TSお嬢様はミスター味っ子の料理を食べ尽くす!【完結】   作:寛喜堂秀介

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58 フィールド・オブ・ドリームス

 

 1988年9月9日金曜日。

 直前の月曜日に炸裂したリクルート事件絡みの報道*1の余韻冷めやらぬ中、クッキングフェスティバル開催の日が訪れた。

 

 くもり空の早朝、場所は、代々木公園。

 前日に設置されたテントが整然と立ち並び、中では料理人たちが開店の準備を始めている。

 明神倉庫で預かっていた食材や荷物も、続々と現地に届いており、担当の社員たちはてんやわんやだ。

 

 その一角に、日の出食堂のテントもあった。

 テント内にはキッチンが設えられており、ガス水道電気も完備。

「金かけてんなー」と感心しながら、味吉陽一が母の法子とともに、開店準備をしていると。

 

 

「──よう来たなあ、陽一!」

 

 

 ライバルの堺一馬が、テントの前までやってきて、びしぃっと指をさしてきた。

 

 

「一馬!」

 

「また勝負やな! このところ引き分け続きやったが、今度こそ決着つけたるで!」

 

「望むところさあ! 今度こそ、オレが勝つ!」

 

 

 一馬が叩きつけてきた挑戦状に、陽一は目を輝かせて応じる。

 陽一らしい戦闘狂ぶりで、つける薬なしと、法子が苦笑を浮かべている。

 

 

「吠えたなあ陽一! ルールはわかっとるやろな!?」

 

「もちろんさ! 今回はクッキングフェスティバルで発表される売上勝負! 優勝したほうが勝ちさ!」

 

「優勝とは謳ったもんやが、勝つんはオレやで!」

 

 

 陽一と一馬が、そんな感じでじゃれていると。

 突然思わぬ方向から、声がかかった。

 

 

「いいや、勝つのは皇帝の料理番、劉家の跡取り、この劉虎峰だ!」

 

「陽一君、僕も、出るからには勝つために全力を尽くさせてもらうよ」

 

「虎峰! 中江くん!」

 

 

 劉虎峰と中江兵太。

 新たなライバルたちの姿に、陽一はいっそう目を輝かせた。

 

 彼らだけじゃない。

 蕎麦打ちの達人、岩川清也。

 ケーキのアーティスト河合潤二郎。

 味皇料理会の主任たち。かつて戦った、あるいは共闘した料理人たちに、フランスのがんこ爺。

 

 最高の料理人たち相手に、また戦えるのだ。

 

 

「最っ高に燃えてきた! 陽一式ステーキ丼で、みんな勝負だ!」

 

「ほう、言うたな。オレの必殺の牛カツカレーが迎え撃つで!」

 

 

 宣言する陽一に一馬が応えると、虎峰と中江兵太が驚きを示す。

 

 

「奇遇だな。オレも牛肉を使った料理を出すつもりだ。紅焼牛肉飯──この料理で、オレは日本の大衆の心を掴んで見せる! 楽しみにしておくといい!」

 

「驚いたよ。僕も牛肉を使った料理を出すつもりさ。選びぬいた素材で作る冷ししゃぶ料理で勝負だ!」

 

 

 ふたりの言葉に、今度は陽一と一馬が目を見開く。

 

 4人が4人とも、牛肉料理。

 その奇妙な符号に、みな宿命めいたものを感じて。それぞれ不敵に笑った。

 

 この3人だけじゃない。

 陽一にとっては、参加者全員がライバルで、闘うべき相手だ。そう考えると、ワクワクが止まらない。

 

 陽一が、思わず拳を握りしめた、そんな時。

 よく見知った顔のお嬢様が、陽一たちの前まで突っ走ってきた。

 

 

「おっはようございますわ皆さま! 本日はお世話になりますわ!」

 

「歩夢さん! おはよう!」

 

 

 安生歩夢である。

 ふりふりのお嬢様ルックだが、特注なのか体のラインにぴったりとハマっている。

 魅力倍増なお嬢様の挨拶に、4人が口々に挨拶を返すと、歩夢は整った顔に微笑を浮かべた。

 

 

「皆さま燃えてますわね! 今回のクッキングフェスティバル、勝負の場であると同時に、お祭りですわ!」

 

 

 ゆえに、と歩夢は言葉を続ける。

 

 

「──エンジョイ・クッキング! 勝負も含めて、このお祭り騒ぎを楽しんでくださいまし!」

 

 

 そう言うと、安生歩夢は優雅に一礼して、また走っていく。

 参加者たちに挨拶して回っているのだろう。

 

 

「元気だなあ……つくづく」

 

「なんも考えとらんだけじゃい」

 

 

 陽一の言葉に、一馬が眉をひそめる。

 言葉の端から、心なしか家族に向けるような、そんな親しさが感じられた。

 

 

 

 

 

 

 会場内を、歩夢は走る。

 どこを向いてもテントだらけ。

 歩夢が選んだ名店の中には、ミスター味っ子に関わるお店も多い。

 

 

 ──ミスター味っ子の料理を食い尽くす。

 

 

 この時代に来て、歩夢が最初に夢見た風景が、ここにある。

 

 永田社長、飛鳥涼吉、西京極。

 悪だくみ仲間たちも、わくわくを抑えきれなかったのか、随分早く会場に来た。

 彼らから祝福されて。毛利や仲居さんから労われて。ひとりひとりに感謝とねぎらいの言葉をかけて。

 

 それから。

 歩夢は出店者たちに、社員やスタッフたちに言葉をかけて回った。

 

 己の情熱を伝えるために。

 あるいは皆の情熱を分けてもらうために。

 問題の味頭巾──変装した味皇たちにも声をかけて。歩夢は公園の外に視線を向ける。

 

 開場にはまだ時間があるというのに、ゲートの外は人でごった返している。

 

 

 ──ありがとう。そしてようこそ、わたくしの夢の世界へ。

 

 

 来場客にぺこりと頭を下げて。

 歩夢は運営本部へと戻っていく。

 

 午前10時。

 クッキングフェスティバル──食の祭典の幕は開く。

 

 歩夢の夢の3日間が始まった。

 

 

 

 

 

 時刻は午前10時30分。

 場所は、会場の出入り口となる、代々木公園ケヤキ並木、原宿口。

 イベント用に設置されたでかいゲートを背に、男性リポーターがカメラの前に立っていた。

 

 

「やって参りましたクッキングフェスティバル。代々木公園ケヤキ並木からお送りしております! 平日ながら、会場はすでに大盛況! 我々もすぐに乗り込みたいところではありますが……本日はこの方に案内していただきます!」

 

 

 言ってリポーターは手を横に伸ばす。

 溜めているのだろう。カメラは動かない。

 

 

「現在人気絶頂! お茶の間を賑わす道楽娘! 先日ついにメジャーデビューを果たしました、つっ走るエセお嬢様! その名は──」

 

「安生歩夢と申します! ……高橋様、わたくしの認識について、あとで膝つめてお話いたしましょうか」

 

 

 カメラに写された歩夢が、半眼になりながら自己紹介する。

 ちなみに、道楽娘だのエセお嬢様だのは、リポーターが勝手に言ってるだけである。

 歩夢とリポーターの背後、野次馬連中は、カメラに映り込んでいるのをいいことに、ピースサインしたり帽子を振ったり「歩夢ちゃん大好き♡」と書かれたフリップを掲げたりしている。

 

 

「さて、安生さん。このクッキングフェスティバル、安生さんが主催ということですが、このイベントについて、説明していただけますか?」

 

「逃げやがりましたわね……はい! このクッキングフェスティバル、みんなでいっしょに美味しい料理を食べましょう、というコンセプトのもと、およそ150軒! 日本全国──否、世界中から一流の料理人方が、この代々木公園に集結しております!」

 

「150軒! すごい数ですね! さっそく会場の様子を見たいところではありますが……安生さん、こちら入り口両サイドに見えている受付はなんでしょうか?」

 

「はい! クッキングフェスティバル会場各入り口と、イベント広場中央では、当イベントでお使いいただく飲食メダル──E2コインの交換所を設営しておりますわ! 1コイン500円! 高額のお店もありますが、2コインあれば、7割くらいのお店では、料理をお買い上げいただけますわ!」

 

 

 言って歩夢はコインを取り出してカメラに向ける。

 500円玉以上記念メダル以下といった大きさのコインで、黒地に銀色で装飾が施されている。中心には「Enjoy Eating」の文字が刻まれている。

 

 

「面白いですけど、安生さん。なぜ、わざわざコインで買い物するんでしょうか?」

 

「主に集計のしやすさと、会計時のお店側の手間を減らすためですわね! お店の皆様には、料理に専念していただきたいですから!」

 

 

 それに、と、歩夢は付け加える。

 

 

「──テーマパークに来たみたいで、ワクワクしますでしょう!?」

 

「なるほど! 入り口から期待させてくれるクッキングフェスティバル。来場のみなさんは、コインへの交換をお忘れなきよう! ということで、会場を見せていただきましょうか!」

 

「はい! それでは──ようこそ、クッキングフェスティバルへ! ですわ!」

 

 

 

 

 

 

 ゲートを通ると、中は夢の空間だった。

 ケヤキ並木の両側には、様々な店が並んでおり、いい匂いがそこら中に漂っている。

 平日だというのに、ずらりと並ぶ店には人が押しかけていて、活気と熱気に満ちていた。

 

 

「安生さん、大盛況ですね!」

 

「はい! みなさまに感謝、ですわ! いっしょに美味しいものいただきましょう!」

 

 

 歩夢はよく通る声でそう語りかけて。

 並木道中央に設置されている、テーブルを示す。

 

 

「お買い上げいただきました料理は、こちらで召し上がっていただけますわ! 自分が選んだ最高の料理に舌鼓を打つもよし、周りの方と、料理について語るもよし……お食事の時間を、ぜひ楽しんでくださいまし!」

 

「さあ、活気の中を通り抜けていきまして、こちらイベント広場に入ります! こちらでも様々なお店が軒を連ねております! その奥には野外ステージが見えますが、安生さん、こちらで歌ったりはしないんでしょうか!?」

 

「しませんわよ!?」

 

 

 短く突っ込んでから、歩夢たちは会場を奥へと歩いていく。

 どの店も盛況だが、そのなかでも、行列が出来ているお店が、いくつかある。

 

 

「安生さん、何ヶ所か、ひときわ賑わってるお店があるようですが……」

 

「出足で人気を集めているのは、知名度の高い方たちのお店ですわね! もちろん、料理の光景や匂いが直に伝わる出店形式ですので、おのおの胃袋を鷲掴みにする工夫も凝らしてるわけですが……特にあちら、味皇料理会フランス料理部主任、下中基之さまのお店に注目くださいまし!」

 

 

 イチオシだと言わんばかりに、歩夢はひとつのお店をびしぃっと指差す。

 買い物を終え、ホクホク顔でテーブルに向かう客の手にあるのは、とろりとしたチーズが乗った分厚い食パン。

 

 

「あれは……ハイジのチーズ!?」

 

「ですわ!」

 

 

 リポーターが目を輝かせたのを見て、歩夢もうなずく。

 

 正確には、とろとろにとろけたラクレットチーズを、フランス風食パン──パンドミの上にたっぷりと垂らしたもの。

 下仲自ら焼いたであろう極上のパンと、これも選びぬかれただろうチーズの間には、肉や玉ねぎをペースト状にしたものが塗られている。

 

 アルプスの少女ハイジでは、ライ麦パンに山羊乳のチーズを乗せていたが、見た目はまさにそのものだ。

 

 

「これは素晴らしい! アニメを見たことがあるなら、誰もが思った、食べたい! 食してみたいという願いが、ここ代々木公園で叶ってしまいます! さすがフランス料理の達人!」

 

 

 レポーターがやおらテンションを上げて語りだす。

 ラクレットはスイス料理ではあるが、フランスでも愛され、作られているので、まあフランス料理でいいだろう。

 

 近くで出店しているイタリア料理部主任、丸井善男の料理はスパゲティ・カルボナーラ。

 卵とチーズのソースに、黒コショウを効かせたこのパスタが一般に認知され出すのは、ちょうどこの時代。

 見るからに会心の料理だが、チーズとチーズで被ってしまっており、お株を奪われた丸井シェフは苦笑している。超美味しそうだけど。

 

 

「まず出足に関しましては、下仲シェフが最高のスタートを切った、というところでしょうか! わたくしも後で食べますわ!」

 

「私も放送が終わったらすぐに食べに行こうと思います! しかしせっかくの生放送、会場の活気とハイジのチーズの魅力は存分に伝わったと思いますが、もういくつか、注目のお店を教えていただけないでしょうか!」

 

 

 ずずい、とマイクを寄せてくるリポーターに、歩夢は考える。

 あまり贔屓をするのもどうかと思うが、注目して欲しいお店は、いくつかある。

 

 

「まずは今回6名参加していただいている当代最高の少年料理人。そのうちの4名が、牛肉を使った料理でぶつかっておりますわ! お互いライバル同士でもありますし、ここは是非とも注目いただきたいですわね!」

 

「ほほう! それは楽しみですね! あちらでローストビーフ丼を出しているお店は、その一軒ですかね? 店頭に立っている方は、少年と言うにはちょっと老けすぎた……」

 

「あれは肉料理の天才、小西シェフですわ! 少年料理人ではありませんわ!」

 

 

 歩夢が超速でツッコむ。

 

 

「では、少年料理人たちに関しては、パンフレットを見てください、ということで……他にも注目のお店はありますか?」

 

「はいですわ! 今回推薦枠で参加の4名、そのいずれも……とんでもない腕の料理人ですわ! 少々値が張りますが、どれも人生で一度は食べとくべき料理ですわね!」

 

「おお、こちらもくわしくはパンフレットでご確認を、ということで現場からお返しするとして──歩夢さん、最後に一言、お願いします!」

 

 

 リポーターの言葉に、歩夢は華やかな笑みを浮かべて。

 

 

「エンジョイ・イーティング! 夢の祭典に、テレビの前の皆さまも、ぜひ、遊びにいらしてくださいまし!」

 

 

 歩夢の言葉に応えて。

 料理を抱えて行き交う人たちが、テーブル席に座る人たちが、みな天に拳を突き上げた。

 

 

 

 

 

 

 夢の如き時間は、あっというまに過ぎて。

 クッキングフェスティバルの1日目は、盛況のうちに終了した。

 

 売上は即日集計され、翌朝発表された。

 圧倒的な来客数もあって、どの店も大繁盛といっていい結果だった。

 閑古鳥が鳴いた店など、一軒もない。真船一雄も、名店ぞろいの中を上位50に入る健闘を見せている。

 

 その中でトップ3となった面子に、参加者たちは瞠目した。

 

 1位となったのが、推薦枠の謎の覆面料理人、怪傑味頭巾。

 注目の的となり、圧倒的に支持されていたフランス料理部主任、下仲基之は3位にとどまった。

 

 2位は、これまた推薦枠。

 それも味皇たっての願いで迎え入れた、推薦枠4人目の料理人。

 その名も【味吉軍(あじよしぐん)】。偽名であり、本来はこう呼ばれる男である。

 

 

 ──味将軍グループ総帥、味将軍、と。

 

 

 

 

*1
問題を追求していた議員に賄賂を渡そうとして、現場を隠し撮りされるという大自爆がスクープされた。

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