TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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52 真夏の氷菓

 

 

 陽一が香港を発ち、日本に帰国した日の夕方。

 歩夢一行も一通りの取材を終え、明日には帰国という段になって。歩夢は李小亀と面会した。

 

 陽一の父、隆男に関して相談するためである。

 

 

「わたくし、中国で探している方がおりますの。ですが、いかんせん雲をつかむような話で」

 

「ほう、本土のほうで」

 

 

 場所は、小亀楼の社長室。

 伝統的な中華風の内装が趣深い部屋で、おたがいソファに座って話し合う。

 

 故人の話だ。

 いつものようにいきなりぶっ込まず、歩夢は順序立てて話を進める。

 

 

「ええ。その方は、わたくしがお世話になっている方のお父様ですの。生きてらっしゃるとしたら、おそらく中国本土だと思うのですが、なにせ雲を掴むようなお話で」

 

「ふむ。行方不明の方をお探しですか。むろん私にも大陸に伝手はありますが……お写真などありますか?」

 

「お写真は……おそらく、李先生がお持ちかと」

 

 

 歩夢の言葉に、小亀が察して、はっと顔色を変えた。

 

 

「私が……? まさか、君が探そうとしているのは」

 

「はい。海難事故で行方不明となった陽ちゃんのお父様。下町の包宰、味吉隆男さまですわ」

 

「馬鹿な。当時必死の捜索で見つからなかったんだ。それが中華で生きているなど……」

 

 

 歩夢の言葉に、小亀はありえないと頭を振る。

 

 海難事故は、遺体の捜索が非常に困難だ。見つからないことも多い。

 だから味吉隆男の認定死亡も、なんの疑問も持たずに行われたのだろう。

 

 しかし。

 

 

「わたくしには、陽ちゃんのお父様が生きてらっしゃるように思えてならないのです。根拠は、わたくしの勘働きでしかないのですけれど」

 

「……このこと、陽一くんや法子さんには」

 

「申しておりませんわ。すでに心の中で折り合いがついているとしても、傷を抉ることになりますもの」

 

 

 隆男の事故からすでに5年。されどまだ5年だ。

 二人に隆男の生存を告げるのは、彼が見つかってからにすると決めている。

 

 歩夢の話を聞いて。

 李小亀はしばらく背もたれに体重を預け、天に向かって息を吐いた。

 

 

「……私だって、大恩ある隆男さんが亡くなったと知ったときには、その場で腰を落として、しばらく立ち上がれなかった。一人前になったと隆男さんに認めてもらう機会を永遠に失ったのかと、胸が破れる思いだった」

 

「申し訳ありません。李先生への配慮を欠くことを申している自覚はありますわ……ですが」

 

「いや、心配無用。この李小亀、ドン亀といえどいっぱしの男のつもりだ。傷をえぐられたくらいで君を批難はしないよ」

 

 

 小亀は、あえてだろう。

 笑顔で歩夢に語りかける。

 

 

「──それどころか、感謝したいぐらいだ。見ず知らずの君が、隆男さんを探そうと尽力している。私には、そのことがなによりもうれしいのだから」

 

「では!?」

 

「うむ。君が隆夫さんを探すというのなら、私も喜んで協力させてもらおう」

 

「……感謝いたしますわ李先生!」

 

 

 歩夢は身を乗り出して、李小亀と握手を交わす。

 

 味吉隆男は、現在流浪の身だろう。

 数年の間は見つけるのは難しいかもしれない。

 ただ、そう遠くない未来、彼は雲南省で小さな店を持つ。そうなれば、発見も難しくない。

 

 

「ところで、君が隆男さんを探す、その理由を聞いていいかね」

 

「はいですわ! やっぱり家族はいっしょに居るのが一番だ、というのがひとつ」

 

 

 小亀の疑問に、歩夢は答える。

 記憶喪失で家族が居ない設定の歩夢が言うと、なんだか重すぎる気がするが、気にしない。

 

 

「──もうひとつは……家に父親が居ないのが当たり前になってしまうと、陽ちゃんが大人になった時、妻子を置いて出歩くようになりそうだからですわ!」

 

 

 これは、未来の陽一を知っているから出た言葉だ。

 将来陽一は、妻子を置いて世界中を旅するようになる。

 もしかしたら旅先で父に会えるかもしれない。そんな思いをいだきながら。

 

 

 ──陽ちゃんや法子さんのためにも、そして八重さん*1や陽太くん*2のためにも、お父様は探さなきゃ、ですわ!

 

 

 余計なお世話ではあるのだが、歩夢はそう心に決めている。

 

 そんな歩夢の言葉に、李小亀は驚いたように糸目を開いて。

 それから、納得したような、少し困ったような。複雑な表情でため息をついた。

 

 

「……そうか。君と陽一くんの未来のために、か」

 

「君と?」

 

「まあ姉さん女房も悪くはないだろう。陰ながら応援しているよ」

 

 

 盛大な誤解が生じている。

 まあ、歩夢が将来とか妻子とか思わせぶりなことを言ったせいなのだが。

 

 

「李先生、なんだかものすごい勘違いをしてらっしゃいます?」

 

「はっはっは。恥ずかしがることはない。陽一くんには黙っておいてあげるよ」

 

「やっぱり勘違いしてらっしゃいますわよね!? わたくし陽ちゃんを将来の相手に望んでるわけじゃありませんわよ!?」

 

 

 歩夢は全力で弁解するが、小亀は笑って受け流すだけだ。

 

 結局。

 この勘違いは、最後まで解けなかった。

 

 

 

 

 

 

 香港での撮影を終え、日本に帰国しても、歩夢に休む暇はない。

 

 なにせこの時期の陽一は、もうずっと味勝負している。

 李小亀の味試しから、香港での劉虎峰との2回の勝負、味仙人との勝負までは、時間的にも完全に連続している。

 そして香港から帰国した陽一は、速攻で黒スーツの男たちに身柄をさらわれ、アイスクリーム勝負をすることになるのだ。

 

 まあ、黒スーツは永田建設の社員で、陽一をさらったのはライバルの堺一馬なのだが。

 歩夢も細かい台詞までは覚えていないが、世のお姉様方がよくない目で見そうな台詞の応酬をしていた気がする。

 

 

 ──陽ちゃんと一馬さん、おたがい認めあった同年代のライバルということもありますが、基本的に距離感が近いんですわよね。ものすごく。

 

 

 そんな事を考えながら。

 帰国した歩夢は、その足で自分の会社に向かった。

 

 オフィス街の一角にある、比較的小さなオフィスビル。

 その2階の一部と3階が、歩夢の会社の事務所である。

 

 変則的な借り方をしているのには理由がある。

 起業当初は、クッキングフェスティバルのための4、5人のスタッフと電話一台置ければよかった。

 なので、2階のさほど大きくない区画を借りていたのだが、馬主連中に仕事ぶん投げられたおかげで、人員が4倍くらいに増えた。

 

 バブル景気の最中、世は超売り手市場。

 中途での人員確保には非常に難儀したが、そこは話題性と人脈の暴力でなんとかなった。

 とりあえず数だけはそろった、って感じで、毛利元社長と永田建設から出向の黒背広の負担が超重いけど。

 

 ともあれ。

 オフィスを広げようにも、2階の他の区画は埋まっている。

 引っ越す時間も惜しいので、現在の事務所はそのままに、ちょうどいいタイミングで空いていた3階のフロアをまるごと借りることにしたのだ。

 増えた業務のなかで、大きいのが飲食チェーンや飲食店のコンサルティングで、新規メニュー開発などをする関係上、立派なキッチンルームもある。半分一馬の専有スペースになってしまってるが。

 

 

「みなさまご機嫌麗しゅう! わたくしが香港から帰ってまいりましたわ! お土産とともに!」

 

 

 ノリの良い社員たちに歓呼の声で迎えられた歩夢は、みなにお土産を配って回って。

 最後にキッチンルームの扉を開くと……中にはコックコートを着た子供たちがわちゃわちゃと騒いでいた。

 

 

「おや。あなた方は……」

 

「どうも、歩夢さん! コオロギです! こっちはみんな一馬さんの弟子です!」

 

「ゲンゴローです!」「ウマオイです!」「バッタです!」「タガメです!」

 

 

 面識のあるコオロギに続き、子どもたちが元気よく名乗る。

 いま5種類くらい昆虫の名前が出た気がするが、本名なのかあだ名なのか。

 

 

「一馬さんのお弟子さんですわね! わたくし安生歩夢と申します! よろしくお願いいたしますわ!」

 

 

 歩夢は笑顔で子どもたちに握手して回る。

 みんな顔が真っ赤になっているが、歩夢は気にしない。

 すでに面識のあるコオロギは握手をスルーされて、密かに泣いた。

 

 ともあれ、全員に挨拶して。

 最後に、こちらに背を向けている子供を見つけて。歩夢はいたずらっぽく微笑んだ。

 

 

「……と、もう一人いらっしゃいましたわね。わたくし安生歩夢ですわ! よろしくお願いいたしますわね!」

 

 

 とりあえず作業中でないことを確認してから、歩夢は少年の耳元でささやく。

 

 

「……おまえわかっててやっとるやろ!? オレじゃい!!」

 

 

 がばっ、と勢いよく顔を上げた一馬が、歩夢に抗議の声を上げた。

 

 

「一馬先生、うらやましい」

 

「あの歩夢ちゃんに耳元でささやかれて、なんで怒ってるんだろう」

 

「一馬さんムッツリだから」

 

 

 小声で話し合う弟子たちを、一馬はキッとにらむ。

 

 そんな一馬を見て、歩夢は満面の笑顔である。

 一馬のこういうリアクションが、正直可愛くて仕方ない。

 だから歩夢はなおも笑顔で、一馬に顔を寄せる。お巡りさんこいつです。

 

 

「ただいま帰りましたわ一馬さん! これはお土産ですわ一馬さん! お菓子ですので、お弟子さんたちと食べてくださいまし一馬さん!」

 

「いや礼は言うけどな!? 一応言うたるけどな!? こっちも料理の思案中やねんで!? 雑に絡んでくんなや!」

 

「一馬さんって、ちょっと構いたくなるんですわよね。弟オーラ発してるっていうか」

 

「弟オーラてなんやねん! たしかに弟やけどな!? ──いやお前のやないで!?」

 

 

 登場はしないが、設定上、一馬には姉が居る。

 だから弟というのは間違っていない。というのはさておき。

 

 猛烈に抗議する一馬に、歩夢はやさしい笑顔を返す。

 

 

「ふふふ、そうですわね。あまり弟扱いすると、本当のお姉様に申し訳ありませんものね」

 

「言うとくけどお前いま、姉貴の良ぉない部分煮詰めたような絡み方しとるからな!?」

 

「それはそれとして──アイスクリーム勝負、賞味を楽しみにしておりますわ! 頑張ってくださいまし!」

 

「知ってたんか──いや別にお前のために作るんやないからな!? コンテストでの勝負やからな!?」

 

 

 そんなことを言う一馬だが、甘い。

 なにせ一年も準備時間があったのだ。

 勝負の場となる大浜海水浴場アイスクリームコンテストに潜り込むのは、造作もないことなのである。

 

 

 

 

 

 

 青い空。白い雲。

 さんさんと降り注ぐ太陽の光を受けて、海が輝いている。

 

 

「大浜海水浴場よ、わたくしは帰ってきたー! ですわ!」

 

 

 7月6日。

 場所は大浜海水浴場。

 きらっきらの笑顔で、歩夢は宣言する。

 

 水着姿で、手にはマイク。

 特設舞台の上には、「大浜海水浴場サマーフェスティバル アイスクリームコンテスト88」の横断幕がかかっている。

 

 歩夢の声に応えて、詰めかけた観衆が歓声を上げた。

 

 時代柄、海水浴場は芋洗い状態。

 喧噪のなかでも彼方まで通る歩夢の声に、イベントに興味のない海水浴客の視線まで集めている。

 

 

「さて、去年こちらに来たときには、すでにイベントが終わった後! 悔し涙を流しながら、来年絶対来てやりますわと心に誓ったアイスクリームコンテスト! 審査員になりたい! アイスを食べたい! と打診したところ、なぜか司会をやる羽目になったわたくし、安生歩夢と申しますわ!」

 

 

 自己紹介をすると、津波のような歓声が押し寄せた。

 

 

「歩夢ちゃんだ!」

 

「かわいい! きれい!」

 

「スタイルやべえ! 足なっが! 腰ほっそ! 尻でっか!」

 

「誰? アイドル!? アイドル来てるの!?」

 

「お馬のおねーさんだ!」

 

「パパー! カメラ持ってどこ行くのー!?」

 

「笹食ってる場合じゃねえ!」

 

 

 人が押し寄せてきて結構な騒ぎになった。

 

 当然といえば当然。

 高い知名度に加えて、美しい容姿に似合わぬ愉快なキャラ。

 もともと密かに集まっていた人気が爆発し、その話題性からメディア露出が増え、さらに人気を集める、という典型的なブレイクの過程を、現在の歩夢はたどっている。馬主案件で広告やCM出演も手伝って、かなりの速さで。

 

 それでなくとも人目を引く美貌やスタイルをしていて、その上場所が、ただでさえ人が集まる首都圏の海水浴場。

 そりゃ人も押し寄せてくるというもので、歩夢のために設置が決まった舞台がなければ、歩夢は人波に飲み込まれていたかもしれない。運営の商工会員も冷や汗をかいている。

 

 

「当然! 条件として、コンテストに出品されたアイスの実食を勝ち取りましたわ! ちょっとお腹を冷やしてしまうかもしれませんが、不肖食い道楽の安生歩夢、皆様のアイスを心ゆくまで堪能させていただこうと思いますわ!」

 

 

 とまあ、そんな感じでコンテストが始まって。

 歩夢は心ゆくまでアイスクリームを堪能した。

 観衆の生暖かい視線を受けながら、舞台の上で「うっめーですわ!」の声が響く。

 

 どれも美味しいが、やはり飛びぬけているのは陽一と一馬のアイスだ。

 

 陽一のアイスは、ヤシの実のアイスクリーム。

 二つに割ってくり抜かれたヤシの実が器になっており、中身は海に浮かぶ島に見立てられた、二種の野菜のシャーベットと、ココナッツミルクのアイス。

 

 夏の暑さを吹き飛ばすさっぱりとしたココナッツミルクには、すりつぶした豆腐が加えられており、口当たりを柔らかくしている。

 にんじんには砂糖、きゅうりにははちみつとレモン汁が少量加えられており、野菜のえぐ味を感じさせない、さわやかな味わいになっている。

 器になっているココヤシの実の果肉も、食べられるよう工夫されていて、夏の浜辺にふさわしい、楽しくも美味しい珠玉のアイスクリームだ。

 

 一馬のアイスは、ファイヤーアイス。

 ブランデーを使い、フランベ*3で香りとコクを加えた表面のメレンゲ*4は暖かく、中に閉じ込めた冷たいアイスクリームと温度差を演出している。

 アイスクリーム自体は王道をゆく美味しさで、素材を厳選し、機械を使っての厳密な調理と温度管理で出来上がったアイスは、濃厚でありながら、空気を含んでふわりとやわらかく、それでいて締まっている。舌触りはシルクのようで、アイスの甘みが口の中で解けていく。

 

 一年越しの念願を叶えた歩夢は、口の中に広がる幸せな甘さに、感激し通しだ。

 

 そして、おとずれた決勝、審判の時。

 決勝では一般客も試食して、審査員とともに投票を行い、その得票数で優勝を決める。

 陽一、一馬とともに決勝に進んだ【六本木クイーンズメアリーの伊藤シェフ】と【銀座パーラー鈴木の鈴木順三店長】が、勝ち残っただけあって美味しかったのに得票ゼロで爆死してしまったのはともかく。

 

 陽一の得票は1105票。

 一馬の得票は1105票。

 互角の数字を叩き出し、審査委員長は甲乙つけがたしと、引き分けの裁定を下した。

 

 それを確認して、歩夢は舞台上で宣言する。

 

 

「決まりましたわ! 今大会決勝は両者引き分けということで、味吉陽一くん、堺一馬くんの同時優勝ですわ!」

 

 

 わあっと歓声と拍手が巻き起こる。

 歩夢の参加で注目を集め放題に集めたため、その音は耳をつんざくほどだ。

 

 

「──同時優勝となった味皇グランプリの後、おふたりが腕を磨き続けて来られたことを、わたくしは知っております! その上でふたたび互角! まさしくおふたりは、ともに料理の道を歩む仲間であり、友であり、素晴らしいライバルと呼ぶべきでしょう!! あらためて、安生歩夢として祝福させていただきます! おふたりとも、おめでとう! ですわ!!」

 

 

 歩夢の祝福に、陽一は照れながら手を振り返し、一馬は拗ねたように腕を組んでそっぽを向く。

 それから。ライバルたちは、互いが互いの元気の素だと言い合って、背を向け別れる。

 

 一馬は、応援に駆けつけていた永田社長や弟子たちのもとに。

 陽一は、同じく応援のために来ていた母、法子のもとに。

 

 

「お嬢様、お疲れ様です」

 

 

 大会が終わり、舞台を降りた歩夢を、執事の毛利が労う。

 歩夢にも帰る場所があり、ともに歩く仲間も増えた。

 そのことを強く感じて。歩夢は微笑んだ。

 

 

「はい! 楽しいお時間でしたわ!」

 

 

 

 

*1
陽一の妻

*2
陽一の息子

*3
調理の最後に、アルコール度数の高いお酒をふりかけ、火をつけて一気にアルコール分を飛ばすことで香りや風味を加える調理法。

*4
泡立てた卵白に砂糖を加えたもの。

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