TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】 作:寛喜堂秀介
1988年8月。
味皇ビル最上層の応接室。
この日歩夢は、味皇と面会していた。
クッキングフェスティバルの段取りに目処がつき、参加者も出そろった。そのことについて、報告に来たのだ。
歩夢と味皇は、ソファに座ってテーブルを挟んで向かい合う。
味皇の手には、クッキングフェスティバルの参加者リストがある。
歩夢が持ってきたものだが、すでに記者向けに配布済みのもので、見られても問題はない。
リストを読み終えて、味皇は感嘆の声を漏らした。
「……すばらしい。これほどの料理人たちがそろったか──よくやった、歩夢くん。これは本番が楽しみだ」
「お褒めいただき光栄ですわ!」
味皇に労われ、歩夢は満面の笑みを浮かべる。
絶賛に値するメンバーをそろえられたという自負がある。
歩夢の微笑につられてか、味皇も柔らかい笑みを浮かべ、語る。
「私も大手を振って参加したかったが、部下の手前、そうもいかん。味皇と比べられては、若い者たちが酷だとも言われておるしな」
「仕方ありませんわ。味皇様の名は、日本では大きすぎます。その名を掲げたならば、味皇様のお店にお客様が集中するのは目に見えてますわ」
歩夢は言葉を返した。
部下が止める気持ちもわかる。
味皇と競うと知って怯えないのは、料理会でも主任クラスか恐れを知らない少年料理人たちくらいだろう。
「うむ……ところで、歩夢くんに折り入ってお願いがあるのだが……」
「ほかならぬ味皇様のお願いですわ。なんなりとおっしゃってくださいまし」
無茶ぶりの気配を感じたが、味皇のお願いを断るという選択肢は、歩夢にはない。最推しだし。
うなずく歩夢に、味皇もひとつ、うなずいて。
それから願いを口にした。
「ひとり、推薦枠でねじ込んで欲しい男が居るのだ」
「一馬さんを、わたくしの店の所属にすれば、永田社長の枠でお迎えできると思いますが……どなたですの?」
「うむ。それがだな……歩夢くん、ちと耳をこちらに」
その名を、味皇が耳打ちして。
歩夢は思わず「マジですの!?」って顔になった。
一瞬、「え、聞き違い?」みたいな顔をして、また「マジですの!?」って顔になる。
動揺を抑えきれない歩夢に、味皇は静かに頭を下げる。
「歩夢くんを見込んでのことだ。頼めるかね」
「……ええ、ええ。不肖安生歩夢、粉骨砕身、頑張らせていただきますわ!!」
味皇にここまで見込まれて、怖気づいては男的なものがすたる。
歩夢は腹を決めて、味皇に向かって力強く答えた。
◆
面会が終わって、味皇ビルからの帰り道。
日はまだ高く、夏の日差しはギラギラとまぶしい。
真っ青な空の下、執事の毛利とともに街を歩きながら。
歩夢はあらためて、クッキングフェスティバルについて考える。
歩夢が思い描く、夢の祭典。
それに必要不可欠な、最高の料理人たち。
──まずはミスター味っ子、味吉陽一。
彼の作る創意と工夫にあふれた料理の数々は、どれもがどれも店の看板メニューになるレベル。
特に日の出食堂の目玉である超極厚カツ丼は、見た目の迫力、分厚い肉を口にする満足感、溢れ出る肉汁とそれを受け止めるご飯、どれをとっても最高だ。
──続いて、カレーの天才、堺一馬。
どの店から出るかは未定ながら、数多の料理店をプロデュースしてきた天才少年料理人。
得意料理はカレーライス。繊細にして完璧なスパイスの配合が織りなす重層的な味わいは、どんなうるさ型をも黙らせてしまう。
──素材の魔術師、中江兵太。
九州博多の山中にある料理店なかえの少年店主。
自らの手で丹精に育てた極上の食材を使った料理は絶品で、ことに鍋料理の完成度は至高の域だろう。
──皇帝の料理番、劉家の跡取り、劉虎峰。
香港の名店、小亀楼の、若き厨房責任者。
味仙人の薫陶を受けた天才が生み出す中華4000年の料理の数々は、技工の粋を極めた絶品だ。
ミスター味っ子と、そのライバルとなる天才少年料理人たち。
何度も腕を競い、たがいを認め合い、ときには肩を並べて戦っていく。クッキングフェスティバルは、この4人が居なくては成り立たない。
少年料理人は他にも居る。
──蕎麦打ちの達人、岩川清也。
名水を求めて東京から九州博多の山中に居を移したそば屋、芝闘庵の3代目。
その蕎麦打ちの腕は、すでに達人。練りに練った蕎麦の工夫は洗練を極めており、特に鴨南蛮は他に比べるものがない極上の味わいだ。
──ケーキのアーティスト、河合潤二郎。
洋菓子店 Mon Chateauのチーフシェフ。
彼が生み出すケーキは甘く、美しく、食べるものをみな陶然とさせる。完成に一月をかけるブランデーケーキの香りと熟成された深い味わい、多彩な食感が織りなすハーモニーは、まさに芸術作品だ。
ここまで考えて、歩夢は一息つく。
少年たちは、いずれも凄腕の料理人だ。
だが、味っ子のライバルは、同年代の少年だけじゃない。
とくに味皇料理会の主任クラスや、その師。
時代の第一線を張る最高の料理人たちもまた、好敵手として立ちはだかった。
──イタリア料理部主任、丸井善男。
本場で学んだイタリア料理は熟練の域。日本でも高い評価を受けるイタリア料理の達人だ。
パスタ料理を得意にしており、ことにミートソーススパゲティは、もっとも得意と誇るだけのことはあり、力強くも最高の味わいだ。
──フランス料理部主任、下仲基之。
あらゆるコンクールを総なめにしてきた、若き天才。本場フランス仕込みの腕は、主任たちの中でも際立っている。
キンメダイのカレー、サラダ風冷やし中華、鮭と舌平目の
──将来の肉料理部主任、小西和也。
料理に関して天才的な勘を持ち、特に肉料理に関しては右に出る者など居ない料理界の異端児。
ベーコン巻きステーキレモンバター添えは、価格を抑えながら極上の美味さを持つ素晴らしい逸品だ。
──それから、フランス料理界の至宝ジョルジュ・ムスタキ。
下仲基之の師でもあり、熟練の腕と童心を併せ持つ最高の料理人だ。
彼が作るオムレツのフルコースは、卵料理の可能性を極めたもので、食す者に至福の体験を約束する。
素晴らしい面々だ。
出来れば他の主任たちにも参加してほしかったが、それは欲張りすぎというものだろう。どこかのタイミングで料理は食べたいけど。
さておき、参加するのは彼らだけじゃない。
歩夢が声をかけ、応じてくれた料理人は他にも居る。
──ラーメン日本一の甲来軒。
あっさりしながらコクのある、正統派東京醤油ラーメンは絶品だ。
──岡本町ラーメン祭り優勝の中華なかだ。
陽一が作り出した、ポンカン麺の焦がしネギ豚骨ラーメンは美味さの暴力に圧倒される逸品だ。
──お好み焼きの岡田屋。
老舗ならではの伝統に革新を加えた、ボリューム満点の広島風お好み焼きは珠玉の出来だ。
──青森から、駅弁の繁盛店おいかわ。
丁寧な工夫を重ねた王道をゆく幕の内弁当は、大繁盛も納得の味わいだ。
──同じく青森から、駅弁の菊池屋。
陽一が工夫した、熱々の洋風幕の内は、まさに弁当の革命。華やかな料理のラインナップは、派手なパフォーマンスを含め、ワクワクものだ。
──青森からはさらに、駅弁の名店【青木屋】。
麒麟児【青木五郎】が作り上げたしゃぶしゃぶ弁当やお茶漬け弁当は、シンプルでありながら見るものを惹きつける傑作弁当だ。
──稲荷町の名店、寿司虎。
選びぬいた食材と確かな腕。驕って悪いかの名人芸。出された握り寿司の味わいは、誰もを納得させてしまう。
──稲荷町寿司握りコンテスト優勝の【磯源寿司】。
陽一が編み出した、鰹節シートの巻き物を始め、変わり種の多彩な握り寿司は、食べるものの目をも楽しませる逸品だ。
──鹿児島からやってきたうどん店【朝日屋】。
極上のマッスルを誇る【丼兄弟】。
その筋肉により練り込まれた、コシの強い麺を使った白味噌の鍋焼きうどんの力強い味わいは、最高の一言。
──おでんの名店【伝政】の味を受け継ぐおでん【安二郎】。
庶民のためにと高級店と化した伝政を出たものの、その腕は確か。
一つ一つの具材に工夫を行き届かせる心配りが素晴らしい。
一部に関してはフライング気味だったが、彼らは応じてくれた。
無論、断られた店も少なくないが……それでも、これだけの面子がそろったことが、歩夢にはうれしい。
歩夢は道を歩く。
その一歩一歩を噛み締めながら。
夢に向かって歩いていることを自覚しながら。
夢の名は、クッキングフェスティバル。
「味っ子の料理を食べ尽くす」。歩夢の夢を体現したイベントだ。
続いて歩夢が思い浮かべるのは、推薦枠。
自前の店舗を持たない、しかし確かな腕を持つ料理人たち。
その枠は、主催者4名で、各々1人ずつ。
──日本でただ一人の出張料理人、【久島建男】。
どんな食通の舌をも唸らせる最高の料理人にして、食を演出する総合芸術家。
繊細精緻を極めた技術と、理外の発想、たゆまぬ研鑽から生まれた料理の数々は、どれもが最高の口福を保証するものだ。
──東北の竜の異名を持つ幻の寿司職人、【大年寺三郎太】。
22歳の若年ながら料理の腕、知識、筋力、全てにおいて群を抜くハイパー寿司職人。
最高の素材を選びぬき、最高の腕で調理し、握る。王道をゆく超正統派の寿司は、万人の舌を喜ばせる力を持っている。
──そして、謎の覆面料理人、【怪傑味頭巾】。
詳細不明ながら名実ともに日本最高の料理人だ。
というかなぜそんな名前にした。これ絶対室長が怒るやつだ。他も含めて後が怖すぎる。
そこまで考えて、歩夢はいろいろと目をそらすことにした。
深くは考えない方がいい。歩夢は味皇の願いを叶えるだけだ。
その他一般応募の店も、多士済々。
玉石混交3倍近い応募店の中から厳選されたのは、いずれ劣らぬ人気店や、無名の名店。中には「マジですの?」と真顔になった超高級店の名もあった。
「──食の祭典、クッキングフェスティバルの名にふさわしい、名が並びましたわ」
「ふふん」と楽しげに鼻を鳴らして。歩夢はそこで立ち止まった。
自然、執事の毛利の足も止まり、主従は往来の、人の流れから取り残される形になった。
ふと、歩夢は空を見上げる。
晩夏の空は青く高く、まばゆい陽射しが燦々と降り注いでいる。
最後に加えるべき名がある。
歩夢は深い感慨とともに、その名を思い浮かべる。
──カレー専門店DHULIA、真船一雄。
◆
「──歩夢ちゃん。大事な話があるんだ」
それは、8月も間近に迫ったある日曜のこと。
DHULIA駅前店でカツカレーを食べる歩夢に、一雄は語りかけてきた。
あまりに真剣な表情に、歩夢は「はて、なんでしょう」と内心首をかしげながら、居住まいを正す。
「はいですわ。お聞かせくださいまし」
もぐもぐこくん、と、口の中のものを呑み込んでから、歩夢は言葉を返す。
一雄は一瞬、癒やされたような表情になってから、真面目な顔を作り直して、口を開いた。
「……オレは、いままで色んな人に助けられてやってきた。いま店がうまく行ってるのだって、陽ちゃんや一馬くん、毛利さんや歩夢ちゃんあってのことだ」
「前にも申しましたが、それもまた、実力のうち、ですわ」
歩夢の言葉に「ありがとう」と微笑を返して。一雄は話を続ける。
「この一年、オレなりに必死で腕を磨いてきた。料理人としては遅すぎるスタートだったけど。足りないものが多すぎて、もどかしい限りだったけど、それでも──1年かけて、ちょっとはマシな料理人になったつもりなんだ」
一雄の言葉に、歩夢はうなずく。
この1年で、彼は料理人として長足の進歩を遂げた。
カレーライスを味わえば、心配りの行き届いた店を見れば、それがおのずとわかる。
腕だけじゃない。客を一心に思い、彼らの笑顔のために心を尽くす。心もまた、本物の料理人になっていることを、歩夢はあらためて感じていた。
「──だから、試したいんだ。クッキングフェスティバルの場で、オレがどこまでやれるかを。陽ちゃんや一馬くんと、腕を競ってみたいんだ……!」
一雄は熱く語る。
情熱の込もった告白に、歩夢は己を顧みる。
一雄の進歩を知りながら。
一雄の実力をわかっていながら。
それでも歩夢は無意識に、陽一や一馬、ライバルたちと比べて、料理人として一段下に置いてしまっていた。
それが誤りだったと、この時歩夢は知った。
「……男子3日会わざれば、ですわね」
感じたのは、喜びだ。
この時代に来て、一番に出会ったのは一雄だ。
それから一番長い時を過ごして、一番関わって、一番変えてしまったのは彼だ。
その結果が、いま目の前に立つ、本物の料理人の姿だとすれば。
こんなに喜ばしいことはない。
「歓迎しますわ……いえ、むしろ、一雄さん。ぜひ招待させてくださいまし!」
「歩夢ちゃん……ありがとう!」
感動を噛みしめる様子の一雄に。
歩夢はとびきりの笑顔を向け、激励した。
「エンジョイ・クッキング! 最高の料理人たちが集まる場ですわ! その1人として、ぜひ楽しんでくださいまし!」
◆
少しの間、振り返ってから。歩夢はまた歩き始める。
クッキングフェスティバルの開始は、9月9日金曜日。いまからワクワクが止まらない。