン。漂う匂いからして、もう美味そうだ。
「いただきます! ですわ!」
手を合わせて日本語でアイサツしてから、歩夢は食事にかかる。
なにかアクションするたびにパシャパシャ撮られてるが、眼の前の料理が美味しそうすぎるので気にしない。
まずは、劉虎峰の黒いラーメンだ。
スープは醤油ベースだが、強く炙ったラードの油が表面に黒い膜を作っており、熱を閉じ込めている。
麺は豚の赤身を叩いて伸ばし、麺に仕立て上げた赤身麺、
具はタウナギ。脂の乗った身は、口に入れると蕩けるようだ。
そして付け添えの香菜が、この濃厚極まりないラーメンに清涼感を加えている。
「うっめーですわ!」
歩夢は歓声を上げる。
油! 油! 油! みたいな構成だが、暴力的な美味さが、そんな不満をふっ飛ばしている。
『
というひときわ大きな歓声が、会場に響いた。
つづいては、昨日も食べた陽一の白いラーメンだ。
イシモチの骨をぶつ切りにして、旨味を煮出した魚介スープ。
麺は、油でさっと揚げ、表面にパリッと香ばしい食感を加えた、不思議な食感のタマゴ麺。
具は、スープにも用いた、いしもち。それに干したけのこに、ニラのもやし。極上のスープを取り込みながら、それぞれに違った旨味と食感を加えている。
一見、昨日と変わっていない。だが。
「……うっめーですわっ!!」
昨日とは別物、とは言い過ぎだろうか。
おそらく、変えたのは本当に僅かな調味。
スープのバランスや煮出す時間、具材の分量。
だが、そんな少しの差が、料理の完成度を圧倒的に引き上げた。
こうして味わえば、昨日の料理がまだ試作であり、未完成だったとわかる。
「ブラボーブラバーブラベスト! 最高の賛辞ブラベストを送らせてもらうぞっ!」
そんなひときわ大きな日本語の歓声が、会場に響いたのはさておき。
みながラーメンを食べ終わり、2杯目、3杯目とおかわりを重ねるころには、勝負は目に見えるようになっていた。
陽一の白いラーメンはワゴンからすべて姿を消し、残ったのは虎峰の黒いラーメンだけになっている。
『決まりですわ! この勝負、日本の少年料理人、味吉陽一の勝利ですわ!』
歩夢が宣言すると、わっと歓声があがり、陽一が胴上げされる。
ちゃっかりテーブルについて、ラーメンを食べていた一雄と仲居さんも、陽一の胴上げに混じった。
歩夢も参加したかったが、どう考えても司会の立場上、不公平なのであきらめて、ウインクだけしておいた。サムズアップを返してくれた。
それから。
愕然とする虎峰の前に、師匠の【味仙人】が出てきて、敗けた理由を語った。
豚の赤身麺である燕皮。
スープ表面に浮かしたラード。
ともに豚の脂を使った味のしつこさは、香菜を使っても二杯目は食べられないものだった。
──ですが。
歩夢は思う。
脂の旨味に、熱の旨味。
日本人がラーメンに求める荒々しい情熱が、虎峰のラーメンにはあった。
もしこの勝負が、純粋に味だけを比較するもので、なおかつ審査役が日本のラーメンフリークだったら。
ひょっとして、劉虎峰のほうに軍配が上がっていたかもしれない。
まあ場所も勝負方法も、審査するのが一般客というのも、あらかじめわかっているのだ。
そこが変わるなら、陽一もまた別の工夫をしていただろうし、意味のないイフではある。
このあたり陽一は手慣れたものだ。
さすが勝負慣れしている。料理人の勝負慣れってなんだ。
「──陽一君と言われたの。小さいながら、我が弟子虎峰に勝るとはすばらしい腕前じゃわい」
歩夢がそんなことを思っている間に、味仙人が陽一に語りかけている。驚いたことに日本語だ。
「──その腕をもう一度わしに見せてくれんかな。わしは劉家総帥劉白鳳……味仙人と呼ばれる者じゃ」
「その味試し、わたくしも賞味させてくださいませ!」
歩夢は全力全開で割り込んだ。
そして「歩夢ちゃん、撮影があるから!」と記者たちに全力で止められた。
なお、後日陽一を御殿に招いた味仙人は、このことを覚えていたのか、「勝負の日に、あの娘連れてきていいよ」と言ってくれた。
味仙人の御殿で、年に一回催される、世界各国の著名な中国人を集めた晩餐会である。
取材できるものならしてみたかった記者たちは、根性で許可をとりつけたという。
◆
味仙人の晩餐会が催されるのが週末日曜日。
それまで歩夢たちは、取材のために、李小亀とともに、香港の名店と呼ばれる料理店を巡ることになった。
といって、全部のお店に行き、全部の料理を歩夢が食べるわけじゃない。
それだと、ただの歩夢ちゃん食べ歩き写真集にしかならないので、外観と料理しか写さない予定のお店も多い。
その場合、李小亀と記者と撮影班だけで取材に行ってしまうので、歩夢たちは自由時間になる。カメラマンは1人ついてくるけど。
歩夢は自由時間に、観光地を覗いてみたり、街中を散策したり、陽一の様子を見に行ったりしていた。
ビーチに行った時は、カメラマンさんに「水着の写真撮りましょう!」と熱く主張されたし、浜辺では仲居さんが目をきらっきらに輝かせてはしゃいでたし、街中を歩いていると、意外と日本人がうろついてたり、日本の会社や百貨店などが目につくことに、一雄が驚いていた。
陽一は、味勝負のための準備でいそがしく飛び回っていて、会えたり会えなかったりだ。
ちなみに餃子勝負のときの餃子は、ラーメン勝負の日に食べさせてもらっている。
そんなある日の自由時間。
商店街を歩いていると、ふと一雄が足を止めた。
見ているのは、本屋だ。
年季の入った店構え。木の本棚に、様々な本が所狭しと積み上がっている。
「……歩夢ちゃん、ちょっと本屋寄っていいかな?」
一雄が確認する。
普段見ないような真剣な表情だ。イメージとしては劇画調だ。
これは。と、歩夢はピンときた。
「先生たちへのお土産、ですの?」
歩夢の言葉に一雄がビクッと震えた。
仲居さんはキョトンとしてるし、カメラマンは察して優しい笑顔になっている。
「歩夢ちゃん、ちょっと」
一雄は少し離れたところに歩夢を連れて出して。
ほかの同行者に聞こえないよう、小声で胸の内を明かす。
「歩夢ちゃん……これは、エロ本同盟の構成員として、極めて重要なミッションなんだ。たとえ歩夢ちゃんにバレても、オレは香港のビニ本*2を手に入れたいんだ……!」
「名前からしてそれが存在意義、って感じですものね。ましてや海外、未知のものとなれば、探求心がくすぐられるのもわかりますわ。ものすごく」
歩夢はあいかわらず理解がありすぎる。
もはや縁遠い存在になってしまったものの、かつて来た道だから仕方ない。
「──一雄さん、買い物大丈夫ですの? 言葉が通じない不安があるなら、わたくしがついていきましょうか?」
歩夢は自覚なく、極めて高度なプレイを要求している。
一雄は、ものすごい勢いで首を横に振った。
「いや、無理だから。女の子といっしょにエロ本購入とかありえないから」
「気にすることありませんのに……では、ご武運をお祈りいたしますわ!」
ぎゅっと拳を握って声援を送る歩夢に、一雄は肩を落とす。
「なんかこう、汚物扱いもつらいけど、応援されるのもそれはそれで辛い……欠片も意識されてない感じがして」
小声でのつぶやきは、歩夢の耳には入らない。
異性と括るかどうかは議論が分かれるところだが、欠片も意識してないのはたしかだ。
その上で結婚してもいいと思うくらいには信頼してるけど。
「とにかく、行ってくるよ!」
気を取り直して、本屋に突入した一雄を尻目に、歩夢は仲居さんたちと合流する。
カメラマンが、「一雄くんってメイドさんに気があるんじゃねぇの?」とニヤついていた。
どうやらエロ本を買うことを歩夢にだけ話したのを、メイドさんに知られたくないと解釈したらしい。
「わたし、男性ならもっと知的で筋肉質な人が好みなので……」
一雄の与り知らぬところで、一雄はフられた。
◆
そして、週末。
味仙人の御殿には、世界中で活躍する中国の名士たちが集まっていた。
年に一回、味仙人自ら庖丁を振るう、名誉ある晩餐会だ。
振る舞われるは満漢全席。満は清王朝の中核をなす満州族。漢は漢民族──伝統的中華民族を指す。
要するに清の時代から始まった、中華全土の色んな高級料理集めてみました! みたいな宴席である。その皿数は100を数える。
そんな、華やかな宴会場のすみっこ。
歩夢と記者とカメラマン一名が、なんか急遽作られたっぽいテーブルに集められていた。
「やっべえ。どこ見ても有名人か、オレでも知ってるような名士ばっかだ……本物の社交界じゃねえか」
こういう場面でよく使われそうな、セレブという言葉が生まれるのは、2000年代初頭である。というのはさておき。
「本人の断りなしに写真撮っちゃだめですわよ。そのために料理も別途用意して頂いてるんですから」
「わかってるよ。宴会の趣旨を考えても、ここじゃ完全に部外者だもんな……ところで、歩夢ちゃん」
「はい。なんですの?」
記者の声に、歩夢は首を傾ける。
「なんか表情溶けてない? 笑顔通り越して蕩けてない?」
「すみませんわ。あまりにも料理が美味しすぎて……」
なにせ味仙人の料理である。
ツバメの巣のスープ、熊の掌の煮込み、フカヒレの姿煮……出されるメニューのどれもがどれも美味すぎるのだ。
その一品でお腹いっぱいにしたいくらいの料理が、山と運ばれてくる。惜しいと思うのと同時に、満足感もヤバい。
99の料理を堪能して。
ゴワーン、と銅鑼が鳴らされる。
『お楽しみいただきました劉家百種の満漢全席、いよいよ残るはデザートのみとなりました!』
口ひげの渋いオジサマ──味仙人の筆頭弟子の朱雀が宣言する。
『なお本日の余興として、日本人、味吉陽一君のデザートをあわせて賞味していただきます!』
わっと歓声が上がると同時、給仕によって2種類のデザートが運ばれてくる。
味仙人のデザートは、水中薔薇花のケーキ型杏仁豆腐。
杏仁豆腐の土台の上に、透明な寒天。中には薄切りにした黄桃やメロンでバラの花を型取ったものが閉じ込められている。
寒天の上には、生クリームの装飾に見立てられた、食感豊かな白キクラゲが乗せられた、香ばしい揚げプリン。
「うっめーですわ……」
歩夢は蕩けた笑顔のまま、吐息混じりの歓声を上げる。
杏仁豆腐とフルーツ、寒天の取り合わせの妙。
揚げプリンの蕩けるような甘みと香ばしさに、白キクラゲの食感。
美しさ、美味しさ、食感に香ばしさ。
五感すべてを満足させる、満漢全席のトリを務めるにふさわしい一品だ。
続いては、陽一のデザートだ。
中身をくり抜き、器に仕立て上げられたスイカの表面には、雲を背に飛び立つ白鶴が彫られている。
シロップで満たされた器の中には、様々な種類の花びらが閉じ込められた、七色のゼリー玉。それが会場の照明を受けて輝くさまは、幻想的な美しさを醸し出している。
「陽ちゃんのもうっめーですわ……」
歩夢はまた蕩けた歓声を上げながら、箸を進める。
薔薇、すみれ、キンモクセイ……閉じ込められた花の香りが、ゼリーを口にするたびにあふれ出す。
加えて、ゼリー玉と同じ大きさのライチ。種を抜いた場所にはもち米が詰められていて、歯ごたえのアクセントを加えている。
そして、やはりゼリー玉と同じ大きさの丸い杏仁豆腐には、揚げたクルミが擦り入れられていて、絶妙な香ばしさを演出している。
「ヨーイチ!」
「決めっ!」
会場の上々の反応に、李小亀の息子、小龍と陽一が、腕をクロスさせて喜ぶ。
陽一の、味仙人にも敗けないすばらしい工夫に、劉虎峰は喜びにも似た表情で、拳を握り込んでいる。
──いけますわ!
その反応に、歩夢は勝負が終わったら速攻勧誘に行こうと心に決めた。
そして。
『──この味比べ、双方すべての要素が最高の仕上がり! 従ってこの味比べ互角! 引き分けとする!』
味仙人と陽一の勝負に、引き分けのジャッジが下された。
その後。味仙人は、陽一に話す。
かつて、彼が唯一対等の勝負をした日本人がいた事を。
その名が、陽一がその背を追う、今は亡き下町の包宰、味吉隆夫だということを。
陽一は、奇妙な因縁に驚きながらも、これから歩む道行を応援する味仙人と、そしてすばらしい好敵手を称える劉虎峰と固い握手を交わす。
そんな光景に、淡い感動を覚えながら、歩夢は心の中で考える。
──なんかすっげーいい感じにまとまってますけど……どうやって陽ちゃんのお父様の、捜索協力の話を持ちかけましょう。
歩夢自身、中国現地の伝手がないので、手詰まりになっていた。
なので味仙人や李小亀に協力してもらえたら、と思っていたのだが……いま切り出すとどう考えても台無しなので、歩夢は困った。
ちなみに虎峰はクッキングフェスティバル参加を、二つ返事で了承してくれた。